003話 和歌山瑞希-3 絶叫と達観
「先輩、ここなんなんですか?」
白く丸い、小さいアザラシの亜人種が目の前の大量の鎖でしっかり栓をしている空間を見て先輩らしき同種の亜人種に問いかける。
「ああ、ここは時空封。 ボクらの仕事はここの栓が抜けないことをしっかり見張る仕事さ」
「あのコルクみたいな栓が・・・・。 あんまり聞きたくないですが万が一抜けることがあればどうなっちゃうんでしょうか?」
「そりゃあ大変なことになるよ」
「大変?? 具体的には?」
「うむ。 ボクもよくわかってない」
「な、なんですか、それ?」
「末端であるボクにそんな知識があるわけないだろう。 唯一わかってるのはあの栓が抜けたらボクらの物理的に首が飛ぶ」
「ぶ、物理!?」
「だからボクらはあの栓が抜けないようにしっかり見張るのが仕事なのさ」
「なるほど。 あの栓が抜けちゃったらボクら仕事なくなっちゃうわけですもんね。 でも誰が何のためにこんな栓を作ったんでしょうね?」
「知らんよ。 まあ、この栓があるおかげでボクらはご飯が食べれる。 それでいいじゃないか」
「いいんですか?」
「ピュー太君。 いいかね、世の中には知らんでいいことがたくさんある。 それはそのひとつさ」
「ふうむ・・・・」
ピュー太と呼ばれた亜人種はまじまじと時空封を見る。
「これってどうやって抜くんですかね?」
「!!」
先輩は驚いた顔をしてピュー太をみる。
「君は何てこと考えるんだ!? さっきボクが言った事聞いてなかったのか? この時空封が抜かれてしまったら上層部によって責任取らされて首が物理的に飛ぶんだぞ!?」
「ええ。 だから抜き方を知れば事前に予防や対策できますよね?」
「だから抜けるなんてことは万が一にもあっちゃならないんだよ!! ボクたちが美味しく何事もなくご飯を食べるために抜けてもらっちゃ困るの!!」
「先輩、思考が停止してますね。 だからこそ聞いてるんですよ。 ボクだって首をこう易々と飛ばしたくないから張れる対策はしておこうとしてるんですよ」
「考えたことも無いよ、そんな恐ろしいこと」
「先輩は危機意識足りないんじゃないですか? どうやったら栓が抜けてしまうとか、万が一抜けてしまった場合の対処方法とかなんも情報がないってよくそんなあやふやな状態で勤務してますね。 これは本部に問い合わせてでも知っておかないと万が一のときなんも対処できないですよ」
「五月蝿いな!! いいんだよ、この仕事は言ってしまえば窓際の使えない奴がやる仕事なんだ!! 抜けることなんて想定はされてないんだよ!! だからそんなマニュアルなんかないんだ!!」
「・・・・・・・・・・・・・先輩、そんなに顔真っ赤にしなくても」
「うるさい!!うるさい!!!」
だめだ、こりゃ・・・・・、とピュー太は思った。
ここが確かに組織の窓際がやる仕事だというのは自覚していた。
自分もしょうも無いミスをしでかし、ここに飛ばされた立場だからわかる。
それでも仕事の意義くらいは欲しいと思うのはピュー太が若いからか。
「ん?」
時空封の栓が輝きだす。
「先輩、なんですか、これ?」
「自分で調べるなり本部に問い合わせればいいだろ!! ボクは怒ってるんだから話しかけるな!!」
先輩はそうとうピュー太におかんむりらしく、ふて腐れて雑誌を読んで時空封には目もくれなかった。
「たまにこういう風に輝くのかな?」
ピュー太は今日が初勤務なためこれが異常なのかいつものことなのかわからなかった。
栓から発する輝きはどんどん光量が上がっていく。
そして、鎖が次々と千切れていく。
「・・・・・・・・・ああ、ヤバイ。 どう考えてもこれ異常じゃないの!?」
「眩しいよ!! 何してんの、新人!!!」
やっと先輩が雑誌を投げ捨てこっちにやってきた。
「な!?」
やっとやってきた先輩が絶句した。
「な、なんで早く呼ばないの!!」
先輩はピュー太の頭をポカっと殴った。
「痛!?」
理不尽だ・・・・・、ピュー太は最初の時点で報告したのに。
「で、これどういう状況なんです? ボクらはこの事態に対して何をすればいいんです?」
ピュー太は今日始めて配属されたてほやほやのため何もわからない。
「ボクが聞きたいよ!! ああ、どうしてこうなった!?」
先輩は目の前の事態にオロオロするばかりだった。
繋がっていた鎖は全て砕け、栓だけが残る。
そしてその栓もゆっくりと抜けようとしていた。
「あああああああ、抜けるな!! 抜けるな!!」
先輩は自動的に抜けようとする栓を力任せに押そうとする。
ピュー太もそれに習い、力任せに押し返そうとするも
「わ、これ、ムリですよ。 明らかにボクと先輩の合計力量と抜けようとする力量が桁違いに違います。 こりゃ抜けますね」
「暢気に解説してる場合か!! さっきも言ったよな、これが抜けたらボクら職を失うどころか、物理的に首が飛ぶって!! やだああああああああああああああああ!!!!! しにたくないいいいいいいいいい!!!」
先輩の悲痛な絶叫がピュータの耳を劈く。
「うるさいですよ、先輩。 そんな汚い悲鳴、ボクの耳元で喚かないでください。 鼓膜が破れたら労災で払ってもらいますよ」
「だあああああああああああああ、もううううううううううううううう!!! 真剣に押せよ!! イライラするなああああああ!!!」
先輩の健闘むなしく、栓はポンっと心地よい音を立てて抜けてしまった。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
先輩は腰を抜かす。
栓の先は真っ黒な空間が漂っていた。
真っ黒だった空間はどんどん白く明るく輝きだす。
そして、ピュー太の前に三体のヒューマンタイプが姿を現した。
うずらは腰を抜かす亜人種とぼうっとこちらを見る亜人種を見やり
「ピューイ族か。 どこの世界にもいるもんだね」
そうつぶやいた。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
腰を抜かしてるピューイ族が絶叫に近い悲鳴を上げる。
「抜けた!!! 抜けてしまった!!!!!」
腰を抜かしてるピューイ族は天を仰ぎながら叫び散らす。
「抜けた?」
うずらはその言葉の真意を探ろうと周りを見渡す。
大きなワインのコルクのような栓と、先ほど自分たちが出てきた穴。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・さて、美紀。 ここはどこだい?」
そううずらから聞かれた美紀はきょとんとする。
「どうやら君の送還術のせいで彼らにとってはとてつもなく悲惨な状況を作り出してしまったようだが・・・・・・・?」
「うずらちゃんみたいに状況把握できてるわけじゃないけど、なんかごめんなさい?」
「ごめんで済むかあああああああああああああああああああああああああ!!!」
美紀の謝罪に対し、腰を抜かしたほうのピューイ族は絶叫する。
「でもこうでもしないと私たち殺されていたから緊急避難適用ってことで許してくれます?」
「お前らが助かってもボクらの首が物理的に飛ぶんだよおおおおおおおおおおおお!!!!」
「ふむ、とりあえず落ち着いてくれ。 でないと話が進まない」
「コレが落ち着いてられるかああああああああああああああああああああああ!!!!」
うずらがギャースカピーピー喚いてるピューイ族を宥めようとするも埒が明かなかった。
うずらはため息をつき、こっちをじっと見ているもう一人のピューイ族のほうを向いた。
「状況の説明は出来るかい?」
「んーとね、ここは時空封の間といってボクたちはここの栓が抜けないように見張る番人なんだ。 で、さっき栓が抜けちゃってお姉さんたちが出てきたところだよ。 この栓が抜けたらどうやらボクたちの首が物理的に飛んでしまうくらいまずい事態らしいんだよね」
「らしいんだよねって、えらい人事のように言うね、君」
「抜けちゃったっていう結果は変わらないしね。 もはやどうにでもなれって諦めの境地だよ」
「達観しすぎでしょ・・・・・・・・・」
瑞希がボソっと呟く。
「達観じゃないよ、諦め。 ボクの人生ここで終わりかぁって思えばそりゃボクみたいに冷静になるか先輩みたく発狂するかのように吼えるかのどっちかと思うけど」
「だってよ、美紀。 君の適当に指定した座標がここじゃなかったらこの哀れなピューイ族はこうはならなかった。 どう落とし前つけるの?」
「・・・・・え、えと、えと、ごめんなさい」
「まあ、聞けばお姉さんたちもここに来なかったら殺されてしまう事態だったんでしょ? ま、しょうがないよ。 とりあえず先輩、栓が抜けてしまったのは事実ですから本部に連絡しますね」
「待てええええええええええええええええええええええ!!!!!!」
「なんですか、先輩。 往生際悪いですよ。 どうせ黙っていても交代の人が着たらばれるんですからここは潔く報告したほうがいいんじゃないです?」
「報告したらすぐに憲兵のくそどもがやってきてすぐボクたちを拘束し首をはねてしまうわあああああああああああああああ!!!」
「な、なんとかならないのかな?」
瑞希は二人のピューイ族の対照的な絶望を見て美紀とうずらに問いかける。
美紀は残念そうに首を横に振る。
「すみません、先輩。 あの栓のからくりとあの穴の因果が一切わからない以上、私の力じゃなにもできません」
「さすがにボクもお手上げだ。 穴をぶち抜くことは出来るが修復するのは得意じゃないんだよ。 そもそも修復とか得意そうな美紀がお手上げな以上、ボクに提案できることは逃げることだけだね」
「逃げる?」
「この栓、意図的に閉じられていた。 つまりこれはだれかが何かの目的があってここに封をするように閉じていたというわけさ。 そしてこのピューイ族たちはこの封が解けると首をはねられる。 つまりこの封が開くことを良しとしない人たちがいるってことさ」
「ん? 待って?? じゃあその封を開けちゃった私たち、まずくない?」
「うん、だから逃げようと提案している」
「逃げるってどこへ?」
「んーーー、また別異世界にでも逃げれば大丈夫なんじゃないかな。 異世界の存在を知る人なんか一握りだろうしね、異世界に逃げ込めれば早々おってこれないだろうし」
「無駄だと思うよ」
達観したピューイ族はうずらの提案を一蹴した。
「君たちはどうやら別時空から来た人たちみたいだね。 確かに他の世界ならその理屈で逃げれると思うけどこの世界においては無意味だ。 いいかね、この世界の住民は何を血迷ってるか知らないけど自分たちを時空の管理人と自称する連中なんだよ」
「というと?」
「この世界は君たちの言う異世界の存在を認知し、広く研究してる世界なんだよね。 事実ボクが通ってたアカデミーでも時空論の科目は必修だったし。 この世界の住民は自分たちを時空の管理人と自称するほどの傲慢な連中で、時空の理を手中に収め自分たちが都合よく管理しようとするとんでもない連中なんだよ。 だから君たちが異世界に逃げたところで容易に追ってくる手段を持ってるということさ」
達観したピューイ族は皮肉めいた顔をして言った。
「血迷ってる・・・・・、傲慢・・・・・・、自称・・・・・・・。 君の言い方棘があるね。 この世界の住民ながらこの世界に嫌悪感を持ってるの?」
うずらは達観したピューイ族に言った。
「この世界の住民っていうのは否定するよ。 ボクは元々この世界の住民じゃない。 ボクは別の世界の住民だもの」
「ん? 別の世界の住民?」
「うん、ボクは元々この世界の住民によってこの世界に連れ込まれたものだからね」
「なるほど、あなたはこの世界の住民によって召還されてしまったわけですか。 で、帰る術もないからこの世界に居ついていると・・・・・」
「帰る術はあるよ。 でも帰れないだけ」
「?」
「ボクの世界、もう無いからね」
「無い??」
「うん、この世界の連中によって壊された」
「壊された!?」
「そう、そういうことを平気でやってのける連中が住むのがこの時空さ」
「じゃ、じゃあ君の親御さんや、家族、友人たちは・・・・・・?」
「ま、死んだことすら気付けない一瞬のことだったから苦しまずに逝けただろうね」
「ひどい・・・・・・」
瑞希がその話を聞いて涙を流す。
「? どうしたの、お姉さん。 おなかでも痛いの?」
「ひどすぎるよ、それ・・・・・・」
「変なの。 なんで人事なのに泣くの?」
美紀が達観したピューイ族をそっと抱きしめる。
「な、なに? なんなの??」
「そりゃ達観もするか。 目の前で吹っ飛ばされるとこ見たんだろ、君・・・・」
「そうね、見せしめって言われてポチッとボタンひとつで吹っ飛んだよ」
「君、名前なんていうの?」
「ん? ピュー太だよ」
「そう、ピュー太・・・・・、小さいのに、こんなに小さいのに・・・・・なんていっていいか言葉が出てこないよ」
「何々?? なんでお姉さんたち泣いてんのさ? なんかボクが泣かしたみたいじゃない、やめろよ」
うずらが腕を組みながらピュー太に聞く。
「さっき見せしめっつってたよね。 何したの君?」
「うずらちゃん!!」
美紀が無遠慮な質問をするうずらを咎めるように言う。
「時空をひとつ吹っ飛ばすってのはちょっと詳しいものならその危険を熟知してるはずなんだよ。 その世界が終焉に終われば連鎖的に近隣の時空の均衡が崩れ、下手したら自分の世界にも多大な影響があることくらい理解できる。 その影響を抑える技術や術があるとしても莫大なエネルギーが必要なはずだよ。 それを実行するには実行させるだけの理由が必要。 お金やら労力が大量に動いてるはずだから君一人に嫌がらせをさせるためだけに世界ひとつ吹き飛ばそうなんて結論になるとは思えない。 良心じゃなくリスクによってブレーキがかかるはずなんだよね」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「黙秘か、結構。 君が何をしたかなんて正直重要じゃない。 君が何かしたから伝家の宝刀を抜いたってことがわかればいいよ。 個人的には君が何をしたかはすっごい興味そそられるけど、そう簡単にぽんぽん出来る手法で無いってことがわかったからこの場はいいよ」
「回りくどいね、うずら。 で、結局何か掴んだの?」
「ま、ね。 ボクたちがいた世界も吹っ飛ばされてしまうんじゃないかって危惧したけどそうそう無い事態だとわかったから今回はそれでいいよ」
「ま、それは査問委員会が決めることだな」
いきなり背後から男の声が聞こえてきた。
三人は声のほうを向く。
「時空封が解かれたか。 解いたのはそこの異次元のお嬢ちゃんたちか・・・・。 で、管理者の君たちは時空封が解けたのになぜ報告しないのかな? ん?」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
腰を抜かしたピューイ族は怯えたような悲鳴を出す。
「ふむ。 言い訳はあるか、管理者?」
「ぼ、ボクは!!! ひ、必死にいいいいいいい!!! 必死にいいいい止めようとしたんだあああああ!!! ボクは悪くない!! ボクは悪くないいいいいいい!!!」
「だが現に時空封は解かれた。 しかも解かれてからだいぶ時間がたってるみたいだが、君たちからの連絡は一切なかった。 これはどういうことかね?」
「だ、だって!! だってえええええええ!!! 言ったらボクたちく、首を!! 首をおおおお!!!!」
「ま、そういう契約だったな。 しかし万が一封が開く前に連絡すれば避けれたかもしれない事案ではないかね? そのために君たち管理者を置いてるんだが?」
「ち、ちがう!! ちがうんだあああああああ!!!」
「ま、いいか。 おい、管理者二人とお嬢ちゃんたち三人を拘束しろ、後は査問委員会に託そう」
男がそういうと男の背後からたくさんの兵隊たちがどやどやと入ってくる。
「いいいいいいいいいやああああああああだあああああああああああああ!!!」
兵隊たちは五人をあっという間に制圧した。
「あああああああああああああ、違う。 違うんですうううううううううううう!!!」
「さっさと歩け!!」
「死にたくないいいいいいいいいいいいいいいいいい!!! 助けてくださいいいいいいいいいいいい!!!!」
「ぎゃあぎゃあうるさい!! おい、猿轡!」
「は!」
絶叫を上げ続けるピューイ族に兵隊たちは猿轡をすばやく装着する。
「んぎゃまあああああああああああ!! んごもおおおおおおおおおおおおおおお!! むごおおおおおおおお!!」
猿轡をつけてもあんまりうるさいのは変わらない。
「・・・・・おい」
「は!」
兵隊たちは注射器を取り出し、ブスっと叫び続けるピューイ族に注射をした。
注射をした瞬間、ガクリと崩れ落ちるピューイ族。
「な、なにしたの!?」
「ふん、殺してはいない、今はな・・・・・・。 お前たちもあんまりにも騒ぐのなら・・・・・」
兵士は注射器のノズルを押し、針から謎の薬品を噴出させる。
「騒がないよ・・・・。 ここはおとなしくついていこう」
うずらがそう言って美紀と瑞希、そしてピュー太をみる。
三人はうずらに従い、おとなしく連行されて行った。
やー、きもちいいくらいの絶叫ですね。
見苦しい表記になりましたが、こういうキャラ嫌いじゃない・・・。