戦闘開始
「あんたたち、何者よ。私たちに襲われるいわれはないわ。怪我したくないならさっさと帰りなさい」
場馴れしているからか、男たちにいきなり囲まれたという状況でシズネは声を張り上げた。
こんなことで敵が逃げたりするとは思えないけど。威嚇の意味とかなんだろうか。逆に煽っているような気も。
「ああ、ホルブス商会に手を出しておいて、よくもそんなことが言えたな、お前。たっぷりいじめてやるから覚悟しろよ」
言ったよ、あいつ。自分から秘密をばらしやがった。
「もしかして敵に喋らせるのが目的で挑発したのか」
それなら流石は大魔法使いだ。
「え、ああ、うん。そうよ。あんな脳筋のことだから引っかかると思ってたわ」
……偶然だったみたいだ。
と俺らが話をしている間も、男の口は止まらない。まして、
「冥土の土産に教えといてやろう」
とか言って死亡フラグを立てた。完全に立ち上がった。
そしてそのままリーダーらしいスキンヘッドのマッチョが、無駄に筋肉を張りながら自分たちの事を話し始めた。
まあ、昼間の『スノーボード』の買い取りに関するゴタゴタだってことは、説明されなくても分かってたけど。自分たちが騙したくせにこうやって襲いかかって来るとか最低だな。
一座のみんなにも行かないように言っておこう。
周りの男たちは武器を抜こうともしないでニヤニヤと笑っている。どうやら強者の余裕と言った所らしい。こっちは頼りない(自分で言ってて情けないけど)男が一人に、少女二人。楽勝だと思っているんだろう。
確かに前まではそうだった。でも今は違う。ルンカーさんに鍛えてもらった成果を出す時だ。
俺はそっと持っていた荷物を下ろした。
スキンヘッドのマッチョ、略してスキンマッチョは得意げに自分たちがどれだけ強いか語っていて、こちらには注目していない。
「アルトは右を頼む」
「はい」
頷くとアルトは荷物から今日買ったばかりの短剣を取り出した。俺の剣は流石に取り出せばすぐにわかる。今はまだ取り出さない。
「ちょっと何を考えてるの。こんな奴ら大魔法使いたる私にかかれば一瞬よ」
こんな状況でも大魔法使いって見栄を張るのか。
何もさせないってのも可愛そうだな。
それならとやってほしいことを耳元でささやいてやる。渋々ながらもシズネは分かったと言った。
さあ、ここから初めての対人戦だ。どれぐらい強くなったか確かめさせてもらうぜ。
「だからお前たちには俺達に倒されるという結末しかないのだ」
延々としゃべり続けていたスキンマッチョの話が途切れた瞬間、シズネが魔法を唱えた。
「ラップ」
唱えたというよりただ呟いただけというそれだけで、頭上でパチンという音が聞こえた。
ラップは空気を弾けさせて音を出す魔法のようだ。
「何だ」
男たちの視線が一瞬上に向く。シズネに頼んだ男たちの注意を引いて欲しいというのは叶えられた。
次に見せるのは俺たちの方だ。
行くぞっ!
アルトが右に、俺が左の敵に向かって走る。
「やばい、来たぞ」
気付いたころには遅い。俺はもう一人目の男の懐に入り込んでいる。
「一人目! はあああ!」
裂帛の気合いと共に剣の柄の部分をみぞおちにつきこむ。
倒れ込む一人目を右の敵の方に蹴り倒して追撃を防ぎつつ、まだ茫然とした状態から回復していない左の敵に剣を叩きつけて気絶させる。
荒くれ者らしい悪党でも流石に殺すわけにはいかないからな。
「アルト、一応殺すなよ」
ちらりとアルトの方を見ると、もう三人目が倒されるところだった。と見ている内に四人目が倒される。小さな体をさらに縮めるようにして、その瞬発力や速度を活かして足元を狙う。普通足下を攻撃されることなんかないから、敵の男たちはいい様にあしらわれていた。
どう考えても俺よりアルトの方が強いんだが。これが上級精霊の加護か……。俺が怠惰女神の加護なんてもらうから……!
俺がアルトを護るはずが、逆転してきている。
「つーことで、容赦しないぞ、お前ら」
先ほど突き飛ばした男を振り払って、モヒカン男が剣を抜いて襲い掛かってきた。
「遅い!」
俺はここで頭の中の本、『剣聖アルゴウスの大冒険』を呼び出す。今の状況と一致する場目を想起させる。
一瞬頭の中の映像が切り替わるように感じた。
ガガガ
周りを囲む剣を持った男たち。
こちらは一人。
剣は片手にゆったりと構える。
一気に体は加速する。
ガガガ
剣が振り下ろされる前に弾き飛ばし、空になった手を唖然として見ているモヒカン男をまた剣の腹で殴り倒す。
自分の全てが戦いに関することに集約していくのが分かる。
頭の中に浮かび上がる剣聖の動きを真似するように、今と物語の差異はなくなり、まるで俺と剣聖が重なるように。
また一人、背後から斬りかかって来たのを見もせずに剣で受け流して、そのまま体を反転させる。男の腹に剣の腹をぶつけた。
ルンカーさんとのボコボコにされる練習試合や、死を覚悟して戦った魔法剣士とのことを思えば、今目の前にいるのはそこらにいるチンピラだ。何人いようが負ける気がしない。そこに今は剣聖の物語の追体験までしているのだ。止められるはずがない。
アドレナリン出しまくりで暴れていたら、気付けば残っているのはスキンマッチョただ一人。
「おら、スキンマッチョ。もう俺たちを襲ってくるんじゃねえぞ」
そう言って俺は剣をスキンマッチョに向けた。
この瞬間リンクしていた剣聖の物語との繋がりが切れた。体には一気に負荷がかかるが、耐えられないほどではない。
アルトの方が俺より多くの男たちを倒していたはずだが、全く疲れている様子はない。俺の方は心臓がバクバクだ。正直剣をスキンマッチョに向けているだけで、腕がぷるぷる震える。
「……れい……を……」
「おい、何を言ってる」
スキンマッチョが何かを呟いている。ここからではよく聞こえない。
近づこうとした時、スキンマッチョが顔を上げて叫んだ。
「地の精霊よ、言う事を聞け。大地の姿を人間ほどの槍に変え、強度は岩の如く硬くし数は一人に付き一本の合計三本、敵の真下から突き刺すように跳ね上がれ」
「やべっ。スキンマッチョは魔法使いか!」
見た目から完全にアタッカーだと思ってた。にしても精霊にかなりフランクな物言いだけどいいのか。それに今まで聞いてきた奴に比べて、変に説明臭くて長い。
なんて考えている場合じゃないな。早く逃げねえと!
「アルト、シズネ逃げるぞ。下から槍が来る」
「は、はい。サトルさん」
「槍が? ふーん、面白いこと言うわね」
アルトはすぐに逃げようとしたが、シズネは動く様子がない。アルトもそれを見て驚くようにして動きを止めた。
「シズネさん!」
心配そうにアルトが言うのと、地面に魔法陣が浮かび上がるのはほぼ同時だった。
「串刺しになれ! アースランス」
スキンマッチョが叫んだ。
やられる。何とかアルトだけでも護らなくては。
抱きしめてやるように手をアルトに伸ばした。目をぎゅっと閉じる。
「フライ」
シズネの落ち着いた声と共に、体が飛び上がったように感じた。
えっと、どうなったんだ。確か地面から槍が出る魔法をスキンマッチョに打たれてアルトをかばって……。
「あれ? 全然痛くない。何でだ?」
「目を開ければわかるわよ。それといい加減手を離しなさい」
目? それに手を離せと。そういえばさっきから手に何だか柔らかいものが。
もみもみ。
「ああっ、んん、はぁ」
何だかいけない声が聞こえた。
「サ・ト・ル」
「サトルさん……」
片方からは怒りの声で、片方からは恥ずかしがったような声で名前が呼ばれた。
怖いけど、目を開けてみる。
そこには思った通り目を吊り上げているシズネと、顔を赤くしているアルトの姿が。
何でそうなっているかというと、先ほどアルトを助けようと伸ばした手が偶然アルトの胸に……。……後は皆様のご想像した通りです。
「何か言う事があるんじゃないの」
言う事……、先ほどまで温かさと柔らかさを感じていた手を閉じたり開いたりする。ここで言うべきことはただ一つ。
「アルト、ありがとう」
「いえ、こちらこそ。……やっぱりサトルさんは胸が好きなんですね」
最後の方はむにゃむにゃという感じで聞こえなかったけど、これで大丈夫だったようだ。
「何が大丈夫よ、馬鹿」
がつん!
シズネの杖が俺の頭を直撃した。漫画とかだったら目から星が出てる痛さだ。
「何する」
「何するじゃないわよ。女の子の胸をもむなんて最低」
「あ、あの……」
「な、何だと。助けようとして偶然そうなっただけで、別に意図したわけではないぞ」
「私は別に……」
「はっ、良い訳ね」
被害者であるアルトを蚊帳の外に、俺とシズネが火花を散らしていた。
強硬手段に出ようともう一度シズネが杖を振り上げた時、下の方からスキンマッチョの驚愕した声が聞こえた。
「お前、詠唱破棄でどうやって三人も宙に……」
ん? 下から声が聞こえる?
「何だ、宙に浮いてるぞ」
全然気がついていなかったが、下を見れば俺達を突き刺そうとしていた土の槍が地面から生えている。そしてその上を俺たちは浮いているのである。
不思議な感覚だ。浮いているというより、体が持ち上げられているという感じだ。
「あ、足が地面についていないと……不安です」
アルトも下を見たからか、体を震わせた。まあ、確かに足がどこにもつかないという感覚は本能の強い獣人には辛いのかもしれない。
「私の魔法のおかげで助かったんだから、感謝なさい。これはフライと言って――」
「降りてこい、おまえら。今度こそ串刺しにしてやるぞ。地の精霊よ」
シズネの言葉にかぶせるようにスキンマッチョが叫んだ。
あ、邪魔されて怒ってるわ、シズネ。こめかみがピクリと動いたよ。
そう思ったのは正解で、すぐさまシズネは魔法を発動した。
「ショット」
あのダンジョンで倒した魔法使いもよく使ったという散弾を生み出す魔法だ。シズネは智の中でも風の精霊の加護を受けているから、散弾も風の散弾だ。
「うごふっ!」
腹部にくらったらしいスキンマッチョは、変な声を上げながら吹き飛ばされて行った。
「これでゆっくり話せるわね。まずフライっていう魔法は……」
正直えげつない。アルトも吹き飛んで行って見えなくなったスキンマッチョの飛んで行った方を見ながら、微妙な感じの笑みを浮かべている。
きっと俺もそんな感じの顔をしているだろう。
一人満足げな顔をしているシズネは、喜々として魔法のことについて話し始めた。
「せめて地面におろしてもらえないかな」
俺の呟きは無視されて、結局吹き飛ばされたスキンマッチョを不思議に思った人の通報で駆け付けた自警団の人が来るまでこのままだった。




