薬草を識別してみよう
週一ペースが最初からグダグダになりました。
時間の使い方が下手です。
「ああ、時間がないというのにどうするんだ。ほら、早く戻して詰み込め!」
「エストーレの旦那! ウルスナと毒食草が混じりやした。今から分けてたらどんだけ時間が掛かるか……」
「どうしてこんな時に限って似たような薬草が混じるんだ! 海賊のせいでそれでなくても納期までギリギリだというのに」
何処か説明口調な声のした方を向くと、この世の終わりといった体でへたり込む細身の男が一人。高級そうな衣服を見るにおそらく商人だろう。
商人=肥満体系という訳じゃないんだな。
「どうかしたんですか、サトルさん」
倒した海賊どもを紐で縛り上げてきたアルトが戻ってきた。腰に差したナイフを抜いた感じはないようだから、それほど強い奴らではなかったようだ。
シズネは怒りが収まらないのか、大人しくなっている海賊の頭を喜々として杖で殴打している。
こっちに飛び火しないようにそっとしておいた方がよさそうだ。
「ああ、どうもさっきの揺れで積み荷が倒れたらしい。さらに中身も混じって大変らしいぞ」
「……それってサトルさんのせいなのでは」
まあ、ぶっちゃけそうなんだよね。
大きな木箱が二つほど横倒しになっており、そこから大量の薬草がこぼれてしまっていた。それもこぼれた薬草が混ざる形で山を作っている。
商人は泣きながら仕分けをしている。流石に可哀想な気がしてきた。
「サトルさん……」
助けてあげてくださいという目でアルトが見てくるし、ここは男を見せるときかな。
勝算もちゃんとあるしな。
「えっと、エストーレさん? その仕分け俺に任せてみませんか」
皆が遠巻きにしている泣き商人に、俺は声をかけた。
なるべく親切そうに話しかけたつもりだけど、胡散臭そうにこっちを見てくる。
「君にそれだけの目利きがあるとは思えないのだが。騙すつもりなら話しかけないでくれ。こっちは時間がないのだ」
怒鳴られてしまった。
まあ、そう思うわな。商売なんて騙し騙されの世界だろうし、そう簡単に信用も出来ないだろう。
「それじゃ出来るってことを証明してみせればいいかな」
俺はさっと一つ商品の薬草を手に取る。
「『ウルスナ』。山あいの日陰にひっそりと生える体長20センチほどの毒草。新月の晩にのみ花が咲き、そのぼんやりと光る様からまるで地に咲く月の様だと謳われる。これはその強い毒性から一口食べればお月様の下まで連れて行ってくれるって意味でもあるけど。ただし、ちゃんと処置すれば月光薬という薬になる。あってますか?」
間違いないという自信を声にこめながら、エストーレに手に持っていた草を差し出す。
渡されたエストーレは何度も確認する。
「せ、正解だ。そ、それならこっちは」
「『毒食草』。ウルスナ同様に日陰を好む薬草。名前に毒が付いているけれどこの植物自体に毒は含まれていない。逆に優秀な毒消しになるからこの名前が付けられた」
この二つは姿が良く似ている。熟練の者でないと仕分けることは難しい。
「ああ、それと、騙そうとしても駄目ですよ。これもウルスナですね」
「せ、正解だ。そんな手に持っただけでどうやって……」
たぶん俺を試そうとしてわざともう一度ウルスナを渡したんだろう。
残念でした。
俺に任せるべきか数人で話し合っているの。これでダメだと言われたら諦めるしかなくなるが。
「依頼料は奮発しよう。仕分けを手伝ってもらえないだろうか」
さっきまでとは違う仕立てに出た対応。中々に好感を覚えた。この旅で正直今の俺の姿は結構汚れているから、気位の高い人間ならもっと上から命令しているだろう。
踏み倒される心配はなさそうだ。
「それじゃ契約成立という事で。俺はサトル・伊勢。流れの、まあ、薬師みたいなもんだ」
「私はエストーレ商会という魔皇国を中心に商売をしている商会の商会長をしているシラン・エストーレだ。よろしく頼むよ」
挨拶はこれぐらいにして、俺は仕分けを始めることにした。
一つずつ手にとっては分けていく。
手に持つ必要もないんだけど、流石にそうしないと不思議に思われるからな。
「す、すごい。どうやってこんな正確に」
周りからそんな声が聞こえるが無視だ。さっさと終わらせるにかかる。
掛かった時間は30分ほどだろうか。集中していたのが途切れたせいか、一気に汗が噴き出してくる。
「お疲れ様です」
アルトが汗をぬぐってくれた。ついでに冷えた果実水を渡してくれる。
こっちはエストーレさんが用意してくれたようだ。絞られた柑橘系の酸っぱさがのどに心地いい。
「いや、本当にありがとう。サトル君、とか言ったか。君のおかげでどうやら時間内に出航することが出来そうだよ」
エストーレさんはそう言うと、俺の手を握って大げさに上下に振る。
俺は依頼料さえ頂ければ全然かまわないんで。それに元は俺のせいだしな。
……言わないけど。
「それじゃ依頼料の件もあるのだが、もう少し待ってもらっていいか。扱っている商品上念には念を入れたくてね。それぞれランダムに選んで確認をしてくる」
「ええ、俺は自分の目利きに自信がありますけど、あとからいちゃもん付けられても困るんでね。きちんとやってください」
礼を言うと、一旦水夫たちの指図に戻るエストーレさん。
「ねえ、さっきの仕分けどうやったのよ。薬師とか言って、あとで嘘でしたって訳にはいかないわよ。ほら、気になるから教えなさい」
いきなりそう言ってくるなんて、全然シズネに信用されてないなあ、俺。
「あ、私も気になります。サトルさん、この世界の事を知らないわりに植物の事とかだけは良く知っていて、気にはなってたんです」
どうもアルトも気になるようだ。
片や知識欲に駆られる魔法使い。片や目を爛々とさせる虎耳少女。
教えるのはアルトだけじゃダメかな。
「早く教えなさいよ!」
痛ぇ!
迷う暇もなくシズネの杖が飛んだ。しかもうっすらと血を拭きとったような跡が。
海賊をどんだけ殴ったんだよ、お前。魔術師のくせに手が早すぎる。
「分かったよ。単純な話さ。俺の頭の中に植物図鑑が入ってるんだよ」
『能無しゴブリンでも分かる全世界野草大全』。
これを頭に仕込んでおけば、植物の名前や効能が一目でわかる。そう、仕分けなんて簡単なんだ。手に取るまでもなく見るだけでその植物が何という名前か分かるんだから。
俺に秘策ありってやつだ。
自信満々に言ってみせたけど、
「何だがずるいですね。サトルさんはこういう時にも活躍できて。私の能力は戦う時ぐらいしか使い道がありませんから。私にもそういう力が欲しいです」
うむ。どうやらアルトがいじけてしまったようだ。海賊たちを倒した時の勇ましさはどこへやら、自信なさげに耳を倒し、尻尾も力なく垂れている。
可愛い……いやいや、慰めた方がいいか。
「アル――」
「そんなバカなこと考えなくてもいいよ、アルト。こいつの出来ることはこんな時にしか活かされないんだ。働かせておけばいい」
おい、こんな時しかって何だよ。手持ちの中ではこれでも意外と良本なんだぞ!
まあ、アルトを慰めてくれるってことなら、俺がどれだけ貶されてもいいけどね。
「こんな駄目な奴に劣等感なんか感じる必要はないわよ。どっちかって言えば、サトル! あんたは私への敬いが足りないのよ! 私の目の前に本を落として。もし私にぶつかったらどうする気だったんだよ」
「おい、いつの間にその話になってんだよ。アルトを慰めるのと、俺がお前を敬うのは関係ないだろが!」
ふふっ。
そんないつも通りの喧嘩になって、アルトも調子を取り戻したかのように笑った。
「お二人と一緒だと毎日が楽しくて仕方がありません」
アルトがそう言うと、シズネが俺を指さし、俺もシズネを指さした。
「「俺/私は楽しくない!」」
見事に声が被って、さらにアルトを笑わせることとなった。
エストーレさんの方の仕事が終わりそうだというタイミングで、先ほど捕まえられた海賊たちが引きずられていった。おそらく牢屋にでも突っ込まれるのだろう。
確かアルトが捕まえた時には全員大きなけがをしている様子はなかったのだが、今は顔中を何かで殴られたかのように腫らしていた。
ちらっとシズネを睨むが、我関せずといった風だ。
まあ、自業自得、因果応報とでも思ってくれ。
その時、すっと俺の上に影が差した。誰かが隣に立ったことで太陽の光を遮ったのだ。
でかっ!
気になって横を向いた俺が見たのは身長が2メートルを優に超すような大男だった。他の冒険者たちと同じ様な革鎧にところどころ金属が埋め込まれたような鎧を着ているのだが、隆起してその存在を強くアピールする筋肉によってはち切れそうになっている。
大男はすっと海賊たちに近づいた。
「お、おか――」
それを見て唯一口がきけそうだった海賊の一人が何かをしゃべろうとした。
しかし、それが言葉になることはなかった。
「お前らに殺された奴らの分だ! 取っとけ!」
鍛え上げられることでまるで岩のようにごつごつとした大男の巨大な拳が、その海賊の顔面に突き刺さった。力むことなく放たれたその拳は、一気にトップスピードになり目で追いきれない。その容赦のない攻撃によって殴られた男から血と折れた歯の破片が飛び散った。
「あの人強いです」
「そうね。拳の速さ。それだけでもかなりの修行のほどが見て取れるわ」
アルトとシズネにそれだけのことを言わせた男は、まるで何事もなかったかのようにどこかへ行ってしまった。
それによってお開きになったかとでもいうかのように、今まで野次馬のように見ていた人々は三々五々に散って行った。
「待たせたね。あの積み荷はうちの主力商品の一つでね。念入りに調査する必要があったんだ」
まるでこのタイミングを待っていたかのようにエストーレさんが戻ってきた。
まあ、偶然だろうけど。
先ほど積み荷を置いてあった方を見ると、確かに水夫たちによって運ばれようとしていた。
「いえ、こちらとしては報酬さえちゃんといただけるのであれば大丈夫です」
商人との交渉役は俺だ。アルトはさっと俺の後ろに隠れてしまったし、シズネも今回は俺に任せてくれるようだ。
どうせ何かあれば、最初会った時のようにクレーマー魔法少女に変身してくれるだろう。
「報酬の件ですが何か希望はありますか? 現金でご用意することも物資を提供することも出来ますが」
「いえ、俺達が報酬としてほしい物は違うんです」
俺のその言葉にエストーレさんは(ついでにシズネも)首を傾げた。
「お金でも物資でもなければ、こちらは一体何で支払えばいいのかな」
「船に。俺達を船に乗せてもらえませんか」
こうして俺達は運よく目的地へと行く船に乗り込むことに成功したのだった。
次から船での話になりますが、そこで一旦シズネの過去を2話ほどで語れたらなと思ってます。




