巨亀陥落
シズネに考えると言ってみたものの、どこから手を付けるべきか。
アルトのことを考えると、ゆっくりやっている場合じゃない。
シズネには少しの間集中させてくれと頼んだ。あいつもあいつで何かしている。
「やっぱり俺の場合はこれしかないよな」
頭をこつんと叩く。
知恵。それ自体に魔法の様に敵を倒す力はないけど、使い方次第ではそれ以上にもなるかもしれないやつだ。
まだそれほど多くない頭の中の本棚から、使えそうな本を選び出す。
『これであなたも魔物博士シリーズ 番外編 絶滅魔物図鑑』。
「一度さらっと見ただけであとはあまり使っていなかったけど、そういえばこれに巨亀のことが載っていたような……」
検索してそのページを開く。
『マグヌムタルタルーガ』、当時最大の陸亀の魔物。主に岩食性であり、その食べたものに比例して硬く巨大化していくという特徴を持つ。その再生力は強く、首を切断されても生きていた個体が確認されている。甲羅の下に背中中央部に一枚だけ存在する赤いマナシェルを中心に再生されるため、武器の進歩により殻を破壊しマナシェルを直接攻撃できるようになるとすぐに姿を消すこととなった。このマナシェルは魔法の触媒としても名高く、魔法の名門と言われる一族の秘宝として伝わるモノにも多く使われている。
前にも読んだ解説を再度読み直してみるが、ほとんど情報は得られなかった。
一応図説付きで紹介してくれているのだが、その姿は確かにこの巨亀と似ている……ような気がする。いや、絵は下手じゃないんだけど……達筆(絵筆でもそう言うのかは知らないけど)なんだよな。
まあ、絵の良し悪しは置いておいて、そこには亀の全体像、各体のパーツ、マナシェル、それに狩りの様子なんかも事細かに書かれている。
書かれているんだけど……。
「つーか、その狩りの方法ってのがな。甲羅を割ってマナシェルを取り出せばいいとか言われてもよ」
絵にはハンマーらしきもので甲羅を粉砕しているように見える姿が描かれている。そこに描かれたマグヌムタルタルーガの大きさは、元の世界で見た象ぐらいだと思う。
こっちはと顔を上げて見てみると、木が鬱蒼と生えている山……のように見える甲羅が見えた。
「なあ、シズネ。あの甲羅に穴が開けられると思うか」
精霊と話でもしているのか、座ってぶつぶつ呟いていたシズネはこっちを見た。
そして、何を分かりきったことをという顔でため息をついてみせた。
「そんなことができれば甲羅よりもやわらかい首を斬りおとせない訳がないでしょ」
「まあ、そうなんだよな」
この方法は却下だ。
たぶん、というか確実に甲羅の強度が違いすぎる。
駄目なら次を考えないと。
また頭に本を浮かべる。
『剣聖アルゴウスの大冒険〈中〉』を上から落とす。
却下。これを渡したら完全回復しちまう。それに効果があるとは思えない。
『超実践的・元A級魔法使いが教える戦場で使える初級魔法~魔法は理論じゃない心だ~』に載っている魔法でどうにかする。
却下。シズネの魔法でも駄目だったのに、初級魔法が効くわけがない。そもそも俺は魔法が使えない。
「くそっ! 後は薬草大全とかぐらいしかないぞ。何か、何か方法があるはずだ。あいつを倒す方法。甲羅を壊してマナシェルを攻撃する方法……」
考えろ。頭を回せ。
目を閉じて、頭の中にある本の知識にどんどん没入していく。
どうすれば甲羅が破壊できる?
かなりの強度を持つものを破壊できるようなものがないか。
……って、そんな都合のいい物あるかっ!。
『アルサイムの貯蔵庫』の中を漁っても、そこまでの威力の物はない。組み合わせたとしても少し強い火薬になる程度のものばかりだ。
やっぱり、やっぱり駄目なの――
バシンッ!
両手で顔を勢いよく叩く。って顔よりも腕の方が痛ぇ!
「……う、そんな弱気でどうする」
そう口に出して、自分の意思を確認する。
時間はない。
一旦頭をリセットしよう。
『思考を~切り替えなさ~い』
ふと、そんな声が聞こえた。
「ティア?」
一瞬だったけど、それはまさしく怠惰女神であるティアの声だった。
間の抜けた言葉の伸ばし方は、一度聴いたら忘れられないイライラ感だ。
あれでも女神だ。その言葉はいわゆるところの神託。それを鵜呑みにはしないけど、聞いておくことに損はないはずだ。
ここはお前を信じるぞ、ティア。
「思考を切り替える。つまり……逆転の発想をしろって言う事か?」
巨亀を倒すのではなく倒さない……ってわけにはいかないし、いっそ逃げろってことか?
しかし、そんなことできる訳がない。というか、それでいいなら今ここに俺はいない。
「何か思いついた?」
そっちの考えタイムは終わったのか、シズネが近づいてきた。しかも手に鍋を持って。
ごつごつした鱗の上に座って、左手に鍋、右手に杖を持った美少女。
シュールだった。
「えっと、どうしたの? その鍋」
「あんたがさっき取り出したんでしょうが。風で飛んできて危なかったんだから」
「俺が取り出した? ああ、鉄の剣を取り出そうとして失敗した時のか」
あの時はちょっと思考がおかしかったからか、記憶がぼんやりしてるんだよね。
うん、鍋も取り出した気がする。
「ごめん、中に入れるのはちょっと面倒だから、後で」
まだ『アルサイムの貯蔵庫』は使いこなせてないから、いちいち外に出さないといけないんだよな。ただあの本も重いから、その辺が面倒なんだよ。
あっそう、って言ってシズネは鍋を置いた。
そして真面目な顔で話し始めた。どうもこっちが本当の目的だったらしい。
「今精霊に頼んで色々情報を集めてもらったわ。結構危なさそうよ」
精霊にはそんな使い方も出来るのかっ! と驚いている場合じゃなさそうだ。
どうやら冒険者側が攻撃する準備が整ったらしい。アルトがモンスター達を引き付けたのが理由かもしれないな。
「攻撃が加えられたら、今みたいに呑気にしてられないわよ。この大きさのモンスターに暴れられたら……」
確かに。俺たち二人の攻撃ではまだ大丈夫だったけど、これ以上攻撃をくわえられたらそう言ってもいられないかもしれない。
「到達時間は」
「十分ってところかしら」
そうなると、もう何か動き出さないといけない。
くそっ、まだ何も思いついてないぞ。
頭をひっかく俺の目に入ったのは空っぽの鍋だった。
鍋まで馬鹿にしているようだった。
『アルサイムの貯蔵庫』の中に突っ込んでやろうか!
「ん?」
何だろう。
何か引っかかる。
此処で再度頭を回せ。
固い甲羅……マナシェル……『アルサイムの貯蔵庫』……シズネの魔法……絶滅魔物辞典……それらの単語を繰り返し思考に乗せる。
「これだ。この方法ならいけるっ!」
「何か思いついたのっ!」
驚いたという表情でシズネが聞いてくるのに、肯定しようとした。しかし、
「駄目だ。一つだけ問題がある。マナシェルの形が分からないんだ」
あの辞典の絵だけじゃ確実性が低い。
それさえ分かれば……。
「ねえ、マナシェルってのは何よ」
ん? シズネは魔法使いなのに知らないのか。
俺は絶滅魔物辞典を取り出してその部分を見せた。
マナシェルと注意書きされた絵は、何と言えばいいのだろう波打った立方体のようなと言うべきか、体をくねらせる魚と言うべきか。まあ、形容しがたい形だ。
ともかくそれをシズネに見せる。
一瞬眉をひそめた。
「これって……魔石じゃないかしら」
「魔石?」
簡単にシズネが説明してくれたことには、魔物の内部に存在する魔法力の源ともいうべきコアだそうだ。
確かにマナシェルもそんな感じだが、同じものなのか?
「そういえば、昔は魔物ごとに魔石に名前を付けてた時期もあったとか師匠が言ってたような。魔石に関しての研究が進んで、それがどの魔物の内部にも同じように存在することが分かってそれも廃れていったって話だったわ」
それを聞いてなんとなく本の後ろの方を開けてみる。そこには発行された年月日が刻まれていた。
「ああ、千年以上昔の本ねそれ」
情報が古いとか言うレベルじゃないよな、それ。千年前とか日本なら平安時代だぞ。
分かってやりやがったな、あの怠惰女神ぃいいいいいいい。
心の中でとりあえず叫んでおいた。
「それで魔石の形が知りたいのよね。はい」
気軽な感じでシズネは杖を差し出した。
びくっと跳びあがりそうになったのは秘密だ。杖とか怖くない、怖くない。
今まで喰らってきた杖の痛みに思考が逸れかけるが、修正して杖を見つめる。
すると杖の先に輝くものが見えた。翡翠のような感じの宝石だ。少し波打っている。
「これが魔石よ。今じゃ基本的な魔法触媒ね」
「でも赤く無いぞ」
あの時代遅れの本には赤と載ってたけど……。
「魔物によって色が違うのよ。でも形は変わらないはずよ」
そうか、それならいけるはずだ。
俺はふっと一息吐いて、シズネに言った。
「俺をあそこにまで連れて行ってくれ」
俺が指さしたのは山の頂上。甲羅の真上だ。
「いいけど、それで本当に倒せるの」
「ああ、俺の考えが正しければ大丈夫なはずだ」
俺の顔を一瞬見てから、シズネはモンスターが群れを成す方角を見た。
そこにはまだ多くのモンスターが集まっている。つまりまだアルトは生きている。
でもそれがいつまで続くのか分からない。シズネにも時間はないと分かったのだろう。
「いいわ、さっさと行くわよ。捕まりなさい」
俺がどうするのかも聞かずにさっさと決めてしまった。
こっちが拍子抜けするほどだ。
ぶんと杖が振られると、それに合わせて風が吹き、光り輝く金髪が舞った。
「我、智の精霊リオ・シェンフィードに願い奉る。風を硬き球にし、我らを包み外界を阻み、空を飛ぶ高速の翼と為せ。フライ!」
魔法が発動して俺とシズネの体が浮く。
「時間がないから乗り心地は無視して急ぐわよ。私にしがみついてなさい」
「おい、ちょっと、まだ心構えが~」
俺の言葉は宙に消え、俺の体も勢いよく宙を舞った。
しかし、それはすぐに止められた。
「おい、早く……しない……と――」
「そう簡単にはいかないみたいよ」
回っていた眼が元に戻ると、空を覆っているモノが見えた。
鳥系モンスター。大きさは鷹ぐらいだが、その数は百匹じゃきかない。一瞬魔法陣らしきものが見えたかと思うと、また何匹か増えた。
「おい、これも巨亀が出してるってのか」
冷や汗が流れた。
しがみついたところから、シズネも緊張しているのが伝わってくる。
「多分そうね。あんた、魔法は使えないのよね」
「ああ」
「それじゃ、舌を噛まない様に……してなさいっ!」
一気に鳥系モンスターが突っ込んでくる。たぶんゲイルクロウとかいう烏のモンスターだ。雑食性で相手が自分より大きくとも襲い掛かるとか言う物騒な奴。その体の黒さと、額に光る三つ目の瞳が特徴。
その体当たりをシズネは避ける。俺は少しでも邪魔にならない様にしてるしかない。
「いったん離れるわよ」
そう言って追従してくるゲイルクロウから俺たちは距離を取った。
ある程度離れると追いかけてこない。多分ある範囲を守るように命令されているんだろう。巨亀の方でも冒険者の接近を感じ取ったのか、俺達に気付いて排除しようとしているのか。どっちにしてもゲイルクロウがいては作戦が遂行できない。
「何か方法はないのか」
「難しいわね。あんたが魔法を使えればよかったんだけど。あんたを抱えたまま高速移動しつつ大規模魔術を使うのは、私でも難しいわ」
悔しそうにシズネは言った。ぎゅっと杖を握る力が増したようだ。
「なあ、もし俺がいなくて一人だったらその大規模魔術は使えるのか」
「あんた、また何か思いついたの」
俺の作戦を聞いて、シズネはにやりと笑った。
「さあ、いくわよ。覚悟しなさい」
さっきと変わらぬようにフライの魔法で俺たちは突っ込む。
それを見たゲイルクロウ達は、があっと一鳴きして襲い掛かる。
そこに、
「さあ、吹っ飛びなさい。シュート」
シズネの掛け声とともに、俺の体が前方へと射出された。
ぎぃぃぃぃ、風の抵抗がヤバい。顔が引きつる。
第一陣のゲイルクロウ達はとんでもないものが飛んできたからか、反射で俺のことを避けてしまった。
次に来るのは本体。何百匹にも増えたせいで黒い塊に見える。
これを見た者がいたら、ただの自殺行為にしか思えないだろう。生身の人間がモンスターの中に突っ込むんだからな。無残に食い荒らされる姿が目に浮かぶだろう。
でもそれは俺が一人だったらの話だ。
「頼むぞ、シズネ」
「言われなくても分かってるわよ」
後方に一気に力が溜まっていくのが分かった。正直今までと比べ物にならない。巨亀の首を斬りおとそうとした魔法よりもすごい。
「時間もないわ。奥の手でいくわよ。簡易詠唱、さあ、リオ、力を貸しなさい。吹き抜け、斬り裂け」
一瞬の詠唱とは思えないほどの魔力の高まり。一拍おいて、魔法が紡がれる。
「ウインド・インパクトォオオオオオオ!」
凝縮された風は一瞬ではじけ飛び、いくつもの刃となって飛んだ。綺麗に俺だけを外す経路で。
(いい、身動き一つでもしたら、あんたの体も切り刻まれるからね)
シズネに言われた注意を守って、呼吸すら止めてただ空を慣性に任せて飛ぶ。
風の刃は触れたものを切り刻んだかと思うと、次には刃を増して飛び出す。それは連鎖してゲイルクロウに浴びせられ、気付けばぽっかりと俺が飛ぶ場所に空白地帯が生まれていた。近づこうとするゲイルクロウは即座に切り刻まれる。
「さあ、舞台は整えたわよ」
シズネの声が俺に届いた瞬間、俺の体はちょうど甲羅の真上に来た。
「『グリフィス製魔導書試作品№26 アルサイムの貯蔵庫』展開!」
いくつもの魔法陣を浮かび上がらせた表紙を真下に向ける様にして、『アルサイムの貯蔵庫』を取り出す。
そしてさっき見たばかりの魔石の姿を頭の中で再生する。
「その甲羅の内に秘めし魔石をその内に呑みこめぇええええええ!」
叫んだ声は甲羅に吸い込まれて消えていった。




