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勇者の知恵の使い方  作者: 霜戸真広
魔法都市リュリュケ
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勇者、おしゃべりする

「ああ、体が痛い。グランさん、手加減とか知らなさすぎだよ……」

 もう夜になってアルトもシズネも寝ているってのに、筋肉痛が早くもやって来たせいで寝る気にもならない。

 鍛錬って言っても技とかを教えてくれるわけじゃない。

 まずは基本からだ。

 そう言って、延々突き蹴り、受け、足さばきの反復練習。

 まあ、航海中の短い間で出来ることなんてたかが知れてるけど、それでも他に何かないんだろうか。

 それで部屋で横になってるのも飽きたからと思って甲板に上がって来たわけだけど、

「まあ、誰もおらんわな」

 正確に言えば見張りの水夫だったりとかはいるんだけど、流石に仕事中の人に話かけるわけにはいかないしなあ。

 真っ黒に染まった海をぼんやりと見る。

 波の音が不思議に頭の中を無にしてくれている。

「……日時……ケッコウ……」

 ん?

 どこかから声がしたような。

 なんとなくフラフラと声がした方に向かう。波の音にまぎれるせいで、何を言っているかまでは分からない。

 青白い光も見えてきた。

 も、もしかして幽霊じゃないだろうな。

「底が抜けた柄杓とかを用意した方がいいのか、ってそれは船幽霊だろ。ここは中世ヨーロッパ的ファンタジー世界なんだから、えーと、何を用意すりゃいいんだ」

 若干パニックになりながら、アルサイムの貯蔵庫から棒を二本取り出して十字架型に重ねる。

 さあ、行くぞ。

「そこにいるのは誰ですか」

 そっと、声を掛ける。

「っ! また連絡する」

 すると、慌てように青白い光が消えた。

 急に暗くなったことで目が慣れない。

「えっと、その棒は何のための物でしょうか」

 まだよく顔が見えないけれど、その声はリュマさんだった。


「なるほど。十字架を表すことで魔除けになると。それは聞いたことがないですね。どこの習慣ですか」

 どうもあの青白い光はリュマさんだったらしい。俺と同じく寝付けなかったようで、甲板に来て本を読むために明かりをつけていたのだそうだ。

「えっと、俺の住んでいた辺りではそんな教えがあって。どこの? えっと、ここからさらに遠くて、日本って場所なんだけど知ってますか?」

 正確には十字架は日本の物じゃないけど。そこまで詳しく教えてもどうせわからないだろう。

 やっぱり思った通り、リュマさんは首を傾げていた。

「ニホン、ですか。初めて聞く名前ですね。それなりに知識が豊富だと思っていたのですが、まだまだ勉強不足なようです」

 おお、いつも無表情なリュマさんが分かりやすく落ち込んでいる。

「女性の事を無遠慮に見るものではありませんよ。それに私なんかを見ても面白くとも何でもないでしょう」

「あっ、すいません」

 俺はいつのまにか向いていた胸への目線を逸らした。

 いや、気付かなかったけどリュマさんいい体つきなんだよ。特に今寝るためにかいつものぴしっとした服じゃないから、押さえつけられない分、こう柔らかさみたいなものが見えるというかね。

「良からぬことを考えているようですと、アルトちゃんに言いつけますよ」

 うわ、冷たいお声。

「それは勘弁してください。でも、リュマさんが綺麗な人だからってのもあるんですからね。ほんと、グランさんが羨ましいですよ」

「お世辞が上手ですね」

 ありゃ、恥ずかしいと思いながら褒めてみたんだけど、冷たくあしらわれてしまった。

「それにしても、私の事を幽霊と間違えて、震えているようでは先が思いやられますね。グランの訓練を受けるのです、せっかくだから強くなってください。いえ、こんなこと私たちがいう事ではありませんか」

 どうしてか、リュマさんの無表情が一層硬くなったような気がする。何か気に障る事でもあったのだろうか。

「いや、魔法の光とは思わなくて。魔法ってあんまり見たことがないんですよね。リュマさんはどこで魔法を覚えたんですか?」

 俺が怯えていた話は忘れてもらおう。話題転換、話題転換。

「私が魔法を覚えたのはルートルガの魔法学院の一つですよ」

 魔法学院。シズネもそこの試験を受けたんだったか。

「じゃあ、リュマさんって優秀なんですね」

「……そう、ですね」

 何かさっきから俺は地雷ばかり踏んでないか。

 また無表情が固くなったんだけど。

「魔法学院も上から下まであります。私がいたところはそれほど上級な場所ではありませんでしたから、それほど優秀ではありません。それに、魔法使いとして力を持つことと優秀であることは違いますから」

 ……何か空気が重いぞ。誰かどうにかしてくれ。

 痛くなりつつある胃に訪れた救世主は、皮肉にもその状況を作っている本人だった。

「サトル君のお仲間の魔法使いさんはどういう方なんですか。甲板にも出てこないので、顔も知らないのですが」

「ああ、シズネですか。完全に船酔いですね。あいつはそりゃもう口は悪いし、何かあるとすぐに杖が飛んでくるし、本当に危険な奴ですよ」

 頭にこぶが出来てないのが不思議なくらい殴られてるからな、俺。

「仲が良いのですね」

「ええ、今の説明でどこが仲がいいんですか」

 リュマさん、ちゃんと話を聞いているんだろうか。

「そんな風に優しく笑いながら話していたら、誰だって分かりますよ。アルトちゃんについて話す時と同じように笑うんですね」

「笑ってる? 俺がシズネについて話す時に?」

「はい」

 嘘だという意味で聞いた答えに、異論をはさまずに即答された。

 でも、そうか。笑っているか。

『家族に、家族になれたらもっと幸せになれると思うんです』

 アルトのその言葉と、二人の笑顔が浮かぶ。

 こっちの世界で出来た家族。そりゃ、にやけちまうってもんだよな。

「それで、シズネさんは何を使う魔法使いなんですか」

「シズネはか……」

 風魔法って言っていいのか。シズネの話からすると、風魔法は蔑みの対象っぽいんだけど。

 俺は悩んだ末に、リュマさんに聞いてみることにした。

「リュマさん、風魔法についてどう思う」

「はい? ああ、シズネさんは風魔法を使うのですか。風魔法は扱いに慣れるまでは大変ですが、汎用性も高いですし、何よりも低コストで使えるという利点がありますね」

 あれ?

「えっと、風魔法は良くないものとされているんじゃないんですか。確か魔皇に仕える四大貴族に風魔法の使い手がいないとかで」

 シズネはそんなこと言ってたよな。

 もしかしてあれが全部うそだったのか?

 話している時のシズネは真剣だった。あれが嘘とは思えない。それじゃリュマさんの方が間違っているのか?

「なるほど。確かにそういった考えがあったという話は聞いたことがあります。ですが今はもう廃れているはずです。まだそんな考えを持っているのは、四大貴族を中心とした連中だけではないでしょうか」

 な、なるほど。

「それにしてもよくそんなことを知っていましたね。魔法に関わるものでなくては知りえないはずですし、知っている者もわざわざ話すものではないと思うのですが。……もしや、今の質問はシズネさんと何か関わりがあるのですか」

 す、鋭い。流石にグランさんのパーティーの参謀役。

 それに好奇心も強いのか、結構前のめりになっている。そうなると、胸元が強調されるわけで。

 ああ、煩悩退散。

「さ、流石にこれ以上はシズネがいないところではちょっと」

「そうですね。好奇心が強いのは魔法使いの習性のようなものです。申し訳ありません」

「いえ、えっと、せっかく何で魔法について色々と教えてもらっていいですか」

「はい、構いませんが、シズネさんに聞けばよいのではありませんか」

 リュマさんは不思議そうに聞いてくる。暗い中で、コバルトブルーの髪が揺れる。

 まあ、そうなんだけど。あいつに聞くと絶対下に見られるから嫌なんだよな。

「それでは何か知りたいことがあれば質問してください」

 なんとなく察してくれたのか、リュマさんは質問を促した。

 さて、まず何から聞くべきなんだろう。

 そう考えると、やっぱり聞いたばかりのシズネの過去について気になる訳で。

「えっと、智の精霊にはまず属性があるんですよね」

「はい。属性は火、水、土、雷、風を基本とし、光、闇という特殊属性があります」

 基本の五色は知ってるけど、光と闇ってのもあるのか。『超実践的・元A級魔法使いが教える戦場で使える初級魔法~魔法は理論じゃない心だ~』には載ってなかったはずだけど。

 そんなことをちらっと匂わせる。

「光と闇は特殊なのです。初級を扱った本には記載されていないことも多いでしょう」

「特殊ですか」

「はい。他の五つの属性は人によって得意不得意はありますが、智の精霊から加護を得ていれば使用が可能です。例えば……風よ吹け」

 リュマさんが短く唱えると、ぶわっと風が吹き俺の前髪を揺らした。

「このように水属性の精霊から加護を得ている私でも、風魔法を発動させることが出来ます。ですが、光、闇の魔法を使うことは出来ません」

「失礼ですけど、それはリュマさんの習練不足という事ではないんですよね」

「今のところ、光か闇の属性を持つ精霊によって加護を得た者以外で、それを扱った者は存在していません。さらに言えば、扱える人数自体が少ないので、研究そのものもほとんど進んでいませんね」

 なるほど。光とか闇とかってやっぱり希少なのか。

 ……希少。

 もしかして勇者の俺が使える魔法ってこれか!

 光と闇のどちらかの使い手だから、他の魔法が使えないんだ。

 はっはっは、やっとあのダルダル女神が言っていた、俺も魔法が使えるという言葉の意味が分かったぞ。

「その研究では特殊属性魔法は基本属性魔法の上位に存在するという仮説が有効ですね。なぜなら特殊属性魔法の使い手は基本魔法を放つことが出来るから……急に暗い顔になりましたけど大丈夫ですか」

「ええ、やっぱり現実は辛いと思っただけなので」

 そうですか、とリュマさんは頷く。

 いや、こんな事だろうと思ってたよ。異世界はそんなに甘いものじゃないと分かってたじゃないか。

 ああ、いつか魔法を使ってみたかった……。

「話を続けてもよいでしょうか」

「あ、お願いします」

 ぼうっとしていたところを突っ込まれてしまった。

「特殊属性魔法を扱える者は基本属性魔法も使いこなせます。しかも、劣化率が少ないと言われています」

「劣化率っていうのは、自分の属性以外の魔法を使う時に威力が下がるってことですか?」

「そうです。先ほどの魔法も私では前髪を揺らす程度しか出来ませんが、風魔法使いなら後ろに押される程度の威力は少なくとも出ていたでしょう。基本的に中級の加護なら初級まで、上級なら中級以下の魔法を扱う事が可能です」

 ほー。結構弱くなるんだな。

 でも、それなら子供ながらに自分の属性以外を中級まで操れたシズネは、確かに天才なのかもしれない。

 調子に乗りそうだから認めてはやらないけど。

「ただし、風魔法は例外的に、基本の他の四属性を使った際の劣化率は低いですね」

 それから俺は魔法についてや、精霊について、魔皇国についてなど、色々とリュマさんに聞いた。

 リュマさんは一切嫌がる表情をせずに、一つ一つ丁寧に答えてくれる。

 そして一時間以上は話していただろうか。

 話していて頭を使ったからか眠気が訪れたので、ここで自分たちの部屋に戻ることになった。

「リュマさんのおかげで魔法についてよく分かりました。ありがとうございます」

「そんな、お礼など。私の方も付き合わせて申し訳ありません」

 それでは、とリュマさんと扉の前で別れることになった。

「……一週間後には危険な海域に入ります。怪我をしないようにその日は三人で部屋に籠っていてください。絶対に出てきてはいけません。分かりましたか」

「は、はい」

 危険な海域が一度見てみたいけど、俺が甲板に出ても邪魔をするだけになりそうだ。

「……私たちにこんなことをいう資格なんてないのに」

「え?」

 最後の言葉は聞こえなかった。

 リュマさんが次第に暗闇に溶け込んでいく姿を見送る。

 あれ?

「そういえばリュマさん、一冊も本を持ってなかったような」

 それならどうして甲板でリュマさんは魔法を使ってたんだ?

 それにどうして嘘なんて……。

 まあ、大したことじゃないか。

 眠気に負けて思考を止めると、俺は部屋に入り少しでも寝ようと目を閉じた。


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