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勇者の知恵の使い方  作者: 霜戸真広
魔法都市リュリュケ
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勇者、甲板で遊ぶ?

 あー、平和だ。

 波の音だけが聞こえてくる。

 無心でいる事が大事らしい。

「おっ、来た」

 と思っている時に手が引っ張られる感覚がした。

 負けじとぐっと力を入れて引っ張る。

 元の世界に比べれば簡易だが、それでもしっかりした釣竿がしなる。

 そして一気に釣り上がった。

「……魚?」

「ぎゃっ!」

 勢いで背後に飛ばした魚には角があった。

 元の世界のイッカクのように額にではなく、ハリネズミのように体中から角が生えている。可哀想に数匹の普通の魚が巻き込まれて串刺しになっている。

 何て名前の魚なんだろうかと、釣りに誘ってくれた船医のおじいさんに聞く。

「おお、珍しいのう。こりゃ、ツノウオって言う魚じゃよ」

「見たまんまの名前ですね」

 まあ、元の世界でも刀みたいだから太刀魚とか、飛んでるからトビウオとかって言うんだし、こういう所は異世界でも共通なんだろう。

 気になるのかアルトがつんつんと角の部分を触っている。

 ちなみに未だ船酔いの抜けないシズネは釣りはパスして船室で寝ている。

「ほっほっほ、こいつらは凶悪でな。角が網に引っかかるわ、一緒に釣り上げた魚を傷つけるわ。それにほれ。木の板なら自重で貫通するんじゃよ。漁師泣かせの魚で有名じゃな」

「はあ、貫通……」

 そういえばさっき釣り上げてから悲鳴を聞いた気が……。

「もう、誰よ。アタシの頭に角突き立てたの。メチャクチャ痛かったんだから!」

 ああ、運の悪い。

 血が流れるスキンヘッドの頭を抱えて怒る筋肉ムキムキの船員に、とりあえず平謝りした。


「サトルさん、大丈夫ですか?」

「ああ、何とか」

 ムキムキの筋肉で押し迫ってくる相手に正面から謝ることは命に係わるって初めて知った。

 何だよ、あれ。絶対こっちを見る目がおかしかった。何度か尻がぞわぞわしたぞ。

 またぶるりと体が震え、尻の位置をずらす。

 どこからかこっち見てないよな、あの筋肉オカマ。

「それにしても良く釣れたのう、お前の釣竿。あんなデカいツノウオ久々に見たぞ」

「サトルさん、凄いです。私も海面に手が届けばお手伝いできるんですけど……」

「え、まあ、そうですかね」

 って、アルトはどうやって魚を取るつもりなんだろう。

 川の真ん中に立ち熊みたいに腕を振り下ろすイメージがよぎるんだが、まさかね。

「アルトは魚好きか?」

「はい、大好きです。骨までしゃぶっ……ちゃいます」

 もじもじ恥ずかしがるアルト可愛い!

 骨までしゃぶるって言い方が恥ずかしいのかな。興奮して途中まで言って、気付いて声を小さくする。とてつもなく可愛い。

 よし。

「もっと、一杯大きいの釣ってやるから待ってろよ」

「本当ですか! 楽しみ」

 そしたら頑張りますか。

 何故か他の釣りをしていた面々も急にやる気になったみたいだ。

 美少女の笑顔の力って奴か。みんな現金だね。

「おい、この中で一番釣った奴がアルトちゃんからご褒美がもらえるってのはどうだ」

 何っ?

 それは聞き捨てならないな。

「じゃあ、アルトちゃんと握手してえ」

「お、いいね。それじゃ俺はアルトちゃんと一緒にご飯が食べてえな」

 周りががやがやとし始めた。水夫たちもどこからか釣竿を持って来て座る。

 おい、仕事しろよ。

「おい、まずアルトの嬢ちゃんから許可貰わねえといけねえだろうが」

 船医のおじいさんがみんなに声を掛ける。

 そうだ、アルトが許可するわけがない。

 こんなばか騒ぎにアルトが――

「いいですよ」

 乗る訳が……あれ?

 ちらっとアルトは俺の方を見て、そしてもう一回言う。

「面白そうですね。美味しいお魚が食べれると嬉しいです」

 そしてにっこり笑う。

「「「「「……うおおおおおおお」」」」」

 甲板に叫び声が響いた。

 俺は慌ててアルトに近寄る。

「おい、アルト。どうしてあんなこと言うんだ」

 どいつもこいつもアルトに色目使いやがって。アルトを何だと思ってるんだ。

 そんな奴にアルトからご褒美を渡すとかありえないだろ。

「だって、サトルさんが一番釣ってくれるんでしょ」

 その時の笑顔は強烈で、俺は何も言い返せずに、馬鹿みたいに

「お、おう」

 としか答えられなかった。

 結局始まってしまったアルトからのご褒美がかかった釣り大会。太陽が海面につくまでにどれだけ多くの魚が釣れるかっていう簡単なルールだ。

「それじゃ、みなさん。頑張ってください」

 アルトのその可愛らしい言葉で始められた。


「釣れない……」

 まったく釣竿に反応がないんだが。

 横眼で見ると、もう六匹ほど釣り上げた男がいる。どうもそいつが一番釣っているようだ。

「しょうがない。奥の手を使うしかなさそうだ」

 アルサイムの貯蔵庫起動。

 右手にふっと軽いものが乗った感覚がした。

 あとはこれを針のところにちょちょいとつけて、よし、完成だ。

 ふっふっふ、見てろよ、異世界人共。地球人の凄さを見せつけてやる。

 勢いよく海面目がけて針を飛ばした。

 太陽が大きく傾いてきた頃、俺の棹はピクリともしていなかった。

 ……あれ?

「のう。さっきのあれは何だったんじゃ」

「ん?」

 もう諦めてしまったらしい船医のおじいさんは、三匹ほどの魚が入った箱を抱えている。

 現在の一位はやっぱりさっきの男が八匹で独走中。

 あ、こっち見て鼻で笑いやがった。

 もう勝った気でいやがんな、くそったれ。

「だから、さっき針の先に何か付けとったじゃろ。何かこう、光っとったやつじゃよ」

「ああ、あれか。あれは俺の暮らしていたところで使ってたやつで、ルアーっていう擬似餌だよ」

 知恵の勇者として知識でチートしようと思ったんだけどな。

 この世界ならまだ使われていないだろうから、魚も簡単に騙されてくれると思ったんだけど、甘かったか。

 まあ、元の世界で釣りとかテレビ番組で見たぐらいだしな。

「ほうほう。なるほどのう。ああやってピカピカさせて魚をおびき寄せる訳か。それならもっと動かした方が良くないかの。その方が魚も食いつきが良いと思うのじゃが」

 なるほど。一理ありそうだ。

 動かしてみるか。

 そうしてみると、急に棹に重みがかかった。

「おっ! ありがとう、船医のおじいさん。これならいけそうだ」

「それなら良かった。嬢ちゃんもきっとお前が勝つことを望んどると思うぞ」

 最後そうニヤニヤ笑ってどこかへ行った。

 何か言おうとしたけど、それよりも目の前の魚だ。

「アルト待ってろ。絶対俺が勝ってやるからな!」


 太陽が海面に近づく。

 俺の釣り上げた魚の数は三匹。

 短い時間で釣り上げたものだが、全然足りない。

 くそ!

 このままじゃアルトが他の男にご褒美を上げなくちゃいけなくなる。

「ははっ。これでアルトちゃんからご褒美をもらえるのは俺で決定だな」

 勝ち誇る一人の水夫。

 もう太陽は海面擦れ擦れ。よくて一匹釣れたらいい方だろう。

 まだ三匹の俺では届かない。

 ここで俺は諦めなくちゃいけないのか。

 絶望が俺を支配した時、その声は聞こえた。

「サトルさん。頑張って」

 アルトの応援する声が。

「うおおおおおおお」

 ここでいいところ見せなきゃ男じゃない。

 かかれ、かかれ、かかれ!

 怨念すらこめて願った時、ぐんと体が前に引っ張られた。

「来た! 大物だ」

 これを釣っても数では負ける。

 それでもアルトの前でかっこ悪い姿は見せられない。

 その魚との格闘はとても長く感じられた。

 太陽が海に触れるまでの短い時間が、一時間にも一日にも感じた。

 しかし、その格闘も終わりを告げる。

 一気に引き上げた棹につられるように、魚が海面から姿を現し俺の頭上を越えて甲板に落ちた。

「ぎゃっ!」

 同時に太陽が海に隠れ始め、どこか聞き覚えのある叫び声が聞こえた。

「負けたのか……俺は」

 アルト、すまない。俺はお前を護ることが出来なかった。

 ほら、あの水夫の勝利した笑い声が聞こえてくる……あれ? 聞こえてこない。

 どうしたのかと思い、後ろを振り向く。

「サトルさん。信じてました」

 へっ?

 何故か俺はアルトに抱き着かれた。

 周囲の男たちは何故か悔し涙を流している。

「ほれ、あれを見てみい」

 船医のおじいさんの言葉で、甲板に突き立った魚に目を向ける。

 それは俺が最後に釣った魚。ツノウオだった。

「お前さんが元々釣っておった三匹に、ツノウオと、ツノウオの角に刺さっていた魚が五匹」

 合わせて九匹でお前が一番だ。

 まじ?

 耳を疑ったが、確かにツノウオは魚を突き刺したまま甲板に突き刺さっているし、アルトも笑顔で俺の腕の中にいる。

 俺は勝ったのか……。

 勝った……。

「おお! よっしゃあ! これでアルトは他の奴にとられなくて済むんだな」

 おお、正直運が良かったとしか言いようがない。まだ信じられないけど、それでも勝ちは勝ちだ。

「サトルさん。ご褒美何が欲しいですか」

 可愛くアルトが聞いてくる。

 そういえば、勝ったらアルトからご褒美がもらえるのか。

 アルトを他の男から護ることしか考えてなかった。

「まずは謝ってもらおうかしら」

「そうだな、まずは謝ってもら……」

 背後から野太い声が聞こえた。

 そのうえオネエなしゃべり方。聞き覚えがある。

「えっと、ご褒美は考えておいてくださいね」

 そんな言葉が聞こえると、体に触れていた柔らかくて暖かかったものがなくなった。

 そして一気に周りから人が消える。

「あら、またあなたなの。もう。ここまですると私に気があるとしか思えないわね」

「ははは」

 乾いた笑みを浮かべながら振り向くと、スキンヘッドの頭から血を流した男が一人。ムキムキな筋肉を見せびらかしながら、その身のこなしはどこかくねくねと科を作っている。

「さあ、おしおきよ」

 ははは、乾いた笑いしか出てこねえ。

 ばちばちと甲板を魚が跳ねる音を聞きながら、俺は今日二度目の謝罪に入るのだった。


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