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第1章

ジャンルの設定に迷ったのですが、妖精が出てくる「少し不思議」な物語、といった意味を込めてSFとしました。少年と少女と妖精がでてくるだけの、本当にほんの少し不思議なだけど物語。もしよろしければ、お楽しみください。

 クリスマス……か……

 星々がまたたく夜空を見上げ、荒木良治は小さく呟く。定番のクリスマスソングが流れる街の中、彼とすれ違う人々はみな隣にいる誰かと笑みを浮かべている。

 そんな中、高校の制服のズボンのポケットに手を突っ込み、人々の作る波に逆らうように、荒木良治は一人寂しく歩いていた。

 12月23日。クリスマスイヴまで、後一日と迫った今日。けれども良治の隣には“誰か”はおらず、彼は一人寂しく街並みを歩き続けているだけだった。

 何を想うわけでもなく、何を願うわけでもなく、ただぼんやりと。自分がどうしてここにいるのか、どうしてただぼんやりと歩いているのか、その理由もわからぬままに。そしてそんな彼のことを、隣に誰かのいる誰かが気にとめてくれるわけもなかった。

そうしてただぼんやりと人々の波に逆らいながら歩いていると、広場に出る。広場の中央には、色鮮やかな電飾で飾られている高さ20メートルに届くのではないかと思わせるほどに巨大なクリスマスツリーがある。そのツリーを囲むように、大勢の家族連れやカップルが互いに手を取り合い、ツリーを見上げ、微笑み合っている。

 幸せ、人の温もり、家族のきずな、そんな言葉をこれでもかというほどに表現しているその光景の中で、良治は一人ポツンと立ちつくしツリーを見上げていた。

いや、凝視していたといった方が正しい。

 先ほどまで虚ろな表情で、どこをみるでもなくぼんやりと歩いていた良治の目が丸々と開かれ、ツリーを……正確にいえば、ツリーの頂上を……いや、より正確にいえば、ツリーの頂上に飾られている“星飾りの上に座る少女”の姿を、じっと凝視していた。

 語弊ではない。その少女は、ツリーの頂上に添えられている星飾りの上に、ちょこんと座っているのだ。

 この寒空の下、セーラー服に身を着こんだ彼女は、腰ほどにまである黒く長い髪を垂れ流しながら、憂いを帯びた表情で星の上に座り星々を見上げていた。

 なんであんなところに人が? いや、まてまて。そもそもなんであんな星の、しかもとがった先端部分に座れるんだ? おかしいだろ、色々。

 良治は混乱しながらも、常識の範囲で考えられることを考え、考え、考えた末に、彼女がそこに座っていることは非常識であるという、至極常識的な考えに辿りつく。

 ……見なかったことにしよう。

 そう決め込み、何事もなかったかのように振り返り立ち去ろうとした瞬間、いつの間にかこちらをみていた彼女の目と自分の目が、ばっちりと合ってしまう。

 ここからでもわかるほどに大きな瞳から放たれる視線が、彼の瞳を射抜く。

 特に悪いことをしたわけでもないのに、その瞳に射抜かれ、彼はギクリとし、思わず振り返ろうとした足を止めてしまう。クリスマスソングと笑顔が流れる街並みの中、そうして見つめ合うこと数秒後、先に声を出したのは、彼女の方だった。

「私のことが見えるんですか?」 

 ……あぁ、やっぱり。

 その彼女の声を聞いた瞬間、彼は改めて確信するのであった。

 彼女が、常識の範囲外に存在する存在であることを。

 そして、やはり関わるべきではない、ということを。

 彼は今度こそ、その声を無視し、くるりと振り返――

「待ってください!」

 ――ろうとした瞬間、グイと、制服の袖を引っ張られる。

 ……って、触れるのかよ

 ため息をつきながら、彼はゆっくりと振り返る。

 そこには、ツリーの下からではよくわからなかったが、小柄な少女が大きな瞳をくりくりとさせ、良治のことを見上げていた。身長は、140センチから150ぐらいだろうか。165センチという男にしては小柄な自分と比較すると、およそれぐらいだろう。

 彼女のことをみつめながら、良治の頭にはそんなどうでもいいことがぼんやりとうかぶ。

「私の事、見えてるんですよね!?」

 その小柄な少女は、もう一度そう繰り返す。袖を掴まれ思わず振りかえってしまい、こうしてばっちり目も合わせてしまっているのだから、もうごまかすことはできないだろう。

 はぁ……

 良治はため息をつき、小さくかぶりを振る。

「見えてるよ」

 それから、躊躇いながらも肯定を意味する言葉を伝える。

 途端、目の前の少女の顔が、ぱぁっと花が開くように笑顔に染まる。

「よかったです! やっと見つけました……私のことみることができる人。もう12月にはいってからずっと待ってたんですよ? あのツリーの上で、ずっと。この広場ならたくさん人があつまるから、絶対誰か見つけてくれると思ってたんですけど……まさかクリスマスイヴイヴになるまで待たされるなんて。どうしてもっと早く見つけてくれなかったんですか? まったく、あやうく孤独感と嫉妬感と劣等感がミックスされた濃厚憂鬱ジュースに押しつぶされて死んでしまうところでしたよ」

「それはごくろうさま」

「いえ、まぁこれがお仕事だから仕方ないんですけど……」

「仕事?」

「あ、はい。私達妖精の仕事です」

「……妖精?」

 突然現れた単語に、良治は思わず首をかしげる。

 すると目の前の彼女……妖精は、こほんと一度咳をし、それから無い胸をエッヘンとそらすと

「はじめまして、私はヒカリといいます。人々の願いを叶えるために、12月1日からクリスマスまでの間限定で、下界に降りてきたかわいい妖精ちゃんです」

 良治は振り返――

「わわわ、待ってください! お願いですから!」

 ――ろうとしたところを、ふたたびグイと、袖を引っ張られる。

 良治はあきらめ半分にため息をつきながら、再び振り返る。

 少女……改め、妖精ヒカリは良治の服の袖を握りながら、大きな瞳をうるうると潤ませていた。

「無視しないでください!」

「いや、だっていきなり妖精とか言い始めるから……」

「嘘じゃありません! 信じられないかもしれないけど、嘘じゃないんです!」

「いや、あんたが人間じゃないってことはまぁわかるよ。あんなツリーの上に座ってたんだから……しかも、俺以外の人は誰もあんたのことが見えていないようだし」

 良治の言うとおり、街中の、しかもこんな大勢の人々が行きかう道端で立ち止まり大きな声で会話をしている二人に対し、注意をしたり、視線を送ったりする人は、誰もいなかった。

「だから、てっきり幽霊かなんかかと思ってたんだよ。でも、まさか妖精と来るとは思ってなくて」

「幽霊じゃないです! 妖精です!」

「わかったわかった……わかったから。それで、さっき言ってた、妖精の仕事って?」

 彼女から逃れることを諦めたものの、やはり積極的に関わりたいとは思えずにいられぬままの良治ではあったが、先程彼女が口にした“妖精の仕事”という単語が頭にひっかかっており、そんな言葉がつい口を突く。おそらく、そこに自分しか彼女のことを見ることができない原因があるのだろうと、おおよその予想もあった。

「あ、そうでした。あやうく肝心なことをお伝えし忘れるところでした」

その良治の質問に、ヒカリも己の本来の目的を思い出す。それから一度、コホンと咳をつき、のどの調子を整えると

「私達妖精の仕事はですね、私達をみることのできる人の願いを一つ、叶えてあげることなんです」

 と、良治に告げるのであった。

「……願いを、叶える?」

 予想外の返答に、思わず良治はただおうむ返しをしてしまう。

「はい、そうです」

 電飾と恒例の楽曲に彩られた街の中で、にっこりと、セーラー服の妖精は微笑む。

「人の願いをかなえること、それが私達妖精の仕事なんです」

「……人の願い、ねぇ」

 良治は彼女の言葉に、思わず苦笑してしまう。

「あ、その不敵な笑みは、私の言葉信じてないんですね!?」

 ヒカリはぷっくらと頬を膨らませる。

「いや、そういうわけじゃないけどさ」

「いいから、早く願いをいってください。じゃないと、私の仕事が終わらないじゃないですか!」

 まさか、“願いをかなえさせろ”と怒られる日が来るとは思っていなかった。まるでジャファーに迫られる盗賊みたいだ、と良治は再び苦笑してしまう。そんな風に思いながらも、良治は目の前のヒカリという存在を、受け入れつつあった。

「願いなら、なんでも叶えられるのか?」

「あ、例外があります」

「……それ、もっと先に言わないといけないことなんじゃ?」

「す、すいません」 

 ヒカリは頬を赤く染め、ペコリと頭を下げる。長い髪の毛が、ふわりと揺れる。

 普通に人間の女の子として生まれていたら、大層モテただろうに。

 と、良治はぼんやりとそんなことを思った。

「色々細かい例外があるんですが、よくある代表例が2つあるので、そちらだけお伝えします。一つは、『かなえられる願いを増やしてほしい』という願いは、却下です。御察しください」

 なるほど、それは当然だ。

「もう一つは、『死んだ人間を生き返らせてほしい』という願いも、却下です。申し訳ないのですが、その願いは叶えることができないのです」

「え?」

 二つ目の例外は予想外のもので、良治は思わず空気の抜けるような声を上げてしまった。

 一つ目の例外は、説明するまでも無く却下だろう。その例外を赦してしまったら、無限に願いを叶えることができるようになってしまう。

 けれど、二つ目の願いを例外とし却下する理由が、良治にはわからなかった。

 その良治の疑問を察してか、もしくは、これまでも何度も同じような顔をされたからか、ヒカリは慣れた口調でこう説明をする。

「誰かを生き返らせるということは、世界そのものを変えてしまう事と等しいんです」

「……世界を、変える」

 良治が呟いた言葉に、ヒカリはコクリと頷き、説明を続ける。

「一度死んでしまった人間を蘇らせることで起こってしまう世界への影響の範囲は測り知れません。そしてその影響に対する責任を我々妖精は負う事はできないですし、それに、世界を変えてしまうほどの力は、我々妖精にはありません。まぁ、簡単にまとめてしまうと、他大抵のことはできても、我々には失った命を呼び戻すほどの力はないのです。ですから、その点については納得して下さい」

「……なるほど。わかったよ」

「納得していただきありがとうございます」

 良治の言葉に、ヒカリはそれまでに比べると随分形式的な笑みを返す。

 けれども良治は、ヒカリの言っている“世界を変える”という言葉の真意を汲み取れたわけではなかった。というより、全く意味などわかっていなかった。けれども、本人たちができないといっているのだから、できないものはできないのだろう。駄々をこねたところで仕方がない。とどのつまり、そもそも良治には、納得するという選択肢以外残されていなかったのだ。

「では改めて」

 そんな良治に向かって再び妖精はにっこりと微笑み

「私に叶えて欲しい願いごとは、なんですか?」

 そう、告げるのだった。

 あたかも、良治には自分に“叶えて欲しい願い事がある”のだと、確信しているかのような言葉。

 そしてそれは、やはり確かにその通りなのであった。


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