第16話、休題・尽きない悩み。
昨日の夜、蓮から彩音のケータイに、文章とも言えないくらいに簡素なメールが届いていた。
“西山公園に来てくれ”
絵文字も何もなく、最低限の情報だけが記された本文。もちろん件名も無題だった。
普段なら多少訝しがる程度だろうが、そのときばかりはそうはいかなかった。
なぜなら二時間ほど前に、彩音が暴走族に捕らえられ、彩音のケータイを使って蓮を呼び出していたから。
今度は逆の立場になっただけなのかもしれない。その思考にいたるのは必然だった。
しかしその推測にもいくつかの疑問点があり、彩音は新たな答えにたどり着いた。
なぜ一度自分を家に帰したのだろう、なぜ自分のケータイで蓮にメールを送ったときと文面が違うのだろう。
一つ目の疑問の答えは、きっと蓮が彩音を家に帰すように言ったから。ならなぜ、今さらもう一度彩音を呼んだのか。蓮のケータイを使っているということから、蓮がすでに脅威ではなくなったからではないか。その結果女である自分が狙われても、やつらが男である以上なんの不思議もないように思えた。
そして彩音の脳は二つ目の疑問の撤去しにかかった。なぜ文面が違うのか。その答えは思ったよりも単純ですぐに見つかった。
蓮が送ってきたメールだという可能性がある。
やつらが蓮に無理やり送らせたメールかもしれないが、もしそうじゃないとすれば、これは蓮からの救難信号に違いない、と彩音は思った。
なんとかやつらから逃げ延びてきた蓮が、ついに西山公園で動けなくなり、迎えに来てくれ、と呼んでいるんだ。
当然、そんなことを考える前にメールを返信してみた。だが蓮からの返信は無かったのだ。
なんにせよ、自分が捕まったせいで蓮は危険な目にあったのだ。
それまでは、今のこのこ倉庫に戻ったところで、自分を守るために単身で暴走族のアジトに乗り込んだ蓮の厚情を無駄にすることになることはわかりきっていたため、家に鍵をかけて部屋に閉じこもっていたが、蓮が呼んでいるというなら迎えに行かない道理はなかった。
彩音はすぐに自転車に乗り込み、全力でペダルを蹴りつけた。
街頭や車のライト、それらが照らす町並み、全てがいつもよりも速く視界を過ぎ去っていく。
こんな目にあって、泣きたいのは蓮のほうだろうと思うのに、なぜか溢れそうになる涙をこらえるために、上を向いた。
その視界に映る星空だけがいつもと同じように彩音を見下ろしていた。
もっとも蓮のことで頭がいっぱい上に、涙で視界が滲んでいた彩音はそんなこと気にも留めていなかったかもしれない。
彩音が家を出て20分ほどで西山公園に着いた。
最近は少しずつ日没が遅くなってきているが、それが影響するのは精々6時や7時あたりで、8時半にもなると空に輝くのは無数の星と月のみ。
細かく言えば航空機や宇宙ステーションも混じっているかもしれない。
公園の隅に建てられた一本のライトのみが、この小さな公園の姿を照らしていた。
子供用の遊具、砂場、そしてベンチ。この狭い公園を歩き回るほどもなく、首を回して探し回るが、蓮の姿はどこにもなかった。
もしかして待ちくたびれて帰ってしまったのだろうか。それとも奴らに見つかって連れていかれたのだろうか。
今度は脳を使って蓮を探すが、どれも確信のある結論に至らない。
彩音の不安は高まるばかりだった。
その時、まるで見計らった様に彩音のケータイが聞き慣れない音楽を歌い出した。
それがその日、蓮専用に設定した着信音だと言うことに気付いた彩音は焦ってケータイを取り出し、メールを確認した。
“ベンチの↓”
この公園にベンチは1つしかなかった。 滑り台の反対側にある茶色いベンチ。その下を覗き込んだ。
というのが、昨日の晩に彩音が、蓮からの付け届けを受け取るに至るまでのいきさつだ。
姿を見せなかったのも、三日ほど学校を休むが心配するな、というような手紙の内容も、巻き込んでしまった彩音に、これ以上心苦しい思いをさせたくないという配慮だったが、その配慮が彩音に伝わるということは、蓮が彩音に知られると更に心配させてしまう状況に陥っているという現状を、伝えることにもなるのだ。
当然、蓮もその可能性には気づいていたが、何も言わずに学校を何日か休むということも、彩音には蓮が普通に学校にくるのに支障が出るレベルの怪我をしたということが容易く想像出来るてしまう。
どうせバレてしまうなら、彩音にお詫びをした上で、互いに相手に気を遣ってこれまで通りに接する事ができなくなる、というような事態を避けることが出来る前者を選んだほうが賢明だと思ったのだった。
もしかしたら、彩音の頭が回らなくてバレないかもしれない、という事も考えてはいたが、結果的には彩音にはバレてしまい、その蓮の優しさに、彩音は公園で涙をこぼす事となった。
と、いう出来事があったため、自分の教室がある4階に向かう彩音の足取りは重いものだった。
現在時刻はちょうど八時ごろだ。彩音は健康のため、というか、昔からの習慣で起床時刻が6時より前だ。
朝起きてすぐに、軽くシャワーを浴びて寝癖を直し、眠気を飛ばす。制服に着替えてから朝ごはんを食べて、歯を磨いてからすぐに学校に行く。
その間に何らかのアクシデントが生じたとしても、遅くとも八時、何もなければ七時半には学校に着く。人は時間に余裕がなく、焦りが生まれると、ストレスに変換される。ストレスは健康にも美容にもよくないため、特に意識して始まったものではないが、今の習慣を気に入っている。
今日遅くなったのは、昨晩蓮のことがあったため、晩の内に学校の準備をしておくのを忘れていたためである。
昨日の事件は、精神的に結構な負担のかかるものだと思われるが、それでも今日いつもどおりに起きれたのは、間違いなく彩音の日々積み重ねてきた習慣のおかげだった。
「はぁ……」
4階にまで来て、彩音の口からため息が漏れる。
昨日の手紙によると、少なくとも今日から三日間は蓮は学校に来ない。といっても、客観的に見れば明日、明後日は土曜日よ日曜日なので顔を合わせるのが二日後になるか、三日後になるか、という違いしかない。
ただ今回は事情が事情なために彩音は少しでも早く蓮と会いたかった。会って話がしたかった。
しかし、それが無理だということはわかっている。故にその気持ちはため息として吐き出されたのだった。
しゃべる相手もいないので、無言で教室の前まで来た彩音は閉まりきっていない扉を開く。
もうすでに教室には、クラスのまじめな生徒たち、その友達などがいてなんの実もない会話をしている。
彩音にとってはいつもどおりの光景だった。
しかし、その中にいつもどおりじゃない、どこか浮き出た何かが瞳に映る。
「へ?」
校則で禁止されているはずの茶髪。机に突っ伏して惰眠をむさぼるその姿に、彩音は嫌というほどに見覚えがあった。
普段なら起こさず遠目からちらちらと盗み見るだけだが、今日ばかりはそうはいかなかった。
自分の荷物を一旦机に置いた彩音はすぐに蓮のもとに駆け寄った。
「蓮君、ちょっと起きてっ」
朝学校に来たとたんに蓮のところに突撃したことですでに目立っているとはしらずに、彩音は小声で蓮を起こそうとする。
しかし蓮はすぐにはおきない。
「ちょっと起きてってっ」
今度は体をゆさゆさ揺すぶってみた。
「いっ!?」
「うわっ」
効果抜群だったようだ。
なんの前兆もなく一気に覚醒して状態を勢い良く起こした。
軽く机に乗っていた骨折のまだ完治していない左手が、揺すられたせいで机から落ちて、太ももにぶつけ、その痛みで蓮は起こされたのだった。
そして左手を抑えつつ隣を見た蓮が彩音の存在に気づいた。
最初に蓮が苦痛の声を漏らしてから、ここまでの間わずか0,5秒。
そして瞬時に蓮は状況を把握し、まだ間に合う、と判断した。
「良い朝だな」
「え……、そ、そうだね?」
まるで最初からそれがいいたかっただけだ、とでもいう風に言い放った蓮だが、逆にいきなりそんなことを言われ、彩音は戸惑ってしまう。
結果、どうにも居辛い沈黙が流れてしまう。
「りょ、旅行はどうしたの?」
苦し紛れに、場の空気をとりもつようにでた言葉だが、この質問はストレートな疑問でもあり、遠まわしに核心となる部分を聞き出すための前置きでもあった。
「ん? 親父に急な仕事が入ったから、また今度にしようってことになってな」
「あぁ、そうなんだ」
何かがおかしい、と思った。彩音の予想のすべてが外れている。
蓮は今見る限り怪我をしているようには見えない。今日は珍しく8時には登校し、いつものように腕を枕に眠っていた。
では、なぜ蓮は公園に姿を見せなかったのか。彩音の家からだと西山公園より、よろず屋の方が近いのになぜ西山公園にしたのか。
新たな疑問が湧き出していた。
「昨日は悪かったな」
「えっ?いや、私は……」
蓮からすれば、当然の謝罪だった。というより、彩音が無傷だったとはいえ、この程度の謝罪で許されてはいけないとすら思える。
しかし、謝罪を受けた彩音からすれば、自分が捕まったせいで蓮は敵の牙城に単身で乗り込む羽目になったのだ。無傷で助けて貰ったというのに、謝られる理由がわからなかった。そして、今の今まで、蓮はそのせいで怪我をして、むしろ謝るべきは自分だと思っていたために彩音は余計に困惑させられる。
全部勘違いだったのか……、と。
「実はあいつらとは、ちょっと前から揉め事があったんだ。それでたまたま一緒にいた彩音が人質にとられたんだ。狙われてるのは俺だが、あいつらじゃ俺には勝てない。なら次に狙われるのは俺の周りに決まってる。もっと早く気づくべきだった。悪かった」
彩音の正面に向き直り蓮は頭を下げた。
「い、いや、そんなのいいんだよ!? 私はほら、無事だし」
両手を広げて自身の無傷さをアピールする。今の話が事実だとすれば、罪を感じるべきは暴走族で蓮に非はないとおもった。
「無事じゃなかったら?」
殴られ蹴られ、そして心に傷を負ったとしても良いと言えるのか。仮定の話とはするだけ無駄かもしれないが、今回は運がよかっただけに過ぎない。暴走族に女一人が捕まって無傷など、奇跡とすら言える。
故に蓮はそう聞いた。
「……、それでも、蓮君は悪くないよ。助けに来てくれたし。ありがとうねっ?」
だがそれでも彩音は蓮を赦す。というより元々赦されるような罪は無い。なら今するべきことは感謝を述べることだ、彩音はそう思った。
「で、でももしっ……」
今度困惑させられたのは蓮だった。たしかに彩音なら謝れば赦してくれる事は分かりきっていた。いくら蓮としてはそう簡単に赦されるべきことではないと思っていても、だ。
だが、その上にお礼まで言われるとは思ってもみなかったのだ。
「そうだよっ! 蓮君こそ大丈夫だったの!?」
「あ、まぁな。軽く脅しかけたら話はついたからな」
これで彩音の中の疑問にも全ての回答が出た。
蓮も彩音も無事で、この件は丸く収まった、と。
「ありがとな、心配してくれて」
「あっ、うんっ」
にこやかに礼を言う蓮に、顔を真っ赤にした彩音も返事を返す。
そんないつもと違った朝の微笑ましい光景に、いつもどおりの朝を復元しようとするお邪魔虫が突入してくる。
「よっ、おはよ、二人ともー! っておいおいおい!?朝から何してんだよー」
昼夜関係なくテンションの高い吉田が、こんな朝にも陽気なノリで乱入する。
二人のそれまでの空気はどこかへ飛んで行ってしまったが、それでも、吉田が来ていつもどおりの雰囲気に戻ったことで、蓮と彩音はやっと昨日の出来事から立ち直れた気がして、そんな吉田を足蹴にすることもなく日常に戻っていった。
やっと書けました…。
大したことない文字数なのに、すごい大変だった気がする。
やっぱり人の気持ちを書くというのは難しいです。
うまくかけていますかね?
違和感があったりするかもしれないですが、その時は感想でおねがいします。
違和感なくても感想お願いします。
自分の生きる希望になりますので(笑)
誤字脱字、もあれば報告お願いします。
ご読了ありがとうございました。