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勇者の知恵の使い方  作者: 霜戸真広
魔法都市リュリュケ
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勇者、海賊と戦うはめになる

船が大きく揺れていた。

「この揺れ方波じゃないな。また、海竜でも出たのか。ちょっと俺も上に行ってくる」

 今日はリュマさんに言われていたように三人で船室に籠っていたのだが、そうもいかないみたいだ。

 グランさんたちがいて万が一も無いだろうけど、人出は多い方がいいだろうしな。

「私も行きます」

「アルト、分かった。一緒に来てくれ。……ん? おい、扉があかないぞ、どうなってる」

 部屋を出ようとしたのだが、扉が開かない。外から細工がされているみたいだ。

 一体誰がこんなこと。考えても答えは出ない。

 とりあえず壊してでも出るしかなさそうだ。

「シズネ、頼めるか」

「誰に物言ってんのよ。ちょっとどきなさい。切り裂け、スラッシュ」

 びゅっと風が通り抜ける音がした後、扉はいくつかのパーツに斬り分けられていた。これで外に出ることが出来た。

 ああ、後で弁償かな、これ。

「二人とも、結構ヤバい事態になっているかもしれない。すぐに上に行くぞ」

 俺は二人の返事を待たず、甲板へと向かった。


「はあっ!」

 襲いかかって来た相手目がけてアルサイムの貯蔵庫から取り出した剣で応じる。一合打ち合った瞬間、俺の背後から飛び出したアルトが飛び蹴りを決めて勝負を終わらせた。

「大丈夫ですか、サトルさん」

「ああ、ありがとう、アルト。でも、危ないからあんまり飛び出すんじゃないぞ。敵がどれだけいるか分からないからな」

 どうやら海賊の襲撃を受けているようだ。ただの水夫とは思えない強面の男たちが、刀を片手にうろつき回っているのだ。

 いくらなんでも早すぎはしないか?

 よく考えてみれば、海賊に接近されるまで気付かなかったのもおかしいし、扉の細工も海賊が突入する前から行われていたはずだ。普通の海賊騒ぎなんかじゃないのかもしれない。

 きっといるんだ。

「多分、あんたの考えていることは間違ってないと思うよ」

 相談してみると、どうもシズネも同じ結論に達したようだった。

「この船の中に誰か裏切り者がいる」

「えっ、裏切り者ですか」

 理解していないアルトに説明しながら、どう動くべきかを考える。

 裏切り者がいることを考えると下手に動くことも出来ない。ただ海賊がもう下まで降りてきていることを考えると、ぼやぼやしている時間はない。

「まずは上がって状況を確認しよう。戦っている人がいるなら、援護しないといけない」

「そうね、このままだと海賊に捕まって良くて奴隷、最悪好き放題にされて海に落とされるわ」

 うわ、ぞっとするようなことを言わないでくれよ。

 そうと決まれば急ごう。

 途中で冒険者の部屋の扉を開けられるようにしたり、前を塞ぐ海賊たちを跳ね除けたりしながら、どうにか甲板に上がった。そこかしこで剣戟の音が響いている。

 どうやらまだ負けてはいないみたいだな。でも、敗色濃厚ってのは間違いなさそうだ。

 海賊船一隻がこの船の右側に寄せている。まだ何隻か周りに見えるが、それらはもし逃げられた時の事を考えているのだろう。緩やかに包囲している。

 他のが動き出す前にどうにかするべきだろうな。

「アルト、シズネ。加勢するぞ」

「はい、サトルさん」

「流石に体調不良を言い訳にはできなさそうね」

 戦力分散は下の下なんだか、船中で戦闘が起こっていることを考えると、どっか一つでも崩れたら他も保たなくなるだろう。

 しょうがないからと、俺は甲板に、シズネは中央、アルトは船尾に走ることにした。


「大丈夫か」

 冒険者の男が二人がかりで襲い掛かられて、今にも殺されそうだ。どうにか片方の攻撃を受け止めて、一対一の状況を作る。

「すまない」

 返事を返す余裕もない。一言のそれに頷き、俺は目の前の敵に集中する。

 グランさんに教えを受けておいて正解だった。揺れる船の上でいつも通りに動けている。

「くらえっ!」

 敵は叫びながら刀を振り回すが、その動きは拙くて遅い。これならルンカーさんのしごきの方が速くて怖かった。

 この程度なら本の力を借りるまでもない。

 振り下ろされる相手の剣の柄目がけて剣を振り上げる。

 剣はその勢いで相手の手からすっぽ抜け、面白いぐらいに飛んで行った。ぼちゃん、って音がしたから海にでも落ちたのだろう。

「ほら、お前も落ちな!」

 剣を失って固まっていた目の前の男を、勢いよく蹴って海に叩き落とす。

「ひゃああああああ~~~~~~」ぼちゃん。

 運が良ければ仲間が助けてくれるだろう。

「さあ、次の相手は誰だ! って探す必要もないか」

 さっきの男の悲鳴を聞きつけて、数人の男たちがやってくる。助けたところの男は二人を相手取っていたせいで、すぐには動けなさそうだ。ここは俺が行くしかないか。

「おい、このちびはどこから出てきたんだ。こんなのがいるなんて聞いてなかったぞ」

「お頭たちがミスをするとは珍しいぜ。ミスなら殺しちまってもいいよなあ」

 最初に喋ったほうは巨漢で片手に棍棒、もう一人は背がとても低くて手にはナイフを握っている。もう一仕事終えた後なのか、どちらの武器も赤く染まっている。

「そのお頭ってのが、この船に入り込んでいた裏切り者のことか。誰なんだ、教えろ。教えて投降するなら、痛い目は見ないで済むぞ」

 男たちは顔を見合わせる。そして、笑いだした。

「おい、坊主。お前今なんて言った。痛い目を見るだと。馬鹿馬鹿しい」

「ひーっひっひ。やれるんならやってみな。出来たらお頭の事教えてやるよ」

 小さい男はそう言った瞬間に、手をさっと振った。

 うおっ! 危ねっ!

 飛んできたナイフを紙一重で避ける。

 そこを巨漢による棍棒の振りおろしが襲う。

 流石に出し惜しみしてる場合じゃなさそうだ。

 頭の中の『剣聖アルゴウスの大冒険』と体をリンクさせる。

 ざざざ……

 一瞬ノイズが走り、次の瞬間俺は剣聖と同じ動きを繰り出す。

 ナイフを避けて体のバランスが崩れるままに、左足を軸にして外に回る。棍棒を振り下ろす男からはまるで消えたように見えただろう。そしてその回転の勢いを殺さずに、男の肋骨の間を打ち抜くように柄頭をめり込ませる。これで片方は白目を向いて倒れた。もう一人だ。

「クソがっ!」

 何の捻りも無い罵声を浴びせいてきた小男は、苦し紛れにナイフを一気に四本も投げてきた。それを俺は全て高速の切り返しで撃ち落とす。

「おらっ、逃げ出せると思うなよ」

 最終的には俺の掌底が顎に決まって小男はノックアウトした。その流れで他の男たちも地面に転がす。

 ふう、『剣聖アルゴウスの大冒険』とのリンクを一旦解除する。

 この方法だと前に比べて場面の指定がいらないのは助かるけど、これは常に状況に合う最適解を探さないといけないから大変だ。長く使っていられるわけじゃない。

 早く裏切り者を探して、他の海賊も倒さなくちゃ。

「さあ、大人しく、誰が裏切り者か答えろ」

 男たちが伝えたのは予想外の名前だった。

「おい、嘘を言うな! おい」

 あの人なわけがない。

 何度も何度も殴りつけるが、小男が繰り返すのは同じ名だった。

「おい、もうそれ以上は意味がない。今の情報を早く皆に伝えないと」

「ええ、そうですね」

 本当にあの人が裏切り者なのか。信じたくはないが、もしそうでないのならこれほどに冒険者側がボロボロな理由も思いつかない。

 この辺りの敵は助けた冒険者に任せ、裏切り者がいるであろう甲板に向かった。


「おい、来るなって伝えてなかったか。薬師のお前じゃ役に立たないってよ」

 そこでは大柄な男が一人、積み重なっている冒険者たちの上に座っていた。冒険者たちは一様に首を折られ、訳が分からぬという顔をしている。

 くそっ、信じたくなかったのに。

「どうして海賊なんてやっているんですか、グランさん」

 一人座っているのは俺に船での戦い方を手ほどきしてくれた、グランさんだった。

「どうして、どうしてと聞くか。やっぱり甘いな、サトル。敵だと思ったら、すぐに襲い掛からねえといけねえぜ」

 その喋り方はいつも俺に色々と教えてくれた時と何ら変わっていない。

「質問に答えろ! どうして、この船を襲っているんだ、グラン」

 俺の叫びにグランは少し目を細めただけだった。

 すっと手を上げると、どこからかリュマさんが姿を現す。

「リュマ、多分閉じ込めておいた他の冒険者どもも出てくるだろう。増援をよこすように連絡しろ」

「はい」

 リュマさんが何かつぶやくと、手元にどこか見覚えのある青白い光が灯った。

「それはあの夜の……」

「ええ、他の場所と連絡を行う魔法です。あの時は怪しまれるのではないかとひやひやしました」

 そうしゃべっている内に見えている範囲の海賊船がこの船に少しずつ近づいてきている。あれが増援だろう。

 今の状態でも戦力差があるのに、更に人数を増やされたらどうしようもないぞ。

 汗が流れる。

 そこにすっと風が吹いた。

「くそっ、邪魔が入ったか」

 グランは俺の後ろを見てそう呟いた。

「風よ、吹け!」

 それは最も簡易な魔法。リュマさんが使えば前髪を揺らすほどしかできないそれはしかし、まるで全てを吹き飛ばすハリケーンのような風を生んだ。ビュービューと音を立て、立っているのが困難なほどの強い風は、帆を大きく広げ膨らませる。

 ほとんど風がない状態で生み出されたその魔法の風は、俺達が乗る船だけを一気に加速させる。そして風が止まったころ、海賊船は遠く後ろに消えていた。

「さあ、ここからが本番よ。後ろの奴らは他の冒険者でどうにかなるわ。私たちは海賊の頭を潰すわよ」

「今度は私も一緒に戦います」

 フライの魔法でシズネとアルトが甲板に降り立った。

 相手は状況の変化に戸惑っているようで、グランは頭を大きく掻いている。

「今回はイレギュラーばかりだ。すぐに扉を壊して出てくる馬鹿野郎に、船一つを軽々動かしてみせる魔法使いだと。はっ、面白くなって来たじゃねえか」

「はあ、せっかく楽な仕事のはずでしたのに。これはそう簡単にはいかないようですね」

「残念だったな。折角の作戦を不意にされて。……怒ってるだろ」

「……怒ってなどいません」

 今の状況になっても二人は緊張した態度をとらない。俺達を侮っているのか。

 その姿は船で一緒に過ごしたころと何ら変わらない。

 何かの間違いじゃないのか、そんな考えが頭をよぎる。

「本当に海賊なのか。俺達の事を騙してるだけじゃないのか。……全部冗談だって言ってくれよ」

「鍛錬で何度も言ったよなあ。覚悟を決めろってよ」

 グランは死体から跳び下りると、いきなり殴りかかってきた。

 おおっ!

 驚きながらもどうにか剣の腹で受け止める。

「がはっ!」

 一瞬の浮遊感があって、次に背中に痛みが走った。

 な、何があった。痛みでかすみそうになる目をどうにか開ける。拳を振り抜いたグランの姿がある。そうか、俺は弾き飛ばされたのか。

「お前は甘い。俺はその甘さも嫌いじゃねえが、場合をわきまえな。今、お前がするべきことは何だ。さあ、これが最後の鍛錬だ。海賊の頭目を倒してみせろ」

 大きく手を広げるグラン。それはグランからの宣戦布告だった。

「はあ、しょうがないですね。それじゃ、私は彼女たちを止めましょうか。脳筋どもが分かるように簡略化した私の計画を、邪魔してくれた報いぐらいは受けてもらわないといけませんからね」

「ははっ、やっぱ怒ってるじゃねえか、リュマ」

 ここに戦いの火ぶたは切って落とされた。


次から視点をシズネとかにずらしながらバトルを書いていきます。

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