船の上にて出会い
また遅れてしまいました。お待たせしてしまって申し訳ありません。この遅筆を直せる治療法とかないのでしょうか。
今回はやっと船の上、サトルがもう一人の師と呼べる人と出会う話になってるはずです。
楽しんで読んでいただけたら、幸いです。
いきなりだが今いつも偉そうにしているシズネが顔を真っ青にして横になっている。ここには俺達しかいないからかフードは外されていて、綺麗な金髪が出ているんだが、げっそりした雰囲気のせいでその輝きには艶がない。
自業自得と言うのは言いすぎだが、こうなるならば違う方法もあっただろうに。
俺の微妙な目つきに感じるものがあったのか、シズネはこっちを強く睨みつけ……ようとして気持ち悪くなったのか口元を押さえた。
「大丈夫ですか、シズネさん。吐くならこの桶に。少しでも体を休めるために、ゆっくり寝てください。それとも酔い止めの薬が入りますか?」
「アルト、ありがとう。もらえると嬉しいわ」
どうにか威厳を保とうとシズネがなんとか出した声にも、力がない。
椅子に座って看病をしていたアルトは、もらってきますねと言って部屋から出て行こうと立ち上がった。
そしてちょうどその時、ぐらりと部屋が大きく揺れた。
「あっ」
「おっと」
倒れそうになるアルトを片手で受け止めてやる。
ああ、また肉付きが良くなって、良い触り心地になってる。もっと触っていたい。
と、いけない。邪な気持ちが出てしまった。
「ありがとうございます、サトルさん」
「揺れるから気を付けろよ」
俺はそう言って念のために耳と尻尾を隠したアルトを見送った。もし誰かに絡まれても、アルトを倒せるレベルの奴なんていないだろうけど、それでも念には念を入れてだ。
「船に乗ったらこうなるってわかってたら、別のルートを考えたのに」
いつもなら言わないような弱弱しい台詞をシズネは吐いた。船酔いにかなりまいっているらしい。
「シズネ、一人で大丈夫か? 俺もアルトについて行きたいんだが」
水に薬に、と一人で運ばせるのはアルトに悪い。どうせ俺がここに残っていてもしょうがないしな。
「ええ、これぐらいどうってことないわ。私は天才魔法使いなのよ……うぷっ」
そんな強がりを言いながら、シズネは気持ち悪そうにしている。
「ああ、しゃべらないでください。すぐにお薬持ってきますから」
俺とアルトは船室を出ると、一旦甲板へと向かう。そこに行けば水魔法を使える魔法使いがいるから、水がもらえるはずだ。
前の世界で同じぐらいの時代なら本来なら水不足が起こりやすい船の旅だけど、この世界では魔法でちょちょいのちょいだ。
「それじゃ、私は水をもらってきますね」
アルトはそう言って甲板を走って行った。
翻った時に一瞬ローブの隙間から見えた健康的な脚に目が行く。
嫌な気配がしてさっと周囲を見渡すと、ばっという勢いで目を逸らす野郎ども。
もしまた次うちのアルトを邪な目で見やがったら、どうなるか分かってんだろうな。
ああっ?
「おい、何を怖い顔してる?」
周りの男たちに威嚇していた俺に、不思議そうにする声が掛けられた。男らしく渋い声音は、まだまだ若い俺には到底出せない大人の男の魅力がある。
「ああ、アルトの脚を凝視してやがった不届き者を睨んでたんだ。そんな怖い顔だったか、親方」
「……親方は止めろ。俺はそんな風に呼ばれるような奴じゃねえよ。グランって呼んでくれればいいさ、イセサトル」
俺の親方という呼び方に顔を顰めたのは、船に乗せてもらえることになったあの日、海賊を容赦なくぶん殴った大男である。
「それなら俺もサトルでいいけど、俺は一応は子分になるんだしグランさんぐらいで」
何故海賊をぶん殴った大男こと、グランさんが同じ船に乗っているかというと、彼もエストーレさんに雇われた冒険者だからだ。こういった依頼も何度かこなしているらしく、今回の冒険者の纏め役ということになる。
いや、雇われた冒険者という事で船に乗せてもらって、最初にエストーレさんに引き合わせられた時には驚いたけどね。まあ、あの恐ろしく強い姿が第一印象だったけど、話してみると意外と普通で良かったけど。
それと船に乗せてくれと頼むと、エストーレさんはすぐに頷いてくれた。戦力は多い方がいいし、その程度なら報酬とは安すぎるとも言われた。
だから調子に乗って三人部屋まで頂いた、というわけでもある。
「それでいいが、子分とは言ってもサトルは闘えんだろう。もう少し筋肉付けないとだめだぞ。確かに護衛の二人は強いようだが、男が女の子に守られてばかりというのも情けない。筋肉はいいぞ。筋肉は嘘をつかない」
そう言ったかと思うと、いきなりサイドチェストを披露するグランさん。
あ、暑苦しい。
「薬師という事だし、そっちで働いてもらった方がいいだろう。ただ念のために剣ぐらいは身に着けておいた方がいいぞ。海賊はいつやってくるか分からないからな」
その言葉には苦笑して返しておく。頭の中の本から一瞬で取りだせますとは、言えないし。
言っても信じてもらえないだろうしな。
「そんなこと言うグランさんだって、何も武器持ってませんよね」
グランさんは巨体だ。はち切れそうなほどの筋肉の盛り上がりが目立つ体には、革鎧しか纏っていない。その体に合いそうな大剣や、バトルアックスと言ったようなものはどこにもない。
「あ? 俺か。俺の武器はこれよ!」
そう言って見せつけて来たのは、何度も何度も固いものを叩き続けたことによって生まれるごつごつして硬い拳。指の付け根は拳だこで潰れ、平たくなっている。
それは確かに人を殺傷せる武器に違いなかった。
やばい、超かっこいい。
間合いが取れる剣や槍なんかが主流のこの世界で、体のみで戦うファイター。
「すごいぜ、グランさん。憧れる!」
「お、おい。そんな真正面から褒めんな。恥ずかしいだろうが」
大きな体を縮めて恥ずかしがるグランさんは、あんまりかっこよくなかった。
いや、筋肉の山がうねうねしている様子を見て、かっこいいとはいくらなんでも思えないよな。
その証拠にこっちを見た水夫や冒険者が一様に笑いをこらえるような顔をしてるし。
「それじゃ、もしよかったら俺にもその武術教えてもらえませんか」
「ああ? 武術を教える? 薬師のくせに何言ってる」
案の定奇怪な動きを止めて、真面目モードに戻った。
まあ、武術が習いたかったのは本当だ。わざわざ甲板まで上がってきたのも、グランさんを探すのが目的の一つだったし。
訝しそうにしているグランさんにとどめの一言。
「男が女の子に負けられないんですよ」
さっき言ったことを言い返されて目を丸くするグランさん。
でもこれは俺の本音だ。
この前の巨亀との闘いは、結局シズネとアルトに助けられたようなもんだ。
シズネがいなきゃまず巨亀の下にたどり着くことも出来なかったし、アルトが頑張っている姿を見なきゃ俺はきっと立ち上がれなかった。
だから、
「俺は強くならなきゃいけないんです」
まっすぐグランさんの目を見て宣言する。
じろりと睨み返してくるその大きな目に負けぬよう目を逸らさずにいると、
「がははははははははははははは」
「へっ?」
急にグランさんは笑いだした。そして団扇じゃないかってぐらい大きな手で俺の背中を思いっきり叩いた。
背中から走る痛みが頭に到達すると同時に、肺から空気が押し出されて息が止まる。
そんな俺の様子に頓着していないかのように、グランさんはまだ笑っている。
「それでこそ漢だ! よし、それなら今からでも稽古をつけてやろう。俺の稽古は辛いぞ」
「ごほっ、いや、今からすぐにはちょっと……」
「はっはっは。最近はどの冒険者も外見ばかりごつくなって、中身はなよっとしてるやつばっかりだぜ。そうかと思えばこんな坊主がいっちょ前の事言いやがる。サトル、ビシビシ鍛えてやるから、楽しみにしとけ」
うわー、現在進行形で後悔中だよ。
俺はため息をついて、肩を落とした。
こりゃ、すぐには船室に戻れそうにない。アルトには悪いけど、一人で戻ってもらおう。
「そんな事が許されるわけがないでしょう。これからリーダーはお仕事です。船長と依頼人がお呼びですから、早く来てください」
「リュマ。そんなこと言わず、今できることは今やらなければ」
「ですから、早く船長室へ行ってください」
「はい」
急に現れた女性の、冷たーい一言によって一気に熱を奪われたグランさんは、いつにもまして小さくなって(それでも十分にデカいけど)力なく笑った。
「すまない、サトル。鍛錬は明日からにしてくれ」
「あ、はい。それは全然大丈夫です」
逆に好都合ですとは、流石に言えない。
すごすご、という擬音語が似合う形で、グランさんは甲板から姿を消した。
「うちのリーダーが申しわけありません。鍛錬については私の方から止めておきましょう」
そう言ってきた女性の名前はリュマさん。グランさんのチームの副リーダーの立ち位置で、水魔法を使う魔法使いだ。魔法性質によるのか、髪色はコバルトブルーで流石異世界と言った感じ。ちなみにグランさんは俺と同じで黒。この世界じゃそれほど黒は珍しくないようだ。
ちなみにグランさんのチームは他に四人いる。
「リーダーは頭の中まで筋肉のような人なので迷惑をかけると思いますが、あれでいて根は優しい人なのです。全身筋肉ですが」
まだそれほど話したわけではないけど、この人が意外とグランさんを好いているのは俺でも分かる。グランさんの話をする時だけ、ほんのちょっと明るい雰囲気になるのだ。
それ以外は常に氷河期。表情筋を失ったんじゃないかという顔が超クール。元の世界なら出来る秘書とかのイメージだ。
「いえ、鍛錬に関しては俺から言いだしたことなので。こちらからお願いします、という所なのですが。えーと、リュマさんのところにアルト、えっと小さな女の子が水を取りに行きませんでしたか」
この船には水魔法を使えるのが数人いる。ただやはり冒険者同士の方が頼みやすい。アルトもそう考えたのならリュマさんのところに来ているはずだ。
「ええ、アルトちゃんなら来ましたよ。その後あなたが忙しいようだからと、自分で薬を取りに行っていましたね。もう船室に戻っている頃ではないでしょうか。それにしても薬師なのに、ご自分で酔い薬は作らないのですか?」
ぎくり、とくる質問が来た。
「い、今はまだ修行中でして。満足な薬を作れませんから」
「そうでしたか。ウルスナと毒食草という特殊な薬草を見抜く目をお持ちだと聞いたので、薬を作る技術も相当だと思っていたのですが」
まるで何かを探るかのように、リュマさんはこちらをその感情の見えない冷たい目で見てくる。
「あ、あれは……そう、俺の師匠は薬草が見分けられない内は薬など作らせるかっていう人で。植物に関する知識だけはあるんだ」
これで誤魔化せたか?
「なるほど。そういう事もありましょう。それにしてもリーダーから鍛錬ですか。……死なない程度にしてもらえるといいですね」
どこか遠くを見るリュマさん。
どうやら分かってもらえたようだ。ただどこかで薬の作り方をある程度マスターする必要がありそうだ。ティアに頼んで次はそっちの本をもらうべきかもしれない、って、
「え、死ぬこととかあるんですか」
早まったってレベルじゃないぞ、それ。聞いてない。聞いてないぞ。
巨亀を倒した英雄、船の上、鍛錬によって死す。とか冗談じゃないぞ。
「ふむ、百面相を見ているようで楽しいですね、あなた」
ちょっと柔らかな雰囲気でリュマさんはそう言った。
楽しいってわりに、顔は微動だにしてないですけどね。
「良かった。冗談だったんですね」
「いえ、本当ですよ」
「どっちですか!」
この人クールな人かと思ってたけど、修正。人の反応を見て楽しむ鬼畜な人でした。
「流石に船の上では本気の鍛錬とはいかないでしょうし、一応は護衛任務中。あなたが戦力外としても、まったく動けない状態にはできませんから」
それ、普段の鍛錬はどれだけきついんですか。
「それでは私も仕事がありますので。早くお仲間の症状が良くなるといいですね」
きっちり折り目正しく礼をすると、リュマさんはどこかへと行ってしまった。
「アルトを追いかけて俺も船室に戻りますか」
強い潮の香りを感じながら、結局何もすることなく俺は戻ることにしたのだった。
次からシズネの過去話になると思います。おそらく、幼少期の暗い話になるのでは。どれぐらい雰囲気出せるかわかりませんが、頑張ります。




