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素直になれなくて

 クラーケンとの攻防は尚も続いた。

 船は激しく揺れ、乗客達は身の危険を感じながらも、固唾を飲んで船内からイセリナ達の活躍を見守った。

 クラーケンの焼け爛れた異臭が、辺りを包む。


「ウッディ、頑張って。もう少しよ」


 イセリナに激励され、ウッディは必死に詠唱を続ける。


「任せておけ!」


 強がりを見せてはいたが、さすがに連続しての詠唱は無理がある。

魔力も底をつき、限界寸前だった。

しかし、自分に課せられた責務を果たすべく、ウッディは稲妻の魔法を詠唱した。

 そんな時、前線で戦う暁にピンチが訪れた。

空中から着地した場所が悪く、クラーケンの触手の餌食になってしまった。

 暁は触手から逃れようとするが、クラーケンはそれを離さず締め上げる。

 ウッディは、暁を助けに入ろうと一旦詠唱をやめるが、暁はそれを拒んだ。


「僕はいいから、こいつを……クラーケンを」


「暁……」


 イセリナはそれを見て、何とかしたい気持ちはあったが、自分のことで精一杯だった。

 更に触手は、暁を締め上げる。

これ以上は、命の危険さえ危ぶまれる。


 残る触手は暁を締め上げているものを混ぜ、二本。


「暁、もう少し頑張って、今助けに行くから」


 イセリナが呼び掛けるも、もはや返事はなく虫の息だ。


「暁、死ぬな! 目を覚ませ!」


 ウッディはそう叫ぶと、暁との約束を破り駆け寄っていた。

 甲板に落ちていた暁の槍を拾い上げ、クラーケンの触手を突き刺す。

不慣れな武器を使いこなせるはずもなく、威力はない。

だが、ウッディはひたすら攻撃を続けた。

『暁を助け出したい』その一身で必死だった。


「目を開けろ! 頼む……」


 その間にイセリナは、触手を片付け、暁を締め付ける触手が最後の一本になった。

 イセリナの踏ん張りで、クラーケンは既に息絶えていた。

それに気付かずウッディは、まだ攻撃を続けていた。


「ウッディ、クラーケンは倒したわ。離れて、暁を今助けるわ」


 イセリナは、暁を締め付けていた最後の触手を、斬り落とした。

 暁は、ようやく触手から解放され、ぐったりと甲板に横たわった。

ウッディは腕を添え、暁を抱き抱え問いかける。


「暁――っ! 目を覚ませ。死ぬなよ……お前が……お前が死んだら、俺……」


 ウッディの腕の中で、暁は意識が戻らない。

更にウッディは、号泣しながら暁に呼び掛けた。


「俺、お前がいないと駄目なんだ……」


 この一言で暁は目を覚ましていたが、ウッディの腕の温もりに心地よさを感じ、目を瞑っていた。


「暁……死なないでくれ」


 ウッディは暁に顔を近付け、柔らかな唇にキスをした。


〈ウッディ、ありがとう〉


 長いキスが終わると、何も知らないフリをして暁は瞼を開けた。

イセリナとウッディは喜び、三人は抱き合った。

 ウッディの一世一代の告白だったが、本人は不発に終わったと思っている。

しかし、その想いはしっかりと暁に届いていた。

 不器用すぎる二人を見ながら、イセリナはこう話した。


「やれやれ、見てられないわ」と。


 乗客達からは歓声が湧きあがり、船は再びアルタイトに向け出発した。

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