ルトライザ一座
「……溢れるほどの血が流れることでこの闘いの決着はついたのだった」
俺は『剣聖アルゴウスの大冒険〈中〉』の朗読をやめた。
パチパチと拍手が鳴った。そして飛んでくるおひねりを受け取ると、一礼して舞台を降りた。
「お疲れ様です、サトルさん。水です」
「ありがとう。ただしゃべってるだけだと思ってたけど、朗読って結構疲れるわ」
俺はアルトが差し出してきた水を一口で飲み干した。背後からは軽業が始まったのだろう、俺の時よりさらに大きな歓声が上がっている。
「ほら、アルトもそろそろ出番だろ行って来いよ」
「はい、行ってきます」
そう言ってアルトも舞台へと上がっていった。
アルトが今着ている服は精霊からもらった清楚な感じの服ではなく、体に張り付くような素材でできた薄手の服である。細い体つきであるが、それでも男である俺からすれば中々に目の毒であった。
「これが他の男どもの視線にさらされていると思うと、何かふつふつ心の奥から湧いてくるものが……。やっぱりアルトは舞台に出させるなんて」
「まだそんなことを言ってるのかい。肝の小っちゃい男だね。自分の女が可愛くなってんだからな喜びな」
俺の独り言に豪快な声音で答えが返ってきた。
振り返るとそれを言った本人、この雑技団一座の座長であるメリデューラさんが立っていた。ここら辺では珍しいという俺のと同じ黒髪を長く腰まで伸ばし、切れ長の目にふっくらとした唇、メリハリの利いた体が色っぽい。口にはキセルをくわえ、紫のドレスを着崩してそれでいてだらしなくは見えない様にしている。座長をやる前はその色香で多くのお客を惑わしてきた看板娘だったんだとか。
「い、いや、アルトはお、俺のおん、女とかじゃなくて、そう家族。家族ですよ」
メリデューラさんがその色っぽい目でにらんでくる。心の中までのぞかれている気分だ。
確かにアルトは可愛い。この前下世話な話が好きなギルの奴に、獣人は早熟だから場合によっては十二歳でも結婚するぞとはやされて、殴り倒すなんてこともした。
「はあ、あの子も可愛そうだね」
メリデューラさんはやれやれと言った様子を隠そうともしていない。
「何が――」
わぁーーー。
歓声が俺の声を遮った。
「どうやら最後の軽業も上手くいったみたいだね。それじゃ、全員で終わりの挨拶行くよ。サトルも来な」
話が途中だと文句も言えずに顎で行くように指示されたままに、舞台に出ていく。この村の村人全員が来ているため、観客席は窮屈そうだ。前の方では子供たちが目を輝かせている。
「本日は最後までご覧いただきありがとうございました。ルトライラ一座の座長メリデューラでございます」
左右に十人以上の団員を並べ中央で堂々としゃべっている様子には惚れ惚れする。
「座長さん、かっこいいですね」
同じ様に思ったのか、いつの間にか隣に来たアルトが呟くのが聞こえた。
「そうだな」
何故、アルトとの二人旅からいきなり旅一座に混じることになったのか。それは一週間ほど前の、ダンジョンを抜けてから三日目のことだった。
俺たちはものの見事に迷子になっていた。
「サトルさん、すいません。私が道が分かるなんて言ったばっかりに……」
たった二日で流暢にさん付けできるようになっていたアルトだったが、自分のせいで道に迷うことになったと反省しきりだった。何かにつけて謝ろうとするのを慰めるのは大変だったけど、そんなアルトもとても可愛かった。
初日に休憩しようと言った俺に急ぐように言い返したのは、あの時点で少し不安になっていたからのようだ。
「いいよ。何度も言ってるけど気にすんな。俺だって道が分からないんだ、アルトのせいだけってものじゃないさ」
アルトの頭をなでる。これをやってあげると落ち着くようだ。
お父さんを思い出すって言うしな。この溢れる父性が思い出させているんだろう。
「それにしても、誰か道を分かる人にでも会えればいいんだけど……」
とりあえずは徐々に木々が生えている方向に向かうことにした。これなら同じところをぐるぐる回っていましたみたいな状況にはならないだろ。
それからしばらく歩いていると、アルトの耳に何かが聞こえたらしい。前を行くアルトの頭の耳がピクリと動いた。
「どうかしたか」
「悲鳴が聞こえました。あっちからです」
ちょうど向かっている方向からか。危険もあるが人に会うことが出来れば、迷子から抜け出せるかもしれない。
「行ってみるぞ」
駄目そうならアルトが止めても抱えて逃げると決めて、アルトが走りだすのを追った。
それ程の距離もなく見つけたのは『ガイアウルフ』という狼系モンスターの群れに襲われていた三台の馬車だった。馬と言っても体の表面上に鱗のようなものが浮かび上がっており、どことなく爬虫類を思わせるところがあった。『ガイアウルフ』に驚いているのか、鳴き声を上げている。
後で聞いたところによると、そのまんま『鱗馬』という名前で、固い鱗で体を守っているためこの世界で重宝される移動手段らしい。数少ない育成販売される魔物だそうだ。
「男どもは前に出て戦いな。女子供は馬車の中に隠れてろ」
真ん中の馬車から大人の女性と思われる声が聞こえてきた。
いつ跳びかかろうかと十五匹ほどの『ガイアウルフ』たちがくるくると馬車の周りを回っているのが見える。
馬車を守るように数人の男たちが剣や槍など思い思いの武器を持ち、その武器を敵へと突きつけているが襲い掛かってくるのも時間の問題だろう。
「サトルさん、助けてあげられませんか」
俺とアルトは『ガイアウルフ』からは気付かれない場所でその光景を見ていた。
あの一団は『ガイアウルフ』が本気で襲い掛かったらひとたまりもないだろう。どうにか半分でもいいから数を減らさないといけない。そうすればあの武器を持っている人たちでどうにかしてくれるはずだ。
「分かった。何とかしてみるよ」
くそっ、足が震えてやがる。
でも、アルトの前では勇者でいてやらないとな。俺が目指すのはアルトを護れる存在なんだから。
それじゃいっちょ気合を入れて、勇者やりますか。
頭の中の知恵を確認する。『ガイアウルフ』で検索をかける。『絶滅魔物辞典』にいくつか類似種が書かれている。そこに共通する特徴は集団による狩りと、高い嗅覚。
つまりどうにかあいつら数匹を動けなくしたら、狩り続行不可能と考えて逃げるかもしれないわけだ。
「私も出来ることがあれば手伝います」
アルトは胸元のネックレスを今にも外そうかと握りしめている。アルトのあらゆるモンスターを引き付ける体質を抑えてくれる女神の加護が籠ったネックレスを外せば、確かに『ガイアウルフ』から馬車を助けることが出来るだろう。
でも、そんなことさせるわけにはいかない。ネックレスを握った手が震えているのを見たらなおさらだ。
「今回は大丈夫だ。そうそう、アルトばかりに危ないことやらせられないからな」
「でもっ」
いつものように頭を撫でる。今回は待っていてくれと念を押す。
俺の見せ場だからな。アルトにきっちり見てもらわないと。
「おい、狼ども。こっちにも人間がいるぞ」
隠れていた木の陰から出て、大きな声で挑発する。狼どもの目線が一瞬でこちらに向く。
怖っ!
足が震えるぜ。これは武者震いだ、きっと。
とりあえず楽そうな方からと思ったのか、数匹ほどこっちにやってくる。
逃げたい!
そう思わせる威圧感を『ガイアウルフ』は放っている。
しかし後ろにはアルトがいるから逃げられない。
背水の陣で俺は『アルサイムの貯蔵庫』を頭の中で選択。さらに目当てのものを今にも跳びかかろうとする『ガイアウルフ』の目の前に出現させる。嗅げば悶絶するという匂いを発生させる花『ラフローリア』を。肉厚な赤い花弁に毒々しい紫の斑点が特徴の花だ。
「きゃうんっ!」
急に現れた花に驚き、そしてその臭いにやられて悲鳴と共に『ガイアウルフ』は悶えて気絶した。しきりに鼻を抑えている。
想像以上の成果だった。
「ろんらもんらい」
臭いをかがないように鼻を抑える。鼻のいいアルトは離れているのに臭さを感じているらしく、涙目になっている。やっぱり近くに居させないでよかった。
人間に比べ嗅覚に優れた狼たちの多くは俺に近い個体ほどやはり影響が大きく、倒れたり、逃げ出しているものがほとんどだ。戦闘継続できた奴らは一番先頭の馬車付近にいた奴で数の理がないために、男たちに斬り殺された。
どうやらこちらからでは見えない馬車の向こうの戦闘の様子も終わったようだ。
「あいつらが鼻を抑えている間に逃げるよ。男どもは早く乗んな。そこの二人も早く」
呼ばれるようにして俺とアルト二人も馬車に乗り込む。中にはさっきまで指示を出していたと思われる妖艶な女性と、小さな子供や逆に大柄な男だったりとばらばらな人がいた。
「ありがとうな、助かったよ、旅のお二方。私はルトライザ一座の座長メリデューラだ。呼び捨てでもさん付けでも好きに呼んどくれ」
このようにして俺とアルトはメリデューラさん達と出会ったのだ。