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勇者の知恵の使い方  作者: 霜戸真広
魔法都市リュリュケ
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勇者たちと海賊

とても難産でした。グランさんがサトルでは倒せなくて。若干不完全燃焼ではありますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

 グランの一撃を受け吹き飛ばされたことでアルトたちと分断された後、俺はグランさんにいい様に扱われていた。

「おら、ぼさっとしてんな!」

 痛めた背中を気にする間もなく、まるで飛んで来たかのように目の前にグランが現れた。

 うおっ!

 何とか体を倒して横に逃げることに成功。とっさに動けるほどには体が闘いに順応してきたようだ。

 まったく嬉しいことではないが、命があるだけましか。

 船の壁を容易く貫いた拳をグランが引き抜く隙に、どうにか距離を取る。

「グランさ……グラン、本当に闘うしかないのか!」

 俺はまだどうしてもグランを憎み切れていなかった。ともすれば、さん付けで呼んでしまいそうになる。

 俺はあまりにも覚悟が出来ていなかった。

 グランは構えなかった。

 体からは力が抜け、ゆっくりと近づいてくる。

 ただそれだけ、ただそれだけでどうして俺は動けないんだ。剣先が震える。歯の根もあわない。

「お前は俺に何か理由があれば、海賊行為が許されると思ってんのか」

 俺は噴き出した汗を拭くことも出来ず、否定の言葉も肯定の言葉も言えなかった。

 徐々に近づいてくる。いつもの何倍もグランが大きい。まるで巨人を見上げているかのようだ。

「覚悟を決めろ! 海賊に刃向うと決めたなら、何があってもその意思をなくすな」

 さもないと、後ろの奴らを守れないぞ。

 その言葉に、俺はアルトとシズネの顔を思い出した。

 ぎゅっと、剣を握りしめる。

 グランが大きい? それがなんだ。俺は山と同じ大きさの亀を倒したんだぞ。いくら大きくなろうが、俺の敵じゃない。

 ぴたりと動きを止めた剣先越しに、グランを睨みつける。

「おお、良い顔になった。それじゃ、殺し合いと行こうか」

 獰猛な笑みを浮かべ、グランが一気に間合いを詰めてきた。

 いくら体格差があっても、剣を使うこっちがリーチは長い。懐には入らせない。

 脳内の『剣聖アルゴウスの大冒険』にアクセスする。剣聖が闘った中で拳闘士との戦いを模倣する。

 先ほど同様上体をほとんど動かさずすり足で動くことで、グランがまるで一瞬で間合いを詰めてきたように錯覚する。

 でも、俺は鍛錬で何度もその動きを見ているんだ。

 ザザザ。

 一瞬ラグが頭に走り、その瞬間を見のがさず下がりながらグランの拳に目がけて剣を振る。

 くそっ、完ぺきなタイミングだったのに。

 グランの拳はぴたりと止まり、剣はちょうどその拳の前を通り過ぎた。

「剣が直球すぎだな」

「がはっ!」

 気付いたら腹部に拳が突き刺さっていた。

 うげぇ。襲ってきた吐き気は我慢して、どうにか倒れ込むのは耐える。ここで倒れたら攻撃を避けられない。

 そこからは一方的だった。

 間合いを詰められない様にこっちが剣を構えてるっていうのに、まるで怖がる様子もなく剣の間合いに入ってくる。

 息も尽かせぬ連打を斜めに下がることでどうにか躱し、危ないところは剣で弾く。

 弾く剣を伝わって拳の威力が右手に襲い掛かる。

 両手持ちにしないと剣ごと体を持ってかれるぞ。

 何度かそんな逃げが続いた後、どうにか攻撃できるタイミングを見つける。

 ここだ!

 ザザザ……。

 頭の中の剣筋通りに俺が振り下ろした剣をグランは左手で軽く流して俺の上体を倒し、そこから膝蹴り。どうにか腕でガードしても、体がふわりと浮きあがった。顔面を狙ってきた突きはどうにか首を逸らして回避。倒れ込む勢いで剣を大きく振って、グランを引き離すもそれだけで精いっぱいだ。

 すぐにグランは攻撃を再開。剣を振りまわしたことで崩れた俺に右の回し蹴りを放ち、受け止めた俺の腕がびりびりと痺れる。しかも、その蹴りは止まらずに俺の足を狙ってきた。どうにか足を引いて避けても、今度はそれが真下から顔目がけて跳ね上がってくる。

「ぐっ!」

 自分から跳んだが、威力は殺しきれずふらりと倒れそうになり、どうにか膝をついてこらえる。

 やばい、ここで追撃をもらったら、避けきれない。

 とっさに頭をかばうが攻撃は来ない。

 どうしてだ?

 グランは腕を組んで、俺を見ていた。

「まあ、よく頑張ったが、お前の力なんてこんなもんだ。致命傷にならねえ場所ばっかり狙いやがるその根性なしに命じて、殺さないではいてやる。あの、魔法使いの嬢ちゃんならここからでも脱出できるだろう。早く、消えろ」

 情けをかけられたのか……。

 確かに、俺じゃグランは倒せないだろう。それならここで逃げる手もあるのか?

 ここからなら目的地も近いはずだ。シズネの力を借りれば……。

 俺が逃げの思考に走った時、

「サトルさん!」

 アルトの声が聞こえた。

 声のした方を向くと、俺を心配そうに見るアルトと、その後ろに俺を睨みつけるシズネの姿がある。

「おい、アルトの嬢ちゃんに負けやがったのか、あの野郎ども。情けねえなあ」

 グランが呆れたように言った。頭を掻きながら、アルトたちの方を向いた。

「おい、提案がある。お前らだけは見逃してやるから、どっかいけ。魔法使いの嬢ちゃんの力があれば充分だろ。小船の一隻ぐらいは貸してやる」

「それのどこに私たちのメリットがあるのかしら。教えてくださる?」

 シズネの笑みが怖い。

 しかし、その程度じゃグランは気圧されもしない。にやりと笑う。

「お前たちは生きてここを去れる」

「強気な事を言うのね。でも、三対一でこっちが有利だと思うんだけど」

「確かに、魔法使いの嬢ちゃんは強そうだ。だが、あんたが魔法を使う前に一人は殺せる」

 ぞくり。

 先ほどまでの圧力とはまた別の、底冷えするような圧力がグランから放たれる。

 シズネも言い返すことが出来ない。

 どうするべきなんだ。

 今、グランの意識は完全にシズネに行っている。攻撃するなら今しかないのか。

 剣をグランに向けようとすると、すっとグランは身体をずらした。

 くそっ、隙がなさすぎるぞ!

 やっぱり、条件を呑むしかないのか。

 くじけそうになる俺が思い出したのは、あの巨亀を倒した時の事。いつも思い出すようにしているシズネから言われた一つの言葉。

「万に認められる英雄よりも、一人に認められる勇者となれ」

 俺はそう呟いて、立ち上がった。

 牙を剥き、今にもグランに襲い掛かろうとするアルトに強がって笑って見せる。

「アルト。見ててくれ、俺は海賊なんかには負けない。そこで応援していてほしい」

「サトルさん! はい! サトルさんなら絶対に勝てます。だってサトルさんは私の勇者様ですから」

 へへへ。

 無邪気な笑顔でそう言われると、照れるなあ。

「ほら、顔をだらしなく崩してるんじゃないわよ。馬鹿。キュア」

 辛辣な言葉と共に、シズネが回復魔法を唱えてくれた。優しい風が体を撫でると、痛みが引いていく。

 これならまだ戦える。

 俺はグランに剣を向けた。

「さあ、二回戦だ。さっきみたいにはいかないぞ」

「ああ? せっかく仲間が来たのに、わざわざ一人で戦うとか……男じゃねえか。よし、良い覚悟だ。それならもう容赦はしねえ。勇者だって言うなら証明してみな」

 さっきまでシズネに向けられていた殺気が俺に放たれる。

 これが殺しにかかったグランの殺気。さっきのが比べ物にならないぐらい怖い。でも、心は不思議と落ち着いている。

 俺は知恵の勇者。覚悟は決めた。後は考えるだけだ。


 戦況は全く変わらない。

 グランの激しい攻撃をどうにか剣で弾き、間合いを遠くとって必殺の一撃を喰らわないようにする、それだけだ。

 不幸中の幸いはグランが蹴りを使ってこない事だ。船の上で片足になるのはリスクが高すぎるんだろう。蹴ったとしても牽制の前蹴りか、懐に入っての膝蹴り。

「おい、さっきの威勢はどうした! 逃げてばかりか」

 そう言ったグランの言葉に怒りの色はない。どちらかといえば、俺の様を愉しんでいる節がある。本気で闘っていることは間違いないのだろうが、それでもまだ甘い。

 そこが俺の唯一の勝機だ。

「黙まりかよ!」

 何も言わない俺に業を煮やしたのか、グランが一気に動く。その瞬間巨体がぐっと縮まったように見えた。足を一気に広げて前進し重心を下げることで、グランの身体が沈み込んだのがそう見えたんだ。

 やばい。

 警報が頭で鳴り避けようとするが、剣の柄よりさらに下から拳が跳ね上がってくる方が速い。

 がんっ! ばきっ!

 何か固いものがぶつかった音と、骨の折れる音が順番に響いた。

 この瞬間こそ、俺が待ち受けていた瞬間だった。

 状況は変わり始めていた。

 変則的な下段突きは俺に突き刺さることなく、逆にグランが突きを放った左手を押さえている。その手の間からはぽたぽたと血が垂れている。

「おい、今の何だ」

「教えると思いますか」

 俺はグランの問いに強気で答えた。が、心臓はさっきから激しく鼓動を打っている。

 ギリギリだった。もう一瞬ずれてたら、こっちがお陀仏だった。

 俺のしたことは単純だ。グランが突いてきた拳の延長上に本を取り出したのだ。あの重くて硬い『剣聖アルゴウスの大冒険〈中〉』を。それが盾となって、グランの拳を防ぎ、さらにカウンター気味にグランの拳を壊したのだ。

 ただタイミングがシビアすぎる。早すぎれば攻撃を受け止められないし、遅くても意味がない。さらに収納が一瞬でも遅れたら、本の重みで船が沈む。

 グランとの鍛錬で少しでも目が慣れてなかったら、成功しなかっただろう。狙ってやるのはもう無理だ。それにグランも同じ手をくらう事はないだろうし。

 でも、これで片手は潰した。同じような突き技も減るはず。

 どうにか突破口を見つけないと。

「格下相手に片手を潰された気分はどうですか」

「ああ、楽しいな。こういう時が海賊やってて唯一楽しい瞬間だ。もっと奥の手を出してこい、サトル! がははははははは」

 グランはいつもとは違う凶悪な笑みを更に深くして、襲いかかって来た。しかも、まるっきり左手をかばおうとしていない。

「化け物かよ!」

 大きな一発はガードされたらヤバいと思ったのか、軽いジャブのようなパンチがまるでマシンガンのように降ってくる。剣を盾のようにして受け止めるのが精一杯だ。

「ほら、吹き飛べ!」

 剣で目の前を隠してしまった瞬間、腹に勢いよく蹴りが突き刺さる。

 そのまま俺は吹き飛ばされた。薄い木の壁を突き抜けて部屋の中に転がり込む。

「がはっ、がはっ! くそ……」

 どうにか立ち上がり部屋の中を見ると、そこにはいくつか積み荷が置かれている。後から多めに積んだ分がここに置かれているのだ。

 俺達がこの船に乗るきっかけになった積み荷か。これがなけりゃ、こんな面倒な目に遭ってはいなかったはずなのによ。

 そんなこと考えてもしょうがねえか。

 積み荷に手をかけ、どうにか息を整える。

 そして考えた。この積み荷の中身、使えるんじゃないか?

 頭の中の本を確認する。

 これならいける!

 そう思った瞬間、いろんな知恵がわいてくる。

 さあ、ここからが知恵の見せ所だ。


「おい、休憩は終わっただろ。早く出てこい!」

 グランのイライラした声が聞こえてきた。これ以上時間をかけると怪しまれるかもしれない。

 準備はギリギリだが、やるしかないだろう。

 俺は突き破った壁の穴からどうにか抜け出る。

「待たせたな。ここからが本番だ」

「それじゃ、口先だけじゃないと証明してみせろ!」

 これがラストバトル。ここで倒せなかったら、俺にもう次はないぞ。

 今度は自分から積極的に前に出る。

「がははは、良いぞ。思いっきりかかってこい」

 手を怪我しておきながらグランは余裕そうな様子を変えない。それほどに俺とグランには能力差がある。

 そして、それを剣聖の剣技で上回ることは出来ない。頭の中で思考して発動している分、どうしても素早く動いている相手だと攻撃が一瞬遅くなるからだ。だから、真似するのは剣技じゃない。

 グランが俺の攻撃に合わせるように繰り出してきた拳を、俺は頬をかすめるようにして避けた。

「何っ!」

 くそっ! 脇腹への攻撃は甘くなったか。俺の剣はグランの左わきを軽く切り裂く程度だった。

「おお、やるじゃねえか。最初からこれぐらいやってみせろ。出し惜しみしてんじゃなねえ」

「はは、こっちもギリギリでね。食い下がらせてもらいますよ」

 俺が剣聖から真似たのは全身の動きではなく、足さばきのみ。体の一部だけの模倣ならなんとかグランの速さにも追いつけるみたいだ。

 そこからは必死にグランに食らいつく。剣聖の足さばきによってギリギリ攻撃を避けながら、剣を振る。ただ、グランも容易くは喰らってくれない。避けたかと思えば、すぐに攻撃が飛んでくる。

 さっき片手を使い物に出来なくさせてなかったら、とっくに負けてるぞ。どんな動きしてるんだ、こいつ。

 まるでギアが上がっていくように、どんどんとグランのスピードが上がっていく。それに対応出来ているのは、ひとえに片手でしか攻撃が出来ないからだ。

 そして俺は攻撃のタイミングを計る。チャンスは一回だ。さっきみたく、一度で完璧に決めないといけない。

「おら、その程度じゃ俺には勝てないぞ」

 剣を腕で流してからの腰をしっかり落としての突き。さっきの本の盾を恐れてか、全力というほどではないがそれでも一発でも喰らえば動きが止まること間違いなし。

 だからこそ、俺はそれを喰らう。

 ぐっ……がはっ!

 腹筋にはしっかり力を入れていたはずなのに、耐えきれず肺から息が漏れた。

 しかし、今はそれでもいい。力が抜けそうになる足でどうにか地面を捕まえ、体を思いっきり捻る様にして左手を突き出す。それはグランから教えてもらった、渾身の一撃だ。

「攻撃を喰らっても俺を倒しに来るか。その覚悟はいいが、まだ届かんぞ」

 攻撃直後とは思えないほどの滑らかさで、俺の拳の間合いのギリギリまでグランは下がった。そこに俺はいつの間にか出現したナイフを握りしめて突き出した。

 完全な奇襲。間合いを外す一撃。腹に一撃喰らえば、流石のグランでも動きが止まるだろう。その瞬間、俺の勝ちが決まる。

「舐めるなああああああ」

 吠えた。まるで俺の奇襲を読んでいたかのように、さらに一歩間合いを外す。突き出されたナイフは宙を貫くだけに終わった。

「良い攻撃だったぞ。だが、あと一歩足りないぞ」

 ここで終わってくれてたら良かったんだがな。やらせたのはお前だぞ、グラン!

「それならこれが最後の一歩だ!」

 今の攻撃は次の攻撃を当てるための布石。右手から意識を逸らすための。

 バフッ。

 何かが爆発したような気の抜けた音がした。いつの間にか剣を握りしめていない俺の右手から煙が上がっている。

「くらいやがれえええええええ」

 俺は手の中で生み出した毒ガスを、グランの顔面へ叩きつけた。


「ぐあああ、目がぁ、目がぁ!」

 あれだけ強く立ちふさがっていたグランが、今目を押さえて両膝を地面につけていた。その様子はもう戦いが出来る姿ではない。

「あんた、いったい何したのよ。右手ボロボロじゃない」

「サトルさん、大丈夫ですか!」

 もう戦いが終わったと思ったのか、二人が近くにやって来た。

 シズネはいまだ喚いているグランの両手足を、風で作った枷で封じた。もう、これで大丈夫だろう。

 さっき見た時も思ったが、二人とも怪我をした様子がない。俺の体を確認すると、服はボロボロ、避けそこなった拳で切れたところからは血が流れている。幾度か喰らった攻撃のせいでいくつか折れてそうな骨もあるし、腕も痺れている。

 正直、見た目だけなら俺の方が負けたみたいだ。

 勝ったって言っても、完全に奇襲。勇者の戦いぶりじゃなかった。泥臭いことこの上ない。

 これでもアルトは俺を慕ってくれるんだろか。

「サトルさん、あんな強い人を倒してしまうなんてすごいです。でも、次からは一緒に戦わせてください。こんな風になるサトルさんを外から見ているだけとか、もういやですから」

 杞憂だったみたいだ。

 アルトは目に涙を湛えながら、俺の手を優しく握りしめる。痛々しくなっている右手はまるで撫でるように。

 何だか照れる。

「ほら、顔を赤くしてるな。それで、どうしてあのデカブツは急に目を押さえたんだ。説明してくれるよね」

 まじか、顔が赤くなってるとか、俺分かりやすすぎるぞ。この気持ちは別にアルトへの邪な気持ちという訳ではなく、親のような気持から出ているわけでね。

 心の中で言い訳しながら、とにかく俺がどうやってグランを倒したのかについて説明することに。

「グランは身体が頑丈で、痛みにも強い。だから、消耗戦じゃ俺には不利だ。だから、これを使って無力化することにしたんだ」

 俺は残っていたそれを『アルサイムの貯蔵庫』から取り出す。

「これって私たちがこの船に乗せてもらうきっかけになった薬草ですよね」

 俺の手に乗っていたのは『ウルスナ』。毒草だ。

「これは光を溜めておく性質がある草なんだよ。上手く調合して目薬にすると月光薬っていう、夜目がきくようになる薬になるんだ。ただ、草のままだと効果が強すぎて、目が光に過敏になる。下手すれば失明するんだ」

 これは『能無しゴブリンでも分かる全世界野草大全』に書かれていたことだ。あの倉庫でこの草を見つけて、どうにかグランに『ウルスナ』を服用させれば勝てると踏んだんだ。

「なるほど。それで燃やして煙にして吸わせたわけか。それにしても、手の平まで燃やす必要はなかったんじゃないの。ああ、もう。べろべろじゃない。治すからじっとしていなさいよ」

「ああ、頼む。正直さっきから痛くてしょうがないんだ。それに手の中で爆発させたのは俺だって不本意だったんだ。火花草程度の火力じゃウルスナを燃やして煙を出させるのに火力が足りなかったから、手持ちどうにか作った弱い爆薬と合わせたんだ。ただ何かに詰め込む時間的余裕はなかったんだよ」

 だから俺の手がその代わりになったってことだ。

「はあ、せっかく啖呵きって戦ったんだから、もうちょっとかっこよく勝ちなさいよ」

「いいえ、サトルさんはかっこよかったです。ちょっと無理しすぎですけど」

 二人からの真逆の言葉に苦笑いした瞬間、それは起きた。

「……まだ戦いは終わってねえぞおおおおおお」

 その叫び声と共に、ブンという音がした。

「嘘っ! 腕力だけで私の魔法を振りほどいたの」

 その音は風の枷を引きちぎった音。折れた左手で目を隠しながら、グランがまるで野獣のように襲い掛かる。目が見えないせいか、その動きに精彩はなく本来なら容易く避けることが可能なはずだった。

 そこに大きく風が吹いた。船が大きく揺れる。

「わっ!」

「きゃっ!」

 アルトとシズネがバランスを崩したのは一瞬だった。しかし、その一瞬が致命的だった。

「死ねえええええ」

 グランの拳がアルトを襲う。

 動くことが出来たのは俺だけだった。

「あんたのおかげで、俺は仲間を守れる。ありがとう、グラン。そして、さようならだ」

 ぐっと地面を掴む足は、大きく揺れた船の上でもいつも通りの動きをさせてくれる。

 とっさに動いた俺の剣は、グランの胸に突き刺さった。顔に血が降りかかる。

「がはは、ぐふっ、がははははは。よくやった……流石俺様の弟子だ……。いいか、覚悟を決めろ。誰かを守るためなら、敵を倒すことを躊躇するな……」

 その言葉は強い響きを持っていた。

「はい」

 俺は自然と返事をしてしまう。

「はっ、こんな海賊の言葉に素直に頷いてんじゃねえぞ、馬鹿が」

 グランはそう言って、倒れ込みそうになりながら右腕を振るって俺を攻撃してきた。強烈な薙ぎ払いに、俺は剣から手を離して弾き飛ばされる。

 これが胸に剣が突き刺さった男の攻撃なのか。

 俺はすぐに立たなければと、片膝をつく。

「じゃあな」

 そこで俺が見たのは、船の縁から海へと倒れていくグランの姿だった。


やっとつぎから船の上から解放される予定です。続きも待っていただけると嬉しいです。

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