向かうは魔法都市
巨亀を倒してから早一週間が過ぎていた。ボロボロに壊されていた街並みはまだまだ復旧途中といった感じではあるけれど、活気は十分に戻りつつある。
復興の最前線に立ちあがったのは流浪の民であるはずの旅芸人たちだった。正確に言えば、ボロボロになった街を見て悲嘆にくれる人々を前にしてメリデューラさんが音頭を取ったんだそうだ。
「さあさあ、今から当代きっての踊り子が舞わせていただきます」
広場の中央、舞台も無ければ音もない中で、メリデューラさんは引退しているとは思えない腕前で踊って見せたのだ。周りの一座もそれにつられるようにして動き出した。楽器を鳴らす者、歌うもの、軽業を見せるもの。それは先ほどまでの暗い感情を吹き飛ばし、人々の気持ちを前に向けたのだった。
俺達が今いるのはアルグスの玄関口となる場所だ。行きでは馬車の中でよく見れなかったが、中々に立派な門が据えられていた。
俺達は今日この街を出発するのだ。
「何、しけた顔してるのよ。あんた。気色悪い」
ぼそりと呟かれたシズネの最後の言葉は聞かなかったことにする。
「無視すんな!」
毎度お約束となった杖が振り下ろされた。この前胸を揉んでから杖による攻撃の重みが増したように感じられる。
「痛っ! 何しやがる」
「ああ、元はと言えばあんたが……」
睨み合う俺とシズネ。そこに優しい声がかけられた。
「シズネさん。サトルさん。ケンカは駄目ですよ。お別れの時は怒った顔じゃなく、笑顔を見せるものです」
そんなことをアルトに言われてしまったら、これ以上声を荒げることなんてできる訳がない。お互いに握りしめた拳の始末に困りつつ、ルトライラ一座のみんなの方を向いた。
そう、俺とアルトは一座を離れ、シズネと共にシズネの師匠がいるとか言う街まで向かうことにしたのだ。
「あんたらは変わらないね。いつか出ていくとは思っていたけど、こんなに長くなるとは思ってもいなかったよ。ああ、やっぱり人が二人も増えるからって、二人分多く儲かる訳座ないしね」
「ああ、座長の言う事は気にしないでください。この人は……素直になれる人じゃないので」
「黙りな! ルンカー」
メリデューラさんに怒られてしまったルンカーさんは茶目っ気たっぷりに肩をすくめてみせた。
メリデューラさんはいつものようにお色気たっぷりな服装をして、キセルを吹かしているんだけど、目の周りを赤くしているからさっきまで泣いていたのがバレバレだった。かすれたようになった声は色っぽさを増していたけど。
「いえ、本当に御迷惑ばかりおかけしました。俺達の事何も聞かずに受け入れてくれたこと、忘れません」
「私もサトルさんだけじゃなくて、他にも私を助けてくれる人がいるって知ることが出来て本当に良かったです」
一座から抜けることを相談したのは二日前。翌日には街のある程度の修復が終わるだろうというタイミングだった。あの戦いのせいで壊されてしまった馬車の代わりを待たなければならないルトライラ一座よりも一週間以上早い出発となった。
「うあああああ、アルトー。いなくなるのは寂しいよ~。色々服用意したから、着てあげてね」
そう言ってアルトに抱き着いたのはアグリエラだった。今まで作り溜めていた服を大量に持たせてくれたのだ。泣きながらアルトに抱き着いている。
「ああ、アルトの嬢ちゃん。いなくなるのが寂しいぜ。お別れのキスを……ぶごっ! ふぎっ!」
不埒な奴には天誅を!
女たらしのギルをアルトに近づけさせるか。断固反対である。
悲鳴が二回に分かれていたのは、隣の奴が杖を横薙ぎに振るったためである。
俺はシズネと共にガッツポーズをした。
「ギルは懲りないね。サトル、これは私からの餞別です。受け取ってください」
そう言ってルンカーさんから渡されたのは一本の長剣。受け取ってみると、鋼の剣よりも重い。柄の部分には剣、槍、双剣、杖、矢の突き刺さった龍が描かれていた。
困惑している俺に、ルンカーさんは言った。
「これは私が冒険者時代に使っていた物です。本来は二刀なのですが、もう一本の方はあげてしまって、未練で残していたのですが、渡せる相手が出来て良かった」
「そんな、俺なんかまだまだなのに……」
ずっと教えてもらっていたからわかる。ルンカーさんは凄く強い。本当ならまだまだ教えてもらいたいことはいっぱいあった。練習は厳しかったけど、俺にとってはルンカーさんこそ師匠である。
「ええ、鍛錬は続けてください。でも、あの巨亀を倒したのです。きっとサトルはまだこれから危険な目に遭うような予感がするのです。ですから、どうぞこれを」
その目は冗談を言っているような目ではなかった。
俺はこれ以上は何も言わず、ただ黙ってその剣をもらうことにした。
しんみりとした空気が一瞬流れた。
「ほら、もたもたしていると、今日中に次の町に付けなくなるわよ」
それをぶち壊したのは、シズネだった。まあ、こいつからしたら一座のみんなは赤の他人だもんな。しょうがないか。
俺は今受け取ったばかりの剣を腰につけ、大きく息を吸った。
「今までありがとうございました!」
俺はそう言うとともに、深く頭を下げた。
隣で同じようにアルトも頭を下げている。
「あんたたちは私ら一座の仲間さ。また何かあれば、好きに顔を出しな。そん時はまたこき使ってやるけどね」
さっきと逆のことを言っているメリデューラさんのその言葉に泣きそうにになりながら、俺たち三人は次の町へと向かった。
そして背後から音楽が聞こえだした。
「さあ、今日は特別公演だ。お前たち、とびきりの仕事をしてみせな! 仲間の旅路に幸あらんことを」
その言葉をきっかけに、早着替えをした一座のみんなが技を見せてくれる。
「そういえば、私達お客になったことはありませんでしたね。みなさん、凄いです」
俺はアルトのその言葉に頷きながら歩いた。時々後ろを振り返り、この世界で仲良くなった人との別れを寂しく思いながら。
もう音楽は聞こえなくなり、姿もまったく見えなくなった頃、俺はシズネにこれから向かう先の事を聞いた。
いつものようにローブを被ったシズネは、何かを思い出すように宙を見た。
「ああ、これから向かうのは魔法に関する全ての知識が集まる都市。その名は……」
もったいぶる様にシズネは一度言葉を区切った。
ごくりと、俺とアルトのつばを飲み込む音がしたように思われた。
「リュリュケ。私が魔法を覚えた土地でもあるわ」
リュリュケ。
俺はそこに自分の求める本があるかもしれないという期待に、胸を躍らせた。




