絶体絶命
遥か雲の上に佇む空中庭園。
宮殿はその上で、更に数センチほど浮遊していた。
地面との接点がないその宮殿は異様な光景だった。
「ここが、空中庭園の宮殿だ。僅か数人だが天空人が住んでる。奴らは、非常に臆病な種族だ。刺激のある行動は慎むんだな」
ドーガは、声のトーンを落とし、時折イシュケルを見ながらそう言った。
「ふん。俺に言っているのか? これでも、常識は弁えているつもりだ」
ドーガの視線に感ずいたイシュケルは、そう言い返した。
「なら、文句はいわねぇ。イセリナ、確か伝説の武具は天空人に預けてあったはずだ。早いとこ、回収だ」
「ええ」
イセリナを先頭に、宮殿の中になだれ込む。
石造りのせいか、中はひんやりとしていた。
長い廊下を抜けると、巨大なホールに辿り着く。
人影はない。
「おかしいな、以前来た時は確かにいたんだけどな。こう、背中に羽の付いた……」
ドーガは、両手いっぱいに広げ説明するが、厳ついその腕ではイメージがつきにくく伝わりにくかったのか、四人はドーガから視線を反らした。
「と、とりあえず、誰かいるか探しましょう」
イセリナがそう言うと、それぞれ手分けして天空人を探し始めた。
「誰かいませんか~」
五人は、声を枯らすほど、叫んだが天空人の姿は確認出来なかった。
佇む五人の前に、燭台の火だけがユラユラと寂しげに揺れていた。
「何かあったのかな?」
暁がそう言うと、イセリナは兜をかぶり直しながら言った。
「もう一度、探してくるわ」
その言葉に続くようにイシュケルも言葉を言い添えた。
「何かあるといけない。俺も行こう」
イシュケルの言葉にイセリナは頷いた。
「気を付けろよ」
ウッディがそう言うと、イセリナは笑顔で返した。
広い宮殿内を、イセリナとイシュケルは再びくまなく探索した。
言葉を交わすことなく、足音だけが響き渡る宮殿内。
「……て……けて……」
「今、何か聞こえなかったか?」
通常の人間より敏感なイシュケルの聴力は、何者かの声を仕留めていた。
「わからないわ……私には聞こえなかったわ」
イセリナは聞き取ることが出来ず、イシュケルにそう返した。
「……けて……助けて……」
「間違いない、こっちだ」
イシュケルは、そう言うとイセリナの手を握り走り出した。
イセリナは、状況が把握出来ないまま、イシュケルと共に走り出す。
繋いだ手の温もりにイセリナは顔を赤らめる。
イセリナは自分でもわからなかった。
息が上がって、頬を染めたのか、それとも……。
イセリナが、それを確認する間もなく、イシュケルは走るのを止めた。
繋いだ手はほどかれる。
「ここから、聞こえた」
イシュケルは、宮殿の一室の扉を開けると、鎖に繋がれた十歳くらいの子供が泣きじゃくっていた。
背中には大きな翼。
恐らく天空人だろう。
「今、助けるぞ」
イシュケルは、指先の爪を尖らせ鎖を引きちぎった。
「もう大丈夫だ」
イシュケルが天空人の子供を助けると、後方からおよそ人の声とはかけ離れた声が語りかける。
「そこまでだ。これを見ろ……」
声の主は、イセリナの喉元に剣を当てながら言った。
上半身は人の姿。下半身は、まるで馬のような佇まい。
「貴様――っ!」
イシュケルは、怒号を上げた。




