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勇者の知恵の使い方  作者: 霜戸真広
剣聖と巨亀
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知恵を確認してみよう。その三

 結局何故岩を真っ二つに出来たのかは分からなかった。あの後予備の刃で同じことを試してみたが、成功もしなかったし。

 ただの偶然だったのか?

 今現在の時点で何か不思議な力を生み出すものと言えば、頭の中におさめられた知恵しかない。今回も新しく四冊ティアにもらったから、もしかしたらその中にさっきのことを説明できる物があるかもしれない。

 まだだるだる女神の加護が効いていて、夜の見張りが楽なうちにきちんと確認しておくべきだろう。本来なら出発前に確認したかったのに、あの怠惰女神がそれじゃ面白くないとかぬかして、ダンジョンからある程度距離を取らなきゃ見ることが出来ないようにしやがった。クレームとかつけられないようにとかいう事だと思うがな。

 一応見たら俺に危害が加えられるものはない様にと念を押しておいた。取り出した本に喰われでもしたら、何にもならないからな。

 とりあえず先に見張りをすると言って、アルトを寝かしつけてから始めることにする。

「まずはこれだけは先に使わせてもらっていた、『アルサイムの貯蔵庫』出でよ」

 頭から一冊消えるような感触がして、足元にずっしりとした重みを感じさせる厚みの本が現れた。その分厚さは六法全書なんかを思い出させるが、その装丁は魔法技術の結晶である。中のページも特殊な紙を使った特注品らしいが、それよりも重要なのがいくつもの魔法陣がまるで重なり合ってアートのようになった表表紙と裏表紙らしい。この辺はあのだるだる女神からの受け売りなんだが、詳しい話はあのウザったい話し方のせいでよく覚えていない。今まではページ一枚を出入り口に見立てていたのを、表を入り口、裏を出口に振り分けたことで簡略化が進んだだの言っていた。まあ、元の世界のテレビだなんだと一緒でその原理を知らなくても使えればいいだろ。

 それと『グリフィス製魔導書試作品№26 アルサイムの貯蔵庫』って言うのは、長いし読みづらいので後半だけで呼ぶことにした。その方が効率的だ。

 とりあえず、前に置かれた『アルサイムの貯蔵庫』に二つの欠片を乗せる。

「お手製刃をその内に呑みこめ」

 ちょっと手を前に出し、まるで魔導書か何かに(本物の魔導書なわけだが)呪文で命令を下す魔法使いみたいにやってみたが、『アルサイムの貯蔵庫』が明るく光ったり、魔法陣が浮き上がったりはしない。ただ昏く瞬いただけ。

 そして本の上に置かれていた欠片の一方だけが姿を消した。

 なんとなくこうなるかなとは思っていた。だからもう一度唱え直す。

「お手製刃の欠片をその内に呑みこめ」

 今度は目に見えて分かる反応が返ってくる。昏く一瞬輝いたかと思うと、本の上に乗せられていたもう一つの欠片の姿が消えた。

 その様子はダンジョンで使っていた時と変わっていない。入れたい物を表表紙の上(空中でも可)に置き、その物の名と共に『その内に呑みこめ』と言えばいい。今実験したのはどの程度まで厳密性があるかという事だったのだが……

「俺の認識によるということか」

 さっき置いた二つの欠片は岩を真っ二つにした時のものだ。片方は先の方のバラバラになった中で一番大きいもの。もう片方は柄の部分でまだ小型のナイフとしては何とか使えそうなものだった。

 柄付きの方はまだお手製刃として扱われたが、破片となったほうはもうそうではないということらしい。それを本自体が判断しているわけではないはずだから、俺の認識を読み取っているのだ……と思う。

 まあ、とりあえず今までの使い方と変更があるわけでもなさそうだ。

それでも使い勝手のよい本である。最初ティアにリクエストした時はどうなるかと思ったけど、あれで意外といい奴なのかもしれない。慣れてくれば頭に入れた状態で物を入れることも出来るようになるらしいし、今はまだ取り出すことしかできないがどんどん使わないと損だろう。

 ということで回収。右手で触れて戻るように念じる。すっと頭に重さが増えたような感覚がして、『アルサイムの貯蔵庫』はまた頭の中に戻された。

「やっぱり触って念じるだけで戻せるようにしてもらって正解だった。『剣聖アルゴウスの大冒険〈中〉』だけでも大変だったのに、『アルサイムの貯蔵庫』も重いからな。流石に毎回土下座は勘弁だわ」

 アルトにスカート覗き魔に間違われたのは辛かった。笑い転げるティアに土下座をすることになったけど……後悔はない。

 あの時優しくかばってくれたふわふわ毛玉改め精霊には感謝しきれない。ホントあのだるだる女神にはもったいないよ。

と、思考が脱線したな。まだ三冊残ってるから、早く確認しないとアルトを起こす時間になってしまう。

 やっぱりもう一人ぐらいは仲間が欲しいところかもしれない。もしくは馬車とかでもっと移動スピードを上げて、野営をしなくて済むようにするとか。一本でもいい金になる虹の雫を十本以上持って来ているから、換えさえすればお金に困ることも無いだろうから考えてみた方がいいか……。

「これが脱線だって言うんだよな。次に行こう、次に。えーと、何々……」

 頭の中に本をイメージする。数も増えてきたので本棚も一緒にイメージして並べ替えてみる。そこからまだ見ていない一冊を適当に選び出し、強く念じる。

 昔の教訓を活かし、直接手に取るのではなく地面に置くようにしてみる。この辺はもう慣れたものだ。

 一度地面に置いたものを手に取って眺めた。そこにはちゃんとティアにリクエストした通りのものがあった。

「確かに魔物の図鑑みたいなのを用意してくれと言ったさ。これもちゃんと図鑑だろうさでも……」

 誰が絶滅魔物図鑑欲しいって言ったよ!

 手に持った本を地面に叩きつけようとして、ギリギリ止める。

「本に罪はない。悪いのはあの性悪怠惰女神だ。女神憎んで本を憎まずだ」

 にしてもあの女神、だるそうにしてやがるくせにこういう時だけ頭を働かせやがって。まず頭より口を動かせってんだ。

 ぐちぐちティアの悪口を言い募ってはみたものの、本が変わる訳もない。とりあえずもらったものはしょうがない。読むしかねぇ。

「題名は『これであなたも魔物博士シリーズ 番外編 絶滅魔物図鑑』。監修ダークレーン・グランフィールドとその愉快な悪魔たち……胡散臭い」

 しかも監修がどこかで聞いた事があるような名前だし、悪魔が監修してるし、つっこむところが多いな!

 おれにツッコミ属性はないからとりあえずスルーで。さっさと中身を見よう。

『これは冒険者向けに魔物の紹介・見分け方・倒し方等を教える、これであなたも魔物博士シリーズの番外編である。正直実践には何の役にも立たないので、暇なときに読むことをお勧めする』

 ……いきなり読む気が失せる。

 さっさと中の辞典の方を見てみると当時の討伐等級――アルト曰く魔物を倒すことが出来る冒険者ランクのこと。冒険者ランクは最低のGランクから最高はSSSランクまであるらしい。俺が倒した冒険者はDに近いEランク――で分類されているようだ。名前と絵、それに解説が詳しく載っている。

「Gランクだと『ラフレシアワーム』ってのがいるな。見た目は……芋虫に花が咲いている?」

 魔法か何かによって浮かび上がった実寸大の絵は意外と大きく立ち上がると俺の腰ぐらいありそうだ。背中の花から放つ悪臭によって動物を昏倒させて食べるのが特徴だったが、その悪臭を放つ花から良い香料が獲れることから乱獲された。

 その金属質な毛皮の質が良いために狩られた大狐『ブロンズフォックス』、オーガの一種である『スパイクドオーガ』など様々な魔物がずらりと並んでいる。人間によって狩りつくされたモノもいれば、環境の変化に耐えられずになくなったものもいるようだ。

「魔物も動物と変わらないんだな」

 何だか、意外だ。ティアのダンジョンでは魔物は自動ポップするとか言ってたから、てっきりゲームとかと同じで湧いてくるようなものだと思ってたんだけど、意外と生態系を形作ってるんだな。

 となると、魔物と動物ってどこが違うんだ?

 さっき飛ばした前書きの方に戻ってみるとちゃんと書かれているみたいだ。

『魔物とは創世神が子供の一人・闇の両性神によって形持つ精霊として生み出された存在である。人や動物を光とするなら、まさしく体に魔の力を蓄えた魔物は闇に分類される。人や動物の対極に位置するがゆえに魔物は既存の動物に近い形をもち生態系を作ることが可能なのである』

 ……真面目だ。

 途中までは適当に書かれていたのだが、どこかで熱が入ったのか後半は良く分からない用語がいっぱい出てきた。

「とりあえず動物と魔物の違いが分かったからいいか。アルトにも教えてやろうかな。もう知ってるか」

 パラパラと本を見ていると何だか見覚えのある名前がちらりと見えた。

『マグヌムタルタルーガ』、当時最大の陸亀の魔物。主に岩食性であり、その食べたものに比例して硬く巨大化していくという特徴を持つ。その再生力は強く、首を切断されても生きていた個体が確認されている。甲羅の下に背中中央部に一枚だけ存在するある赤いマナシェルを中心に再生されるため、武器の進歩により殻を破壊しマナシェルを直接攻撃できるようになるとすぐに姿を消すこととなった。このマナシェルは魔法の触媒としても名高く、魔法の名門と言われる一族の秘宝として伝わるモノにも多く使われている。

「最後に確認されたのは千年は生きたと思われる個体で村を一飲みにするほどだったとか。後に剣聖と呼ばれたアルゴウスに退治され、後世には『剣聖と巨亀』の物語で知られている。ってあの本の亀か!」

 意外と有名なのか、アルゴウス。

 今ここでその本を確認してみたい気もするが、あれは出したら最後地面を揺らしてアルトを起こすから駄目だ。今度確認してみよう。

 とりあえず絶滅しているとはいえ魔物は魔物。少しでも特徴を覚えておけば、何かで使えることもあるだろう。

「ここで使えないって投げ出したら、あの怠惰女神に負けたことになるからな。きっと今もどこかで見て笑ってんだろな、こんちくしょう」

 ふつふつと胸の内から湧き上がってくるティアへの恨みは抑え込む。

 アルトの笑顔を思い出して、気分を和らげてみた。

「それじゃ次の本を見るか」

 絶滅魔物辞典を頭の中にしまい直し、別の一冊をまた地面の上にそっと取り出す。

 ティアがきちんと頼みを聞いてくれていたなら、魔法の教科書になりそうなものであるはず。

「期待はしてないぜ。初級じゃなく超上級とかそんなのだろ……ふぇ?」

 ……変な声が出た。

「普通だ」

 唸りながらこう言うしかない。本の題名は『超実践的・元A級魔法使いが教える戦場で使える初級魔法~魔法は理論じゃない心だ~』

 副題がとても心配な感じではあるが、まともそうである。あのティアならここでもっと予想外なことを仕掛けてくると思ったんだが。

「まぁ、あいつもそんなに悪い奴でもなかったか」

 よく考えてみればアルトに魔物を寄せ付けなくなるネックレスをプレゼントしてくれた。

 悪い奴じゃないのかもしれないな。

 思い返してみたらそんなに……

「駄目だ。あのだるだる女神、俺を時間稼ぎの捨て駒に異世界召喚したんだった」

 思い出したくなくて忘れてた。

……忘れてたかった。

 気分を取り直して、魔法の練習でもしてみるか。

 くー、遂にこれで俺も魔法使いか。風の魔法で空を飛んだり、火を噴いて魔物を倒したりできるのか。

 これは口元のにやにやが止まりませんなー。

「どれどれ……」

『まずお前たちにどの魔法の適性があるか試してやる。指先に火がともるイメージを作れ。四の五の言うな。さっさとやれ』

 女性の元A級魔法使いが何故か、騎士が着るような服を着込み鞭を持って浮かび上がってくるのだが。ビシバシいってる鞭がとても怖い。これが実践的という事なのだろうか。女性が美人なせいで、何か違うものに目覚める気がする。

「いや、臆してる場合じゃない。イメージ、イメージだ。指先に火がともる」

 こういうのは何故火が燃えるのかを知っている俺たちの方が上手く火魔法を使えるってなるのだ。それで俺は一気にチート能力を手に入れて無双することに……。

 妄想が止まらない。

『そのイメージを形にするように次の呪文を唱えろ。〈我、炎の精霊に願う。炎を一欠けら、指先に、燃えろ〉』

「我、炎の精霊に願う。炎を一欠けら、指先に、燃えろ」

 イメージはばっちり。体の中から何かエネルギーが放出される感覚があった。

(これは来た!)

 閉じていた眼を開けると、そこには指先に火のついた女教官の姿があった。

 自分の指先には毛ほども火が点いていない。

「い、一発ではできない、そうできるわけがない。練習あるの……」

『これは基本魔法で素養のある者なら一発でできる。出来なかった奴は才能ないから次行くか、帰れ』

 俺の思っていたことをぶった切った女教官はそれから水魔法のレクチャーに入った。


「全部だめとか……才能ないのかな、俺」

 結局、火魔法の後も全て上手くいかなかった。

 分かったのは魔法を発動するための呪文の構成。まず精霊に伺いを立て、一つに魔力の量や形、二つに性質や発生場所、最後に発現方法や攻撃などの意思を順番に述べる。これによって魔法は発動しているようだ。

 思い出してみれば、あの魔法剣士も魔法を発動した時、そんな風に言っていたような気がする。無詠唱とかはまだ習っていないから分からないが。

 例えば指先から水を滴らせる魔法ならまず『我、水の精霊に願う』から始まり、『水を一滴』(魔力の量と形を規定)、『指先から』(発生する位置を規定)、『滴り落ちろ』(動作を規定)とう一連の流れになる。水の代わりに氷にしたい時も三つに区切られた呪文のどこかで氷にする要件を満たせばいいらしい。『氷を一欠けら、指先から、発射せよ』とか唱えれば、指鉄砲で攻撃できるわけだ。

 ……使うことが出来たらな!

 この世界の魔法使いが思いつきもしない魔法の使い方とかして、無双する予定だったのに……。

『全部に才能なかった奴。お前は豚以下だ。そこらの蛆虫の方が役に立つぞ』

 軽く習ったことをおさらいしていたら、女教官の罵倒が始まった。魔法を教える教材に罵倒って必要ですかね。

 駄目でも一応もう少しは聞いてみるか。教えてやればアルトができるかもしれないからな。

『そうだ、今更だが確認しておくぞ。お前らちゃんと智の精霊から加護をもらってるな。もらってない奴は才能とか言う以前に魔法は使えないか……』

「そうだった!」

 クソ、忘れてた。アルトも言ってたじゃないか。智の精霊が魔法を象徴するという事は、魔法使いになれるのは智の精霊の加護を持たないといけないという事。

 ……いかん。魔法を使えないからと素振りを始めたっていうのに、岩を叩き切ったせいで元々の主旨を忘れてた。

 何かに集中すると周りが見えなくなるのは俺の悪い癖かもしれない。

「自分が迂闊だったことは認めよう。だけど……あの怠惰女神、こうなることが分かってこの本渡しやがったな」

『せ~い~か~い。ふふふふふ。真面目~な顔で~呪文唱えてて~面白かった~』

 頭の中に響いてきたあの間延びした声。まだこの辺りはあいつの加護の範囲とか言ってたから、俺達の姿をずっと監視していたのかもしれない。それでこの一番イライラしている時に話しかけてくるんだからたちが悪い。

「おい、ティア。精霊や神のことについて何で説明しておかなかった。そのせいで俺は異世界転生系のお約束、冒険者になってのウハウハライフが送れねえだろうが」

 若干というかかなり欲望交じりの言葉が出てしまった。だけど、その熱を込めた言葉もティアにとっては面白いみたいだ。まだ笑い声が頭の中に鳴り響いてやがる。

 これから手に入れる本という本を燃やしてやろうか。

『ごめ~ん。つい~面白かったから~』

「俺は面白くないがな」

『だから~お詫びに~いいこと~教えて~あ・げ・る❤』

 うわ、頭の中にティアが投げキッスする映像が浮かんできた。女神なだけはあって綺麗だけど、性格が出ているのかなりけだるげであまり嬉しくない。

 いや、むしろ邪魔。

『うん。心の~広~~い、私は~悪口も~許して~あ・げ・る』

 二度目はウインク。もう本当に精霊さん達大変だろうな。

「まあ、そんなことはいい。さっさといいことってのを教えろよ。簡潔に」

『簡潔に~? そうね~、あなたは~剣技はもちろん~魔法も~使えるわよ~』

「……へっ?」

 間抜けた声が出た。

 俺が剣技も魔法も使える? 剣技は確かにさっき岩を切ることに成功している。何かティアから与えられた能力を使えば、俺にもできることがあるっていう事か?

「それはどうやればできる」

 問題はそこだ。目の前にいたら詰め寄ってでも聞くのに。テレパシーではもどかしい。

『私も~神ですから~その加護も~意外と~無敵なのよ~。頑張ってね~』

「ちょっと待て、質問に答えろ。どうやればいい、おい、聞いてんのか。ティア、ティア!」

 叫ぶがティアが反応を返すことはない。どうやらもうテレパシーは止めたみたいだ。

「簡潔にとか言うんじゃなかったか。……にしてもこの加護が無敵?」

 攻撃も防御も満足にできないような、本を取り出し知識を活かすことが出来るのだけが取り柄の加護が無敵?

 それはとてつもなく……楽しい。

 不安がない訳ではないが、それでも強くなれるという事実が嬉しい。

「これでアルトをちゃんと守ってやれるかな」

 ぽつりと言葉が漏れた。

「私がなんでしょうか、サトル……さん」

 まだ少し交替には早い時間だが、アルトが起きてしまったようだ。魔法も使えないのに魔法の教本を見ていたのを知られるのは辛いから、一瞬で頭の中に戻す。

「ごめん、うるさくて起こしちゃったか? ティアと話してて」

「いいえ、そんなことは。知恵の女神様との会話の邪魔をしてすいませんでした」

 恐縮そうにするアルト。耳がへなりとしている。

「いいよ、もう話は終わってた。寒くないか? もっとこっちに来ていいぞ」

 焚火に近い俺の隣をポンポン叩いて、こっちに来るようにと誘う。

 まだ恐縮した様子は変えないが、それでも一つ頷いてこっちに寄ってきた。

「それで私がどうしたんですか」

 隣に来てまた同じ質問をされた。上手く話を変えたつもりだったんだけど、上手くいかない。

 と言って、本当のことを言うのはかなり恥ずかしい。

「あ、アルトが作る、そう作る飯は上手いなって言ってただけ」

 誤魔化した。

「そうですか。喜んでもらえたら嬉しいです」

 そう言ってアルトはちょっとこちらににじり寄ってきた。

 もう腕と腕がくっつく、くっつくよ!

 焚火の温かさとは違う熱が俺に伝わってくる。

「サトルさん。温かいですね」

 見上げるようにしてアルトににっこりされたら頬が緩むし、欲望も渦巻く。

「……二人きりの旅はやばい。俺が抑えていられるうちに、仲間を増やした方がいいかも」

 隣のアルトにも聞こえないような小声でつぶやく。

 パチパチと焚火から聞こえる音が会話のない二人の空間に、安らぎを与えてくれている。

「アルト、一緒に本を読むか? 読み聞かせてやるぞ」

 もう一冊残っているのは『剣聖アルゴウスの大冒険〈上〉』であるはずだ。中編だけでは読めないし、先の闘いで意外と有効だったからな、今回もそれが期待だ。

「私だって文字ぐらい読めます。だから一緒に読みましょう」

 子ども扱いに怒ったのか、アルトの口調がちょっと強かった。

 俺の異世界での冒険一日目の最後を締めくくったのは、アルトと体を寄せ合うようにして本を読むことだった。


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