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3月31日

「明日持っていくものわかってる?」

「わかってるよ!うるせぇなぁ!!」


こんなやり取りを日々行い続ける親子が、そこで生活していた。


俺の名前は「遠藤 吉雄」。明日に小学校を卒業し、

中学生として新たな生活が始まろうとしている。


え?なんでこんなやりとりをしているかだって?

そりゃあ簡単さ。うちの親が「椅子の背もたれに

明日持っていく雑巾をかけっぱなしだった」ってだけで

面倒なことに声をかけてきたからだ。


全く、椅子の背もたれにあることくらいわかってるっての。

なんでいちいちこんなことを言われなきゃいけないんだよ。


うちの親は財布を机の上においてあることすら忘れて

必死に戸棚の上を探し続けて15分を無駄にしていたこともあるから、

きっとそろそろボケてるんだろうな。


俺は明日の準備を完璧にしているはずなのだが、

それでも親は時折、明日の準備について質問を投げかけてくる。


流石にうっとうしくなってきて、あえて返事をしないでみたら、

逆に切れられたのである。今日はなんて日だ。

まあそれも明日になれば解決することだろう。


ここまで文句言われっぱなしでもストレスがたまり続けるので、

外でも歩いて気晴らしでもすることにした。


俺の貯金箱には、小学生の頃に全然使わなかった6万円がある。

そのうちの1000円くらい取り出したって、

何の苦労もしないはずだ。


「いってきまーす」

「どこいくの?」

「あーもういちいちうるせえなぁ!ちょっと出かけてくるだけだよ!」

「どこに出かけるの?」

「いいから行ってくる!」


もう細かい理由なんて考えている暇はない。

俺はさっさと玄関のドアを抜け、アパートの階段を駆け下りた。


今まで6年間。この光景を見ているけど、何一つ変わっていない。

俺には友達という友達はいなくても、一応話し合える知り合い程度の

人間ならいくつか存在する。


第一、今は友達なんて必要ない。

俺は一人で生きていくのが一番楽だと思ってるから。

あのおせっかいな親がいる限りは、の話だが。

さっさと死んでくれればこっちとしても楽になれるのに。


さて、適当に出かけるといったが、どこに向かうかはまだ決めていない。

近所のスーパー・・・おばさんじゃあるまいし・・・。

洋服店・・・そもそも俺は服には興味がない。

ビデオレンタル店・・・レンタルのやり方がわからない。

カラオケ・・・歌は嫌いなんだ。

駄菓子屋・・・やっぱりあそこになってしまうのか。


とりあえず駄菓子屋へ向かった。

そこにはいつもと変わらない店のおばさんの姿。


そういえばこの人に中学へ行くことを知らせたっけ、よく把握してないな。

・・・まあこの人には関係ないことだし、言わなくてもいいか。


とりあえずいつものスナック菓子、飴、ガム、ジュースを買って

レジへ運ぶ。すると、おばちゃんが、

「吉雄くん明日中学だって?おめでとう!何かサービスしてあげなくちゃね!」

「えぇ?いいよ別に。」

「遠慮しないでいいよぉ!せっかくなんだし貰っていきな。

 ほら、あんたがよく買ってた綿菓子、あげるよ!」

差し出されたのは、俺が小学3年生の頃によく買っていた綿菓子だった。

中にははじけるキャンディーが入っており、その口の中の刺激に

魅了されて買い続けていたが、最近はこれの存在すら忘れかけていた。


まあとりあえずもらっておくか。

「ども、んじゃ」

「あいよ~!」


このやり取りもずいぶん慣れたものだ。

あのおばさんは俺が何か起こるとすぐ

何かを差し出してくる。


親と似てある意味おせっかいではあるが、

親と比べればよっぽどありがたい存在だとは思ってる。


あのやり取りをあとどれくらいやるんだろうか。

最近になって死について考え続けてる関係で、

最近少し虚しさを覚え始めていた。


このなんとも言えない感情が宿り続けている関係で、

何をしようかなんて思いつくことはあまりなくなった。


よって、最近はこうやって駄菓子を買って食べることが

一番の楽しみだ。


さっきまで少し迷い気味だったが、あれは

久しぶりで駄菓子屋の存在を忘れかけていたからだ。


片手に袋を持ったまま帰宅。

親はいつも通りの返事をして、この日の外出は終了。


外で食べるなんて不格好は晒す必要もない。

やっぱり自分が食べたいものは自分だけの空間で

食べたいものだ。


今回買った駄菓子の中でもひときわ目を引いたのは、

おばさんに手渡された「はじける綿菓子」である。


買おうと思えばいくらでも変えるお菓子のはずなのに、

なぜか今回は特別な存在に見えた。


俺は真っ先にその綿菓子の袋を開け、

一口分を口へ放り込んだ。


あぁ、懐かしい刺激、そして極上の甘さ。

この最高の味わいを忘れるなんてできっこないだろう。


綿菓子の最後の一口を口へ運ぶまで、

ずっとそのことばかり考え続けていた。



・・あれだけのお菓子を食べたのに、

夕食になるころには、その満足感が

既に消え去っていた。


俺はいつも通り、親が作った夕食を食べる。

今日は少し気合を入れたのか、オムライスである。


それでも今の俺にとっては、今までとなんら変わらない、

ごく普通な夕食にしか感じなかった。


あとは親を黙らせるために歯を磨き、

さっさと寝るだけだ。これでしばらく親の束縛から

解放されることだろう。


そう、長い長い親からの解放が、

今から始まるのである・・・。

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