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勇者の知恵の使い方  作者: 霜戸真広
魔法都市リュリュケ
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嵐の前の静けさ

 朝起きると、もうアルトの姿はなかった。

「あんた、もうとっくに朝は過ぎてるわよ。アルトは、船員のお手伝いをしてきますってさっき出て行ったわ」

「マジか」

 昨日は寝付けなくてリュマさんと遅くまで話してたからな。起きれなかったんだろう。

 アルトもきっと起こすのが忍びなくて、俺を寝かせておいてくれたんだろう。

 アルトにお礼を言っておかなくちゃな。

「そういえば、夜に起きてどこか行ってたみたいだけど、何かあったの?」

 シズネは今日も体調悪そうに横になったまま、そんなことを聞いてきた。

 てっきり二人とも気付いていないと思ってたんだけどな。

「起こしちまったか、悪いな。どうも寝付けなくて、甲板になんとなく上がったんだよ。そうしたらリュマさん、えっと、冒険者を纏めてるグランさんと同じパーティーにいた理知的な感じの魔法使いで、よくアルトが水をもらいに行っている人なんだけど、そのリュマさんとばったり会って色々話を聞いてたんだよ」

「ああ、私を起こしたことについては気にしなくていいわよ。まだ体調が戻らないし、昼もずっとベッドの上で夜はそれほど眠くないから。それにしても、ふーん、夜に女と一緒にね。それは結構。アルトにも伝えておくわね」

「はは、誤解を生むからやめてくれ。頼む」

 絶対シズネは変な脚色してアルトに話すからな。

 この前の家族になりましょう、って話でお兄ちゃんは嫌だと言われて結構俺は傷ついてんだ。これ以上アルトに嫌われるようなことになりたくない。

 だから、ここは誠意を見せようじゃないか。

「そう言って土下座されても軽いのよ」

 美しい動作で頭を下げたのに、どうしてそんなことを言われなきゃならんのか。

 それとも五体投地でもすれば満足か。

「はあ、それでどんな話したのよ。その魔法使いと」

 ん? シズネが俺をおちょくらずに話を進めるだと。

「だ、大丈夫か。もしかして体調がひどくなってるんじゃないか。ちょっと、待ってろ。今、薬をもらってきて――」

「そういうのじゃないから。ただ、私の過去の話を聞いて、何かその女に色々聞いたんじゃないかと思ったのよ」

 うっ! 鋭い。

「その顔は図星ね」

 うわー、睨みが厳しくなった。

 顔を合わせないように、頭を垂れる土下座モードに移行。そしてそのまま、リュマさんに聞いた事を話した。


 それほど長い話でもないから、数分で全部語り終えた。

「なるほどね。私のことまで話さなかったのは褒めてあげる。そのリュマとか言う魔法使いがそうとは限らないけど、たまに私をつけ狙うのもいるから」

 まあ、全員返り討ちにしてやったけどね。

 横になって顔を青ざめさせながら言われても、説得力はないな。

「まあ、その魔法使いが言ったみたいに、風魔法を蔑視しているのは中央の奴らがほとんどね。だからあの都市を出てその事を知った時は、それはもう肩の荷が下りたわよ。自分は劣った存在じゃないって確信したからね」

 そう言うシズネはどこか辛そうだ。

 でも、もう乗り越えてしまっている強さも同時に溢れていた。

 本当に強いな、シズネは。

 そう思って、アルトにいつもやっているようについ頭を撫でた。

「はあ、本調子じゃないから杖は勘弁してあげるけど、いきなり女の頭を撫でるものじゃないわよ」

 あれ? ここは頬を染めるところじゃないんですかね。

 弱弱しく跳ね除けられた手が寂しい。

「……そういえば、いいの。もう訓練が始まる時間じゃなかった」

 ……訓練。

「おお、やばい。行ってくる。シズネはゆっくり寝てろよ」

「はいはい。……頑張りなさいね」

 最後に添えた小さな言葉に頬が緩む。

 ふふふ、シズネも可愛いところがあるじゃないか。

「ああ、頑張って来るよ」

 そう言って俺はグランさんが待つ甲板に上がり、遅れた分も合わせてさらに昨日の倍の時間訓練をさせられることになった。

 

「また、これですか」

「おら、文句は言うな。しっかり体の筋肉を意識しろ」

 昨日同様に俺はつま先を内側に曲げる形の八の字に足をして立っている。

 それなりにプルプルし始めているけど、まだ大丈夫だろう。

「これってどういう意味があるんですか」

「意味? あれ言ってなかったか。これは足腰を鍛えるのと、船での戦闘をやりやすくするためだな。まあ、基礎訓練の範囲は出ねえがな」

 足腰を鍛えるのは分かるんだけど、これが船で戦う時に何の役に立つんだ?

 動きやすいわけでもないし、戦闘に向いてるとは思えないんだけど。

「おっ、その顔は嘘だと思ってんだろ」

「いや、嘘だとは思ってないですけど……」

 あんまり強くなったって実感には欠けるんだよな。突き蹴り受けは基本の技って感じで、覚えられるのは嬉しいんだけど。

 筋肉ムキムキなグランさんがお手本を見せてくれるんだけど、びゅっ、とか風を切る音がして超かっこいい。グランさんほどではないにしても、もうすこし筋肉が欲しいとは思う。

 でもグランさんの雰囲気からしててっきりもっと筋トレしたり、いきなり実践とか言いだすと思ってたんだけど。そういう意味では地味な鍛錬だ。

「船の戦闘で重要な事の一つに、如何にバランスを崩さないかってことがある」

「バランスですか」

「おう、バランスだ。この前の海竜が出た時、サトルこけただろ。でも船が揺れる度にこけてちゃ、戦闘なんてできる訳がねえ。それで、この立ち方は俺らに伝わる揺れに対抗する鍛錬用って訳だ」

「な、なるほど」

 そういえば、空手の中にも船で戦うために編み出された立ち方があるって聞いた覚えがあるような。それと同じなんだろうか。

「それと、もう一つだけ覚えておけ」

 ん? 何だろう。

「戦う時は覚悟を決めろ。迷いはそのまま自分の負けに通じるからな」

「覚悟……ですか」

 グランさんはいつにもなく真剣だ。

 ごくりと、俺はつばを飲み込んだ。

「そうだ。戦いの時が来たとき、お前は自分で考えて覚悟を決めろ。特に守りたい女がいるってならな。……よし、無駄口叩くのもこれで終いだ。このまま突きの鍛錬もはじめっぞ」

「はい!」

 くたくたになるまで鍛錬は続いた。


「大丈夫ですか、サトルさん」

 あれ? 何か覚えのある柔らかいものが頭の下にある……。

「もうそろそろお夕飯ですけど、サトルさん起きれますか」

「ああ、寝てたのか……俺」

 まだ意識がはっきりしないけど、グランさんによる鍛錬が終わった後、そのまま疲れて立てなくなって気付いたら寝てたのか。恥ずかしい。

 それで、今この状況は……もっと恥ずかしい。

「アルト、ずっと膝枕していてくれたのか」

 頭に感じた温かく優しい柔らかさはアルトの膝で、アルトは笑って俺を見下ろしている。

 傍目から見たら完全にカップル認定されそう。

「アルトちゃん……ギリギリ」

 ただ、周りから凶悪なまでの歯ぎしりと殺気が飛んでるんだけど、大丈夫ですかね。

 おそらくこの前の釣りに参加したような水夫たちからだろう。

 まあ、アルトは渡さないけどな。

「ふふ、こうやっていると一座にいた時を思い出します。サトルさんが間違ってお酒を飲んでしまって」

「ああ、確かそん時もこうやって膝枕してもらったっけ。何だかどんどん遠くに来てる気がするな」

 この世界に来て、忌々しい怠惰女神と会って、アルトを助けて仲間になって、冒険者倒して、一座に加わって、興行して、シズネと会って、巨亀と戦って。何だか色々あった。

「本当ですね」

 それからは二人して今までの事を楽しくおしゃべりした。

 この船に来てから、アルトはリュマさんに良くしてもらっているとか、グランさんの鍛錬がきついとか。そんな他愛もない話を続ける。

「アルト、いつもありがとうな」

「いいえ、サトルさんがいるからこそ、私は頑張れるんです」

 そんな可愛らしい笑顔で言い返されると、もう俺は何も言えないよ。

 恥ずかしそうにぴくぴくしている耳も可愛いなあ。

 そこでつい、頭を撫でようとして、手を止めた。

 しまった。シズネに注意されたばっかりだった。

 空中に伸ばしただけの手を所在なさげにワキワキさせる。

 それを見てどう思ったのか、アルトは自分から頭を手に押し当ててきた。

「私はサトルさんに頭を撫でられるの好きですよ」

「何だか、見透かされてるなあ」

「サトルさんは分かりやすいですから」

 うっ、俺ってそんなに分かりやすいのか。

 アルトを撫でていない方の手で顔をさする。

 そのまま俺もアルトもしゃべらなくなった。

 でも、全然息苦しさを感じない。この沈黙さえもアルトと一緒に共有できているというだけで、とても心地よい。

 そのまま二人、夕食を知らせる声が聞こえるまで何もしゃべらずに穏やかな時間を過ごした。


 そしてリュマさんが言っていた一週間が経った。

 何も変わらない平和は、その日大きな揺れと叫び声でかき消されてしまった。


短いのが続いていましたが、次にようやく海賊だして戦えると思います。長くなると思うので、投稿は遅くなると思いますが、ぜひお待ちください。

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