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勇者の知恵の使い方  作者: 霜戸真広
剣聖と巨亀
15/53

『剣聖アルゴウスの大冒険〈上〉〈中〉』 抜粋

 ここにいつか必要とする者のことを思い、私の生涯の闘いの記録を記す。

 私・アルゴウスが生まれたのはどこにでもよくある農村だった。子沢山な家の三男坊で、取り立てて何か祖先にすごいものがいるとか、神からの加護を生まれた時から持っていたなんてことはなかった。

 一つ。

 一つ人と違うことがあったとすれば、初めて魔物を殺したのが四歳という年齢であったという事か。

 これを読んでいる者たちの時代がどうかは分からないが、私の生きた時代は数百年ぶりという魔物の反乱期であった。本来なら魔物が出ないようなところに魔物が現れ、群れを成して人里を襲う事も増えつつあった。

自分の身を守るため、また大事な誰かを守るために幼くとも剣を握らないといけない時代だった。

 話は変わるが私には三人の師がいる。その一人が村で私に剣の指導をしてくれた元冒険者のアルゴウス爺さんである。私の名前と同じなのは、母が私がおじいさんになるほど長生きできるようにという願いを込めたからだ。

 私の生れた村で満足に闘うことが出来るのはアルゴウス爺さんだけで、老人とは思えないほどの体の動き、剣捌きをしており、村人たちに元冒険者として培った剣術を教えて生計を立てていた。

 幼いながら剣に憧れを持っていた私は小さなナイフを手に、アルゴウス爺さんが村人に教えているのをじっと眺めていた。その時のことをアルゴウス爺さんは後に「技を盗まれているみたいに感じた」と言っていた。

そしてそれは間違いではなかった。

 ある日のこと、私の村を五十匹ほどの『砂被りラビット』が襲ってきた。時折体から目くらましの砂を飛び出させ、目つぶしした相手をとがった前歯でかじる獰猛なうさぎの魔物である。目つぶしをする瞬間は体の動きを止めるので、そこで弱点である首筋を狙うことで簡単に殺すことが出来る。体の大きさは普通の野兎とそれほど変わらないが数が多かった。

 いくらアルゴウス爺さんでも村に入る全ての『砂被りラビット』を止めることはできず、何十匹もの魔物が村を蹂躙した。

 数時間後、全ての魔物が倒されたとき、死者二名、怪我人多数という状態であった。しかし、それでも普段の訓練のおかげで人死には少なく済んだ方である。

 この時アルゴウス爺さんが倒した数が三十匹、そして私が倒したのが十五匹であった。アルゴウス爺さんが私を見つけた時、私は手に刃こぼれしたナイフを持ち血まみれな状態で立っており、その周りには首筋を切り裂かれた『砂被りラビット』がいくつも折り重なって落ちていたという。

 この日、この瞬間が、私の剣聖と呼ばれるまでの人生の原点となる。

 それから私はアルゴウス爺さんの家で暮らすようになる。四歳にして大人以上に魔物を殺す才能を見せた私を、家族も村人も恐怖したからだ。唯一私を殺せるだろうアルゴウス爺さんの元に私を住まわせたのだ。名目は私に剣術をきっちりと教えさせるというものだった。

 私にとってアルゴウス爺さんとの六年に渡る生活は辛くもあったが、一番楽しい日々だった。私の才能にいち早く気がついたアルゴウス爺さんが私に教えたのは、徹底的に体を鍛えることと剣術の基本動作のみ。ただそれだけを六年間繰り返させた。

 時に村から出て近くの山に住む魔物を狩り、時に街に出て人との付き合い方を学んだ。その頃に武の精霊からも、智の精霊からも加護を与えられていないから冒険者にはなれないと言われたのだった。それを聞いてさらに熱意を込めてアルゴウス爺さんは私に自分の知っていること全てを教えてくれた。

 アルゴウス爺さんは私が一人でも生きていけるようにしてくれたのだ。

 私が十歳を迎えた年、アルゴウス爺さんの死を継起に私は村を飛び出した。腰に十歳には大きすぎる形見の大剣をさし、もっと強いものに会いたいという衝動の元、様々な街の道場、強いという冒険者を訪ねることにしたのだ。

(序章幼き頃より抜粋)


 私が百回目の道場破りを成功させたのが、相手の攻撃を先読みし必ず後の先を取ることで知られたシュトラウス流剣術の道場であった。

 この流派の特徴は剣の構えに非ず、目の動きにあった。相手の体全体をぼんやりとそれでいてしっかりと見ることにより、相手の体全体の筋肉の動きや目線を完全把握することを可能としたのだ。完全に相手の動きが把握できるため、相手が攻撃を出す瞬間もどう攻撃してくるかすらも分かるので、後はそれに合わせて攻撃を繰り出すだけである。あまりにも先読みが過ぎるために攻撃のレパートリーが少ないのが難点である。

 倒す時には筋肉の動き、呼吸、目線を操ってフェイントをかけるか、パターンが決まっているので後の先を打たせておいて躱して打ち込めばいい。

 この流派の動きはそれほど難しくなく、二、三度の手合わせで全ての技を盗むことに成功した。

 一つは~

(第一章武者修行の旅より抜粋)


 私が十八歳になった時にはあらかたの道場を破り終えた。既に盗み取った技は千にも及んだ。使っている技は百にもならないが。

 この時はまだ剣聖とは呼ばれていない。武の精霊から見放されながらどの剣士よりも強いということで有名になっていた。この頃から逆に私に手合わせを願いたいと言ってくる者たちや、弟子にしてくれと頼む者たちが現れ始めた。前者は適当に倒し、後者はすげなく袖にした。

 四歳から武器を持って負けるという経験をほとんどしてきていなかった私は調子に乗っていた。そんな時、強いと評判の冒険者に会いに行ったのだ。

 その者は女だった。

 『赤獅子』と恐れられるというから大柄な男だと思っていた私は、綺麗な赤毛を靡かせる彼女に始めただの噂だったかと落胆した。武骨な私には表現する言葉などないが、各地を渡り歩いてきた中で一番の美貌を持っていた。現在に至っても彼女を越える女に出会ったことはない。

 だから噂は抜きにして声をかけた。この頃は天狗になっていて、俺を知らぬ者などいないと思っていた。だから初めて声をかけた時にキルカ(『赤獅子』の名前だ)の言ったことは今でも覚えている。

「ひょろりとした男には興味がねぇ。もっとムキムキに強くなって出直しな」

 そんなことを言われたことがなかった私は、彼女に詰め寄った。

「確かに俺はムキムキじゃないがな。女のくせに『赤獅子』とかおだてあげられてる馬鹿よりは強いぜ」

 買い言葉に売り言葉というやつだった。若気の至りとしか言いようがない。

 私も若ければ、キルカも若かった。二人の口論が決闘に至るまでにそう時間はかからなかった。

 今までも強いと言われた冒険者と闘ってきた。女風情に負けるとは私はみじんも思っていなかった。

 キルカが持ち出してきた武器は手甲鉤という特殊なものだった。握りの付いた先に四本の鉤爪が付いた武器である。手を握り込むとまるで肉食動物の爪のようになり、構えを取らずにだらりと腕を下げた様子もどこかネコ科の肉食動物を思わせた。

 こちらは普段と変わらない。両手で大剣を優しく握り込み、真ん中で構えるだけだ。

 最初に動いたのはキルカだった。体中の力を抜くようにして体を地面すれすれまで落としながら、落下のエネルギーを全て前方移動に費やす。そこには何の起こりもなく、まるで水が上から下へと流れるように自然かつ速い。故にシュトラウス流剣術から盗んだ後の先を取る目の技術ですら、一瞬反応が遅れた。

 響き渡ったのは金属と金属がぶつかり合う嫌な音。あまりにも洗練された動きに攻撃に移れなかった私は、大剣を地面に突き刺すようにして足元を刈りに来たキルカの手甲鉤を受け止めた。

 普段ならここでなかなかやるなといったような言葉が二人とも出ていただろうが、その時は前にいるお互いしか見えていなかった。

 止められたと見るや、今度は一瞬で跳び上がり眼球を狙って手甲鉤を振るう。

 私は体を逸らすようにして目を狙ったひっかきを避けると、後ろに倒れ込むまま大剣を真上に振り上げる。

 そうするとキルカは空中で豪快な回し蹴りを大剣の横っ腹にぶち当てて攻撃を逸らす。

 そこでいったん二人は離れた。

しかし、二人の間に言葉はない。

 一進一退の攻防が続いた。しかし、私の盗み取ってきた技の全てを受けられ、避けられ、はじかれ、流され、そして気付けばこちらは太ももを、腹を、左腕を斬られていた。

 キルカは細かい切り傷が体中に、私はごっそり持って行かれた傷がいくつも。

 お互い最後の一瞬を理解した。私は大剣を上段に構え、キルカはだらりと自然体を取った。

 何の合図もないが、きっかり同じタイミングで私たちは動いた。

 最初とは逆。私が脱力する形で急激に体を倒して、上段の構えを一瞬で下段にまで変える。そのまま下から大剣を跳ね上げようとした時、キルカの方も最初に見せたより更に速くさらに深く体を倒し私の懐に入り込んでいた。右手が心臓目がけて振るわれた。大剣を跳ね上げようとする状態では、剣によるガードは間に合わない。だから私は左手を捨てた。

 大剣から左手を外し心臓の方へと引き付ける。手甲鉤が左手に突き刺さる感触がした瞬間、突き刺さったまま体を強引に持ち上げてキルカを振り上げる。逃げようとしたキルカを止めるために、左手を捻り鉤爪を内側に巻き込んだ。そして跳ね上がった大剣を片手の力のみで振り下ろした。

 しかし、私は殺すことはしなかった。逆にお礼を言った。

「ありがとう、君のおかげで慢心を知れた。この世界にはもっと強いものがいる。君を侮辱したこと謝らせてくれ」

 この闘いで私の左手には強い後遺症が残った。握力がほとんどなくなり、物がつかめなくなったのだ。

 しかし、この闘いで得た物も大きかった。

 私は俺と粋がることをやめ、アルゴウス爺さんの形見の大剣から片手用の剣を打ち直してもらい、そして『赤獅子』キルカと旅をすることになった。

 私には確かに武も智もどちらの精霊からの加護も持たないが、この時冒険者になったのだと思う。だから私はこの自伝を大冒険と名付けたのだ。

(第三章冒険者としての出発より抜粋)


 私が剣聖と呼ばれるきっかけとなったのはある国での大規模魔物進行による活躍だった。兵隊九千にランクが下から上までの冒険者が千の合わせて一万ほどが集められ、王都より東側に位置するグラム砦に詰めていた。この時点で既に三つの大都市が魔物に呑みこまれ地図から消えていた。王都がやられてしまえば国が一つ消えることになるという一大事であった。

 私は仲間の『赤獅子』キルカ、『破壊僧』ゴルド、『炎舞』サラサ、『一身一体』フェルトルとファルトラと共に東側を守っていた。

 相手の魔物の討伐等級は最低のGランクから上位冒険者が数人でかからないと倒せないAランクまで混ざり合っていた。

 ゴブリンやオーガといった種は武器を振り上げる一瞬で首をはねる。『ワイルドウルフ』や『ブロンズフォックス』みたいな数が多くすばしっこい奴は襲いかかって来るのを一体一体きちんと迎撃する。こちらが一万に対して相手は五万とも十万ともの数が襲い掛かってくるのだから、剣士である私の役目は後ろで大規模魔法の詠唱をしている魔法使いを守ることである。

 魔物の群れに深く突っ込むことはしない。遊撃的に危うくなったところを見極めて、敵を倒していく。

 いらだったのか後ろに待機していた巨大な体を鋼鉄よりも固いうろこで覆った『スピンネイルスネイク』が飛び出してきた。討伐等級はAランク。民家ぐらいなら丸呑みにするほどの大きさで、まるでドリルのように回転して襲いかかって来るのが特徴だ。城壁程度なら一度の突貫で大穴が開くだろう。そこから魔物が中に入って来られるとまずい。

 私は一人今まさに雄たけびをあげ体を回転させようとする『スピンネイルスネイク』の元に跳ぶ。この大蛇の弱点は回転を始める前の一瞬の隙のみ。一度回転させてしまったら止めることは難しい。

斬鉄。斬る物の堅さをほとんど無視して斬る技である。

私は生半な攻撃では傷一つつかない鱗ごと首をはねた。他にもいくつか城壁を壊せそうなのが突貫していくようだが、そこにも『スピンネイルスネイク』のような見ることがほとんどんないAランクがまだまだいる。どでかい金砕棒を振り回し周りにいるものを敵味方問わず粉砕する巨人族『タイタン』。四本腕から衝撃波をまき散らす金色の大猿『シャシブルス』といったAランクは冒険者が取り囲むことで動きを止めている。

 まだまだ戦いは始まったばかりだった。


     ~中略~(様々な魔物との戦闘を描く)


 敵の数は『炎舞』サラサの特大魔法『煉獄』によって数を大きく減らしていた。しかしこちらの戦える人数も五千を切っていた。

 一度引いたように見えた魔物の中から何かが出てきた。

 そこに現れたのがSランクと名高く死神という二つ名を冠された『ホロウコース』と呼ばれる半人半馬のアンデット系モンスターである。大きさはS級というには普通すぎるほどで、唯一それらしいのは片手に持った大きな鎌である。

 おそらくS級だと知らなかっただろう兵士が、冒険者の止める声を聞かず襲い掛かった。そして『ホロウコース』にたどり着く前に、自分の持っていた剣で己の首を掻き切った。

 『ホロウコース』の特徴はただ一つ。その体から発生する恐怖のオーラ。心の弱い者は瞬間的に自殺してしまうほどで、熟練の冒険者や騎士であっても震えて動けなくなるという。倒すには遠距離からの攻撃しかなく、魔法耐久力が凄まじいため数十人の魔法使いによって延々魔法を当て続けること三日三晩でようやく倒されたとか。

 そんな力はもう人間側には残っていなかった。

 恐怖は伝染し、私達の体の動きを阻害する。逆に魔物たちは一気に盛り返してきた。基本は片手間でも勝てるG・Fランクがほとんどだ。確認されたA・Bランクもあらかた倒し終わっている。ほとんど掃討戦に入っていたのをSランク一体に崩された。

 もう戦線は維持できていない。戦えているのは私の仲間たちぐらいだった。

 だから私は『ホロウコース』の前に立った。

 敵は『ホロウコース』を合わせてまだ一万は残っている。瓦解した戦線を立て直す間に一匹でも多く倒し、一匹でも多く後ろに行かせない。

 迷いのない心から感情もすべてなくし、『ホロウコース』の恐怖も感じないまでに剣と一体化する。まるで自分が無機物で、剣の延長上になったかのような感覚。

 私はこれだけしか覚えていない。

 気付いた時には剣一本で、一万の魔物の群れを壊滅させていた。

 この日から私は鬼神と恐れられ、同時に剣聖と呼ばれることになったのだ。

(第五章魔物大侵攻より抜粋)


 大陸東部の村から依頼を受けた。

 最近人里に魔物が多く出現するようになったから、退治をしてほしいというものだった。いつもなら年に数回ほど『ゴブリン』や『コボルト』のはぐれた一団が出るほどで、村に駐在する兵士で十分に対処可能だったらしい。それが今年になって『ゴブリン』どころか、『オーガ』や『アイアンボア』といったもっと森の奥にいる魔物が出てくるようになったらしい。

 複数の村々で同じような依頼が出ているらしく、私もキルカが依頼を受ける形で参加することにした。もしかしたら五年前に起きたのと同じ大侵攻の前兆ではないかということもあり、いつもは大陸中部を中心に活動していた私達が偶然東部にいることもあって、前回の経験や剣聖の勇名によってわざわざ呼ばれることとなった。

 同じ東部にいるとはいえ、私がいたのは大陸中部と東部をつなぐ山脈のふもとだ。村があるのはもっと東であるため、急いだとしても一月はかかる距離だった。

 そのはずが三倍以上時間がかかることになってしまった。これもあの巨大な魔物による魔物の活性化によるものであった。


     ~中略~(旅の間の戦闘を描く)


 依頼を受けてから三カ月以上たってようやく村にまでたどり着いた。他の冒険者や兵士たちによって守られていたはずだったが、あまりにも多いということで村人はより安全な村や町に逃げたらしい。しかし魔物が減ったわけではないため、冒険者や兵士が砦や人のいなくなった村に詰めていた。

 散発的であるため大侵攻とまではいかないものの、昼となく夜となく魔物が現れるのでどうしようもないという事だった。森の奥にある山の方から魔物がやってきているという事で、山に原因があるはずだという事だったが、そこにはさらに多くの魔物がいるため偵察が出来ていなかった。

 そこに剣聖の私を始め、S級冒険者の仲間たちが来ただから、私達による偵察が行われるのは当然のことだった。

 進んで行った森の中は魔物で埋め尽くされていた。ただ高くともCランク(一般的冒険者なら苦戦するレベル)で、鎧袖一触出来るほどであった。数質どちらをとっても前回の大侵攻に比べて一段以上に低い。

 山にたどり着いてもそれは変わることがなかった。念のため洞窟や何かがないかを確認してみたが、そういったものも何一つなかった。散発的にやってくる魔物を振り払って進むことしかできなかった。

 結局山を一回りしても何も見つかることなく帰ってきた。とりあえず山狩りをして魔物を減らすという事しかできないという結果になった。

 次の日、私たちを中心に据えて兵士や冒険者による山狩りが行われることになった。

 しかしその時、仲間の『破壊僧』ゴルドが呟いた。

「あの山……少し動いてないか」

 そう言われてみると確かに昨日とは山の位置がおかしいような気もした。しかし、勘違いで済むような程である。

 とりあえず森を向けて山に向かった私たちはその山が大きな魔物、『マグヌムタルタルーガ』と呼ばれた現在はもう確認されていない魔物であると突き止めた。あまりにも巨大になったこの『マグヌムタルタルーガ』は長い冬眠期間にでもあったのが動き出し、その大きな魔力量で付近の魔物を活性化させていたようだった。前夜に起こっていた地震もこいつが動いたものだと考えられる。

 原因は分かったものの、山と間違えるほどの巨体に私たちは倒す方法を見つけられずにいた。


     ~中略~(悪戦苦闘する様が描かれる)


 数日にわたる火魔法を中心とした攻撃によって、なんとか甲羅から頭を出させることに成功した私たちであった。巨大になればなるほど甲羅を固くする性質によって、甲羅の固さはあり得ないほどにまでなっており、私でも甲羅の端の薄い部分を斬りおとすので精一杯であった。

 その時の甲羅でこの本は作られている。

 大岩だと思っていた部分がぐーと持ち上がり、頭が外からはっきりと見えた。いや、あまりにも大きすぎて、顔は全く判然としなかったが。ここまでデカいとばかばかしくなってくる。村一つぐらいは軽く呑みこんで見せるであろうという威容だ。

 ただ冬眠開けだからか、はたまたまだ何が起きているか理解していないのか、私たちのことを攻撃する様子はない。

 この隙を見逃すはずはなかった。

 片手で剣を上段に構える。

目の前に巨大な岩のような何かにしか見えない、足の爪と思われる部分がある。

 そこ目がけて振り下ろされる長くそれでいて細い両刃の剣。最速最大の全力の一撃を叩きこむ。

 切り飛ばされた何かが飛んでいく。それは爪の部分だろうと思われる巨亀の体の一部だった。

 地面が揺れる。痛みを感じたのか巨亀が体を震わせたのだ。

 しかし、その時には私はもう地面に立っていない。他の冒険者の風魔法で空を飛ばされていた。爪の部分を斬ることが出来たということは、相手の首を断ち切れる可能性がある。甲羅に守られているため、まだ柔らかい部分を狙う。

 先ほど爪を斬った時よりもさらに体の感覚を研ぎ澄ませる。前回の大侵攻で『ホロウコース』を前にした時と同じように体と剣を一体化させる。

 風魔法によって乗った首はごつごつとしていた。そして本当にこれが生物なのかというほど広い。自分が蚊にでもなったかのような感覚だった。

 それでも斬れると思った。

 首の端から跳び下りるようにして、首に対して全力で剣を振るう。一度で足りないなら二度。それでも足りないなら更にもう一度。いつ剣を振り上げ、いつ剣を振り下ろしたのかわからない。一瞬の剣閃に万の剣撃を重ねる。

 地面に叩きつけられる瞬間、誰かの風魔法で助けられた。上にはびくともしていない首。

 駄目かと思った瞬間、首がずれた。

 そのまま地面に落ちてきた頭によって巨大なクレーターが作られ、そこが溢れるほどの血が流れることでこの闘いに決着はついたのだった。

(第七章巨亀討伐より抜粋)

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