勇者たちと海賊の戦い(シズネ視点)
おかしなことになっていた。どうもこの船の冒険者を纏めている男が海賊、しかも頭目だったらしい。
はあ、巨亀の次は海賊とは。流石は女神から加護を受けていると言った所か。本当なら嫌気がさしてもおかしくないんでしょうけど、どうしてこうもたぎるのだろうか。
「シズネお姉ちゃん、まず私から突っ込むね」
たぎっているのは私だけじゃないようだ。
あんな奴のどこがいいのか。
アルトはさっさと目の前の女を倒して、サトルに加勢したいのだろう。
ずっと船室にいて顔見知りにもなっていない私はともかく、アルトはあの魔法使いに優しくしてもらっていたって話だったけど、何の忌避感も無いのだろうか。サトルのためになる事なら、気にならないって事か。
戦えないよりはいいことだけど、しかし、どこか危ういと感じてしまうのは姉代わりを自認しているからだろうか。
(ちょっと他の事を考え過ぎたか)
目の前の事に真剣にならないと。
「ちょっと待ちなさい。今行ったら横から伏兵がとんでくるわよ」
気も早くナイフを構えているアルトの首根っこを摑まえて飛び出して行くのを止める。虎人のアルトの方がこういうのには敏感なはずなのに。困ったものだ。
「ほお。そちらの魔法使い、シズネさんと言いましたか。あなたは戦闘経験が豊富そうですね。もう意味がないですから、ラルド、ガッシ、ハリトン、リュー。出てきていいですよ」
リュマの呼ぶ声に合わせて、周りの貨物の影に隠れていた者たちが出てきた。全員がその手に刀を握っている。
「ねえ、五対二ってのは流石にハンデが過ぎると思わない」
予想外に人数が多い。もっと広いところなら広域魔法で一発なんだけど。
数人が暴れられる程の広さがあるとはいえ、その程度では狭すぎる。広域魔法の一撃で船が大破すること間違いなしだ。
だからと言って、私程度の白兵能力じゃ、あの人数の攻撃を避けながら魔法を放てるとは思えない。上空に逃げられればいいんだけど、
「我は海の精霊に願う。大海より現れ、竜の咢で、空を行くものを食いちぎれ」
シードラゴンバインド。
呪文が完成した途端、海から海水で構成された竜が飛び出し、船の上を跳んでもう一方の海へと還って行った。これでは空に逃げることも出来ない。
「アルト、あの四人を一度に相手に出来る?」
「はい! 瞬殺とはいきませんが、あの力を使ってもいいなら……」
アルトは活き活きとしてる。ずっと海の上でこの子も鬱憤が溜まっていたのか。
まあ、何にしても私が負けるなんてことはあり得ない。
「それなら頼んだわよ、アルト! さあ、私は『風声明媚』の二つ名を持つ智の精霊リオ・シェンフィードの加護を授かりし大魔法使い、シズネスカ・カスカータ・ラピスラズリ。海賊風情が止められるものなら止めてみなさい」
その名乗りを聞いて、海賊たちが動揺を見せる。
「あの四大貴族を敵に回して生き残っているお尋ね者がどうしてここに。いえ、確かにアルグスの方で目撃されたという噂は聞いていましたが……。はあ、本当に今回はイレギュラーばかりですね。でも、本当にカスカータ・ラピスラズリと名乗るとは。命がいらないのですか? それはラピスラズリ家の当主か次期当主にのみ許された名前でしょうに」
「シ、シズネお姉ちゃんはそんなに凄い人なんですか!?」
海賊だからと馬鹿にしていたけど、どうやら知識のある奴もいたらしい。
「それだけ知っているなら分かるでしょう、私の恐ろしさが。降伏するなら、今よ」
さっと顔を見合わせる前衛の四人。しかし、リュマはその表情を変えない。
「今の状況を考えるなら、私どもの方が有利だと思いますが。フィールド、戦力、相性。どれもこちらに軍配が上がっています」
「確かにそうね。周りは海で水魔法の使い手は最大限に能力を使えるし、戦力は五対二で、さらにアルトは壁役には向かないから、私が大技を放つ余裕も作れない」
「正しい分析です。それだけ理解しているのなら、負けを認めてもらえますね」
涼しい顔でリュマは言った。きっともう勝った気でいるのだろう。
最大の誤算があることにも気付かずに。
「いや、私は最初に言ったでしょ。五対二じゃハンデが過ぎないかって」
訳が分からないと言う顔をする。
はは、訝しんでるな。
「どういう意味ですか」
ああいう自分は頭がいいと思っているような女はこういう挑発が効くんだ。
「お前ら五人じゃ足りないって言ってんのよ。そこの四人程度じゃこの小さなアルト一人分にも足りないし、お前程度の魔法使いならもう数人いてくれないと私には到底届かないのよ。ねえ、アルト」
「はい! 私は勇者様の従者ですから。この程度の人数、何の逆境でもありません」
はは、ナイス挑発よ、アルト。
「ラルド達はあの少女を。あの口の減らない娘は私が始末します」
はは、変にプライドが高いからすぐに引っかかる。でも、これで戦力比を五対二から、一対一と、一対四に変更できた。
後はアルトが頑張っている間に、私がこの女をひねりつぶすだけだ。
アルトの邪魔にならない位置にずれる。ここからならアルトの戦闘も目に入る。何かあってもフォローできるだろう。
「本当に舐められたものです。海というフィールドで水魔法の使い手に勝負を売るとは」
「はは、それなら空気がある所で風魔法の使い手に喧嘩を売るなんて以ての外なんじゃないの」
無表情が更に固くなる。悪感情に関してなら、この女意外とわかりやすい。
その後は言葉も交わさず、久々の魔法合戦が始まった。
「切り裂きなさい、カッター」
ジャブとして放ったのは、風の刃を作り出し対象物を切り裂く魔法だ。今日扉を開けるときに使ったモノである。下級に含まれる魔法だが、籠める魔力の量によって威力を調整しやすく、さらに詠唱破棄もしやすい点から重宝される攻撃手段だ。
「氷よ阻め、アイスウォール」
即座に魔法でリュマの前に氷の壁が生み出される。私の作りだした風の刃はその壁を切り裂いたところで散った。
まあ、下級魔法だと氷で作られた程度の壁を切断するのが精一杯か。
「それじゃどんどん行くから、ちゃんと止めてみせなさいよ」
私はカッターと呪文を唱え、一度に八つの風の刃を放った。
リュマは魔法を唱えることはせず、横っ飛びに身体を投げ出して風の刃を避けた。
いや、どうやら魔法は唱え終わっていたようだ。両側斜め上から海水で出来た竜が大きく口を広げて襲い掛かる。このままだと呑みこまれて溺れ死にさせられるだろう。
私は両手をドラゴンの口に向ける。
「風よ、吹き飛ばせ!」
手から風を圧縮した弾丸を飛ばす。それは竜の口に入り、水に触れた瞬間元の大きさに戻り、竜は内側からの圧力に吹き飛んだ。
塩辛い雨が降る。
それにしても、敵は一歩間違えれば自分が先に裁断されていたというのに、自分の安全よりも攻撃を取った。ある程度の魔法は避けられる自信があると見るべき。つまりは白兵戦の能力もある程度持っていると判断した方がよさそうだ。
相手の能力を上方修正する。少し楽しくなってきていた。
この前の巨亀の戦いでは不完全燃焼だったしね。
「ぼうっとしている暇はないですよ」
考え込んでいた私目がけて、元々竜だった海水が今度は小さな針のようになって降り注いだ。
さっと手を振り、生み出した風で水針を吹き飛ばす。その風の勢いで相手の動きを止める。
「風よ、狙い撃て」
人差し指をリュマ目がけて突き出すと、その動作に合わせて槍のようになった風の塊が飛び出す。
「水よ、その内に全てを呑みこめ」
今度は波となった水が風の槍をそのまま呑みこみ迫ってくる。
「風よ、我を包み守りたまえ」
球状の風が私を包む。中に取り込もうとする水を、風の膜が吹き飛ばす。
「我は氷の精霊に願う。周囲の水気を力に換え……」
「先手を取られたか」
魔法使い同士の戦いは一般的に、下級魔法戦で勝負が決まると言われている。戦闘において自分の事を守ってくれる仲間がいない場合、ある程度の長さの詠唱が必要な中級以上の魔法は速度で下級魔法に勝てないからだ。だから、魔法使い同士の戦いは、相手の隙を作り出す下級魔法戦を制し、先に中級以上の魔法を放てる状態になったほうが絶対に有利なのだ。
そういう意味では、リュマはダーティーな海賊とは思えないほど、オーソドックスな戦い方をしている。
「まあ、この海の上という立地なら、下級水魔法でも威力が高いし、間違った戦い方じゃない。でも、私にはそんな戦い方じゃ届かないわよ」
「……をなし、世界を侵食する、氷の先達と成れ」
凍れる世界。
リュマを中心として一気に冷気が吹き荒れる。それは船に残った海水と触れる度に勢いをまし、そして当たる端から氷漬けにして行く。
「この魔法から逃れられる場所はありません。大人しく氷漬けにされてください」
勝ち誇った声がした。
そして全てを凍らせる波が私を襲う。
船の上が白く閉ざされた。
「それにしても、期待外れですね。この程度で四大貴族から逃れられるとは思えません。それとも、四大貴族の力はもうそれほど大きくないのでしょうか」
念のため、グランのところに顔を出しましょうか。そう言って、リュマは立ち去ろうとする。その時、
ぴしり。何かひびが入るような音がした。
その音は次第に大きくなり、そして氷が全て弾きとぶ。
うー、流石に氷漬けは寒い。身に纏う風を少し温める。
「な、どうやって、あの氷を破って。いえ、まずどうして凍らされながら魔法が使えたのですか、シズネスカ・ラピスラズリ」
「あの程度の魔法で倒されるほど私は甘くないわよ」
単純に私が纏っている風の衣を魔法が突破できなかったのだ。どうやらリュマは中級精霊の加護持ちのようだが、威力はそれほど高くはなさそうだ。どちらかといえば、精密な魔法発動が得意なのだろう。魔法の効果が及んでいる範囲は最低限に収められている。
「これで力の差は分かっていただけた?」
リュマは悔しそうな顔をした後、先ほどの男たちの名前を呼んだ。
勝てないと見れば仲間を呼ぶだけの冷静さはあるか。さっさと決めちゃったほうがよさそう。
そう思った時、悲鳴と共に何かが飛んできた。
「ははは、アルトを心配する必要はなさそうね」
飛んできたのはアルトを襲っていた男の一人。さっと場を窺ってみれば、もう一人倒れている男が見える。
「くっ、本当に予想外ばかりですね、あなたたちは」
「負け惜しみよね、それ。さあ、仲間は呼べないけど、どうする?」
リュマは一瞬の遅滞も無く、呪文を唱えながら私目がけて走ってくる。どうやら距離を取っての魔法戦は不利と判断したみたいだ。ここで一気に決めて、アルトの方に加勢するのだろう。
でも、そんなに上手くはいかないよ。
「氷よ、槍となって突き刺せ」
空中に氷柱を更に強固にし尖らせたようなものが現れる。いつの間にか握られていたナイフと、時間差で私に襲い掛かってくる。
身体に風を纏わせ、軽く床を叩くとふわりと空を跳んだ。
先ほどまで立っていた位置に氷の槍が突き刺さり、空をナイフが切り裂く。
「空に逃げたらどうなるか忘れましたか」
リュマがそう叫ぶと同時に、最初に唱えた魔法が発動し、海から空に浮かんだ私目がけて竜が現れる。
その口はこの船を呑みこめるのではないかというほど大きい。呑みこまれたらそのまま水圧に押しつぶされること間違いなしだ。
「でもそれなら呑まれなければいいだけのことでしょ」
私が呪文を唱えると、まるで鏡で映したかのように同じ姿をした風の竜が現れる。
空中で水の竜と風の竜が交錯する。互いの体をぶつけ合い、噛み付き、尾で叩きを繰り返す。また塩辛い雨が降る。
軍配が上がったのは私の生み出した竜だった。
「ちっ!」
リュマの無表情が完全に崩れた。舌打ちし、怒りが顔に出ている。
「まだ負けていませんよ! 海の精霊よ。敵を貫く槍を」
ぼこぼこと泡立った海から、いくつもの槍の穂先が姿を現した。空に浮かぶ私を狙っているのだろう。
「さあ、さっさと終わりにしましょうか」
「放て!」
海面から槍が雨あられと私の浮く空へと降り注いだ。
そして、気持ちの良い風が吹き抜けた。
「我、智の精霊リオ・シェンフィードに願い奉る。大気はそよ風の流れを生み、そよ風は集いて強風となり、強風は逆巻いて竜巻へと姿を変える。我を呑みこみ、全てを撥ね退けろ」
ブレイドトルネード。
その呪文で生まれたのはまるで白い刃を纏ったような竜巻だった。
何百と降り注ぐ水の槍はハリケーンによって元の水に還されて行った。
「はあ、計画通りとはいかない物ですね」
その一言を最後にリュマは吹き飛ばされ、背中と頭を強打して意識を失った。
「ちょっと、本気を出したらこんなものよね」
魔法を解き、私は船に降り立った。




