伝説の街へ
興行が終わり、宴会も終わった次の日、ルトライザ一座は村を出て次の目的地、グインへと馬車を進めた。グインはこの辺りでは一番大きい町らしい。それでも中規模と言った所らしいが。
俺はアルトと共に先頭の馬車に乗っている。他には座長のメリデューラさん、アグリエラ、ギル、それに副座長で金の管理を任されているひょろりとした優男のルンカーさん。ルンカーさんは剣舞で舞台に上がってもいる。他にも二人、この一座を纏める人が集まっている。
正直俺とアルトは居心地が悪い。
「みんなに集まってもらったのは他でもない。これからの興行先についてだ」
メリデューラさんがいつものように、キセルを吸って煙を吐きながら馬車の中にいるみんなの顔を見渡した。
メリデューラさんの言葉にルンカーさんがやれやれといた顔を見せているのは何故だろう。よく見ていると他の人たちも多かれ少なかれあきれ顔だったり、苦笑していたりする。
「なあ、これどういう空気だと思う」
隣のアルトに小声で尋ねるけど、首を横に振られるだけだった。まあ、当たり前か。
「この後本来なら、グインへ向かいながら途中で寄る小さな村で簡単な興行をして、グインでは劇などを含めた大掛かりな興行をするということでしたが。グインの興行後は他の一座と被らないルートをギルドで確認して出発という、いつも通りの流れのはずですね」
それのどこを変えるんですか、と恐ろしい笑顔をルンカーさんは作っている。それを受けてメリデューラさんは顔色一つ変えない。
それどころか空気を読まない発言をする。
「グインにはいかないよ。私達の次の目的地はアルグスだ」
この辺りの地理に全く詳しくない俺にはさっぱりわからないが、一座のみんなはやっぱりという顔をしている。そして何故かこっちを見る。
「……えっと、俺の顔に何かついていますか」
「もしかしてサトル、お前アルグスを知らないのか!」
ギルが大げさにリアクションする。いつもの事と言えばそうだが、今日はさらにオーバーリアクションだ。その場にあったら楽器でも弾きかねない。
「え、はい。知らないとまずいですか」
さっきまでメリデューラさんに苦笑していたみんなが、今度は呆れと驚きを混ぜたような顔でこっちを見る。隣のアルトからもその視線を感じた。
何だか無知をさらしてしまったようで、視線が痛い。
「アルグスはサトルさんがいつも語っているアルゴウスと巨亀が戦ったことで伝説となった街ですよ」
小声でアルトが教えてくれる。
そうか、あの本には村の名前までは書かれていなかった。それに村じゃなく街になっているらしい。剣聖アルゴウスはどこでも有名で、『剣聖と巨亀』っていう話もよく語られているみたいだから、きっと聖地巡礼みたいな感じで町おこしに成功したんだろう。
どうやらアルゴウスは聖人指定されているようなのだ。
やっぱり古い知識だけでは怖いな。ちゃんと新しい常識も手に入れないと。
「座長。あれだけ英雄譚を語りながらサトル君はアルグスの街も知らないようですが、それでも目的地は変更ですか」
ああ、ルンカーさんの皮肉が耳に痛い。
「ああ、決定は変わらないよ。アルグス名物『剣聖と巨亀祭り』にエントリーさ。アグリエラ、今回は大きな劇になるよ。大変だろうけど衣装の用意頼むわね」
アグリエラがたたんでいた背中の羽を軽く動かして肯定の意を告げる。
「音楽もいつもより豪快に頼むわよ、ギル」
「合点だ!」
ギルは握りこぶしを突き上げる。
「ルンカー、最高の台本を作んな。サトル、お前もその知識でルンカーの台本作りを手伝いな。あたしらがエントリーするからには優勝しかないよ」
ルンカーさんは、はあ、とため息一つついて、手元に持っていた帳簿とにらめっこを始める。
「……少しの間食事の量減りますよ。二人も人が増えてそれだけでも大変だというのに」
そうは言っても、反対はしないようだ。それどころかちょっと楽しそうにしている。なんだかんだ言っても、メリデューラさん同様、この一座の人たちは挑戦というのが大好きだ。
「よし、それじゃルトライザ一座の次の目的地はアルグスで決まりだね。何か質問のあるやつはいるかい」
どうやら伝説が残る街アルグスに俺たちは行くことになったらしい。が、それを決める場に新米の俺とアルトが呼ばれた理由がわからない。台本作りを手伝えという事なら、後で言えば済む話だ。
「えっと、俺達は何でこの場に呼ばれたんでしょうか」
学校でするように片手を上げて質問した。
そんなことも分からないのかい、とか言われそうだ。メリデューラさんは結構厳しいのだ。
「アルグスの街を知らないという事は、そこで年に一回行われる『剣聖と巨亀祭り』も知らない訳ですね」
「はい、さっぱりです」
メリデューラさんの代わりに説明してくれたのはルンカーさんだった。ちょっと冷たい雰囲気もあるけど、ルンカーさんは意外と優しい。何だか担任の数学教師を思い出す。
「『剣聖と巨亀祭り』というお祭りは、名前の通りサトルも語っている伝説にあやかったものでしてね。幾つもの一座が街の中にあるいくつもの広場で『剣聖と巨亀』の劇をやり、その中から優勝した一座が死した巨亀である山の前で奉納の劇を行うことが出来るのです。それを行えば名前が売れますからね、毎年かなりの数の一座がエントリーするそうですよ」
「……ルトライザ一座は毎年でないんですか」
今度はアルトが質問した。俺を真似るように片手を上げる。まだちょっと俺以外の大人の男の人には緊張するらしく、ちょっと声が震えている。
「それはね、エントリー条件があるのさ」
メリデューラさんがルンカーさんに代わってその質問に答えた。まだ男を苦手とするアルトを思ってのことだろう。こういう所が一座のみんなに頼りにされている部分だ。
「条件ですか?」
「そう、条件。剣聖アルゴウスに関する朗読をしてみせることってのがあるのさ。別に稼ぐ道は他にあるからね。わざわざ誰かに覚えさせようとは思ってなかったのさ。そこにあんたがやって来たわけだ」
キセルを俺の方に突きだした。
「なるほど。だから最初俺が暗唱できるって言った時、嬉しそうにしてたんですね」
嬉しそうというか、悪巧みという感じだった。
「そういうこと。あんたたちはいつまでいるってわけじゃないんだろ。それなら居る内に試してみるっていうのも面白いからね」
メリデューラさんがこっちに笑みを向けてくるんだけど、やっぱり大人の色気がむんむんで頭がくらくらする。今日もばっちし胸と脚がなまめかしい。
「痛っ」
「どうかしたかい」
アルトにぎりっと太ももをつねられた。鼻の下でも伸びていたのを気付かれたのかもしれない。
「いや、俺で手伝えることがあるなら頑張るよ。こっちは助けてもらってばかりだからな」
迷子を助けてもらったという事だけではなくて、ここにいると心がほっとするのだ。そんな一座の助けになりたいと思うのは当然のことだろう。
「それに大きな街ってことは俺が探している本に関しての情報もあるかもしれないからな」
何だか本探しとか別によくないかとも思うが、一応目標を持って生きた方がいいだろうしね。大きな街っていうのは情報が集まるという意味でもありがたい。
「そうかい。それじゃ、今回の興行ではあんたが要だ。まずは戦えるだけの台本を作ってもらわないと話にならないからね。ルンカーとよくやりな。それじゃ一旦解散。他の仲間には昼休憩で話すよ」
そうして俺たちの次の目的地が決定したのだった。