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勇者の知恵の使い方  作者: 霜戸真広
間章 アルトの孤独なる戦い
37/53

アルト、覚醒

「モンスター共、こっちに来なさい」

 引きちぎったネックレスを投げ捨てて、私はモンスターのいる辺り目がけて叫んだ。

 ぐるっ、そんな擬音が聞こえそうなほどに、一斉にモンスターがこちらに顔を向ける。

 大丈夫。怖くない。

 びくりと、震える体を抑えて私は心の中で呟いた。

 今投げ捨てたネックレスには私の呪いのような体質を封印する加護がなされていた。それが無くなったからには、

「おい、どういうことだ。モンスターが……モンスターがどっかに行っちまうぞ」

 私の方にモンスターが寄ってくる。

「おい、なんであの嬢ちゃんのとこに集まっていくんだ」

「あいつ、モンスター共の仲間かっ!」

 聞きたくない言葉が聞こえる。それでも、私に出来ることはこれしかない。

 せめてモンスターを私に釘付けに出来れば……。

 しかし、そう上手くはいかなかった。

「駄目なの……。全部は集められないっ!」

 私が近くまで来ていたからか、南側の柵付近にいたオーガやコボルドはこっちに近づいてきている。だけど、奥まで入り込んでいる四腕猿は数匹ほど私の方に興味を払っていない。

 これでは意味がない。出来ることなら全部私の方に引き付けて、もっと人のいないところに誘導したいのに。

 もっと囲みの中に近づく?

「駄目。そんなことしたら余計にモンスターを呼ぶことになっちゃう」

 それにどうやら街の方にいたモンスターが私に引き寄せられてきているようだ。さっきまでよりもさらに多いモンスターが現れている。

「やっぱり……私じゃ……駄目なの……」

 自分のしたことが意味のない行為、それどころかみんなの邪魔になっている。

 目元が熱くなった。

「違う。今は泣いている場合じゃないの」

 流れそうになった涙をぐっとこらえる。私の涙はこんなところで流すほど安くない。

 私が泣いてみせるなら、それはサトルさんの前でだけ。

 そうだ。サトルさんならどうするだろう。

 そんな疑問の解答は一瞬だった。

 どうすればいいか考える。頭を働かせるんだ。

 きっとそんなことを言う。

「サトルさんは知恵の勇者ですか――邪魔です」

 攻撃範囲まで近づいてきていたオーガの頸動脈を一撃で切り裂く。

 もう時間はない。考えている間に、囲まれてしまっている。

「はあ、私が考えてもいいことなんてないですね。確か、こういう時にサトルさんの故郷では下手の考え休むに似たり、とか言うんでしたっけ」

 そう言っている間にも、コボルドの懐に潜り込んで下から首をはねる。

 私に必要なのは力。

 この場にいるモンスター全てを引き付けて、そしてそれ全てを打倒するだけの力が私にはない。

 ルンカーさんはあり得ない上達度だと、数年もすれば自分よりも強くなれると言ってくれたけど、

「数年後じゃ……駄目なんです」

 四腕猿の腕を一本斬り飛ばしながら、私はどうすれば強くなれるかを考える。

 私は絶対に追いつく。サトルさんの隣に。

「ああああああああああああ」

 叫んでオーガの群れに突っ込む。オーガは攻撃が大振りな分、内に入れば攻撃が当たりにくくなる。

「くっ……」

 しかし、群れの中央にいたのはオーガではなく四腕猿だった。いや腕が一本無い。さっき私が斬り飛ばした奴か。

 残っていた三本の腕が叩きつけられる。

「がはっ!」

 ガードはしたけど、肺から一気に空気が抜けてしまって苦しい。背中も打ち付けて、体が思うように動かない。

 油断したっ……。

 私のこの体質によって引き付けられたモンスターは、私に攻撃してこない。そう思っていたけど、私が攻撃した時は違ったみたいだ。

 キキッ、キキッ、と笑いながら、そいつは三本の腕で器用に手を叩いた。

「あーあ、今まで逃げてきたツケが回ってきたのでしょうか」

 そして、そいつはこっちに近づいてくる。目を見ればわかる。私を殺す気だ。

「でもねそんな、そんなわけにはいかないのよ」

 もっと力が欲しい。

 こんなところで負けない力が。

『本当に力を望むか』

 えっ? 急に声が聞こえた。

『それはお前にかけられた呪いを増幅してしまうとしてもか』

 優しげなその声は、私を加護してくれているという上級精霊、ウルス様の物だった。

「構いません」

 私には力が必要だ。代償はいくらでも支払おう。

『……前以上に辛いかもしれんぞ。女神様でも抑えられんかもしれぬ』

 その声からは私を心配しているのが伝わってきた。

 断ってほしいと思っているのかもしれない。でも、

「この呪いは辛いことばかりでした」

 思い出されるのは私を護ろうとした両親の顔。

 奴隷として過ごした日々。

「でも……このおかげで私はサトルさんに会うことができました。それにこの力で誰かの役に立てるって凄いことじゃないですか」

 私に力をください。

 私のその言葉に、ウルス様は大きくため息をつかれたようだった。

『……お主の父母によく似ておる。分かった。では我、ウルス・テッラが『震転鎚』の二つ名において、お主に加護を与える。存分に使え』

 加護の効力を私に伝えると、ウルス様の声は聞こえなくなった。

 そして体から一気に力が湧いてきた。見てみると先ほど殴られたときの痣も消えている。

「ありがとうございます。これで、あの人の横に私は一歩近づきました」

 確認してみると、囲いの中を襲っていたモンスターも私の方を見ていた。そしてこちらへ向かっている。

 確かに力は増したようだ。他と戦闘中だったモンスター達もどんどん寄ってくる。

「ほら、私を追ってきなさい」

 体が軽く感じる。それほど力を入れていないにもかかわらず、跳んだ私の体はモンスターの上を軽々と超えた。

 私はなるべく多くのモンスターを引き付ける様にしながら走った。目指す先は草原。あそこなら他に人はいないはず。

「アルト、これはどうなっているのっ!」

 声は上から聞こえた。アグリエラさんが背中の羽で空を飛んでいる。きっと私を心配して見に来てくれたに違いない。

「モンスターは私が誘導します。皆さんは柵の修復と負傷者の治療をお願いします」

 今までありがとうございました。

 最後にそれだけ伝えて、私は走った。背後に多くのモンスターの息遣いを感じて走るそれは、決して逃げる為ではなく皆を守るためのもの。

 今までこの呪いに逃げ続けてきた私が、初めて向き合った瞬間だった。


「これぐらいでいいでしょう」

 街から十分離れたところで、私は立ち止まって振り返った。

 そこにはうじゃうじゃとモンスターが集まっている。

 私とモンスターの間で奇妙な緊張が張り巡らされた。

 ぎゃああああああああああああああああんんんんんんん。

 その一色触発という雰囲気を壊したのは、一発の咆哮。巨亀から放たれた一撃は物量を伴う風となって私たちに吹き付ける。

「サトルさんも頑張っているんですね。私も負けません」

 それを開戦の合図に、私とモンスター達の戦闘が始まった。

 いきなり最初からオーガ十匹に囲まれての全方位攻撃の嵐。

「早速力を使わせていただきます、ウルス様」

 体の先まで意識して湧き上がる力を全身にいきわたらせる。爪が伸び、肌に虎特有の黄色い毛が現れ始める。さらに瞳もネコ科のそれへと変貌していく。

 あのサトルさんと冒険者を罠にかけた時にも見せた変身である。しかし、その時と違って黄色い毛に混じる様に黒い毛が生えている。それも何かの文様を描くように、両腕に。これがウルス様から加護を得た象徴であった。

「ウガァアアアアアアアー」

 恐ろしい唸り声と共にオーガによって棍棒や筋肉ムキムキの上が振り下ろされる。

 逃げ場のない一撃。

 だから私は……逃げなかった。

「確かに上級精霊の力とはすごいものですね」

 オーガの力溢れる攻撃を私は両腕で完璧に受け止めていた。

 自分たちよりも格段に小さい私に受け止められて、オーガ達は全員困惑の顔をしている。中にはさらに力を加えてくるものがいるけど、私の体はびくともしない。

「今度はこっちの番です」

 両腕を振り上げて吹き飛ばす。オーガが飛んできて驚くモンスター達の中に飛び込む。そして目につく端から短剣で斬り殺していった。

 私がウルス様から与えられたのはまず身体能力の向上。元々の虎人としての高い身体能力が底上げされた形だ。そして変身状態において生えてくる体毛に防御力上昇効果の付与。これで防具を付けず敏捷性を活かした状態で戦うことができる。

 どうもここにいるぐらいのモンスターの攻撃ならほとんどダメージがないようである。

 これなら全部倒しきれる。

 私がそう安心した時、目の前に召喚陣がきらめいた。

「……大きい!」

 しかもオーガや四腕猿よりも大きなものである。これから出てくる存在に恐怖を感じているのか、周りのモンスター達も陣から距離を取る。

 ゆっくりと姿を見せたのは体長4メートルほどのどす黒い巨人。裸の上半身は発達した筋肉の鎧に覆われ、手には大きなハンマーが握られている。私など簡単に潰してしまうほどの大きさだ。

 そして一番目に付くのは額で一際強くその存在をアピールしている一本の角。そこだけは白かった。とりあえずこの角からホーンジャイアントと呼ぶことにする。

「ごほおおおおおおお」

 ホーンジャイアントは咆哮したかと思うと、握っていたハンマーを右から振り抜いた。

 全力のバックステップで距離を取る。

「危なかった……」

 大きく距離を取ったはずなのに、風圧で髪が大きく揺れた。更にその破壊力は今の一撃で二十匹ほどのモンスターがひき肉にされたことでよく分かった。

 あれを一度でも受けたらやられる。

 さっきまで戦っていた奴らとはレベルが違う。

「でもここで逃げるなんて選択肢は私にはないの」

 ホーンジャイアントの背後にはサトルさんが戦っている巨亀の姿が見える。私も立ち向かわなくてわ。

「行きます」

 ハンマーを構え直す前の隙を突いて私は突撃する。狙うは首筋。他の部位は筋肉が邪魔して短剣では致命傷まで与えられないだろう。

「はあっ!」

 私に気付いたホーンジャイアントがハンマーを再度振ろうとするが、私はその腕に一瞬で跳び乗る。そしてそのまま駆け上がった。

 肩口まで一気に登って、その勢いのまま首筋に短剣を叩きつけた。

 きんっ!

 まるで金属に叩きつけたかのような音がした。ちらりと確認すると、短剣の刃が少し欠けている。

「どれだけ硬いんですか」

 叫ぶ私を追う様にハンマーが振り下ろされるが、間一髪で避ける。

「くっ……きゃっ!」

 しかし、それによって生み出された風によって吹き飛ばされた。

 一旦距離を置いてホーンジャイアントと向かい合う。力と威力なら向こうが有利だが攻撃が当たらず、こちらは攻撃は当てられても決定打に欠ける。結局は私じゃあいつを倒すことができず、あいつは私が疲れたところを狙えばいい。

 奥の手でもなければ、私が勝つことは難しいだろう。

 そう。奥の手がなければ。

「できれば試してから使いたかったのですが、しょうがないですね」

 ウルス様から頂いた力、早速使わせてもらいます。

 私は一気にホーンジャイアントへと駆け寄る。

 敵は私を見逃さないようにと、その恐ろしい瞳で睨んでいる。少しでも足を止めれば、即座にハンマーが飛んでくるだろう。

 凄まじい重圧。

 でもあの巨亀よりは小さい!

 私はウルス様の力を使って速度を一段階上げる。これでホーンジャイアントからは私が消えたように見えたに違いない。

 股下を一気に駆け抜けた私が振り返ると、そこには無防備にさらけ出された黒くごつごつとした背中がある。その皮膚の固さはおそらく首の薄い皮とは比べ物にならないほどだろう。

「だけど、それを断ち切ります」

 片足で背中目がけて跳ぶ。両手でしっかりと短剣を握りしめ、その重さに引っぱられるように振り下ろす。

「ギャアアアアアアア」

 初めて悲鳴が上がった。

 私の振り下ろした短剣は、見事にその背中を切り裂いていた。

 私は追撃には移らず、敵の攻撃に備えて距離を取る。

「ガァアアッ!」

 叫びと共にホーンジャイアントはバックハンドで自分の背後を殴りつけた。少しでも遅れていたら、私の体は肉片になっていただろう。しかし、私は発生した風をそよ風のように受け流し、逆にその腕を斬りつけた。

 流石に浅かったようで一瞬血が噴き出た程度だ。

 それでもホーンジャイアントに攻撃を加えられることが確認できた。

「これなら倒せます」

 ホーンオーガがその痛みに集中力を欠いている今がチャンス。

 私は再度前に出る。足でしっかりと大地を蹴りつけ、狙うのは急所の首筋。

 何度も同じ手は食わないと、ハンマーを地面を抉る様に振り抜いた。吹き飛ばされた土が視界を覆う。

「その程度っ」

 土煙を一足で私は跳びあがる。そのままホーンジャイアントの頭上へ。

 上から見ると一目で分かるホーンジャイアントの強靭そうな角、それを生やした頭部へと狙いを定める。

 まだ気付かれていない。

 と思った瞬間、上を向いた眼に睨まれる。まるでこうなると分かっていたかのように、凶悪に笑った敵は大地を薙ぎ払った勢いのままハンマーを振りぬいた。

 タイミングは完璧。私がいるのは足場のない空中で、避けることのできない必中の攻撃……のはずだった。

「私の勝ちです」

 急に加速した私の頭の上をハンマーは通り過ぎ、私の持っていた短剣がホーンオーガの首を斬り飛ばした。

 どっ、という音と共に巨大なモンスターは地面に倒れ伏した。

「はあ……はあ……」

 連続して能力を使ったせいか、息が荒い。こんな経験久々だ。

「ウルス様、ありがとうございます。あなたのおかげで私は戦えています」

 『震転鎚』の二つ名でもって私に与えられた力は、重量操作。持っているものの重さを変更できる能力だ。

 自分の体を軽くすることで速くなったり、短剣をインパクトの瞬間だけ超重量に変えて威力を増大させる。

「……まだまだ行きますっ!」

 私はまたモンスター達の中へと突っ込んだ。


 どれほど経っただろう。

 それほど長くはないと思うが、斬りつけ過ぎて短剣が御釈迦になってしまうほどの時間は流れた。

 敵の攻撃を避け反撃しようと思った瞬間、大きく地面が揺れた。まるで脈打つように震えた地面のせいで、私に大きく隙が出来る。

 振り下ろされたオーガの右拳から頭をかばう様に腕を交差させる。

 ……。

 しかし、オーガの拳は降ってこなかった。

 おそるおそる目を開けてみると、そこにオーガの姿はなかった。死体だけは残っているが、生きていたモンスターは全てその姿を消している。

「やった、やったのですね、サトルさん」

 きっとサトルさんが巨亀を倒したに違いない。

 そう思った瞬間、私の体からふっと力が抜けた。バランスを崩して倒れる、その時横から手ですくい上げられた。

「大丈夫、アルト。遅くなってごめんね」

 そこにいたのは泣きそうな目をしているアグリエラさん。

 ああ、どうしてここにアグリエラさんがいるんだろう。

「助けに来たからに決まってるでしょ。あんなこと言ってモンスターを引きつれて行っちゃって、どれだけ心配かけたと思ってるの。私だけじゃないよ。ルンカー副座長も、ギルもみんな心配してこっちに駆けつけてる」

 声が聞こえた。私を心配する声が。

 モンスターを引き付けてしまう私を目の当たりにして、それでもこの人たちは私を心配してくれる。

 疲れた体で私は笑った。

 そして一座のみんなに叱られている中で、あの人の声が聞こえた。

「アルトー、大丈夫かー」

 巨亀が倒れた方角から、走りながら叫ぶ声が。

「はい、サトルさん。大丈夫です」

 何故かシズネさんに追い掛け回されているサトルさんに、私は思いっきりの笑顔と共に叫び返した。


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