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勇者の知恵の使い方  作者: 霜戸真広
剣聖と巨亀
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勇者覚悟を決める

 駆け出した俺はすぐに足を止めた。

「どうしたのよ。急に走り出したと思ったら急に止まったりして」

 よく分からない様子のシズネが追いかけてきて、そして足を止めた俺に今度は不思議そうに声をかけた。

 無意識に大量のモンスターが見えた方へと走ってみたものの、よく考えれば俺一人じゃここから降りられないじゃないか。

 もし、ギリギリになってシズネに頼んでいたら、どれだけ馬鹿にされることか。

 そんなことも考えてなかったのっ!

 ああそんな風に罵倒される姿がすぐに目に浮かぶのが……何故か辛い。

「ちょっと無視しないでくれる。モンスターが集まっているのとアルトに何の関係があるのよ」

「いや、無視していたわけじゃねえよ。ただ自分のとる行動について考えてただけで」

 そう、ここでアルトの下に運んでもらうのは簡単だ。シズネもちゃんと説明すれば断ったりしないだろう。

 でもそれが本当に俺が取るべき行動なのか?

 さっきまでの、勇者とか言いながら何も見えてなかった頃の俺ならそうだったかもしれない。

 万に認められる英雄よりも、一人に認められる勇者となれ。

 さっきシズネに言われたばかりの言葉を思い出す。

 アルトに認められる勇者になる。それは自分でも言っていた言葉だったはずだ。

 それが巨亀の登場と、それを倒した剣聖の力を自分が持っているという感違いで、本当に自分が勇者だと思っちまった。そんな物語みたいなことがあるはずないのに。

 って言ったら、この世界にいることも十分にファンタジーなんだけど。

「ちょっと、何一人落ち着いた顔してんのよ。何が起きてるのか私にも説明しなさいよ」

 それでもアルトの前だけでも俺が勇者でいる為の方法は何か。

 そんなもの一つしかないよな。

「うしっ。覚悟は決めた。今度こそこのデカブツを倒すぞ、シズネ」

「だ……か……ら……」

 ああ、この雰囲気何故か俺は知っている。

「何で一人でしたり顔してんのよ」

 今日何度目になるか分からない杖のフルスイング。

 お前、メイス使いとかに転職しろよ。

 痛みの中でそんなツッコミを考えられるほどには、俺も慣れてしまっていた。


「そんなことが……!」

 あれから俺はシズネにアルトのことを話した。

 アルトにはモンスターを引き寄せる能力があること。それをだるだる女神の力で抑えていること。どうもあの大きな熊の上級精霊がモンスターから護ってくれていることなど。

 本来ならアルトに許可を取るべきかもしれないが、シズネにならいいだろうと判断した。

 それは聞いた瞬間のシズネの行動から正しいと分かった。

 驚いたかと思うと、すぐさまフライを発動させアルトのいる方へと飛び立とうとしたのだ。

 それは純粋にアルトを想う気持ちから出た行動だった。

 だけど、俺はそれを止めた。手を掴んで強引に。

「おい、手を離せ。早くアルトの下に行かないと」

「焦るな。これじゃさっきと立場が逆だな」

 掴んだ腕はまだ痛いけど、正直かなり痛いけど、それでもこいつを行かせるわけにはいかない。

 此処から俺が逃げられないってこともあるし、巨亀を倒すのにシズネの力が絶対に必要になるだろうから。

 掴む手を痛そうにしていることに気付いたからか、シズネの抵抗はすぐに収まった。

 こういうことを怪我の功名っていうのかね。

「あんた、アルトが死んでもいいの。あれだけの数に囲まれたら、生き残る事なんてできないわよ」

 そう言って指示された先には、そこだけ真っ黒に見えるほど影が蠢いていた。あの影一つ一つがモンスターだとすればどれだけの数になるか。おそらく町にいた全てが集まっている。

「つまりそれだけアルトは本気ってことだ」

 その言葉にシズネは気圧されたようだった。

 自分の顔が強張っていることが分かる。

 俺だってアルトの下に向かいたい。

 だけど、

「だけどアルトは俺が行くことを望んでない。……アルトは俺がこいつを倒すことだけを望んでる」

「あっ……ば、馬鹿じゃないの。あの子が何を望もうが、死んでしまったらお終いなのよ」

 本当にシズネは良い奴だな。

 さっきから落ち着かないせいか、シズネの周りで風が強く吹いている。魔力漏れとかそんな現象だろう。

「万に認められる英雄よりも、一人に認められる勇者となれ」

 そう俺が言って、シズネはもう何も言えなかった。

 ずるいのは承知だ。さっき言われたばかりのことを言い返すとか、駄目なことも十分に理解している。

 だけど、それでもこの道を、俺がアルトにとっての勇者である道を進むには、ここしかないんだ。

「分かったわ。それなら早くこいつを倒しましょう。こいつを倒せば、召喚された奴らも消えるはずだから」

 シズネもここに残る覚悟を決めたようだった。

 アルトっ、少し、少しだけ待っていてくれ。

 俺が絶対にこの巨亀を倒すっ!

 俺は腕を突き上げたっ!

「……それで作戦は?」

 腕を突き上げた状態で固まる俺に、シズネは唇をひきつらせながら聞いてきた。

「今から考える」

 今度の杖は避けることに成功した。


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