出発それは絆の確認
ここから第二章になります。第一章で出した本『剣聖アルゴウスの大冒険』に関する話になる予定です。
知恵の女神であるティアとの約束を果たした俺だったが、その時のどさくさで元の世界に帰る方法をなくしてしまった。だから途中で知り合った獣人の少女アルトと共に、ダンジョンを飛び出して行くことになったのだが、あの冒険者をぶちのめしてから数日はティアに頼んでダンジョンで旅の準備をさせてもらっていた。
特に俺とアルトは服をほとんど所持していなかったから、それをもらえたのはありがたかった。ただもらうときにあの空を飛ぶふわふわ毛玉の上に乗っかってたもんだから、服が空中浮遊しているように見えて盛大に驚いたのはアルトには秘密だ。
他にも今アルトの首にかかっているネックレスもティアがくれたものだ。小さな金の台座に真紅に輝く金属でデコレーションされたような不思議な形状をしたそれは、アルトのモンスターを呼び寄せる異常体質を抑える効果があるらしい。
あのだるだる女神もたまにはいい仕事をするようだ。本当にたまにだが。
俺にもまた追加で四冊ほど本を与えてくれた。この本もどこか旅の途中で確認しなければならないだろう。一応こういった本がいいと希望を出しておいたんだが、あのひねくれた性格でそんな親切なことをしてくれるかどうか。
ただ一冊は先にもらっていて、その名も『グリフィス製魔導書試作品№26 アルサイムの貯蔵庫』である。これは一ページごとに一種類のものをいくらでも入れておくことが出来る超便利な本だ。ページは全部で千ページあるため、千種類までなら一冊で持ち運ぶことが出来る。それもページにしまうことで入れたものの劣化を防ぐことが出来るという付属効果もあるから驚きだ。しかし、この本には一つだけ難点がある。それは重さ。何故かこの本は入れたものの重さの分だけ重くなるのである。これではある程度のものを入れたところで、せっかく持ち運びもしやすい様に本にしたのに意味がなくなってしまう。それで試作品の一作しか作られていないのだそうだ。
それを何故ティアが持っているのかは知らないけど。
「俺が使う分にはそのデメリットはないんだよな。頭の中に重さを無視して入れておけるから」
そう、とてつもなく重い『剣聖アルゴウスの大冒険〈中〉』を入れていても苦痛ではないという事は、頭に入った時点で本の重さはなくなるという事だ。試してみたら頭の中にある状態でも物の取り出しが可能だったので、ティアに頼んだのだ。
そう簡単には首を縦には振ってくれないと思っていたが、意外とすんなり渡してもらえた。付け足すと名前にあるアルサイムというのは、世界中の宝を手にしたという伝説の男の名前なんだとか。
でもよくこんな本を簡単にくれたよな、あのだるだる女神が。……そうか、この本読むとこねえもんな。知恵の女神が満足するものではないか。魔導書とは言え突き詰めればカバンと一緒だからな。
よし、説明口調での現実逃避はここで止めるか。まだダンジョンを出てすぐのところだしな。早く出発しないと夜までにアルトが教えてくれた宿泊予定の村に着けなくなるだろう。
(しかし、道がないというのは誤算だった)
よく考えてみればティアのところにはほとんど人が来ないって言ってたもんな。人が来なければ道がないのも当然か。
本当にティアは駄目な女神だ。できればもっと気品があって優しくて、イージーモードで異世界召喚してくれる女神が良かったぜ。
「道がないとなると、どっちに進めば村があるんだか見当のつけようもないな」
ダンジョンの祠の様な出口の先には草原が広がっている。ひざ丈ほどの草がさわさわと風になびいている姿は、途方に暮れている状況じゃなければ美しかっただろう。
今は、馬鹿にしているようにすら見えるけどなっ!
心の中で唸っていると、隣にいたアルトが裾を軽く引っ張った。
獣耳美少女が上目づかいで見ながら、裾をちょんと引く。これ男の夢の一つだよね。
感涙にむせびそうになるのを抑えながら、アルトにどうしたのか聞いてみた。
「えっと、私は一度歩いてここまで来ているので、そこを辿れば村まで行けますよ」
「ほんとっ! それじゃ道案内お願いできる?」
「はい、サトルさま。お任せください」
急に張り切りだすアルトは可愛い。だけど口調が固いんだよな。もっと自然体で会話できるようになるといいんだけど。
「まあ、まだ旅は長い。どうにかなるでしょ」
獣人のため耳のよいアルトが、振り返って何のことかと不思議そうにしている。俺はそれに何でもないよと手を振って、アルトの後ろについて行った。
腰にはお手製の刃をさし、可愛い獣人の少女アルトを仲間にして俺の冒険が始まるのだ。鼻歌でも歌いたくなる気分だ。そう経たないうちに鼻歌なんて余計な体力を使ってられなくなったけど。
意外と草原というのは歩きにくい。草が邪魔だというのもあるし、足元が見づらくて転びそうになることもしばしなだ。こうなってみるとアスファルトの道は良かった。自転車で走り抜けるのも簡単で歩きやすい。年末になるとよく工事しているのを見るが、その度に必要なくね、と思っていたことを反省したい。やっぱり整地された地面が最高だ。
そう言えば、自転車はきちんと整備できるだろうか。森の中や荒野を走り回り、最後には燃やされてしまったせいで自転車はボロボロの状態だ。一応貯蔵庫に入れて頭に保管してはあるけど、この世界ではもうどうしようもないかもしれない。おそらくオーバーテクノロジーになると思うから、これで一発当ててやるという事も考えていたのに、残念だ。
「今ほど自転車が欲しいと思ったことはないな。俺に引き換え良くアルトはそんなに元気だね。一旦休憩しようよ」
もう足がぷるぷるだ。歩幅が全然違うから女の子の歩く速さに合わせる、という彼女いない歴=年齢の俺でも知っているテクを発揮してやろうという考えの浅はかさと言ったら無かった。アルトが速すぎて、置いてかれるのは俺のほうだ。
もう歩き始めて三時間ほどたっていた。この辺りはまだ女神であるティアの加護が届く範囲らしく、俺を襲ってくるような魔物はほとんどいないとのこと。索敵だなんだと始終警戒しっぱなしという訳ではないが、戦ったりしなくても歩いているだけで疲れは出る。帰宅部だった俺としては一度休憩を取りたかった。
「はい、サトルさま。ですがこのペースですと今日中に村に着くか……」
アルトが心配そうな声で言った。どうやら俺は急いで歩いているつもりだったが、それでも冒険者などに比べてかなり遅いようだ。アルトは村まで一日と言ったが、それは冒険者のような者にとって一日という事だったのかもしれない。遅くしているアルトよりさらに遅い俺はどうすればいいんだろうか。
まあなんにしても、その速さで歩くことは俺には相当きついだろうな。
「アルトには悪いけど、今日は野営しよう。だから、ちょっとだけ休憩させて」
アルトにかっこ悪い姿を見せるのは男の矜持的に嫌だけど、長く旅をしていくことになるんだ。気を張っていてもしょうがないか。
いや、待てよ。奴隷から解放されたアルトはもういつでも逃げられるわけだ。
こんなかっこ悪い人だとは思いませんでした。ここでお別れです。とアルトが言って立ち去る姿を妄想してしまう。
こんなことになったら大変だ。一人で見知らぬ異世界は難易度が高すぎる。
「サトルさまがお疲れなら……」
アルトが優しく言うのに、俺は割り込んだ。
「いや、大丈夫。まだまだ元気さ。アルトが歩けるようならこのまま村まで行こう。俺の足はまだ全然大丈夫」
「そうですか? 足が震えて辛そうですけど」
大丈夫だと見せるために、にっこり笑って見せる。ぎこちなくなっては……いないはず。
それで安心したのかアルトはまた歩き出した。
……二時間後、足の痛みに耐えられずギブアップ。かっこ悪い姿をアルトに見せてしまった。
東京マラソンとかで途中で抜けていく人たちも今の俺と同じ気持ちなんだろうな。
しかし、アルトが慌てて看病してくれたので、これはこれで良し。
今日はそのまま近くを流れていた川の岸辺で野営をすることにした。
「サトルさま、足は大丈夫ですか。私が無理をさせてしまったばかりに。足をおもみしましょうか」
うーん、やっぱりアルトは真面目すぎる。今回はどう見たって俺がアルトにかっこつけようとして失敗した、ただの自業自得だ。それなのにアルトに足をもんでもらうというご褒美はいただけない。
アルトにはもうちょっと気安くしてもらいたい。どうすればいいんだろうか。気が向くとそんなことばかり考えている。
「大丈夫。ちゃんとイポモの葉を張っておいたから。明日には足の痛みは取れてるよ」
この『イポモ』はティアのダンジョンに生えていた植物で、すっと堅い茎が俺の腰ぐらいまで伸びていて上の方に手のひら大の葉をつけている。その葉には身体の疲れを取る効果があり、張っておけば筋肉の張りとかを取り除いてくれるのだ。
こういうのがすぐに取り出せるのも『アルサイムの貯蔵庫』のおかげだ。
「それならいいのですが。では今ご飯作りますね。サトルさまはゆっくりしていてください」
そう言うとアルトは俺が頭の中の貯蔵庫から取り出したうさぎ肉を調理し始めようとした。
俺の代わりにいろいろやってくれるのはありがたい。でも、これじゃまだアルトは奴隷みたいだ。
「アルト、様付け禁止」
「へっ、急になにを」
驚いたからかいつもの堅い口調がちょっとだけ取れてて、やっぱりこっちの素のアルトの方が可愛いな。
「それと、敬語も禁止」
「はう、それは、ああ」
アルトが見たことがないくらいテンパっている。うさぎを調理するために持っていたナイフを、無意識に振り回していて近寄れない。
「俺はまだ会って少ししか経ってないけど、アルトのこと大切に思ってる。アルトだって家族みたいに思ってくれてるなら、もう少し距離を詰めてくれないか」
これで大丈夫か? 変な誤解とか、きもいとか思われてないか。
こっちの世界に来てから、臭い台詞が止まらない。何だ黒歴史の再到来なのか。
顔は優しさあふれるという感じにしながら、心は大荒れだ。何も言わずに静かにしている分、余計に怖い。
「……でそ……優し……」
「えっと、アルト……」
何か下を向いてぶつぶつ言っているようだが、声が小さいせいで聞こえない。
俺への罵倒の言葉だったらどうしよう。そういうのをご褒美だと思えるような神経回路は持っていないのだが。
「……何でそんなに優しいんですか」
アルトの口から出てきたのは、はいでもいいえでもなければ罵倒の言葉でもなかった。それはきっと俺と一緒に行動し始めていた頃からくすぶっていた想いだと思う。それが何故かここで爆発したんだ。
「私はモンスター引き寄せて、親を殺して、買われた先の冒険者も何人も殺して、それでも死ねなくて生きてきた獣人奴隷です。知恵の女神様に選ばれた勇者であるサトルさまに、本当なら近づいてもいけないんです」
叫ぶようにして、自分を傷つけていくアルト。
俺は何も言わずただ内からこみ上がる感情を抑えることしかできない。
「なのに……なのにサトルさまはこんな私を大切にしてくれて、人のように扱ってくれて、だから私はサトルさまのために出来ることは何でもしようって、ダンジョンにいた数日でそう考えたんです」
恋人になりたいとか思い上がってて……。
最後の方は涙のせいでかすれてしまって聞こえなかったけど、それでもアルトが俺のことを良く思っていてくれるのが分かった。内から現れる俺の感情が少し溢れ出す。
超嬉しい。俺、愛されてる。
「いや、良かった」
「な、何がいいって言うんですか。私は、私は」
アルトが何か言おうとしているが、もう言葉になら無いようだった。
「俺はアルトが俺のことを嫌いだから距離を取ってるんじゃないかと思ってたんだよ。だから良かった」
俺は癖になってしまったようで、優しくアルトの頭をなでてやる。耳がふさふさで気持ちいい。
「そんなサトルさまを嫌うなんて……」
「アルトは言ってくれただろう。俺のことを勇者だって」
ああ、この雰囲気駄目だ。臭い台詞しか出てこない。でもそういうのが必要な時もあるよな。
「勇者だからさ、アルトのせいで死んだりはしない。それに俺は頼りないからな。どっちかって言うと俺の方がアルトに迷惑をかけることが多そうだ」
「迷惑なんて、そんな。頼りなくなんて……」
「俺のこと頼りなくはないと思ってくれるならさ、もっと頼ってくれていいよ」
こくんとアルトは頷いた。
何だか無性に嬉しい。頭を撫でる強さをつい強くしてしまって、アルトの髪の毛をぼさぼさにしてしまう。
「アルト、髪の毛ぼさぼさだな」
「なっ、それはサトルさまがっ!」
俺は両腕をバッテンにする。
そういえばジェスチャーとかどれぐらい通じるんだ?
元の世界でも国によってその辺に違いがあったはず。
「サ、サトル……さんが……」
どうやら意味合いは無事通じたらしい。
恥ずかしそうに言い直していた。まあ、呼び捨てはまだまだ無理そうだけど。
「うし、それじゃこれからはもっと仲良くな、アルト」
「はい、サトルさま……さん」
やっぱりまだまだ難しいな。敬語禁止はまだ先の話だな。
でもアルトとの絆が一層深まったように感じた。