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勇者の知恵の使い方  作者: 霜戸真広
間章 アルトの孤独なる戦い
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ある女神の独り言

そこは本棚と呼ばれる場所だった。

 最近ここを訪れた人はただ白い世界と表現していたが。

 この本棚を管轄する者は、知恵の女神たるデア・アーラ・サイエンティア。

 そして彼女は珍しく、周囲に本を取り出さず一つの石を横において座っていた。

 そして彼女が見つめる先には、今まさに再度の旅に出んとする少年たちの姿があった。

「あの子はあなたの試練を乗り越えたわよ。力ではなく私が象徴する知恵と、その集合体である本によって、あの巨亀を退けたわ」

 流暢な語りの言葉がその世界に響いた。いつもの馬鹿にしたような間延びしたモノとは違う、しっかりとしたしゃべり方を女神がしたのだ。

 普段の姿を知る者がこれを聞いたら、女神を相手に熱を心配したかもしれない。それほどに普段の彼女とは違っていた。

 その服装も肉感的な体つきも何も変わっていない。しかし、顔付きはいつもより力のこもったものであった。

 まるで何かに耐える様に。それでいてまるで笑いをこらえる様に。嬉しくも悲しいという感情をやすやすと読み取らせる顔だった。

「あなたは私にとって三代目の加護者だった」

 そう言って彼女の指先が、横に置かれた石の表面に触れる。

 するとその石から映像らしきものが現れた。

 それは右手で剣を構え、左手を力なくぶら下げた男の戦いの姿だった。今まさに倒れ伏す間際というほどボロボロで、よく見れば片目はなく腹部に風穴があき剣は半ばから折れている。

 そんな状況で、しかし男は笑っていた。

 見るものが見れば気付けたかもしれない。その男こそがかの剣聖アルゴウスであると。

 女神はその男の姿を愛おしそうに見つめていた。

「アルゴウス、あなたが私に言い残したように、彼、サトルにはあなたの生涯の記録を授けています」

 これを除いて、と女神は石を抱きかかえた。

 この石こそが『剣聖アルゴウスの大冒険〈下〉』。〈中〉までに語られた表の物語とは一線を画す、彼が死ぬまでの記録に残らぬ裏の戦いを記したものであった。

「アルゴウス。私の三代目の加護者。あなたでも倒すことの叶わなかった相手を、あの子は倒すことが可能なのでしょうか」

 少年の前では崩したことのなかった顔を歪める。女神と言われようが、世界への干渉も出来ぬような身の上で、本来関係のなかった者に代理戦争の如く手助けを求める。

 その自身の姿をなによりも彼女は嫌っていた。

 だから普段から、女神は自分の姿を駄目なように見せていたのだった。

 ちらりと、本棚から向こうの世界を覗く。

 多くの者に囲まれている少年を目に留め、その左右に陣取る少女たちを温かい目で見つめた。

「第五代目の知恵の勇者よ。異世界から来た君にはすまないが、この世界を頼んだよ」

 君は巨亀から逃げずに立ち向かった。誰かを助けたいと思い、剣を振りかざした。

 そんな君ならこの世界を救えるかもしれない。

 知恵の女神デア・アーラ・サイエンティアは誰もいないと知りながら、それでも小さな囁くような声でそう呟いた。


「ああ~もう~これも~すぐには~要らない~わね~」

 彼女は胸元から一冊の本を取り出した。

 サトルを元の世界に返す召喚法が書かれた『悪と闇の書』がその手に挟まれていた。

 もし巨亀から逃げるようであれば、サトルを元の世界に返そうと用意していたのだった。

「さあ~、君の~戦いは~これからだよ~。頑張れ~」

 いつもの調子に戻った女神は、サトルの探し求める本を本棚へと戻すのだった。


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