異世界転生のお約束、冒険者に……なりたかった
空気が軽い。
重いというのはよくある表現だが、重くなるものは軽くなることもある訳で、今アルトと俺の間の空気は完全に浮かれている。
俺が軽い気持ちで言った「様付け禁止」のせいでアルトを泣かしてしまったのはきつかったが、そのおかげで二人の関係はかなり改善された。前が悪かったわけではないけどな。
「それは良かったんだけど、これはこれで変化が急すぎると言いますか……」
今まではある程度距離を置いて接してくれていたのだが、今はその距離を物理的に近づけてきている。うさぎを調理しているのだが、何故か焚火の向こう側ではなく俺の隣でやっているのだ。それも触れそうな距離で。
しかも鼻歌歌ったりしてて超かわいい。他の男にはしないように注意とかするべきなんだろうか。
元の世界では小中学生ほどとは言え、可愛い獣耳少女がこれだけ近くにいてドキドキしないわけがない。
こっちは彼女いない歴=年齢だっての。女の子と手をつないだのなんて、小学生の時にやったマイムマイムが最後という男だぞ。それが隣に女の子……
「どうかしましたか、サトル……さん」
こっちを向いてそんなことを聞いてくるのだが、身長差から絶対的に上目遣いになるから心臓に悪い。
……ちょっと意識しすぎだな。
とりあえずここらで、話を変えよう。
「いや、どうやったら冒険者になれるのかなと思って。あいつらは嫌な奴だったけど、やっぱり冒険者にはなりたいんだよね」
異世界に行ったらやっぱり冒険者になりたいと思うのが男ってもんだろう。それに冒険者になれば探している本の情報を手に入れられるかもしれないし。公私入り混じってはいるが、冒険者になる方が良いという判断だった。
私情の方が多いのことは否めないが。
……あれ?
アルトの反応が薄い。というかさっきまでの空気が一変して重くなったように感じた。
「えっと、アルト? 何か変なことを聞いたか?」
「それが……」
アルトは丸めた尻尾を抱えるようにして言いづらそうにしているが、黙っていられるのも怖いので教えてくれるように促す。
「サトル……さんは、冒険者にはなれないんです」
えっ、なれない?
冒険者とは誰にでもなれるものではないのか。ライトノベルでもゲームでもそうだったが、現実はそう甘くはないという事なのか。
「俺が弱いからなのか? それならどこかで訓練したり、そう魔法を覚えたりすれば……」
しかし、アルトは首を振った。
「駄目なんです。サトルさ……んは知恵の女神様から加護を得ていらっしゃるので、冒険者になる条件を満たせないんです」
ティアか。ここでティアの名前が出てくるのか。くそっ。本当にろくでもない。
だけど、条件って何だ。冒険者になるのはそんな難しいことなのか。
「深呼吸しろ、俺。落ち着け」
ふー、よし落ち着いた。
駄目ならしょうがない。何で駄目なのか確認して、どうにかできないか考えるのが先決か。落ち着いて考えて出来ない事なんかない。それはこの前の闘いが証明してくれている。
「冒険者になれるのは武の精霊、もしくは智の精霊から加護を得ていなくてはいけないんです」
それからアルトに精霊についてのことを聞く。
よく分からなかったが、どうやらこの世界には宗教と言うと精霊信仰しかないらしい。
まあ、本当に神と出会うことが出来る世界だ。神の眷属であるらしい精霊を崇めること自体はおかしくはない。直接紙を信仰しないのは、そういう取り決めが昔あったのだとか。
「この精霊っていうのはどういうものなんだ」
「えっと、私はお会いしたことはないんですが、丸いふわふわした下級精霊から、人型を取れる上級精霊に分けられます」
丸いふわふわ……・そんなものを見た覚えがあるような……
「こう丸くてふわふわしてて、光っていらっしゃるそうです」
頑張って表現しようとしてくれるアルトの言っている感じからしても、どうもティアの面倒を見ていたふわふわ毛玉が精霊というものらしい。
てっきりああいう魔物か何かだと思っていたわけだが、もっと格上の存在らしい。何も失礼なことをしてなかったよな、俺。
そして精霊はピラミッド型の力関係をしているようだ。一番上は今は亡き創世神、その次がその子供たる男神や女神、さらにその下に眷属である精霊が続く。精霊は名前の他に二つ名を与えられた人型や動物型を取る上級精霊、名前を与えられ小動物程度の形をとる中級精霊、そして名前を持たないふわふわ毛玉の下級精霊に分けられているらしい。
そしてさらに精霊は使える神毎に大まかに六属性に分けられる。武を司る男神、智を司る女神、知を司る女神、自然を司る女神、獣を司る男神、そして闇を司る両性神だ。
「やっとここまでは理解が出来たんだが、それで何故俺は冒険者になれないんだ」
精霊についてはなんとなく理解したのだが、それでも冒険者になれない理由はつかめない。
説明だけだと女神から加護をもらえた俺は超ラッキー……いやあの怠惰女神では得した気にはならないな。
でも加護がない訳ではないから、どうにかなりそうなものだが。
「はい、六柱の神に合わせ六属性の精霊がいます。ですが、冒険者として登録ができるのは武の精霊か、智の精霊に加護を与えられている者だけなんです」
「俺も知恵の女神から加護をもらってるけど?」
「えっと、私の言っているのは智慧で知恵ではないんです」
よく分からん。これはおそらく自動翻訳が悪いのだろう。アルトの言葉を日本語に変換した時には同じように聞こえているけれど、この国では区別がはっきりしているようだ。
頭の中にコンピュータの画面を思い出すようにして、『知』と『智』を検索するように探す。この方法が一番頭の中の知識を取り出すのには楽だ。
そうやって検索かけてみるとやはり言語教室の本に書かれていた。前者はどうやら料理やら土木技術やらの知識を表し、後者は魔法や数学といった叡智を表すらしい。
ということは、俺は冒険者にはなれないし、魔法を扱うこともできないと。
「マジか! そういえばあのだるだる女神、加護渡す前に自分でいいか確認とってやがったな。あれはこういう意味だったのか」
騙された、というのは言いすぎか。完全にこっちの不注意だろう。
しかしまいった。これから先の旅でモンスターや何だと戦う羽目にきっとなるだろう。その時に戦力がないことにはどうしようもない。
アルトに闘わせるという訳にもいかねえし。どうにか魔法は無理でも剣技ぐらいは……。魔法と剣? そういえばそれを両方使える奴がいたよな。
「待てよ。魔法剣士がいるって言う事は二属性の加護をもらうことも可能なんだよな。それなら……」
いまからでも加護を得られれば……。
しかし、その意見にも首を振られる。
「女神との契約に割って入れるような精霊はいません。ありえるとしたら他の神様でしょうが、難しいと思います」
神級の加護を頂こうとしたら、生まれた時からその申し子として運命づけられていたか、死ぬ気で神級ダンジョンにもぐり気に入られなければならない。ダンジョンを突破したとしても気に入られなければ加護をもらえることも無いらしい。
「ただ聞いた話では、ここ百年は神からの加護を勝ち取った人はいないはずです。だからサトルさ……んはすごいんですよ」
自分より小さい子に慰められるというのは、思ったよりダメージがでかい。
「そうだ。アルトはどうなんだ。アルトが加護を持っていれば、アルトに冒険者になってもらうことは可能だよね」
一気に泣きそうな顔になった。どうやら地雷を踏んだらしい。
こういう時にスマートに何かしてあげたり、声をかけてあげれればいいんだが。俺にはちょっと荷が重い。
おろおろしている俺を見て、ぷっとアルトが噴き出した。
良かったとため息をつく。
「ごめんなさい。獣人は基本的に獣の神に仕える精霊からしか加護をもらえないんです。努力によって他の加護をもらえることもありますけど」
「そうか。まあ、結局のところ冒険者になることはできないということか。そうすると、情報得たりとかは難しくなりそうだ」
冒険者ともなれば本に関する情報が手に入るんじゃないかと思ってたけど、そう甘くはいかないようだ。
転生したらチートで無双は幻想の世界にしかないらしい。現実はどうにか死なないように逃げ回るしかなさそうだ。
「こっち来ても駄目駄目だな」
小さく呟く。自分で言って、自分が悲しくなった。
ため息をつきそうになったその時、
「そんなことないですよ。知恵の女神様の加護だって素晴らしいです」
アルトが笑顔で癒してくれる。
一人じゃなくてよかったと、つくづく思った。
そう、俺は知恵の女神から知恵を授かった勇者なんだ。冒険者になれない程度のハンデは、知恵一つで乗り越えてみせるさ。
「俺、強くなるために素振りでもするわ」
魔法が無理なら剣術。剣なら加護があろうがなかろうが、ある程度はどうにかなるだろう。だから素振り。剣術と言ったら素振りっていうのは安直か?
でもこれぐらいしかわかんないしな。やるしかないだろう。
アルトと話している間に足の方も痛みが少し引いていた。素振り程度なら大丈夫だろう。
俺はお手製の刃を貯蔵庫から取り出して握りしめ立ち上がる。
とりあえず百本ぐらい振るか。アルトの前でかっこいいところを見せるためにこれぐらいはやってやる。
目指すのはアルトを護れるだけの力を手に入れた本当の勇者の姿だ。
と、かっこつけて考えてみたのはいいものの、俺じゃたかがしれてるよな。
アルトから離れて岩がごろごろとした辺りに行く。
「これぐらいの岩が手頃かな」
腰の高さほどある岩の前に立つ。
もしかしたらさっきの話は冗談でこれぐらいの石が叩き切れたりできるんじゃないか。
無理だってのは分かってるけどさ、それでもやっぱり諦めきれない。だって俺は嘘みたいだけど異世界に呼び出されて、女神様(ダメな女神だけど)から加護もらって、可愛い女の子助けて、冒険者を倒したんだぜ。それだけやって俺には何の力もないとかさ、信じたくねえよ。
「だから万が一の可能性に賭ける」
この世界のものじゃなくて、もしかしたら俺本来がもってる才能がここで開花するかもしれない。
俺は短い刃を学校の剣道でやったみたいに何とか両手持ちにして構えてみる。
すごい不格好だ。
やっぱり俺には才能とかはないのかもしれない。それでも、やる。
俺は一気に両腕を岩目がけて振り下ろした。
「……」
刃は少し刃こぼれし、固い物を叩いた反動で腕はジンジンする。
「そりゃ、駄目だよな」
岩は何もなかったように佇んでいた。
「傷一つつきやがらねえ」
駄目だった。分かりきったことだけど、駄目だった。
やっぱり俺が勇者なんて無理なんだ。アルトの前でかっこつけるのすら満足にできないような俺が、勇者に憧れたってなれるはずなんてなかったんだ。
「こうなるのは分かっていたはずだろ。じゃあ、じゃあなんでこんなに悔しいんだ」
元の世界にいたころは何に打ち込むこともしてこなかった。どれも中途半端で、スポーツもそこそこなら何か一つに打ち込んでオタクにもなれないような人間だ。
でもこの世界なら、異世界でなら変われると思った。いや、それは元の世界でも同じだ。
俺はやればできるんだと。一つに集中すれば瞬く間に変われるんだと思っていた。
でも俺は動き出さなかった。
この世界で俺は変わった。
安いヒロイズムでもいい。アルトを護るために強くなりたいと、勇者になりたいと思えた。変わりたいと強く願ったのだ。
「変わりたいなんて意思一つじゃ、何にもできやしねぇ。ここにきても中途半端は変わらねえか」
結局俺は異世界に来ても、どこぞの漫画の主人公よろしく特別な人間になんてなれない一般人なんだろう。
「はあ、それでもさ。止まりたいとは思わねえんだから、アルトは偉大だよ」
男子高校生頑張らせようと思ったら、可愛い女の子で釣ればいいってことか。
自分で言って自分で笑って見せる。
「釣られちまったんだから、頑張るしかないよな」
片手でお手製の刃を握って勢いよく振り下ろす。
ガガガ
痛っ!
頭にノイズが走った。割れた画面で見るような映像が脳裏に走る。
ガガガ
目の前に 巨大な岩のような何か
ガガガ
振り下ろされる長くそれでいて細い両刃の剣
ガガガ
切り飛ばされた何かが飛んでいく
ガガガ
地面が揺れる
気付けば軌跡が走った。
「えっ……?」
刃が砕けた。
腕は痺れて握力が無くなったようだ。
そして、岩はすっぱりと二つに斬られていた。
「へっ?」
何が起きたんだ?
アルトが飯が出来たと伝えに来るまで、岩と手を交互に見続けていた。