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勇者の知恵の使い方  作者: 霜戸真広
剣聖と巨亀
32/53

勇者身の程を知る

 何が起きたんだ?

 手元に感じる空虚感。

 腕全体に広がる痺れ。

「はは、け、剣が悪かっただけだよな……。剣聖になった俺がそうじゃなきゃ首が断ち切れないわけがない。ほらもう一本現れろ」

 『アルサイムの貯蔵庫』を頭の中に展開。

 鉄の剣を検索し、選択だ。

 くそ、遅い。早く出ろよ。

 選択を間違えて、いくつも違うものが飛び出す。

 そして嫌にゆっくりと鉄の剣が現れて、手元にずしりと重みを感じた。

「これで……今度こそ」

 ごくりと、つばを飲み込む。

 空を飛んでこちらを見ているはずのシズネは静かだ。何も言わない。

 ああ、馬鹿にしやがって。

「『剣聖アルゴウスの大冒険〈中』から巨亀の首狩りのシーンを抽出」

 ガガガ

 こっちは失敗しなかった。

    ガガガ

 ノイズと共に脳裏に映った剣聖の姿を自分の体に合わせる。

 上段に構えた剣を振るう。

 一瞬の剣閃に万の剣撃を重ねる。

「これでどうだっ!」

 叫びが神に届くことはなかった。

 ばしんっ!

「くそっ! またか」

 腕が熱い。

 もう予備の剣はない。飛んで行った剣を拾おう。

 何が悪い。

 やっていることに間違いはないはずだ。

 剣聖はこれでこいつの首を斬ったんだ。

 何が足りない。

 剣聖には……。

「もう一回だ」

 ばしんっ!

「もう一回」

 ばしんっ!

「もう……」

「やめなさい。いい加減気付きなさいよ。あんたは失敗したのよ」

 失敗……?

 俺は勇者だ。剣聖と同じ技が使えるんだ。

 その俺に失敗なんて、あるわけがない。

「あるわけがない。こんな奴俺が一撃で……」

「その手で何ができるのよっ!」

 えっ?

 俺は自分の腕を見た。

 血まみれだった。酷使しすぎた腕の筋肉が耐え切れず内から爆ぜたという感じだった。

 その様を知覚した頭は正直だった。失われていた痛みが襲い掛かる。

「うがああああっ!」

 痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイ。

 腕が急に燃え上がったようだ。

 それでいて何の感覚もない。

 シズネが腕をつかんでいることすら気づいていなかった。

「ちょっと、待ちなさい。水の精霊に希う。清浄なる水で、彼の両腕を包み、癒したまえ」

 ふっと、痛みが和らいだ。

 少しずつ冷静になっていく頭で腕を見ると、光り輝く水の塊が腕を包み込んでいる。少しづつ傷口が塞がっていくようだった。

 まだ痛いがそれでもさっきまでのに比べれば我慢できないほどじゃない。

「治癒魔術ってやつか」

 だから軽口をたたく。

 もうさっきまでの俺じゃない、とシズネに見せるために。

 シズネは少し安心したというような顔を見せた。

「そうよ。とは言っても私はあんまり得意じゃないから、なくなった血は戻せないし、傷も塞いだだけ。筋肉の断裂までは治せてないわ。下手に動かさない事ね」

 結構便利そうだ。

 あの初級編の魔法教本にも載っていたようだし、どうにか使えるようになりたいな。

 あの怠惰女神も使えるようになると言っていたし、こっちも要確認という感じか。

「もう大丈夫そうね。それじゃ少し反省なさい」

 腕を包んでいた水が弾けるように無くなった。

 そう思うとシズネは思いっきり杖を振った。

 振った先にあったのは俺の腹部なわけで、気付くと顔面と地面がぴったりくっついていた。

 両腕が使えないから、支えることも出来ないの分かってるだろ!

 もう少し加減してくれ、とは思ったが、シズネが心配してくれたという事はよく分かった。

「……次からは穏便にお願いできないか」

「まだ足りないようね……」

「ごめんなさいっ」

 俺は速攻頭を下げた。

 分かればいいのよと、シズネは杖を降ろした。

「それで、これであんたの無力さが分かったかしら」

「ああ、俺に出来るのは剣聖の劣化版でしかないんだな。つい、自分が剣聖になった気がしてた。だから……」

 俺の血で柄を赤く染めた剣を見る。

 うっ……、あれを見るだけで腕がヒリヒリと痛みを発しやがる。

「だからさっきみたいに、我を失ったというか、あー、駄目な方向に思考が傾いたと言うか、何というか」

 言葉を濁す俺に、シズネははっきりと言いやがった。

「妄想ね」

 確かにそうだけど、いや、ここで中二病とか言われるよりは……ましか?

 俺がそんな疑問に陥りそうになった時、シズネは攻撃にうつる様であった。

 どうやら本腰を入れてこのデカブツを倒すつもりらしい。

「勇者って称号はやっぱり俺には過ぎたものだよ、アルト……」

 一座のみんなと一緒にいるであろうアルトを想いながら、俺はそう呟くしかできなかった。

 さっきシズネにも言ったけど、さっきまでの俺は我を失っていた。

 自分が勇者だと自惚れて、倒せないという未来を想定しなかった。

「あんたに勇者の称号が合わないのは確かね。特に見た目が普通」

「見た目のことは言うなよ。関係ないだろ」

 一言多いと言うか、ひどいことしか言わないというか。誰がこいつをこんな風に育てたんだ。

 手を使えない状態でなんとか座ることができた。流石に顔面を押し付けたままという訳にもいかないしな。

「万に認められる英雄よりも、一人に認められる勇者となれ」

 瑠璃色の瞳が俺をまっすぐに見ていた。

 何故か、その時シズネは確かに高貴な血が入っていると確信できた。

 美しいだけでない何かがあった。

「これは私の祖母の言葉よ。あんた自身がどう思うと関係ないけど、アルトの前では勇者でいなさい」

 そう言い切ってから、ちょっと顔を横に反らしてもう一言。

「勇者でいるのが疲れたら、私が愚痴ぐらい聞いてやるわよ」

 なんだそりゃ。

「ええっ、何よそれ。私がわざわざ心配して!」

 叫ぶシズネを尻目に俺は空を向いて笑った。

 ああ、こんなことを言ってくれる奴がいる。

 俺を心配して言葉をかけてくれる奴がいる。

「ありがとう。それならもうちょっと勇者、続けてみるよ」

「分かればいいのよ」

 胸を張るシズネは本当に輝いて見えた。

 ぎゃああああああああああああああああんんんんんんん。

 特大の声が響いた。

 耳が割れるほどに痛い。

 巨亀の叫びだった。

「無駄話している場合じゃなさそうね」

 片耳を抑えて頭を振るうシズネ。

 俺もガンガンする頭に手を当てながら、頷いてみせた。

「よっこいしょ」

 掛け声一つで、手を使わずに立ち上がった。

 そして首のつなぎ目の部分からどく。

 此処にいたら巻き添えを食うかもしれないからな。

「ありがとう。だけどもう少し離れて」

 言われた通り下がる。

 シズネはさっと杖を振り上げた。杖にはめられている宝石か何かが光っている。

 もしかしてあれが本で読んだマナシェルってやつか?

 意外と小さいんだな。この巨亀レベルだとどうなるんだろ。

 そんなこと考えていると、風が通り過ぎていくのが分かった。

「通り過ぎるっていうか……シズネのところに集まってる?」

 不思議な光景だった。

 さっきまで全然感じなかった風が吹いていて、その風の中心にシズネは立っている。なのに髪の毛一本揺れている様子がない。

「我、智の精霊リオ・シェンフィードに願い奉る」

 厳かに祈る様に、ゆっくりとシズネは詠唱を始めた。

「大河となるほどの風を、嵐を集め、薄く鋭き刀を抜き放ち、その長大なる首を刈りきれ」

 その瞬間、巨亀の傷口の真上に風の刃が現れた。

 まるで時を止められたかのように空に浮かぶ刃はしかし、シズネの一言で執行される。

「死になさい。死刑執行ギロチンッ!」

 その無常なる刃は、目にもとまらぬ速さで落ちた。

 俺に判別はつかないがおそらくは高位魔法だろう。風の密度、鋭さ、長さ、どれをとっても素人目からしてすごいのが分かった。

 そしてその風のギロチンは寸分たがわず首のつなぎ目部分に食い込んだ。

「そんな……」

 攻撃地点を見ていたシズネが唸った。

 なぜなら攻撃した場所にほとんど変化がなかったからだ。若干食い込んで血を流させてはいたが、その部分はすでに回復を始めていた。

 そして瞬く間に傷口は元通りになった。

「シズネ、どうやらこの亀、ちょっとやそっとの攻撃じゃすぐに回復するみたいだぞ。どうやって倒すんだ。もっと威力のある魔法でもないと……」

「今の魔法が私の使えるものの中でも攻撃力の高い魔法だったのよ。これ以上の威力の魔法自体はあるけど、継ぎ目だけ狙うとかはできないのよね……」

 それだけ言うとシズネはどうにか倒せないかとまた考え出した。

 どうやら魔法っていうのも使い勝手がいい物ばかりではないらしい。

「そう言えばあれだけ叫び声上げておいて、巨亀は何がしたかったんだ? あれから動く様子はないけど……」

 不気味なほどに巨亀は動かない。

 どうも地面を食べる方が重要らしい。このままだと弱点となった首のつなぎ目の部分も完全に再生されてしまう。どうにかその前に倒さなきゃな。

 威勢のいいこと言ったところで、満足に剣も振れない俺に見張り以上の選択肢などなかったけど。

 何度かシズネの魔法が炸裂するが、やはり傷つけることしか出来ない。

 そしてすぐに回復される。

「ああもう。こいつ硬すぎんのよ」

 シズネからそんな弱気の言葉が出た。

 顔色も魔法を使いすぎたのか、少し青ざめている。

 駄目かもしれない、そんな心を叱咤激励しようとアルトがいるであろう街の方を見た。

「……!」

 その状況を見て、言葉もなく俺は戦慄した。

「何よ、あれは……!」

 俺の様子に気づいて同じ方を向いたシズネは驚いていた。瑠璃色の瞳が大きく見開かれていた。

 俺は驚きよりも先に、焦りを感じた。

「アルト、お前、何でそんなことを」

 町を襲っていたモンスターたちが全て町はずれの高原に集合していた。

 きっと、あの場の中心にはアルトがいる。

「待ってろよ、今助けに行くから!」

 俺は無意識に街の見える方へと駆け出していた。


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