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勇者の知恵の使い方  作者: 霜戸真広
剣聖と巨亀
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目覚めの時

 一週間以上にわたって開催される剣聖と巨亀祭りの中心は街の至る所で行われる興行らしい。俺達が参加した劇のコンテストはその中心となるもので、今回は大小四十近い一座が順番に披露する。ただし、劇場の場所や時間はくじで決める。ルトライザ一座は一日目の昼、それも中央広場という誰もが羨む時間と場所でやることになった。

 しかし、それで俺達の興行が終わりになる訳では決してない。

 こんな大規模なお祭りはなかなかない。ここで稼がない手はないという事で、いつものように軽業や剣舞なんかを披露する手はずになっている。

「だけどそれは明日から何でしょう? だったらあんたは何でその格好のままなのよ」

「宣伝の為って着せられたんだよ、メリデューラさんに」

 そしてもう一つお祭りと言えば欠かせない縁日も広がっており、至る所から美味しそうなにおいが漂ってくる。

 そこを俺はアルトと、合流したシズネと歩いているわけなんだが、どうも視線が痛い。

 なぜなら俺とアルトは明日からの興行の宣伝用にと、劇の衣装のまま、ルトライザ一座という名前などが書かれたプラカードを持たされているのだ。

「これのおかげで明日からの準備をさぼれているんだけど、失敗したかな……」

「関係ないのにあんたと一緒にじろじろ見られる私の気持ちも考えなさいよ」

 確かにシズネが怒る気持ちもよく分かる。シズネは前と同じローブを羽織っているため、この姿が剣聖の仲間の一人「炎舞」サラサと見えなくもないという感じなのも人目を引いている要因だ。

 サラサは綺麗な金髪で有名という事もあり、シズネはローブを脱げなくなってしまった。まあ、脱いだ様子なんてほとんどみたことないけど。

 禁じられているからと教会で脱いだ時以外はずっと羽織ってるんだよな。何かあるのか?

「何、人のことじろじろ見てんのよ」

「いや、すまん。何でもない」

 おっと、どうやら無遠慮に見過ぎたらしい。

 でも胸を隠す必要はないぞ。だってシズネには見るほどの胸がな――。

 ヒュッ!

 そう風の音がしたと思った時、前髪が目の前に少し散った。

「次変なこと考えたら、髪の毛じゃすまないわよ」

「お、おま、町中で普通魔法撃つかっ! 下手したら髪の毛じゃすまなかったぞ」

 予備動作なしでこれだけの精度っでかなりすごいんじゃないか。

 このまえの奴との時だって、かなり高難易度そうな魔法を使ってたし。

 ……シズネって実は本当に大魔導師なのか?

「私がそんなミスするわけないでしょ。ほらとりあえず詫びになんか奢りなさい」

「はあ、まあいいけどよ。アルト、何食べたい」

 いままでアルト抜きで話していたのは、別に俺たち二人がアルトをいじめているとか言うんじゃない。

 今アルトが話せる状態じゃないからだ。

「あ、いえ。あ……」

 周りの人の視線から逃げるように、俺の背中にしがみついて離れてくれない。

 どうやらあまりに多い人に囲まれ、視線を向けられることで人見知りが発動してしまったらしい。昨日までは人がある程度多くてもここまでじゃなかったから、きっと今日の劇である程度知られたことで増えた視線が原因なんだろう。

 まあ、劇で多くの人に見られるのと、普通にしていて注目されるのは違うもんな。

 俺も何だか体がむずむずするし。

 アルトがおずおずと指さした方にあったのは、中々に繁盛している屋台だった。

「ああ、リューペットね。確かに今日みたいに人が多くて暑い時にはおいしいわね。そうと決まれば、ほら、アルト行くわよ」

「あ、シズネさん。引っ張らないで……」

 俺の背中からアルトを取られたしまった。

 でもまあ、ああやって人のいるところにどんどん出してやった方がいいだろ。

 そんで、屋台で何が作られているのか見てみたわけだけど、どうもかき氷みたいだ。

 シロップは果物で作ったやつで、どろっとしていてジャムのようだ。

「おじさん、リューペット三つ。シロップは……私はリケ。アルトは」

 手慣れた感じで屋台で買い物してるけど、シズネって貴族の金持ちじゃないのか?

 待てよ。貴族ってことは本についても何か情報を持ってるかもな。どうも裕福じゃないと本なんて手に入んないみたいだし。

 後で聞いてみるか。

 ただやっぱり心配だな。

「私はえっと……このマルカを」

 それにしてはどうもシズネって庶民臭いんだよな。

「サトルさんはまだ決まらないんですか」

「ん、ああ、そうだな。じゃあ俺はこのブルゲットっていう奴で」

 どうもアルトにシロップを悩んでいるように思われたらしい。まあ、確かにいくつも色とりどりのシロップが入った瓶が並べてあるのは迷う。

 他にも同じもの扱ってる店は見たけど、これほどシロップを扱ってるところは少ない。

「俺の本業は果物の栽培なんだよ」

「あれ、俺口に出してました」

 もしそうなら独り言しゃべる変な奴になっちまう。アルトの前でそんな姿を見せるわけにはいかないのだが。

「いや、よく聞かれるんだよ。このシロップは嫁の手作りさ。ちょっと待ってろ三人分用意する」

 そう言って空の四角い箱を取り出した。そしてそこに水を入れ始めた。

「なあ、おじさんは何やってんだ。氷じゃないんだけど」

 シズネにこっそり聞いてみる。アルトに聞かなかったのは、アルトも不思議そうに見ているからだ。

 おそらく俺と一緒で初めて見るんだろう。

「見てればすぐにわかるわよ」

 そしておじさんはおもむろに呪文を唱えた。

「我、水の精霊に願う。氷の息吹、水に触れて、凍れ」

 おじさんの手から一瞬ひやりとしたものが出た。

「よし、完成だな。今削るからな」

 そこには正真正銘氷のブロックが出来上がっていた。


 とりあえずリューペットを受け取った俺たちは近くの広場で座っていた。そこでは他の一座が大道芸をしている。

 そんなところに俺達みたいな宣伝要員がいてもいいんだろうか。まあ、注意してくるなんてことはないだろ。

 一口きれいな紫色のシロップがかかったところを食べる。

 どうもブルーベリーとかに近い味だ。シロップだからかもしれないけど、こっちの方が甘みが強い。

 それにしても、

「はあ、魔法ってのはああいう風にも使えるのか」

 屋台のおじさんが見せた魔法は良かった。

 やっぱり便利そうだし、初級ぐらいは使えるようになりたいもんだ。

「そうね。何もないところから氷を生み出すとなれば大変だけど、あれぐらいの量で、水から生成する分には魔力もほとんど使わないでしょ……あ~、頭にキンときた~」

 どうも一気に食べ過ぎてアイスクリーム頭痛を起こしたらしい。

 どうでもいいけど、この世界にはアイスクリームなんかないんだけど、この名前でいいんだろうか。

「サトルさん、これ凄く甘くて、凄く冷たいです」

「あんまり一気に食べると、シズネみたいに……って遅かったか」

 アルトも頭を押さえながら、美味しそうにリューペットを口に運んでいる。

 うん。やっぱりアルトはこうやって自然に笑っていた方がいいな。

「アルト、こっちも一口食うか」

 シロップがかかったところをスプーンですくって口に運んでやる。

「え、えっと、サ、サトルさん」

「あれ、いらなかったか? もしかしてこれ嫌いだった。しくじったなあ」

「違います。大好きです。食べます」

 何を慌ててるんだ、アルトの奴。

 別に髪の毛とか整える必要まではないんだが、まあいいか。

「あーん」

「あ、あーん。ん~、これも美味しいです」

 そういって嬉しそうな顔をしてくれることの方が、俺にとってはご褒美です。ありがとう。

「それじゃ、私のも」

 今度はアルトからだ。

 アルトの差し出したスプーンをぱくり。

 あ、ちょっと酸っぱくておいしい。レモンとかに近いのか。色はどう見ても抹茶なんだけど。

「あっ、よく考えればこれって間接キス!」

 聞こえないけど、アルトが何か呟いてる。

 美味しいとか言ってるんだろう。

 それならもう一口。

「あなたたち、私がいること忘れているでしょう」

 あら、シズネさん、ジト目。

 知らぬ間に食べ終えたのか、シズネの手には空の容器とスプーンだけ。

「いや、忘れてねえよ」

「はい、シズネさんを忘れるなんてことしません」

 俺とアルト二人で二人して頷く。

「惚気てたくせに。まあいいわ。それよりも、食べ終えたなら次に行きましょう。この祭りには食べ物以外にもいろいろと見るものがあるのよ」

「はい、楽しみです」

 アルトも最後の一口を名残惜しそうにしながら食べ終え、もう次どこに行くのかワクワクしている。

 右に左に揺れる尻尾が可愛い。

「ああ、そうだ。シズネ、聞きたいことがあるんだ。このリストにある本について知らないか。貴族のお前なら何か分からないか」

 そういって服の中から――そう見える様にしながらアルサイムの貯蔵庫から――ティアに書かせた本のリストを取り出す。

「へっ? ああ、いいけど。あんま当てにしないでよ」

 藁にでもすがらなきゃいけない状況だ。ダメでもともとさ。

 リストを見るシズネを黙って待った。

 そしてシズネが顔を上げる。

「これ、確か師匠のところに――」

 シズネの声を最後まで聞くことはできなかった。

 なぜなら昨日とは比べ物にならないレベルで大地が揺れたのだ。

「アルトっ! シズネっ!」

 叫びながら二人に覆いかぶさるようにして、体勢を低くする。

 この辺りは広場で上から落ちてくるものはない。

 運が良かったぜ……。

 ずっと続いたかと思った揺れは一応の納まりを見せた。

「何よ、今の揺れ。こんなの初めてよ。二人とも大丈夫」

「はい、私は大丈夫です」

 嘘だろ。

 ありえない。

 俺はシズネに答えも返さず、苦笑いを浮かべることしかできなかった。

「どうしたのよ、あんた」

 不思議な顔をするシズネに俺は一つの方角を指さした。

「えっ! 何よあれ」

「ど、どういうことですか。何であれが生きてるんです」

 二人も疑問の声を上げた。周りからも同じような声が聞こえる。

「ははは、本当に嫌になるぞこの展開」

 片手で頭を押さえるぐらしかできねえ。

 俺の指さした方角、剣聖街の方に一つの巨大な山の姿があった。

 いつもと違うのはそれの高さが急に大きくなったことと、剣聖アルゴウスによって落とされたはずの首が生えていること。ただそれだけだった。

 アルグスの街に激震が走った。

 巨亀が生き返ったんだ。


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