獣人少女との出会い
「えーと、サトル様は知恵の女神さまから、このダンジョンを荒らす冒険者の方々を退治するように呼ばれた勇者様なのですね。先ほどのも私のス、スカートの中を見ようとしたわけではないのですね」
「そ、そうなんです」
あれから目を覚ました俺は何とか誤解を解き、お互いに状況を確認しあった。それで俺が勇者だという誤解が新しくできたわけだが、まあ大丈夫だろう。スカート覗き魔よりは大事ないはず。それに勇者様はこそばゆいから、どうにか様付けではあるものの名前呼びにしてもらったし。
彼女の名前はアルト。アルトはどうやら奴隷らしい。思い返してみればあの冒険者たちが連れていたように思う。首に巻かれている黒い輪が痛々しいことこの上ない。
しかしそれ以上に俺からしたら驚きなのは、頭でぴくぴく動くケモ耳。最初見た時はコスプレの一種かと思ったが、どうやら本物のようだ。
「アルトは亜人、獣人なのか?」
恥ずかしそうに下を向いてアルトは頷いた。
異世界テンプレ的出会いが来たー。ちょっと年齢低いけど、これはヒロインだよな。しかもケモ耳に可愛い尻尾付きの獣人。お約束ですね。
「あの勇者……サトル様は獣人が怖くはないのですか」
「どうして? アルトはこんなに可愛いのにどこが怖いの」
可愛いと言われたことに照れたのか、顔を赤くするアルトは超キュート。普通に話ができて、反応も初々しい。どこぞの怠惰女神ではこうはいかない。
話を聞いてみたところ、どうやらこの世界では獣人は迫害傾向にあるらしい。この世界にはモンスターである獣人と、人種に分類される獣人とがいるため、獣人は蔑まれているのだそうだ。特に戦闘能力の高い狼種や虎種なんかはさらにその傾向があるらしい。
アルトも虎の獣人らしく、ボロボロのその姿を見てもつらいことが多かったんだろうという事は想像がつく。俺はそんなこと気にしないよ、と優しく頭をなでる。
「はう……」
アルトは下を向いてしまった。
「嫌だったか」
そう聞くとぶんぶんと首を横に振った。一緒に尻尾が揺れているのが可愛い。
「お父さんが昔やってくれてたの思い出してました」
「そうか。じゃあもう少し撫でててやるよ」
少しの間俺はモフモフの耳を堪能した。
「でも何であいつらはアルトを連れて行くんだ。言い方は悪いけど、戦いで活躍できるとは思えないんだけど。何かあいつらに悪さされてない」
食事をきちんと食べれているのかというぐらい、彼女の体は細い。しかもちらちら見えるところには痛々しい痣も見て取れる。
「こ、これは……」
俺の視線に気づいて恥ずかしげに体を隠す。見せたいものではないだろう。俺も目をそらす。
「もし、言いたくなかったら言わなくてもいい。どうせ俺はあいつらを退治するつもりだったんだ。その理由が一つ増えただけさ」
やばい、くさい台詞だ。主人公とか意識しちゃってるよ。まあ、ヒロインというにはアルトはちょっと普通すぎる女の子かな。ってひどいな、俺。あー、毒されてきてるかも。やっぱり異世界転生なんてものを経験するとヒロイズムに目覚めるのかもしれない。少なくとも一日前の地球にいたころの俺だったらこんなこと言わなかった。……言う機会もない訳だが。
「サトル様?」
急に黙ってしまった俺にアルトは心配そうに声をかけてきた。大丈夫だと一声かける。
「私が何であの冒険者に連れられていたのか何ですけど……」
「無理して話さなくてもいいよ」
ぶんぶんとアルトは首を振った。どうもアルトはいちいち首を振る動きが大げさだ。それともこの世界ではこれが普通なのだろうか。
「大丈夫です。聞いてください。私はモンスターを引き付ける能力を持っているんです」
アルト曰く、何故かモンスターはアルトを見ると、他の人を無視してアルトに群がってくるらしい。ただアルト自身が襲われることはないらしく、冒険者たちはこのアルトの能力で、自分たちよりも強いモンスターも不意打ちで倒しているらしい。
「さっきも同じようにしてたんですけど、数が多くて……。気付いたら担がれてました」
それで運ばれていたところ、偶然助かったという事らしい。確かにあの狼男たちもアルトを襲う気があるようには見えなかった。
「アルトの力については分かった。次は冒険者たちのことを教えてくれないか」
この能力のせいでアルトは奴隷になったのだろう。暮らしているだけでモンスターに襲われるという体質は厄介だ。きっとこの体質で辛い目にあっているはず。だから俺はそこにはほとんど触れずに、話を冒険者の方へと変えた。
「それはできません。この首輪には呪いが掛けられていて、あの人たちを裏切るような行為はできないんです。……ごめんなさい」
しょぼんと落ち込むアルト。虎耳と尻尾も同じように垂れている。いけないんだろうが、やっぱりその姿はとても可愛い。
でれっとしている場合ではないか。気分としては伸びた鼻の下をグッと元に戻す感じで、シリアスさを取り戻してみる。
そうか、この嫌な感じはやっぱり呪いの道具だったのか。アルトの首に巻かれた首輪はよく分からない材質で、触ってみると金属のように固いが金属とは思えないどす黒さだ。その真ん中には紅い宝石のようなものが埋め込まれている。
呪い……何かさっき聞いた言葉だな。
「なあ、アルト。呪いを解く方法があるって言ったら信じるか」
俺の頭に浮かびあがるまがまがしい衣装の本。これを使えば、どうにかなるはずのではないか。唯一のメリットが呪い防止だしな。
「とりあえずこの本を持ってみてくれないか」
「本……ですか?」
さっきまで何も持っていなかった俺の右手に、いつのまにか本が握られていることに目を丸くするアルト。いや、その禍々しさに唖然としているのかもしれないが。
無造作にアルトに手渡す。
ぞわっと一瞬アルトの髪の毛が逆立った。……やっぱり危ないわ、この本。
それと同時にぱきっ、という音がして首輪が宝石ごと真ん中できれいに割れた。アルトは突然現れた本を見た時以上に、二つとなって地面に落ちた首輪を見て茫然としている。それから自分の首を触って、そこに首輪がないことを再度確認していた。
「これで大丈夫だね」
「え……どう……た……首……こ……」
「えーと、首輪をどうやって壊したのか、って言ってるのか」
アルトはうんうん、と大げさに首を縦に振る。やっぱりこの大げさなのがデフォルトなのか。どうもそこばかり目が行く。その様子は何だか虎というよりも犬っぽくて、なんだか頭を撫でたくなる衝動に駆られる。
「今アルトが持っている本は『闇と悪の書』です。どんな呪いも打ち消すほどの強い呪いを帯びた本です。中を見たらただじゃすまないから注意するように」
「え……え、えっ」
投げ出したいのに、俺のだからとどうすることも出来ず慌てるアルト。見ていて面白いが、そのままにしておくのは可哀想なので、とりあえず本を回収して頭に戻す。
「それじゃ、呪いの首輪も外れたことだし冒険者たちについて教えてもらえるかな」
「は、はい……」
まだ落ち着いていないアルトからゆっくり話を聞き出す。怠惰女神に比べてアルトは可愛いし、話しやすいなー。
アルトの話を纏めてみると、あの三人は冒険者の中では中堅ぐらいらしい。剣士(名前はめんどくさいので職業で)がリーダー格で、アタッカー。そういえば俺をまず攻撃してきたのはこいつだったか。基本剣技しかないらしい。盾男は前衛で、ガードを担当している力自慢。最後の魔法使いは完全な後衛。使えるのは火の魔法と回復魔法が少々というところだそうだ。
パーティーとしてのバランスは良さそうだな。まず三人をばらけさせることが重要か。多対一の闘いは作るな。一対一の闘いを何度も続けろ。どっかの本で読んだ知識を本当に使う日が来るとはな。これだから人生ってのは分からない。
「元々はこのダンジョンにあるという虹の雫と呼ばれる貴重アイテムの群生地を探しに来たんです」
「ふむ、そこならさっき見つけたな」
「ええっ」
驚いている所悪いが、今はそこは重要ではない。ただ相手の目的を知れたのは何かに使える気がするな。
「とりえずこの辺の地理とかを知りたいな。ちょっと移動するぞ」
「私も連れて行ってくれるんですか……」
連れて行かないという選択肢はないんだがな。