正義とは……
イシュケルは意を決したかのように、目を閉じた。
暁は槍を持つ手の震えを抑えるのが、やっとだった。
「さぁ……、殺せ!」
イシュケルは、更に暁の持つ槍を引き寄せ、喉元に食い込ませる。
「や、やめて――っ! 殺し合うことで、人の心は豊かにならないわ。もう、見たくないの……大切な人が死ぬ姿を……」
イセリナは、胸の奥にしまった思いを、吐き出した。
「イセちゃん……僕も同じ気持ちだよ。僕には出来ない……出来るわけがない……」
暁も本音を吐き出すと、槍を持つ手の力をスゥッと抜いた。
「俺を……かはっ。許すと言うのか? 俺を生かしておいても……タメにならんぞ……」
イシュケルは、息も絶え絶えに話した。
「許す訳にはいかない……許す訳にはいかないけど、記憶を取り戻したなら尚更殺せないわ……」
イセリナがそう言うと、暁もそれに同調した。
「こんな……俺を許すと言うのか……」
「許す訳ないじゃない! でも、今は許してあげる。ねぇ、イセちゃん?」
「ええ。次に会った時は、間違いなく敵よ」
イセリナは、そう言いながら立ち上がり、伝説の盾を拾い上げた。
「お前達の……仲間を思う気持ち……かはっ……こんな俺でも、許す優しさ……本当の……強さとはこういうことなのか?……かはっ」
イシュケルは、呼吸を乱しながらも、必死で言葉を並べた。
そう言った後、フラフラと立ち上がり、ウッディの前に歩き出した。
「イシュケル、何をするつもり?」
イセリナが、イシュケルに問い掛けると、
「悪いようには……せん……」
そう返し、ウッディの額の前に手を翳した。
「これで……一命は取り止めた。……虫の息だがな……かはっ。……後悔するなよ……では、さらばだ。次に会う時を……楽しみに……しているぞ」
イシュケルは、漆黒のマントを翻したと思いきや、煙のように姿を消した。
「イセちゃん……逃がしちゃったね……」
「ごめんなさい。私の我儘で……私の弱さなのかな~」
「そんなことないよ。そこが、イセちゃんの良いとこだよ」
イセリナと暁は、傷だらけで、血だらけのお互いを見て笑った。
「ん……痛つつ。……なんだなんだ? 二人とも、騒がしいな~」
「ウッディ? 生き返ったのね? 暁! イシュケルが……」
イセリナが、そう言い終わる前に、暁はウッディに抱きついていた。
「おい、おい。暁~、どうしたんだよ。傷口が痛て~よ」
「心配させやがって……心配させやがって……イシュケルに感謝しろよ。ウッディを殺したのも、イシュケルだけど、生き返らせたのもイシュケルだからな」
「そっか……アイツやっと、正気に戻ったんだな? そっか……」
三人は、顔を見合わせて笑った。
戦いに終止符を打つことは出来なかったが、三人は清々しいまでの笑顔だった。
「ウッディ、立てるか?」
「女に助けてもらうほど、弱くねぇよ。俺は」
「よく言うよ」
「まだ、薬草が残ってたよな? 皆で分けようぜ」
三人は、残り少ない薬草を分け合い傷口に塗り込んだ。
「俺もそろそろ回復魔法覚えないとな……」
「イセちゃん、次の目標決まったよ。ウッディの回復魔法習得~」
「ウッディ、期待してるわよ」
「任せておけって」
三人は肩を並べて、ガナン火山を後にした。




