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勇者の知恵の使い方  作者: 霜戸真広
間章 アルトの孤独なる戦い
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アルトの決断

 優しくサトルさんは私の頭を撫でた。嬉しいけど、子ども扱いされているようで恥ずかしい。

「それじゃ、ちょっとあの巨亀の首を斬りおとしてくるわ」

「はい、御武運を」

 私は背中を向け走り去っていくサトルさんに、たった一言声をかけることしかできなかった。

 隣を走るシズネさんを見て、何故か私はちくりと胸に痛みを感じるのだった。

「行くよ、アルト」

 サトルさんが去った後、合流したルンカーさんと共に一座がいるという場所に向かった。そこには他の一座や住民なんかが集まっていて、腕っぷしに自信のある人たちがモンスターから護っているらしい。

 モンスターは三種類ほど。筋骨隆々で基本的に身長2メートルほどのオーガ。さっき私が倒したのもこいつだ。もう一種は頭が犬の様になっているコボルド。体長は私と変わらないぐらいでそれほど大きくはないけど、群れを作って行動するし槍や短剣なんかの武器なんかも使ってくる。最後は四腕猿。その名の通り四本の腕を持つ猿で、トリッキーな動きをするのが特徴だ。

 どれも一体一体ならそれほど強いわけじゃない。コボルドが群れるといっても、戦闘慣れした冒険者のパーティーなら十分に対処可能だ。ただしどんどん数が増えなければだけど。

 走りながら前方のルンカーさんを見る。驚く事に子供とはいえ獣人である私よりも走るのが早い。しかも、走りながら目につくモンスターを一瞬で殲滅していく。

 これで元Bランク冒険者……!

 双剣を血塗れにして進む姿は、確かに夜の訓練で時折垣間見た恐ろしさだった。

「もうそろそろですよ」

 その言葉通り、私たちは目的地にたどり着いた。


「おい、西側にオーガが三匹追加だ。剣が使える奴をもう少し回してくれ」

「南側に猿どもが来やがった。跳びつかれて乗り込まないように気を付けろ!」

「怖い、怖いよ。お姉ちゃん」

 そこは様々な怒号や悲鳴が行きかっていた。

 場所は私たちの宿泊していた宿を中心とした大き目な円状の囲いの中だ。囲いは馬車を横倒しにしたものや、テントの骨組とかを活用した即席のモノでしかない。さすがは旅一座の集団で、そういったものを作るのは早かったらしい。

 今、この囲いの中にいるのは旅一座が小型から大型まで合わせて十ほど。そこに外へ逃れようとした住民や、一座の芸を観覧していた観客なんかもいる。

 周りを見渡すと、私以外に今すぐに動ける人はいなさそうだった。

「私が西に行きます。一人で大丈夫なので、他のところに人員を充ててください」

 私はさっき叫んでいた見張り兼指示役の男(どこかの一座の座長らしい)に一言告げて駆け出す。

 サトルさん……。

 逃げ出したくなる足を、ぎゅっとサトルさんからもらった短剣を握ることで奮起させる。

 私は勇者様の従者なのだから、こんなところで立ち止まる訳にはいかない。

 ただそう思う度に、何故かさっきのサトルさんとシズネさんの様子が目の裏に移る。特にシズネさん。何気なくサトルさんの横にいられる彼女が、私には羨ましくてしょうがない。

 そう考えている内に、西側の囲いにまでついた。今まさに三匹のオーガが戦線に到着しようという所だった。

「アルトっ!」

 そこで声をかけてきたのはアグリエラさん。いつもは針と糸を持って服を縫うその手には、弓と矢が握られている。

「何しに来たの。危ないから、戻りなさい」

 私の方を半分見ながらだというのに、寸分狂わずにコボルドの眉間を打ち抜くその精度は凄まじかった。

「アグリエラさん。心配はいりません。援護をお願いします」

「ちょ、ちょっと」

 慌てる彼女を置いて、囲いを跳び越える。数匹のコボルドの合間を抜けていく。諦めたのか、私にコボルトを近づけさせない様にアグリエラさんの矢が放たれた。

 そして遂に私はオーガの前に出る。どこかを荒らした後なのか、その手には露店か何かに使われていただろう建材を握りしめて棍棒の様にしている。一番前が赤、その後方右手が黒、さらに後方左手が緑色だ。

「行きます」

 走り抜けた速度そのままに一番前方のオーガ、赤オーガを狙う。

 まずは棍棒を振らさせない様に行動する。

 生来の敏捷性に任せて、オーガが攻撃できない様にステップを踏む。

 迷う赤オーガの懐に一気に飛び込むと、逆手に握った短剣で順に右手、左手と斬りつける。そうして武器を持てないようにしてからとどめを刺そうとしたが、慌てずに私はバックステップで一気に下がった。

 先ほどまで私がいた位置に棍棒が振り下ろされた。地面に当たって少し土が飛ぶ。

 後ろにいた黒オーガがやったのだ。いつのまに緑オーガも横に並んでいる。

 街中で戦った時の様にはいかないらしい。やっぱり一対三は大変そうだ。

 でも逃げるなんて選択肢はない。

「いいですよ。ちょっとむしゃくしゃしていたところなんです。三匹纏めて相手をしますよ」

 オーガが三匹。普通なら怖がるところかもしれない。でも昔の私には魔物に囲まれることなんて日常のことで、サトルさんと出会ってからの方がまるでお伽噺の様だった。

 お伽噺と言っても王子様とお姫様のそれではなくて、人の勇者と獣人の従者の英雄譚だけど。

 再度しっかりと短剣を握りしめて、呼吸を整える。今度はオーガの方から襲い掛かってくるのを迎えうった。


 もう幾匹の敵と戦っただろう。体が少しだるい。あれだけ簡単に振り回せていた短剣が少し重く感じられるようになり、拭う暇もない血糊のせいで切れ味も落ちてきた。

 しかし、今度はコボルドの群れがその姿を現した。休憩する時間もないらしい。

 周りを見ると、様々な死体が散乱している。今のところはまだこちらは誰も死んでいない。運のいいことに治癒魔法を使える者が数人いたことと、東側をルンカーさんが一人で捌ききっているため人員に余裕があるからだ。

「私も負けていられ――」

「交代だぜ、嬢ちゃん」

 私の言葉を遮ったのは、ギルさんだった。私同様に血に塗れている。手には大振りの剣が握られていた。

 その後ろにも見知らぬ男が一人。どこかの一座の者なんだろう。やはり血に塗れていて、剣を握っている。

「いえ、まだ私は行けます」

「これは座長からの命令だ。嬢ちゃんも我らがルトライザ一座の一員だ。座長の言葉には従ってもらうぜ」

 メリデューラさんの……。

「どうせすぐに駆り出されるだろうから、よく休んどけよ。はっ!」

 強引に私を追いやったギルさんは、コボルドの突き出してくる槍を弾いてから一気に斬りつけた。

 見た目や言動の雰囲気からは想像できない、綺麗な太刀筋だった。

 言われた通り後ろに戻ろうとして、だけど足は止まってしまった。

 もし囲いの中に逃げたら、これから先も毎回サトルさんから置いてかれるんじゃないか。

 不安が増す。

 そしてその瞬間、何かが破壊されるような音がして、囲いの中から悲鳴が聞こえてきた。

「南側の柵が破られた! 近くにいる戦える奴はオーガを追い出せ。戦えない奴は柵を作り直せっ!」

 ギリギリだった均衡は破られようとしていた。

 モンスターも弱いところを察知したのか、南側に集まっていく。

「くそっ、命令は撤回だ。アルト、南側に行けるか」

「分かりました」

 ギルさんの声に応えて私は南側に走った。

 此処から見えるだけでもオーガが五匹、コボルドが十匹以上、四腕猿はその身軽さを活かしてもう中まで入ってしまっていて正確な数は把握できない。

 戦える人員が抑えていはいるが、中に入った四腕猿に対処できていないせいで被害は甚大だ。

 私だけで倒せるの? こんな時どうすれば……。

 サトルさんっ!

 私は心の中で名前を呼んだ。

『アルト、お前は一座の方を護ってくれ』

 私の足が止まった。

 一瞬サトルさんの声が聞こえた。街で別れるときに言われた言葉だ。

 あの時、サトルさんは逃げようともせず巨亀を倒すために走った。それはまさしく勇者の姿だった。

「私は……勇者の……サトルさんの従者。ここで、逃げるわけにはいかない」

 きっと、モンスターを睨みつける。

 そして手を首元に伸ばす。

 手が震える。仲良くなった一座のみんなに怖がられるかもしれない。

 でも、

「でも、サトルさんが戦っているのに、私だけ戦わないでいるのは嫌。私はいつか勇者様の隣に行くんだから」

 脳裏に浮かぶサトルさんの姿。それは頼りないものだったけど、私に覚悟を決めさせるのには十分だった。

 ぐっと足に力を入れる。そして体全体に力を広げていく。

「知恵の女神様、申し訳ありません。折角の加護だけど、私は――」

 サトルさんの隣にいるために、それを捨てます。

 握りしめたネックレスを私は強引に引きちぎった。


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