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勇者の知恵の使い方  作者: 霜戸真広
剣聖と巨亀
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クレーマー魔法少女との出会い

 昨日夜遅くに目的地アルグスに到着したルトライザ一座。思ったよりも到着がぎりぎりになりお祭りまではあと一週間ほどしかない。遠方からの一座も参加するためエントリー自体はお祭りの二日前まで受け付けている。聞くところによると一週間以上にわたる祭りという事で、ある程度ゆとりはあるのだとか。それでも速くエントリーした方がいい時間帯や場所が獲れるそうで、朝早くから座長・副座長は祭りの本部がある場所へと行ってしまった。

 残った平のメンバーは下見という名の自由時間である。ルトライザ一座でこの街で興行をしたことがあるのは座長のメリデューラさんだけだから、慣れておけという事だった。

 久々の自由時間という事でみんなものすごく騒いでいた。ギル率いる男組は朝から可愛い女の子のいるところか酒場に直行したらしい。アグリエラ率いる女組はおいしいもの食べたりショッピングしたりするんだとか。

 虎人のアルトが街に出てもいいかと聞くと、笑って返された。ここらは獣人に対する差別なんてほとんどないらしい。隣の国はがちがちの人間至上主義らしく、アルトは元々そこの出身で、これまでその国から出たことがなかったようだ。だから獣人はどこでも差別されるものだと勘違いしていたらしい。

 安心も確認できたところでみんなとは別行動で、俺はアルトと二人で散策中することにした。

 つまるところ『デート』とかいうものだ。いや、俺にとってアルトは妹みたいなもので、決してふしだらな気持ちがある訳ではなく、兄弟デートみたいな、そう仲の良い兄弟が一緒に買いもに行くみたいなことで、何もやましいことなどございません。

 ……何でおれ必死に自分のこと弁護してるんだろう。

 顔が赤くなりそうなくらい恥ずかしい。

「サトルさん、どうかしましたか。顔が赤いですよ」

「……人に酔っただけだよ」

 そうですか、と首を傾げる様子も可愛いな。

 アグリエラがいろんな服を着せたがるのもよく分かる。特にこの前試作で作った『赤獅子』キルカの衣装良かったなー。胸元と下半身をギリギリで覆う感じに毛皮を巻きつけただけという衣装。眼福だった。

「何か今度は違う意味で顔が赤くないですか」

 うっ、鋭い。アルトの前で変なこと考えるのやめよ。

 疑わしそうな目を向けられるが、どうにかスルー。違う話題を振る。

「そういえばアルト、前より大きくなってないか。それに肉付きもよくなってるし」

 あれ、これってセクハラかも!

 そう思って戦々恐々としたものの、アルトはそうは思わなかったようだ。普通に言葉を返してくれる。

「えっ、そうですか。確かにもう精霊さまからいただいた服は大分着れなくなってきましたけど」

 自分の体のことだから気付かなかったのか。アルトは不思議そうにしている。

 まあ、俺もここ最近は忙しくてこう隣に立つってこともなかったからな。身長が伸びていることに気がつかなかった。

 今こうして横から見てみると本当に綺麗になった。初めて逢ったころはあまり食べさせてもらっていないせいで、腕は骨が見えるほどやせていたし、肌の色も悪かった。髪もお世辞にも綺麗とは言えなかった。護らなくちゃいけない小さな女の子にしか見えなかった。

 そう思ってるくせにアルトに囮を指せたのは俺だけどな。あのときはあれしか方法がなかったとはいえ、アルトを危険な目にあわせたのは失敗だった。反省だ。

 そして今、アルトは見違えるほど綺麗になった。多分十センチは身長が高くなってるし、体全体に肉がついて益々健康的になっている。栄養のある食べ物さえあれば獣人は成長が速いとは言っていたけど、これほどとは。胸も大きくなっているような……。

「特に胸の部分がきつくなっていて……。この服もアグリエラさんが用意してくれたんですけど、ちょっと胸周りが厳しくて」

 体が大きくなってもまだ中身は子供だ。必死に胸元部分を調節しようとして、逆に胸元を強調している。俺は目を一旦逸らし、さりげなくもう一回見た。別にやましい気持ちはない。ただ胸元きつくないかな、大丈夫かなという確認だ。

「……アグリエラさんの言うとおり。サトルさんを落とすにはやっぱり色仕掛けが一番」

「? 何か言ったか」

「いいえ、大したことでは。それよりも目的地が見えてきましたね」

 何かアルトが言ったようだったが、街の人に聞いていた目的地に目がいってしまい聞き逃してしまった。まあ、大したことではないんだろう。

「それじゃまずは小遣い稼ぎと行きましょうか」

 向かった先には『ホルブス商会 薬扱います』という看板が掲げられていた。


「失礼します」

 扉をそっと開けて中をのぞいてみる。そこにはまるで魔女の棲家の様に至る所に奇妙な物たちで溢れていた……りはしなかった。清潔感のある白でまとめられた調度品が美しい店内である。街の人曰く、この商会は薬の販売だけでなく冒険者などが持ち込む薬草を買い取ってもくれるのだとか。

俺達はダンジョンで薬に使えそうな植物を取ってきてあるので、それを換金するために来たのだ。

 一応ルトライザ一座の興行での収入はある。おひねりのいくらかは自分の懐に入ってくる制度になっているのだ。一座によっては奴隷の様な扱いで、全部上に持って行かれることもあるそうで、メリデューラさんみたいに公平にお金を分けてくれる人は少ないのだとか。

 とは言っても、俺もアルトも働き始めてそう長くない。まだぱっと遊べるほどのお金も貯まっていなかった。だから一座のみんなとは別行動でこのホルブス商会にやってきたのである。

「ちょっとどういうことよ。ちゃんと説明しなさいよ」

「ですから、私どもはそのようなものは取り扱っておりませんと何度も説明申し上げ――」

「あんたたちが買い取っていくのを見たんだからね」

 帰るか。何か騒がしいしな。

 ああゆうのをクレーマーと言うんだろう。ローブを羽織った俺と同い年か少し下ぐらいの少女(アルトと俺の中間ぐらいの身長と声の感じから推定)が捲し立てている様子はあまり見たいもんじゃない。他の店も教えてもらっているし、そっちに行くか。

 振り返ってこの店から出ようとした時、それを遮るようにして笑顔がにこやかな男が現れた。

「今日はどういったお薬をご所望でしょうか」

「ああ、俺達は買いに来たわけじゃなくて売りに来たんだ。ここは買い取りもしてくれるという事だったから」

 どうやら従業員らしい。買い取りといったら一瞬笑顔が消えた様な気がしたけど、気のせいだろう。気のよさそうな感じの青年だ。

「買い取りでございますね。では確認いたしますので、カウンターの方にお座りください」

 クレームをつけている女から遠い側に案内された。従業員の人も困っている様子だ。

「お待たせしました。それで今回の商品はどういったものでしょうか」

 カウンターをぐるりと回ってきた男が前の席に着いた。鑑定を専門にする人を呼んでくるのかと思ったがそうではないらしい。

 この人が鑑定までできるのか、それとも商品が何かによって呼ぶ人が違うのか。まあ、とりあえず出してみればわかるか。

「これなんだが」

 と言って出したのは袋が二つ。流石に人の目につくところで『アルサイムの貯蔵庫』から直接取り出すわけにはいかないからな。出発前に取りだしておいたのだ。

「確認させていただきます。これは……『スノーボード』ですか」

 『スノーボード』は別名『雪車草』というれっきとした植物で、あのウィンタースポーツとはなんの関係もない。『能無しゴブリンでも分かる全世界野草大全』によると、雪山で多く発見される植物。まるで風を受ける帆のような特徴的な葉を持ち、浅い根は土には届かず雪にほとんど乗っかる形で生えている。この草の最大の特徴は帆の様な葉で風を受けることで雪の上を移動することにある。様々な薬の材料になる。基本的に吹雪地帯を好むためもあり見つけるのは困難である。ゴブリンならまず凍死する。

 雪の上を走るという摩訶不思議な植物である。と言っても俺は走っている様子を見たことはないんだけどな。

あの様々な地形で構成されたティアのダンジョンの雪原地帯と草原地帯の間に落ちていた。おそらく風によって上手く運ばれた結果、雪のないところまで飛ばされたのだろうと思われる。だるだる女神曰く、風は適当に吹かしてるからそういうこともある、だそうだ。

 本当に適当な仕事をする奴だよ、あいつは。

 と、話が逸れたな。

「それでいくらで買い取ってくれるんだ」

 採取は困難と言われている植物だ。この祭の間くらいの軍資金にはなるだろう。できればアルトに可愛い服を買ってやるぐらいにはなってほしいところではあるが。高望みはしない。

「そうですね。ざっと二袋で四十株というところですか。そうなりますと四千デリカでの買い取りになります」

 四千デリカか。一デリカが約十円ぐらいだから元の世界換算で四万円ほどになるか。

 この世界では共通通貨が使われている。単位はデリカで、一デリカ=十円ぐらいだ。青銅貨が一デリカ、青銅貨十枚で銅貨一枚、銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚となるらしい。銀貨や金貨は話に聞くだけで見たことはないが。一デリカ未満の石貨や、銀貨の半分の価値をもつ半銀貨なんてのもあるらしい。まあ物価的には銅貨五枚もあればお腹いっぱい昼飯が食える。青銅貨や銅貨で十分暮らせるから、銀貨すら見ることなく死んでいく人も多いんだとか。

だから四千デリカ、つまり銀貨四枚分もあれば、祭を楽しんでアルトに服を買ってやるのにも十分に困らないだろう。

「でもこれ採取困難な植物ですよ。しかもそれがきちんとした形で四十束。もう少し出せるんじゃありませんか」

 一応値段交渉はする。どうせ相手も少し安く言ってきているだろうから、それに乗ってやる必要はない。

「これは叶いませんね。またこれからのお付き合いも考えまして、五百デリカ追加しましょう。四千五百デリカではどうでしょうか。最近は『スノーボード』の採取も容易になりまして、値段が落ちているんですよ」

 まあ、こんなものか。

 あの本の知識が絶対という訳でもないし。最近採取が簡単になったというなら、これぐらいで十分と言った所か。

 アルトに確認を取ろうと思ったが、俺の背中に隠れてしまっているからそれができない。人見知りだからしょうがないか。

「じゃあ、それで……」

 ばしんっ!

 カウンターの上に置かれた袋を取ろうとした男の手が何か見えないものに弾かれた。

「あんた、それ騙されてるわよ」

 何が起きたんだ……。

「あんたよ、あんた。そこの可愛い女の子に後ろからちょんと掴まれてる、味気もないもやし男よ」

「それ、俺のことか! だれが味気のないもやしだよ」

 向こうでクレームを付けていた少女が何かをしたらしい。手には杖らしい物を持っている。

「聞こえてるんじゃない。あんた、そこの男に騙されてるわよ」

 腰に手を当てて、その魔法使いっぽい少女が自信満々に言い放った。ローブに隠れて見えなかった顔は十分に整っており、特に強い意思を感じさせる宝石のような瑠璃色の瞳が見るものを引き付ける。長く伸ばされた金髪の輝き具合はローブに隠されていても分かるほどだ。

「お客様、商売を邪魔されては困りますね。私どもがいつ騙したと言うのです」

 まあ、従業員の方はそう言うわな。さてさて乱入クレーマー魔法少女の返答は如何に。

「いつって、今に決まってるじゃない。『スノーボード』が四千五百デニカとか買いたたきすぎでしょう。その十倍ぐらいは価値があるじゃない」

 十倍。ということは四万五千デニカ。銀貨なら四十五枚、銅貨なら四千五百枚。日本円で四十五万円。あんのわけの訳の分からん所で取った草がそんな値段に化けるとは……。調子に乗って『虹の雫』を売らなくてよかったかもしれない。

 と話している間もクレーマー魔法少女は男と喧々諤々の言い争いを続けている。俺という当事者はそっちのけである。

「アルト、面倒に巻き込まれちまったな」

「……はい」

 人がいるせいかアルトも口数が少なく、話が進んで行かない。俺もどうにかこの二人の言い争いに乱入するべきかとなったところで、どうやら終わったようだった。

「ふん、そんな謝るなら最初から騙そうなんてしなければよかったのよ」

「すいません」

 どうやらクレーマー魔法少女の方が勝ったらしい。しかもさらに三千デリカ上乗せさせて、結局四万八千デニカでの買い取りとなった。

「さあ、こんな最低な店さっさと出るわよ」

 何故かクレーマー魔法少女に仕切られる形で店を出た。出た途端アルトは俺の背から離れてしまった。ただ、見知らぬ相手がいるからか積極的に前に出ようとはしていないけど。

「お礼がまだだったな。騙されていることを教えてくれた上に、値段交渉までしてくれてありがとう。おれはサトル。こっちは……」

「アルトです」

 アルトはちょこんと前に出てお辞儀した。ものすごく可愛い。カメラがないことが本当に残念で仕方ない。

「アルトは人見知りなんだ。すぐに慣れるから気にしないでくれ」

「ふーん、まあいいわ。私は『風声明媚』の二つ名を持つ智の精霊リオ・シェンフィードの加護を授かりし大魔法使い、シズネスカ・カスカータ・ラピスラズリ。名門ラピスラズリ家の令嬢である私のことはシズネスカ様と呼びなさい」

「クレーマー魔法少女にしては長い名前だな。シズネって呼んでもいいか、クレーマー魔法少女」

 なっ、と言って動かなくなるシズネ。何か変なことを言っただろうか?

 わなわなと震えながらシズネは俺を指さした。

「あんた、クレーマー魔法少女って誰のことよ。私の名前はシズネスカ・カスカータ・ラピスラズリだって言ってんでしょ」

 思った通り沸点が低そうだ、

「分かった、じゃあクレーマー魔法少女って呼ぶけどいいよな」

「良いわけないでしょう。シズネスカ様と呼びなさい」

「いいじゃないか。クレーマー魔法少女。何かかっこいいぞ」

「やめなさい、その呼び方」

 地団駄を踏み始めた。何かからかいがいのある奴だ。

「それならシズネって呼ぶよ」

「まだクレーマー魔法少女よりはましね。しょうがないから許してあげる。後ろの、アルトって言ったかな、あなたもシズネでいいよ。愛称を許したのは特別だからね」

 そこは人懐っこい笑顔でアルトに笑いかけた。アルトもつられるように笑顔を見せる。

 ざっくばらんな口ぶりがなんとなく一座の人たちを思い出すのかもしれない。意外とすぐに仲良くなりそうだ。俺はもう仲良くなったがな。

「お互いに名前を知って友好を深めたところで、さっき助けてあげた分の金額を――」

「はい」

「あ、ありがとう」

 俺は詐欺商会に『スノーボード』を売って手に入れたお金から、銀貨を十六枚取り出してシズネの手に乗せた。

 これはアルトにも相談して決めた結果である。

「いや、私こんな大金が欲しかったわけじゃなくて、上乗せした銀貨三枚ももらえれば十分だったというか、え、あれ、これどうしよう。こんなにもらえないよ」

 めっちゃアワアワしてる。大金を手に入れると周りの人が皆泥棒に見えると言うが、シズネもきっと今そんな感じなんだろう。挙動不審である。

「気にすんな。騙されてたの助けてくれたし、元々こっちは小遣いになればいいと思ってただけだから。三等分ぐらいでちょうどいいよ」

 アルトも少し前に出てぶんぶんと強く縦に頭を振っている。

「そっか、ありがとう。じゃあ、お礼じゃないけどこの街を案内してあげるよ。私は何度もこの街に来てるからね、穴場の店とか知ってるよ」

 そう言って何故か俺じゃなく、アルトの手を掴んで自称大魔法使いのクレーマーは走っていった。

 何だか口調も柔らかくなってるし、いいやつに出会えたようだ。

「俺を置いていくなよ」

 俺は二人を追いかけた。


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