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勇者の知恵の使い方  作者: 霜戸真広
旅立ちの日まで
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知恵を確認してみよう。その二

「何でこの森は変なのしかないんだよ。絶対お前の趣味だろ、ティア」

 あのあと十数分しか見てないのに出てくるのはゲテモノばかり。そのうち半分以上が食虫植物に分類されるものだった。いや、食べるのは虫に限定はされていないけど。

 しかし、どう考えても誰かが恣意的に埋めたとしか思えなかった。

 なのでとりあえず空に向かって叫んでみると、頭の中にピンポーンという音が鳴った。ティアは意外に茶目っ気があるな。いや、意外ではないか。

『その辺は~私の~集めた~珍しい~植物~ば~っかり~』

 また、頭の中に声が響いてきた。やっぱり間延びしていて、イライラする。ウツボカズラに飲み込まれればいいのに。

『何を~考えてるか~分かるよ~』

 やべ、この思考もしかして筒抜けか。どうしようもないな、あの怠惰女神。

『ひどい~。重要なこと~教えて~あげな~い~ぞ~』

「失礼いたしました、素晴らしき知恵の女神さま。卑小なる我が身にお教え願いますでしょうか」

 すぐに切り替える。切り替え大事。

 目の前にティアがいるわけではないが、重要なことを教えてくれると言われた瞬間に俺は土下座モードにすら移行して、ティアへとお祈りを捧げている。

「拝聴する準備はできております」

『ん~、急に~気持ち悪いけど~まあ~いいか~』

 このだるだる女神、人の献身的な神への想いを気持ち悪いとか言いやがったな。俺だって好きでお前に祈ったんじゃないんだからな。

 ……ダメだ。下手なツンデレみたいになって本当に気持ち悪い。

 自分自身に嫌悪を感じて、どんよりとした気分からどんどんうなだれていく頭にティアのテレパシーが響く。

『私の~あげた~『闇と悪の書』って~あったでしょ~』

「ああ、あったな」

 気分を一新させてティアに応える。しかし頭で考えてメッセージを送るのって意外と難しい。どうしても口に出してしまう。もしテレパシーがこの世界での一般的な会話方法とかだったら練習しないといけない。

 頭の中に本を並べるイメージを持って、その題名を頭に浮かべると目の前に本が現れた。あらためて見るとやっぱり禍々しい印象を持つ。今まで見てきた二冊は中身は魔法使用だったけど、見た目の装丁は地球のものと大差なかった。しかしこの『闇と悪の書』は別だ。大きな鎖で厳重に開かないようにされていながら、時折その隙間から黒いもやの様なものがにじみ出ている。さらに言えば持った感触が何だか生々しい。何かの動物の皮膚でも使っているんじゃないかという感触だ。正直持った瞬間に鳥肌が立った。

 確かにこの本には何か曰くがあってもおかしくないという雰囲気がある。

『その本~なんだけど~』

「うん、この本が……」

 あ、これ鎖巻いてあるけど少し開けそうだ。一度外して開けたもんだから緩くなっているって感じだな。あれ、何だか急に読み……たく……。

手が勝手に本を開こうと……。

『呪われてるから~』

 ばんっ。勢いよく開きかけた本を閉じた。開いたところから黒い何かが更に漏れ出してきた。

「危ないぞ、これ。今一瞬妖気か何かに飲まれかけて読みそうになったぞ。おい、呪われているとかどういう事なんだよ。安全性確かめてから人の頭に入れてくれないか」

 必死の願いもティアには届かず。ただ面白そうに笑われるだけ。

『大丈夫~。一瞬~見るだけなら~金縛りに~あうぐらいだから~』

 それでも十分にやばいんだけど。ていうか読んでる最中に金縛りされたら、一瞬じゃすまないぐらい読むしかないよね。

「えっ、もし一瞬じゃなかったらどうなる。最悪、死んだりとかしたの、もしかして」

『ん~』

 ちょっと考え込む様子のティア。

『死ぬことは~ないかな~、多分~。ゾンビ化~したり~、廃人に~なったり~ぐらい?』

 ゾンビ化は死んでないか、っていうツッコミは駄目か。

 そこからはティアによるこの本の紹介。話が長くなるのでティアとの会話は割愛させてもらう。

 毎度疲れるが、ティアの言葉を纏めよう。ティアによるとこの本は魔導書の一種だそうだ。世界に散らばるやばい感じの呪文とかを他の書物から抜粋したり、集めたりして作ったやつで、最高位の魔術師でも扱いに困るレベルらしい。鎖に縛られていなかったら、俺なら持った瞬間に気が狂うレベル。ただこれを持っていればほとんどの呪いは効かなくなるらしいが、デメリットと釣り合いが取れてない。

 そんなものを俺に与えるとか、ティアは悪魔か。と叫ぶ頃には女神様の声は聞こえなくなっていた。

「言いたいことだけ言って逃げやがった、あの怠惰女神」

 ティアの長い解説中に辛くなって土下座は解除していた。膝に着いた土とかをぱんぱんと叩き落とす。

「ついでに残りの一冊の説明をしていったからいいか」

 『剣聖アルゴウスの大冒険〈中〉』はアルゴウス本人が書いた自伝。金属質に見える本の表紙はアルゴウスの倒した巨亀の甲羅からできているらしい。その巨亀は村を一飲みするほどのもので、剣聖アルゴウスの功績として今でも讃えられているとか。ただ上中下三部構成の真ん中しかないので、今後どうにかティアから上巻を読ませてもらってから読みたいところだ。

「せっかくなら手に取ってみるか。亀の甲羅でできた本というのも気になるしな」

 題名を頭に浮かべてみる。三回目ともなると簡単だ。片手で受け止められるぐらいの余裕がある。すっと右手を前に出し、構える。

 がさがさ。

 後ろから草むらが揺れる音がした。

そういえばここはモンスターが出るんだった。さっきはこっちに危害を加えないうさぎだったからよいものの、もしもっと凶暴なやつだったら、今のままだともしかして……殺される!

 恐怖を感じながら、背後を振り返る。目に飛び込んできたのは獣人たちだった。狼男と言えばいいのか、そんな奴が二人(二匹?)で胴上げするように女の子を担ぎ上げていた。どこかに向かって移動中だったのだろう。そこに突然現れた俺に驚いたのか、足は止まっている。

 相手は狼男。しかも腰にはきちんとした剣もあり、露わになっている上半身の筋肉の盛り上がりもすさまじい。俺なんてあれと比べたらもやしだ。

 ここで取るべき選択肢は何だ。逃げる。それしかない。驚いて動きが止まっている今ならまだ逃げ切れるかもしれない。だけど……

 女の子を見捨てて逃げるとか男なら絶対にしちゃいけないことだ。

 冷や汗は止まらない。異世界転生とか言うファンタジーに巻き込まれて、変なヒロイズムとかに芽生えちまったのかもしれない。死ぬかもしれないという事を一度経験して捨て鉢になっているのかもしれない。それでもここで逃げるのは間違っている。

「おおおおおおおお」

 叫んで気合を入れる。武器もない俺にできるのは体ごとぶつかって、あの女の子をあいつらの手から解放すること。そしたらその子が逃げる間の時間稼ぎ位はしよう。

「死にたくなかったらその子を置いてけー」

 はったりをかますことがせいぜいだ。それでも相手が怖がってくれたらそれで十分勝機が見える。

 ティア、おまえに頼まれたことをできそうになくてすまない。そう思いながら駆けだそうとした。

 するとその目の前に何かが現れて地面に落ちた。

 ドゴンという音がして、それから地面が揺れる。急な揺れに元々走りだそうとしていて片足立ちだった俺はバランスを崩して前のめりに倒れた。

 同じ様に驚いたのか狼男たちは少女を放り出してどこかへ行ってしまった。

 よく分からないがここはダンジョン。おそらく地震とかいうのは少ないから怖くなったんだろうと思う。もしかしたら俺がこの事態を起こしたと勘違いして、逃げて行ったのかもしれない。

「運が良かった。にしてもなんで揺れたんだ」

 倒れて四つん這いの状態から音がした方に這っていく。そこには小さなクレーターができていた。隕石でも落ちたのかという感じだったが、中央に落ちているのは石ではなく一冊の本である。それもどこか見覚えがある。

 そういえば『剣聖アルゴウスの大冒険〈中〉』を出そうとしている所に、あの狼男どもは来たんだったか。ちょっと前のことがまるで大昔のようだ。人間死ぬ時になると走馬灯が見えるというが、俺もあの覚悟を決める数秒間はものすごい長さに感じた。

「つまり……俺の意識が後ろに行ったせいで、手元に持ってくるはずの本が狼男と俺の間に落ちたと」

 持ち上げようと手に取ってみたが、両手で持って踏ん張ってみてもピクリとも動かない。ある程度の高さから地面にたたきつけられたはずなのに傷一つ無いようだった。

 巨亀の甲羅で作られたからなのか……。すんごい重いしすんごい堅い。もし手で持とうとしたらどうなっていたんだろうか。骨が折れるか、腕ごと持って行かれていたか。どっちにしてもただじゃすまなかっただろう。

「想像したくないな。次、もしも新しい本をもらった時は安易に手で受け取るのはやめよう」

 そう固く決意してから、とりあえず本を頭の中に戻しておくことにする。

 いちいち頭に付けなくちゃいけないのが面倒くさいんだよな、これ。今度ティアにクレームつけとくか。

 頭の中に本が戻ってきた重さを感じたので、そのまま体を起こして上を見上げる。

「何を……してらっしゃるんですか」

 頭の上から声が聞こえた。

 なぜこの少女はスカートを抑えて、顔を真っ赤にしているんだろう。

 今の状況を客観的に見てみよう。異世界に来てからの合言葉を唱えるんだ。落ち着け。落ち着け、俺。

 俺は本を頭に戻すために土下座の様な恰好をしている。重くて上に持ち上げられないから、自分の頭の方を下に持ってくるというのは理にかなっている。そしてそこはクレーターによって一段落ちている。つまり周りの地面よりもえぐれていて、低くなっているという事だ。さらに狼男たちが放り出していった女の子はちょうど足の部分をクレーターに投げ出す形で倒れていた。このすべてを勘案すると、導き出される答えは一つ。俺はスカートの中を覗き込むような形になっているわけだ。

 なるほど。俺がスカートをね……。

「いや、違うからね。スカートの中が見たかったわけではないんだよ」

 あの怠惰女神以外に初めて会った話の伝わる相手。ここで逃げられるわけにはいかない。何とか誤解を解かなければ。

「見てないよね」

 ちょっと泣き出しそうに言ってくる女の子はとても可愛らしい。故に口が滑ることもしょうがない。

「清純な白が良く似合っているとか思ってないよ。あっ」

 女の子の顔が赤くなる。耳としっぽがピンと立ち上がった。

「エッチ」

 バチンという音とともに左の頬に感じる痛み。

 手は流石に肉球じゃないんだな。

 そんなことを考えて、俺の意識は落ちた。


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