勇者、二人と家族になる
「つまり私は貴族出身だけど、孤児院出身でもあるのよ。だから一通りの事は自分でできるってわけ。サトルとアルトが自分たちの過去を話してくれていたから。いつかは話したいと思ってたのよ」
シズネは話疲れたのか、壁にそっともたれかかる。
「意外と驚かないのね」
どうもシズネとしてはリアクションが足りなかったらしい。
でもまあ、今回の話って予想できてたことでもあったしな。
「そりゃ、シズネの庶民的な所いくつも見てるからな」
最初に会った時とか値切りに値切ってたし。渡した金額に超ビビってたし。あまりにも貴族らしくないとは最初から思ってたんだ。
「それにアルトのお姉さん役も板についてたしな」
アルトもそうだから静かにしてるんだろうと見ると、体をプルプル震わせていた。
「シズネさんっ!」
そして感極まったという風にアルトは涙を流して、勢いよくシズネに抱き着こうとした。
「はい、アルト。待ちなさい」
そこを俺が猫にやるように首根っこ捕まえて止める。虎も猫の一種だし正しいとらえ方だと思う。ぷらーんと吊るされたアルトも可愛らしい。
「ほら、まだシズネは体調が悪いんだ。あまり迷惑かけるようなことはするなよ」
普段ならともかく弱ったところにアルトの抱き着きという名のタックルは致命的だ。シズネも一瞬身構えてたしな。
理解したようなので、手を離してやる。
「ごめんなさい」
「いいのよ。私の事を想ってくれたんでしょ、アルトは」
話を終えて安心したのか、それとも薬を飲んだからか、シズネの症状は弱まっているようだ。まあ、こういう時こそゆっくりしておかないといけないわけだが。
しばし、ゆっくりと抱き着いたアルトが泣きやむまで待って、それから話を再開する。
「シズネ、話はよく分かった。お前が俺達を信頼して話してくれたのもよく分かる。だけど一つだけ聞かなきゃいけないことがある」
俺が話を一度区切ったからか、シズネが一気に緊張したように見える。心なしかアルトをなだめる手に力が入ったようだ。
俺は一度深呼吸し、真剣な気持ちが伝わるようにシズネの目を見つめる。
「お前の」
俺の言葉に反応するようにアルトの耳がぴくっと可愛く動く。
シズネの目にも強い光が宿る。
「お前のその口調はいつから変わったんだ」
……。
「はあ?」
シズネの目に宿っていた光が一気に怒りの色に変わったぞ。
本当に怖い。
とりあえず言い訳を言おう。もしかしたらその剣呑な雰囲気を抑えてくれるかもしれないし。
「いや、他意はないんだ。ただ過去の話のなかではまだ口調が大人しかったのに、いつ今みたいな荒々しい口調になったのか気になったんだ。アルトだってそうだろ」
「……?」
助けを求めた人から無言でクエスチョンマーク貰いました。
これぞ孤立無援。
いつシズネの怒りがピークに達して杖が襲い掛かるかと思ってたけど、全然落ちてこない。
聞こえてきたのは一つのため息。
「はあ、他にも聞かないといけないことはいっぱいあるでしょうに。わざわざそんなこと聞くなんて、あんたやっぱりアホなのね」
「知恵の勇者にアホって言うなよ」
それに聞かなきゃいけない事って何だ。
例えばお前が魔皇国に入っても大丈夫なのかとか、捨てたはずの貴族の名をわざわざ俺達に名乗ったのは何故なのかとかか。
他にも色々ないざこざはありそうだ。
でも、だからなんだとも思うんだよな。
「俺はシズネの事を信頼してるんだよ。語るべきことなら、自分から語ってくれるってな」
シズネは呆れたような顔になった。さっきから百面相だ。見てて面白い。
「本当に、本当に、あんたってアホね。だけど」
そんなとこは嫌いじゃないわ。
あのシズネが、俺に対して杖ばっかり振るってくるシズネが、俺の事が嫌いじゃない……だと。
シズネの最後ポツリと言った言葉に、俺は一瞬硬直した。
聞き間違えじゃないよな。
シズネが恥ずかしそうにしている。聞き間違いでもないようだ。
俺は我慢できず、拳を天井目がけ突き出し叫ぶ。
「シズネが、シズネがついにデレた!」
「デレたって何よ!」
間髪入れず杖が額を直撃した。
その後、少し俺が騒いだものの、いったん気持ちを静め、落ち着いたアルトと共に再度シズネの話を聞くことに。
「さっきの質問についてだけど、この口調は師匠に魔法を教わってる時に、修行で冒険者家業をやってる時に身に着けたのよ。あんまり丁寧な言葉だと冒険者は嫌がるのよね」
何か嫌な経験でもあるのか、シズネは顔を歪ませる。
冒険者というと自分で退治した三人組とか、今回船で乗り合わせた奴らぐらいしか知らないが、確かに優雅さがないってのはすぐに分かる。
基本むさくるしい男どもの中に、美しいと言える容姿で整った口調の女が来たなら、想像しただけでも誰かがナンパにでも寄ってきそうだ。
「それと、私があの国に入ること自体は大丈夫よ。別に手配書が回ってるわけじゃないし。皇都にさえ行かなければ何とかなるわよ」
はっきりと口に出してるし、強がりじゃないんだろうな。
「もし何かあったとしても知らぬ存ぜぬでいいわよ。私の事は気にせず、逃げてくれればいいわ」
でも、その言葉は許せない。
ぱしんっ。
軽く頬を叩く二つの音が重なって一つになって船室に響いた。
俺の手が右の頬を、アルトの手が左の頬に当てられている。
訳が分かっていないのか、シズネは目を丸くしている。
「シズネ、俺達がそんなことすると思うか」
「そうですよ。シズネさんは私たちの仲間なんですから。見捨てたりはしません。絶対に見捨てたりしちゃいけないんです」
「アルト……」
アルトはその呪いのせいで、昔自分の住んでいた村を追いだされた経験がある。仲間だと思っていた人たちに裏切られることの辛さを良く知っている。
だからきっと、行き場を無くしたシズネの過去に強く共感しているんだろう。
今もまた、泣き出しそうにしている。
「シズネ。俺はアルトやシズネみたいな辛い過去はないよ」
あまりにも平凡な世界に飽き飽きしてはいたけれど、でも今ならそんな世界が幸せだったと知っている。
「だから二人のことを全部理解したわけでもないし、俺が想像するよりもきっと二人は大変だったんだと思う。でもだからこそ、二人はもう幸せになってもいいと思うんだ。俺と一緒にいる間は幸せでいて欲しいんだ」
……また言ってしまった。
どうかんがえても寒くないか、これ。
調子に乗りすぎだろ。
内心びくびくしながら、二人の反応を待つ。
「サトルさん!」
「わっ!」
アルトがタックル、じゃなくて抱き着いてきた。
勢いでそのまま倒され、頭が床に直撃。超痛い。
だけど次のアルトの言葉で痛みなんか吹き飛んだ。
「私、今幸せです。サトルさんと一緒に居られて、それだけで幸せです。サトルさんは私の勇者様ですから」
満面の笑みでそんなこと言われると……照れる。
「顔がゆるんでるわよ、勇者様」
棒読みでうるさいな、シズネ! 今いいところなんだ。空気を読んでくれ。
「でも仲間じゃなくて、えっと……家族に、家族になれたらもっと幸せになれると思うんです、私」
ん? 華族? つまりお貴族様になりたいってこと?
俺の脳みそがいい加減に漢字を変換する。現実逃避だ。
「私にはもう家族は誰もいません。シズネさんも今は一人ですし、サトルさんもこの世界じゃ一人きり」
だからこの三人で家族になりませんか。
アルトの無邪気な提案に、俺は冷や汗が流れるのが分かった(ちなみにいまだ俺はアルトにマウントポジションをとられている)。
娘のように見てきたアルトと家族になることに否やはないんだ。ただ、その場合シズネが母親になるのか。
それは何とも気まずい。
ど、どうすれば……。
「ああ、いいんじゃない。それなら私はアルトの姉ってところかな」
おお、成程。その立ち位置があったか。
「じゃあ、俺はアルトの兄ってことでいいかな」
「まあ、そんなところじゃない。年齢的には、うわっ、私にとっても兄になるのか。気持ち悪い」
「おい、そこまで傷つくことか」
確かに俺に兄貴らしさはないかもしれないけど。
「それじゃ私が、『お兄ちゃん』って呼んであげましょうか。ねえ、『お兄ちゃん』」
金髪美少女であるシズネがにっこりと可愛らしく笑って、『お兄ちゃん』と呼ぶ。
体中を何かが走り抜けた。
「うわっ、鳥肌立った」
「ちょっと、それどういう事よ」
「もう、サトルさんもシズネさ……お姉ちゃんもはしゃぎすぎですよ」
そう頬を膨らませて怒るアルトだったけど、それが妙に可愛くて、シズネと顔を合わせて二人して笑う。
それがいつのまにか三人になって、ああ、俺達は家族になったんだと実感した。
異世界で何の寄る辺もない俺に家族が出来る。
本当に幸せだな。
シズネも同じように感じたらしい。
「あはっ。母親に見捨てられてからずっと欲しいと思ってたのがこんな風に叶うなんて、あんたの言葉じゃないけど幸せよ」
過去の話をしていた時には暗かった顔が、一気に華やいで見えた。
「そういえば、なんでシズネはシズネお姉ちゃんで、俺はさん付けのままなんだ?」
家族になった後、気になったのでアルトに聞いてみた。
「だって兄弟じゃいやだから……」
そう言ってアルトはどこか拗ねたように言って、ぷいっとそっぽを向くと毛布をかぶって丸くなってしまった。
「シズネ」
「何よ」
「俺はアルトにとって勇者であって、家族にはなれないんだろうか」
藁をもすがるとはこの気持ち。シズネに確認してみる。
「はあ。気付いてあげなさいよ、愚弟が!」
何で俺は怒られたんだろう。
それに何故弟?
その日中、俺の頭の中を疑問符が飛び交っていた。




