勇者たちと海賊(アルト視点)
私は早速四人に囲まれていた。
囲んでいるのはこの船で私に良くしてくれた人たちだ。ラルドさんはリュマさんを探して迷っていた私を助けてくれたし、ガッシさんは釣った魚を美味しく料理してくれた。ハリトンさんは無口だけど周りの人を良く見ていて何かあればすぐに助けてくれたし、リューさんは私に短剣を使った時の動き方を教えてくれた。
でも、驚くほど戦うことに抵抗がない。それどころかワクワクしていると言っていい。
元々獣人の中でも戦いの中に生きる者が多いという、虎人の武人の血のせいだろうか。お父さんとお母さんが付き合うことになったのも、冒険者として一緒に活動していたからだって言っていたし。
それに私を前にしたラルドさん達の目にも私と戦う事への迷いがない。
私は勇者の従者として、この程度は自分の手で跳ね除けなくちゃいけない。
はは、サトルさん、私が敵を倒したら喜んでくれるかな。
小さな金の台座に真紅に輝く金属でデコレーションされたようなネックレスを、私の力を封印するそのネックレスを私は躊躇なく外した。
体の先まで意識して湧き上がる力を全身にいきわたらせる。爪が伸び、肌に虎特有の黄色い毛とまるで文様のような黒い毛が現れ始める。さらに瞳もネコ科のそれへと変貌していく。
「すぐに仕留めて、リュマの援護に回るぞ」
ラルドさん達は私が変身する姿に今がチャンスと思ったのか、その一言で一斉に攻撃してくる。よく連係が練られていて、四本の剣がぶつかり合う様な無様な攻撃では決してない。
変身を終えていた私はタンと軽く床を蹴った。
ザッ、という剣が空気を斬る音は下の方からする。空中から見える四人の内、私の行方が分かっているのはラルドさんだけ。それならまずはラルドさんから一番遠い、ハリントンさんを狙う。
私は空気に足を乗せて蹴りつけた。
「上だ!」
ラルドさんの声が響くが、一瞬だけ遅い。その時には私はもう、ハリントンさんを狙える位置にまで落ちてきている。
「はあああああ!」
気合一閃。逆手に握ったナイフを頭部目がけて振り下ろす。
「っ!」
ラルドさんの声は一瞬遅かったが、それでも素早くハリントンさんは動いた。頭を逸らし、ギリギリで私のナイフを肩当てで受け止めようとする。
私はインパクトの瞬間、ナイフの重さを数十倍に膨れ上がらせる。普通の腕では振り回せないほどの超重量と化したナイフは、肩当てごとハリントンさんの体を削り取る。
「一人目」
ハリントンさんはこんな時も何も言わずに倒れ伏した。
そしてまるで血を洗い流すかのように、急に雨が降った。ぺろりと舐めると塩辛い。
「何をした」
ラルドさんは一気にその表情を引き締める。さっきまで親しくなった私を殺すことのためらいはなかったけど、まだ小さい私を侮る気持ちが残っていた。だから、攻撃を避けた後に隙が生まれた。
「私に加護をくれる精霊、『震転鎚』ウルス・テッラが力」
「上級精霊の加護がこんな子に……信じられない」
「それならハリントンがやられたことをどう説明するのよ。さっき空を蹴って降りてきたのも見たでしょ。本気で殺すしかないわ」
リューさんの言葉で揺らいでいた視線がまたしっかりとしたものに戻る。
私の能力は重量操作だ。空に浮かんで履いていた靴を重くしてまるで天井のように配置すれば、一瞬だけだけど下方向に跳ぶことが出来る。インパクトの瞬間にナイフを重くすれば、それだけ威力が増す。まあ、上から斬りつけないとあんまり意味がないけど。
私たち獣人は変身前と後では筋力も違ってくる。だから、前後で武器を調整するのは大変だ。基本的には素手にするか、変身前だと少し重く、後だと少し軽いと感じる武器にするか、それほど重量の関係ない武器を選ぶみたいだ。だけど、私のこの能力ならそういった事は心配にならない。
体の重さを動くことが困難にならない程度に少し軽くする。それだけで速度が一段階上がる。今度はこっちから先に攻めた。
「速いぞ!」
ラルドさん達が身構える前にナイフを振り上げて襲い掛かるが、流石に避けられる。刃を合わせることは危険と判断したのか、回避することに専念しているようだ。ただ、回避しながら他二人が攻撃できる位置に誘導しているようにも見える。
(油断はできませんね)
攻める相手をどんどん変えながら、囲まれたりするのを避ける位置取りを心がける。ルンカーさんが少人数の私たちが気を付けないといけない事だと、口を酸っぱくして教えてくれていたことが活かされていた。
まるで千日手のように、どちらも相手に攻撃を当てきれない。相手の意表をつかないといけない、そうラルドさん達は考えているはずだ。リュマさんの援護に行かないといけないと考えているだけ焦ってもいるはず。
だから、本来なら私はこのまま遅延するだけで十分。シズネお姉ちゃんが合流してくれば、勝利は確実だ。
「だけど、それじゃ私はサトルさんの横には立てないよね」
戦いの場で勇者の従者として横に立つだけじゃない。最終的にはサトルさんの生活の場でもずっと横にいたい。
絶対に、サトルさんのお嫁さんになるんです。
だから私から大きく動く。
今までは避けていたラルドさんの下からの斬り上げを、超重量に変化させたナイフで受け止めそのまま押しつぶす。
「何っ」
異変に気づいて刀からさっと手を離し後ろに飛び退くが、私は即座にナイフの重量を元に戻して投擲する。
「おおおおお」
ラルドさんにはあのナイフがとても威力の高い者に見えたのだろう。大げさなほどに飛び退いて躱す。
「そこは誰もいませんよ」
「っ!」
私は即座にラルドさんの懐にまで潜り込んだ。
ラルドさんが飛びのいた位置は味方二人の援護が届かない場所。ここなら私が大きなモーションで攻撃に移っても、その瞬間に背後からやられるという事はない。
それが分かっているからか、ラルドさんは目を見開き奥歯を噛みしめながら何も持っていない手を握りしめて私の首筋目がけて振り下ろす。
私の拳の方が速く届いた。
「二人目」
殴った瞬間着ていた鎧を軽くしたせいか、悲鳴を上げながら思った以上に吹っ飛んで行った。シズネお姉ちゃんとリュマさんの間を通り抜けていく。
「まだまだ行きますよ」
私は全速力で残った二人に詰め寄る。
三人でどうにか維持されていたバランスはもう崩れた。ラルドさんという司令塔を失った二人では私を止めることは出来なかった。
「アルト、大活躍ね。一人で四人を相手にして完勝するなんて」
「はい、頑張りました。シズネお姉ちゃんもすごいです。あんな大きな水の竜を簡単に蹴散らしちゃうなんて」
「はは、それでもないかな」
私はシズネお姉ちゃんとすぐに合流しました。
そしてすぐさまサトルさんのところに向かいます。
「サトルさん!」
そこで見たのは、悠々と腕を組んで立っているグランさんと、片膝をついて荒い息を吐くサトルさんの姿でした。




