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勇者の知恵の使い方  作者: 霜戸真広
剣聖と巨亀
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真夜中の修行

 みんなが寝静まる夜になったので、俺は一人こっそりとテントから出ていく。

「今日も来ましたか。熱心なことですね」

 出て行った先にいたのはルンカーさんだ。その手には二本の剣が握られている。俺が来る前に始めていたらしく、うっすらと汗が散っている。

「毎夜、訓練に付き合ってもらってすいません」

「いいですよ。一応は命の恩人ですし、どうしてもと言われてしまっては断れません。まあ、私の剣技も独学に近いところがあるので、そう教えることがある訳ではありませんが」

 俺はこの一座に入ってから夜にルンカーさんによる剣術の訓練を受けている。元々舞台では剣舞を行うルンカーさんは毎夜練習していたようで、その時間で教えてもらっているのだ。

「後ろの少女を護るために、涙ぐましい限りですね」

「それだけでもないんですけどね」

 アルトを護るためというのも確かにある。でもそれと同じくらい気になることがあるのだ。

 あの岩を真っ二つにした一撃。あの瞬間に頭に映ったノイズ交じりの映像。それが『剣聖アルゴウスの大冒険〈中〉』の本の内容とリンクしているようなのだ。もしそれが正しかったら、俺は剣聖並の強さを手に入れることが出来るかもしれない。他の本にも応用出来たらもしかしたら魔法を使うことだって出来るようになるかもしれない。

 それを検証するためにも、ある程度は剣術を仕えないといけないだろう。あの時のようなまぐればかり期待するわけにはいかない。

「待ってください。今、後ろの少女って言いました?」

「ああ、そこ」

 そう言ってルンカーさんは俺の後ろを指さした。

「サ・ト・ル・さ・ん」

「やあ、アルト。もう眠る時間ですよ」

 後ろには怒り顔のアルトがいる。この訓練については秘密にしていたから怒っているようだ。そんな気がしたから、言っていなかったわけだし。

「寝る時間というならサトルさんが寝てください。私に内緒でこんなことしてるなんて」

「悪ったよ、黙ってて。心配させたくなかったんだ」

 ちゃんと説明しておけばよかったか。でも、修行シーンとかかっこ悪いところはアルトに見せたくはなかった。男ならいつの間にか強くなっていて、ピンチの時にその事実が発覚、という展開を期待してもいいだろう。もう駄目になったわけだが。

 さて、どういった怒りの言葉が続くのかと思ったら、アルトは意外なことを言った。

「ルンカーさん、私にも剣の使い方教えてもらえませんか」

 アルトが勢いよく頭を下げる。

「ちょっと待って。どうしてアルトが……」

 驚いて止めに入る。ルンカーさんにも止めるようにと顔を向けると、分かったよという感じで頷いてくれた。

 一安心だ。

「まあ、二人なかよく訓練すればいいでしょう。とりあえずサトルは素振りしてなさい。アルトは俺についてきて。小型ナイフを貸そう」

 安心できない。

「ルンカーさん! アルトにそんな危ないことさせるわけには」

 その言葉はアルトに止められた。

「サトルさん。子ども扱いしないでください。私だってサトルさんの助けになりたいんです。あのダンジョンで戦った時、私は最後サトルさんに守られることしかできませんでした。……私の力がないばかりに、あんな悔しい思いはもうしたくありません」

 それは悲鳴だった。

 弱い自分への悲鳴。アルトの言う悔しい思いというのは、きっとダンジョンでのことだけじゃなくて、過去にも関係することなのかもしれない。

 俺はこれ以上否定することはできなかった。

「分かった。ただ無茶はしないと約束してくれ」

「はい。無茶はしません」

 アルトに小指を出させて、自分の小指と絡ませる。

「嘘ついたら針千本飲―ます。指切った。よし、これで約束破ったら針を飲ませるからな」

「今のは何ですか」

 不思議そうなアルトに、俺の故郷の約束の儀式だと言っておく。

「二人の約束……」

 アルトは小指を大切なもののように握りしめた。

「それじゃ、話はついたみたいだね。アルト、こっちに来なさい」

 そしてアルトはルンカーさんについていった。

「……素振りするか」

 後期のアルゴウスを真似るように剣は片手剣を用いて右手で持ち、左手はだらんとさせる。岩を割った時に出来たのは、おそらく片手で剣を握ったからだ。だからここでも俺がおぼえるのは片手剣しかなかった。

 今はまだノイズが走るような感覚はないけど、いつか剣聖の技が使えるようになった時にそれが常時発動できるとは限らない。要所要所でしか使えないなら、その間を埋めるのは俺自身の腕だ。

 左手には籠手か何かをはめて、ガードできるようにした方がいいかな。思いつくことはいっぱいある。アルグスの街で叶えられるといい。

 アルトに負けていられないからな。とりあえず素振りだ。

 いつも言われているように、体の真ん中中心線を意識して振り下ろす。この時は両手で柄を握る。

 それを何度か繰り返していると二人が帰ってきた。アルトの手にはナイフが二本握られている。

「ちゃんと素振りしていましたか。アルゴウスを真似るのもいいですけど、素振りの時はできれば両手で握ってくださいね。筋肉の付き方が左右でバラバラになると動きにくくなりますから」

 ルンカーさんは簡単にアルトにナイフの使い方を教えると、すぐに自分の剣を手に取った。

「それじゃ二人で僕に襲い掛かってください」

「「えっ?」」

 俺とアルトは声を揃えて唖然としてしまった。

「そんな、危ないですよ。もし当たったらどうするんですか。それにアルトはまだ何も教えてもらってないし」

 俺は慌てながらそう言い、アルトも急すぎる展開に頭が追いつかず何も言えずにただ頷いている。

 ただルンカーさんは落ち着いた様子を崩さない。

「これは練習用に刃を潰してあるから当たっても死にはしません。アルトは元々ナイフでの狩猟経験がありますね。対人戦は慣れていないでしょうが、それでも数日前に始めたサトルよりはマシですよ。だから思う存分かかってきなさい」

 俺、アルトより弱いのか……。結構落ち込むな。

 昨日まではとりあえずこれから一座を離れても訓練が続けられるように基本動作だけ一通り教えてもらった。

 そして今日は実戦を想定した訓練。もしかしたら剣聖の技が使える時があるかもしれない。

 やるしかない。

「アルト、いきなりで悪いけどやるよ」

「はい、サトルさん」

 二人でルンカーさん目がけて飛びだした。


 はあはあ。

 息が切れる。隣からも同じ音がする。

「よし、これで最後です。一発ぐらいは当ててみなさい」

 まるで疲れた様子を見せないルンカーさんに対して、こっちは疲労困憊だ。まるでこちらの動きが最初から分かっているかのように、避けたり受けたり、時には反撃してくる。この後の先を取りに来る剣術は何だか読み覚えがあった。

 腕を広げるようにして来いよと挑発してくる相手を前に、アルトに耳打ちする。

 アルトが頷くのを見て、俺は片手上段に剣を構えて突っ込む。

「もう体もボロボロでしょうに、最後の突貫ですか。評価はあまり高くはありませんよ」

 俺の剣が振り下ろされる。その一瞬速く動き出したルンカーさんの剣は一方が振り下ろされている剣を跳ね上げ、もう一方の剣が俺の腰に届く。動き出しを狙ったピンポイントの技。避けられない一撃。

 だから俺は肉を切らせて骨を絶つ。

 俺の剣を狙った方は捨て、もう一方の腰を狙った方の剣に左手の握り拳をぶつける。そこで一瞬隙ができるはずだから、そこをアルトが小さな体で潜り込んで攻撃する。

「惜しい」

 拳はからぶった。

 動き出していた両手の剣はフェイント。体はきっちり後ろに逃げており、剣は届く範囲ではない。拳を振り切ってバランスを崩した俺、隙ができるはずだと突っ込んできていたアルト。どちらもすぐさま回避行動はとれない。

 下がった時同様に素早く前進し、それぞれの剣を俺とアルトの首筋に突きつけた。

「思ったよりもいいですね。特に最後、フリーの左手を使うのは良いアイデアでした」

 強い。ティアのダンジョンで戦った魔法剣士も怖かったけど、剣捌きは絶対にルンカーさんの方が上手い。

 それに気になっていることがあった。

「ルンカーさんの流派はシュトラウス流剣術ですか?」

 アルゴウスの本に書かれていた流派の一つ、シュトラウス流。後の先に秀でた流派。ルンカーさんと闘っていて、何故かこの名前が浮かんできたのだ。

 草花を見るだけで勝手にその知識が出てくるのと同じで、ルンカーさんの動きから導き出されたんだと思う。

「……よく知っていますね。こんなマイナーな剣術。私が古文書の中に見つけた指南書を基にして独学で身に着けたものです。元々は一刀流なのですが、故あって二刀流にしています」

 なるほど。やっぱりか。

「それにしてもアルグスの街を知らないくせに、シュトラウス流剣術は知っているなんてほんと変わってるね、あんた」

「こんな遅くに何の用事ですか、座長」

 急に声をかけてきたのはメリデューラさんだった。さっきまで寝ていたのか真っ赤なネグリジェ姿である。

 わお、透けて……。

「見ちゃ駄目です」

 後ろから目の部分を覆われた。声からして多分アルトだ。

 もう少し、もう少しでいいから目に焼き付けておきたかった。ただ背の高さをカバーしようと跳びついてきたアルトの柔らかさが、背中越しに感じるのでこれはこれで良し。ただそのままでいるのは辛いから、腰を下ろした。

「アグリエラがアルトがいないって起こしに来てね。大丈夫だと言っておいたわよ。にしてもちょっとやりすぎじゃないかね。元ランクB冒険者のルンカー副座長」

「「元ランクB冒険者!」」

 疲れて座り込んでいた俺とアルトの二人で驚きの声を上げる。

「Bランクっていったら一流どころじゃないですか」

「何だい、言ってなかったのかい。呆れた奴だねー」

「昔のことですよ。今はしがない副座長です」

 なんとなく何故冒険者をやめたのかとかを聞ける雰囲気ではないと感じた。

 それに少し冷たいところはあるけど、ルンカーさんはこうやって訓練に付きあってくれたりと優しいところも多い。座長とは違う意味で一座のみんなに愛されている。

「まあ、今日はここまでにしましょうか。座長、アルトはもう疲れていると思いますから一緒に連れて行ってあげてください。サトルもきちんと寝てくださいよ」

 それで今日の訓練は終了した。

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