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勇者の知恵の使い方  作者: 霜戸真広
剣聖と巨亀
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祭りまでの平和な一時

忙しくてかなり久々な投稿です。これからどうにか週一ペースで頑張りたいです。

 あの集団襲撃事件の後は大変だった。

 自警団の人に何があったのか説明したり、シズネが空気を読まず魔法の解説を続けようとしたり。もともとガラの悪い連中だったということもあり、俺たちの方は御咎めなしだった。

 後日あの商会とのやばいつながりも判明して、商会は御取り潰しになったのだとか。その辺はあれからたまに遊びに来るようになったシズネから話を聞いた。

 なんせ自由時間を与えられたのはあの一日限りで、他の日はずっと劇の練習に追われていたからな。その辺の情報を集める余裕さえなかったんだ。

 それに俺は朗読試験なんてのにも出なくちゃいけなかった。しかもこれが相当面倒くさい。

 この世界にはどうも一般人にまで行き渡るほどの製本技術はないらしく、物語などは多くは口伝だ。だからバリエーションがあり、ある程度の範囲内ならそのバリエーションを認めているわけだ。要はこの試験は朗読した内容が、ちゃんとその範囲に収まっているかを確認するものなんだ。

 だから俺の場合は……こうなる。

「馬鹿者、これのどこが『剣聖と巨亀』か。本来ならその活躍を歌いあげるところを、まるで自伝であるかのように語るとは不敬にもほどがある」

 ははは、俺が朗読してるのは紛れもなく自伝です。

 片一方の審査員のおじいさんが否定的なことを言えば、

「何を言うか。今までの三人称がたりから一人称がたりへ変えることの素晴らしさが何故理解できん」

 もう片一方の審査員のおじいさんが反論する。

 かれこれ一時間になるんですが、いつになったら終わるんですかね。しかもこのおじいさんたち双子だから顔がそっくりで、どっちが褒めていてどっちが貶してんだか分からなくなるよ。せめて座っててくれないか。

 ヒートアップしたおじいさんズはクルクル回りながら議論を続け、いい加減俺の意識が飛びそうになったころに決着がついたようだった。

 ティアというイライラ発生女神と会うっていう経験がなかったら、耐えられなかったと思う。


「大変でしたね」

「本当だよ。アルトも大変なのに、愚痴聞いてもらってごめん」

 そしてそのことがあった日以外は劇の練習だ。とは言っても俺は裏方なので、タイミング合わせて舞台道具運んだりするだけだけど。

 そうして日はさっさと過ぎて、もう明日が本番。お祭りの初日である。どう根回ししたのか、かなりいい時間帯にメイン会場を押さえることが出来たらしい。メリデューラさん、恐るべし。

「いいんです。私もいろいろ聞いてもらってますから」

 アルトはそう言ってほほ笑んでくれた。

 ここ数日でアルトは本当にきれいになった。演技も最初みたいなキョドキョドした感じは消え、しっかりとしてきている。

「演じていると、まるで本物のキルカになれたみたいで強くなれた気がするんです」

 もう可愛すぎる。

 相手役がこれでギルじゃなかったら……。

 俺の心の中はギルへの真っ暗な感情で一杯だ。きっと今頃胸でも抑えているに違いない。

「サトルさん、顔が怖くなっていますよ」

「お、すまん」

 いけない。気持ちが顔に現れてしまった。

「もう夜も遅いし寝るか。明日は本番だから気合を入れていこうな」

「はい」

 男女同じ部屋という訳にもいかないので、途中で二人別れる。

 名残惜しいけど、しょうがない。二人で旅していた時とは違うんだ。

「それじゃ、おやすみ」

「はい、サトルさん。おやすみなさい」

 アルトは女子部屋に、俺は男子部屋にそれぞれ向かった。


「寝付けない」

 遠足前の小学生か! と思うけど、どうも興奮して眠れないようだ。

 布団をはねのけて部屋を見渡して見ると、一つ空きが見える。

「またギルの野郎、遊んでやがるのか」

 あの軽そうな見た目から分かる通り、ギルはかなり遊び人な気質だ。夜は必ずいなくなる。きっと今日もどこかで女の子達と楽しく遊んでいるんだろう。

「羨ましくなんてねえ。俺にはアルトがいる」

 いや、別にそういう対象として見ているわけではないけどね。見ているわけではないけどね。

「……ちょっと夜風に当たるか」

 眠れないときは無理をして寝ようとしても逆効果だ。外に出て気持ちを落ち着かせたほうがいいだろう。

 宿を出てすぐのところにちょっとしたベンチがあるからそこまで行く。明日が祭だからか、みんな今日は早く眠ってしまったようでいつもよりも静かだ。

 なんとなく空を見上げると、いつの間にか見慣れてしまった満面の星空が目に映った。

「最初に見た時は感動したものだったけどな……」

 今じゃ全然気にならないってんだから、俺も異世界に慣れちまったもんだ。

 ふーとため息をついて膝に腕を添えて頬杖をついた。こっちに来てからのことがあれこれと思い出される。

 何だか無性にコーヒーが飲みたい。自動販売機で売ってる甘すぎるぐらいの奴。

「久々に思い出した元の世界のことが缶コーヒーって大丈夫か、俺。他になんかあんだろ」

 そういえば意外と元の世界でのことを思いだすことがない。親のことも友達のことも、まるで忘れてしまったかのようだ。

 俺って意外と薄情だったのかな。

「駄目だっ! 緊張やらなんやらでテンションがおかしい。……変なことを呟く前に違う事を考えよう」

 祭りの前、一人、満天の星空。この三つはやばいな。人をセンチメンタルにさせる。

 違う事を考えるって言ってもな……。

「よっ」

 簡単な掛け声一つで頭の中から本を取り出す。もうかなり慣れてきた。昔みたいに本に潰されそうになるなんてことにはもうならない。

 目の前に置かれたのは『剣聖アルゴウスの大冒険〈上〉〈中〉』の二冊。重い方は地面の上に直接出しておいた。しくじると局所的に地面を揺らすからな。かなり気を使う。

「この本のおかげで今俺は暮らせていけると言っても過言ではない。……最初は物語なんて使い道がないと思ってたんだけどな」

 この本のおかげで最初の冒険者たちを追い払えたし、こうやって一座に入れてもらって働けるし、剣を振るうことも出来る。

 頭の中に入っている本を思い出す。

 これがなかったら会話をすることも出来ない『脳筋のオーガでもわかる全種族言語教室第百三十五改訂版』。

 お金を稼いだりに大活躍する『能無しゴブリンでも分かる全世界野草大全』。

 今はもうないけど色々とお役立ちアイテムだった『闇と悪の書』。

 リアルアイテムボックス『グリフィス製魔導書試作品№26 アルサイムの貯蔵庫』。

 まだあるが今考えるだけでも、これらの本は使い道に溢れていた。正直に言って便利だ。

「……ティアはもしかして分かっててこの本を俺に?」

 最初に見た時はガラクタにも近かったが、今じゃそんな考えの方がゴミ箱行きだ。

 こうなることをあの女神が見越していた?

「……なわけないか。あのだるだる女神に限ってそんなこと、っておっと」

 急に大地が揺れた。それも一瞬だけ。

「日本にいたころはよくあったけど、こっちの世界に来てからは初めてだな。震度五くらいか」

 なんとなくだが、多分それほど外れてないだろう。ベンチに座ってなかったらきっと倒れていただろうほどには大きな揺れだった。

「アルトは大丈夫かな」

 これ以上外にいて風邪でも引いたらしょうがない。眠れなかったとしても布団に戻ろう。

「ああ、明日が楽しみだな」

 大変だろうけど、と心の中で付け足した言葉が、俺をピンポイントで狙ってくるとはこの時の俺は思ってもいなかった。


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