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勇者の知恵の使い方  作者: 霜戸真広
旅立ちの日まで
3/53

知恵を確認してみよう。その一

 あの変な白い空間で結構な時間をティアのせいで過ごしたが、飛ばされる前と日の傾き加減が変わっていないように思える。あそこでの時間はこっちでは進んでいないということか。流石は女神が暮らす不思議空間という事か。

 とりあえず不思議空間の出入りで手を離してしまったせいで倒れた自転車を立てて、近くの大きな木の側に止めておく。そのまま俺も木にもたれかかるようにして座り込んだ。

 あー、木々の合間から見える太陽の光がきれいだな。何だか……眠く……

 がさごそ。

「何だ!」

 草むらから音が聞こえて、今まさに意識を手放そうとしていた俺は跳び上がった。

「て、敵なのか。そういえばここってモンスターが出るんだよな」

 いきなりピンチか。あのだるだる女神。モンスターに俺のこと襲わないようにぐらいしとけよ。

 すぐに逃げ出せるように自転車を確保する。スタンドを外す音で刺激しないように、慎重に行動する。

 風に木々の葉が揺れる音だけが響いている。

 俺の勘違いか、そう思った瞬間そいつは現れた。

 草むらから勢いよく飛び出すまるで刃物のような切れ味のありそうな角。まるで怒りを象徴するかのような赤い眼。敵をえぐるためにか大きく成長した前歯。高く跳び上がることを可能とする強靭な脚。そうそれは間違いなく……

「うさぎ?」

 うさぎだった。地球原産のやつとは一回り以上大きさが違うから迫力は段違いだが、まさしくうさぎだった。頭に刃物が生えているので、刃うさぎとでも呼ぶか。

 刃うさぎはこっちを一目見ると、すぐに興味を失ったのかあくびを一つしてまた別の草むらへと入っていった。

 俺は警戒するほどもないという事か。うさぎにバカにされる日が来るとは、思ってもいなかった。無念である。

 しかしまあ、ぼーと立っていてもしょうがないか。さっきみたいに無防備に寝てしまっても危ないだろう。こういうときは他のことに集中するべきだ。だからまずは与えられた知恵というやつを確認してみよう。

「んー、頭に浮かべてみればいいのかな。えーと『脳筋のオーガでもわかる全種族言語教室第百三十五改訂版』……だったか」

 そうすると頭の中に四冊の本が浮かび上がってきた。浮かび上がるという言葉を使ったが、視覚によって見ているという感じではない。情報として送り込まれたものを脳で再生しているというかなんというか。正直よく分からない状態だった。しかし、確かに四冊の本が俺には見えていた。

「おおっ、変な文字が読める。これがさっきの本のおかげか。意識してみるとさっきあの冒険者どもの言っていた言葉も理解できるな。助かった。やっぱり読み書きができないと異世界では何もできないからな」

 ただ脳筋オーガと同列扱いというのは癪に障るがな。ティアの悪意が透けて見える。

 それにしてもこれはどういった本なのだろうか。と思っていると頭の中から一冊の本がなくなる感覚がした。知識が消えたわけではなく、本当に本の質量が消えうせたという感じだ。この本がない状態でも他の本のタイトルが読めるのだから、インプットされた知識と物体として頭に組み込まれた本はもう別扱いなのだろう。

 不思議に思っていると目の前に本が落ちてきた。慌てて受け止めると脳筋のオーガ~という題名が書かれている。

 どうやら強く念じると物質化もできるようだ。そういえば取り出しもできるとか言っていたな。知識として頭にある訳だから使い道があるかは微妙な能力な気がしてならないが。

「さてどんな内容なんだろうか」

 頭の中の知識を思い返すという方法だと面白みがない。せっかくだから本の状態で読んでみよう。

 ページを開いてみると面白いことが分かった。全種族の言語という割に本が薄いと思ったが、どうやら見開き一ページにつき一種族で、魔法か何かなのか映像が本から飛び出てくるようになっているようだ。異世界感があって面白い。

 この世界を勝手に中世的なものと思いこんでいたが、もっと進んだ文化なのかもしれない。……いや、鎧とか着込んで戦うとかしてるからそれはないのか。

 そういうことは仕事を全部終えてからティアに教えてもらえばいいか。せっかくだから返してもらう前に異世界見学はしたい。

 そんなことを考えながら、本の中身を注視してみる。

「さてさて内容はどうかな。どれどれ」

 妖精だろうか。手の平サイズで薄い翅を背中で羽ばたかせる少女が本の解説を語り始めた。どうやらこの本の解説役兼マスコットらしい。名前はレーチというらしい。

『ようこそ脳筋のオーガでもわかる全種族言語教室へ。これを読んでいるという事は、あなたは自分のことを脳筋だと思っていらっしゃるんですね。自分を客観視できることは素晴らしいことです。だからあなたは少なくともオーガよりはましですよ。良かったですね』

 なんだろう、このイライラする感じ。この世界にはイライラさせる人間しかいないのだろうか。一人は女神で、もう一人は妖精だから人間ではない訳だけど。

 落ち着いて続きを読むか。こっちの世界に来てから、落ち着けという言葉を一番自分に唱えている気がする。

『最初は世界共通語のヒューマン語です。まあ、これが分からない人は今この文字も読めていないんですけどね。読めない人はとりあえず頑張ってください。脳筋のオーガのためにオーガ語翻訳もありますから、脳筋の方はそちらを設定してもらって下さい。脳筋にはちょっと操作が難しいので、誰かに頼んでやってもらってくださいね』

 駄目だこの本。いい笑顔で妖精がけなしてくる。一部の趣味を持つ方には垂涎の書物かもしれないが、俺はそっちの気はないのでパス。大人しく頭に入れておこう。

 試行錯誤の結果、戻したいと思って頭に触れさせると戻るらしい。傍から見ると本を頭に付けるってかなり間抜けな気がするから、人前で本をしまうのは控えよう。

 他の三冊は取り出す前に題名だけ確認しておこうか。

「えーと、右から『能無しゴブリンでも分かる全世界野草大全』。……あの女神泣かしてやろうか」

 ティアの野郎、俺をモンスター扱いしてやがる。確かにモンスター代わりに呼ばれたわけだが。どれだけ俺をいじりたいんだあの女神。

「次が『闇と悪の書』。……厳重に鎖巻かれてるし、本から黒い何かがにじみ出ているんだけど、大丈夫かこれ。頭に入れといて何か悪い影響ないよな。最後のは『剣聖アルゴウスの大冒険〈中〉』。使い道がないだろ!」

 すごいごつごつとした、何かの金属で作られたような本だったが、それはどうやら物語の本らしい。思い浮かべれば内容も分かるのだが、だから何なのだろうか。物語が何の役に立つというのか。

「暇つぶしか。暇つぶしにでもしろというのか、これは」

 ティアは本当に適当に本を選んだらしい。これでも言葉が分かるだけ、さっきよりはましだろうか。

 とりあえずこの三冊も内容を確認するか。

 せっかく森の中にいるんだから、野草を見てみるか。足元に生えているものを意識してみる。

「どれどれ……名前は『火花草』。俺からしたら彼岸花なんだが、確かに火花に見えないこともないのかな……」

 意外と地球とこの世界ハインディアは似ていることが多い。それとも似ている世界だからこそ召喚されてしまったのか。考えても答えなんかでない。

 花でも摘んでリフレッシュでもしますか。

 花の部分を触ろうとしてみると、頭に知識が浮かんでくる。何々、火花草。ポルミエラ大陸(この大陸の名前みたいだ)中央部、西部の南の岩場地帯に分布する多年草。真っ赤な花が美しく観賞用にもなるが、花の部分が熱を持つのでよく火事の原因となる。名前の由来は花弁が枯れ落ちるときに発火するさまから。特別な方法を使うことで安全に採取できる。能無しゴブリンはやけどしてそのことを覚えろ。

 ここは岩場ではないが、ダンジョンだから生えているのだろう。最後の一文は無視だ。次からはいらないところは思い出さないようにしよう。

「へー、発火ねー」

 触ろうとした手を引っ込める。これ森の中にあって大丈夫なんだろうか。山火事起きないのか。ダンジョンだからという理由で全部片づけるのはいけないのだろうが、その辺調べるのは俺の仕事じゃない。しかし気になるのも確か。

 そう思ってじっくり観察すると、火花草の下に生えている野草の知識が浮かんでくる。この知識が浮かんでくる感覚は意外に楽しいし使い勝手もいい。また要らん一文が最後についてきたが、そっちは無視だ。

「これは『プリュメール』。別名冷え冷え草。熱を吸収し、冷気に変える特性を持つためそう呼ばれる。葉は特徴的なギザギザした形をしており、きれいな青い花が咲く。熱さましなどに用いられる……か。これと火花草は共存関係にあるっていう事か」

 発火する花に、熱を吸い取る草。何か異世界っぽい。少し楽しくなってきた。調子に乗っていろんな植物を見てみる。

 ある程度の間隔で道の外れに群生する可憐な紫色の花『大犬の口』。その見た目とは裏腹に、摘もうと触ると地面の下から根っこが飛び出して捕食しようとしてくる食虫植物。手や足の先をこれでなくすゴブリンが多いらしい。靴とか履いてれば足止めされる程度ってことだから、弱めのベアトラップというところか。

 きのこの類がもこもこと生えている場所を発見。幻覚作用を持つ粉を飛ばす大キノコ『マジムマッシュ』。それとほとんど見分けのつかない爆発するキノコ『ボムマッシュ』。頭に組み込まれた本のおかげで俺には完璧に区別がつくようだった。

 更に調子に乗って森の奥に入ると、七色に輝く姿はまさしく虹。世界最高の花と呼ばれ、一本が大振りの宝石と同じだけの価値を持つ『虹の雫』は花園になっていた。極まれに一本だけ生えているのを発見されることがあるだけで、詳しいことは分からない幻の花らしい。

 奇しくも元の世界と同じ名前の植物を発見。見た目もほぼ同じだった。ただし大きさは比べ物にならなかったが。『ウツボカズラ』。通常小型の鳥を袋状になった部分の酸で溶かして養分とする。大きいものだと鷲を一飲みにするものも。ゴブリンが溶かされたケースも確認されるので、能無しは気を付けろとのこと。

 ただしドラゴンを捕食するものはこの種ではなく、『大ウツボカズラ』という別種である。現在はいくつかのダンジョンで確認されるだけの、希少種である。

 ドラゴンすら捕食するウツボカズラ……。想像できないな。

 しかし、わくわくするのは間違いない。俺はまた少し森の中に入っていった。


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