第15話、シュークリーム。
突然、体に何か刺激を感じて身を起こす。元より疲労が原因で眠りについた訳ではないため、起きるのにそれほどの刺激はいらなかった。
「ん、誰だ……」
刺激の正体はケータイのバイブレーション機能だった。どうやらメールを受信したか、電話が掛かって来たかで、わざわざアリスの隣で気持ちよく眠っていた俺を起こしてくれたらしい。
体に伝わる振動を頼りにケータイをしまったポケットを探り当て、キーホルダーをつかんで引きずり出す。
友達が少ないということも無いが、プライド的に自分からアドレスを他人に聞くのは負けた気がするという理由で、自分からアドレスを効かない俺のアドレス帳は薄っぺらいため、自分にメールを送ってくる奴の大体の検討はつく。
親父、吉田、あっくん、最近メールを受信したといえばすぐに思いつくのはこの3人位だ。あっくんの兄貴もこの前アドレスを交換したがその日、晩ご飯を奢ってもらって、車で送ってもらったお礼のメールを送った時以来、メールはしてない。
だが今日は新たにアドレスをゲットした日だ。しかも女の子の。自分もプロでは無いからよくは知らないが、初めてアドレスを聞いたときには、その日だけでも社交辞令的にメールのやり取りをするもんだと思う。
という訳で、ケータイを見ると、案の定受信ボックスの一番上の欄に――
「あやっぺ……、だと……!?」
――“あやっぺ♥”とご丁寧にハートマーク付きで表示されていた。
誰だ。
俺の知り合いに“あやっぺ♥”なんて馬鹿げた名前の奴は居ない。
そう。俺は、居ない! と言い切りたかった訳だ。
しかしそうはいかない。俺のケータイに登録されている以上、“あやっぺ♥”である以上、間違いなく俺の知り合いで、今日アドレスを交換しあったばかりの平井彩音であるはずだから。
しかし登録名にも既に十分に驚かされたが、メールの本文を見た俺はそれ以上に驚かされることになった。
メールの本文に書いてあった内容はこうだ。
“葉々木西、工場跡地、一番小さい落書きだらけの倉庫だ。
1時間以内に来い。しっかり頭働かせよ?”
要約すると、平井を怪我させたくなかったらさっさと来い、という内容だった。
瞬時に体が熱くなるのを感じる。激情に体が震え、鼓動が早くなる。
抑えようとはしているが、抑えがたい感情が理性を押しのけようとする。
それはきっと女の子を助けるという正義でも、友達に手を出された事に対する単なる怒りでもない。
もちろんその二つの気持ちもあるだろう。
だが今俺の中で渦巻いている最も強い感情は、母さんを殺した奴らと同じような事をした事に対する、すれ違った復讐心、八つ当たりとも取れる気持ちだった。
もし平井を人質にとった糞野郎が目の前にいるならば考える間もなく殴り付けるだろう。もちろん一発や二発で済ますつもりは無い。
奴らは、俺にとってそれくらいの事をした。当然それ相応の罰を受けてもらわなければならない。
いや、そんなものはただの理由でしかないのかもしれない。
ただ、今は何をするよりも先ず、奴らにこの拳を叩き込みたい。
だが、今は俺を守るために、母さんの敵討ちができなかった親父の気持ちが痛いほどに理解できて悔しさが込み上げる。
巻き込まれるのはいつも女。母さんは父さんと結婚したから巻き込まれ、平井は多分、俺と一緒に帰ったから巻き込まれた。
何も悪いことなどしていない。だというのに男は無関係な女を巻き込んで戦おうとする。
それはクズだ。力の無いクズのやり口だ。決して人なんかではない。
いや、それは違うか。
彼らは間違いなく人だ。
人だからこそ、知性を持っているからこその行動だ。
ならば教えてやろう。理性の使い方を。
自身のプライドのために男としてのプライドを殴り捨てた女々しい男たちに。
「ちょっと出かけてくるな」
まぶたを閉じ、心地よさげに寝息をたてるアリスの頭を撫で、無理やりに心を落ち着かせ、そう言葉を残してから俺は部屋を出ていった。
医務室の扉を音を建てないようゆっくりと降りた俺は、なるべくいつもどおりの表情で1階まで降りた。
「蓮坊、もう帰るのかい? そろそろ夕飯の準備もしてたんだけど」
昨年、必殺仕分け人として有名になった人からインスピレーションを得たのか、最近藤井さんには連坊と呼ばれるようになっている。
「すんません。今日はいいっす」
きっと晩飯時には帰って来られないだろうから。
「オヤジにアリスのお見舞い買ってくるって言っといてください」
これが多分今できる最善策だ。よろず屋の人には、迷惑を心配もかけられない。まだ今はその時じゃないと思う。
いつかは本当に迷惑かけなければいけない時もくるだろうと思うが、そんな他力本願ではだめだ。
きっとこの街に住ませてもらってるだけでも、既によろず屋にはお世話になっているはずだし。
「そうかい、早く帰ってきてやんな」
それに適当に返事を返した俺はよろず屋を出て、ようやく走り出す。
もう自転車を取りに一旦引き返すのすらもどかしい。一旦南に降りてから行くのと、ここからそのまま走って行くのと大して差はないはずだ。
日々ランニングを積み重ねてきた俺には約5キロという道のりは遠いと言うほどの距離ではない。
走りながらこれからの計画を立てようと思考を巡らすが、それもすぐに終わる。
何度考えてもやることは同じだった。
20分ほど走っただろうか。
ようやく目的地である葉々木西町の南西部、海沿いの工場跡地を発見する。高度経済成長期後に放棄された無人の土地、繁栄の名残だ。今でも稼働しているのは後に中小、個人企業が買い取った物ばかりだそうだ。
五分ほど探し回ると、周りの工場に比べて小さく、なんの意味も持たないような単語の数々がペイントされた倉庫が見つかった。支持された倉庫というのはまずここで間違いないだろう。
あんなメールを送ってくるような相手だ。おそらくこの中に平井は居ない。
だが、平井を探す手掛かりは無く、今は無謀と分かっていてもこの中に入るしかなかった。
倉庫の正面まで来ると、見るからに錆び付いて開きにくそうなシャッターを押し上げるのも面倒なので、その隣にある扉からその中に入る。
こじんまりとした倉庫だが、それでも一つの街の小さな暴走族が収まる位の大きさは十分にあり、中に入ると髪の毛を皆同様に明るく染め上げた集団が揃って俺の方に首を傾けていた。その中には最初に肩をぶつけた顔の角張った男や、駐車場で襲ってきた男もいた。
「あいつか」
その最奥にセットされたいわゆる特等席に腰を沈めた男がつぶやく。男の隣には傷一つ無い新品のような鉄パイプが一本、男が座る古びた革張りの椅子に立てかけてある。
「平井は、女はどこだ?」
居ないとは分かっているがこれは確認だ。
「知らねぇなぁ。てかお前自分の立場わかってんの?敬語でしゃべれバカ」
「うるっせぇなぁぶっ殺すぞマジで……」
ここに来るまでに、既に怒りが限界近くまで来ていたせいで、遂に限界を超えそうになる。
嵐の前の静けさというやつか、意識したわけではないが、つぶやくように言葉が漏れた。
それが幸いして、俺の言葉は連中には届かなかった。今の言葉が聞こえていれば俺の予定は大きく狂っていたかもしれない。その事実が俺の頭を再び沈静化する。
「取引をしてくれ」
なんの前振りもなく、唐突にそう切り出した。
「……はぁ?」
鉄パイプのリーダーの存在が連中を押さえつけているのか、騒ぎ出す馬鹿は居ないらしく、その代わり、大半の奴が目をギンギンに開いて全力でがんをくれてくる。
唯一この場で口を開けるリーダーのみが呆けた返事を漏らしたところを見ると、それなりに統率のとれたグループなのかもしれない。
「取引だ。俺の実力はもう十分知ってると思う。この人数でも半分くらいまでなら耐える自身はある」
ぱっと見、今ここに集まっている連中の数はざっと20人いるかいないくらいだ。
全員が同時に殴りかかってくればどうしようもないが、幸い俺の体は20人が同時に殴りつけることが出来るほどに面積が広いわけではない。
「女を家に帰してやったら俺は抵抗しない。殴るなり、蹴るなり好きにすればいい。だが時間は10分までに限定してもらう。7時15分までに俺が所定の場所に戻らなかった場合、もしくは、女が家に帰らなかった場合は、仲間がここに乱入してくる予定になっている。今が6時半だ。どうする?」
これが俺の計画だ。
仲間が云々という所はは全て嘘であるが、要は嘘も使いようである。この手の奴が脅迫という手段を良く使ってくるのは、脅迫という手段の有効性がよくわかっているからだ。おそらくは自分たちも何度か経験したことがあるのだろう。もし相手の言っていることが嘘じゃないかと思ったとしても、内容にもよるが、本当である可能性も十分にある。
一度そう考えてしまえば思考は延々とループしてしまうばかりで、一向に答えにはたどり着けず、被害者は焦りを募らせていく。元来脅迫とはそうなるようにするものである。
そしてそうなった場合、ほとんどの人間はより安全な選択をする。自分にとって。
平井がとらわれている今、下手に殴り込みをかけて、平井を危険に曝すより、自分を犠牲にして、上手に脅迫をかけて平井を助け出すことが一番利口だと思ったのだ。
つまり、脅迫をかけてくるような相手だからこそ、同じように脅迫にかかるという確信が俺にはあった。
加えて、こいつらがバカで無いなら俺の高校についても少しは調べているはずだ。高校で俺とあっくんが仲が良いという情報は、すぐに入手出来る。
あっくんの兄貴と対立しているこいつらが、こんなことで揉め事になることはよしとしないだろう。
こいつらの脳みそが沸騰していなければ、もはや選択肢は一択と言っても過言ではない。
「てめぇ自分のたち――」
「――イエスかノーだ!! それ以外は受け付けない」
この瞬間、俺の行動が骨折り損となるか、身を切らせて骨を守ることが出来るのかが決まった。
「くそったれがぁ!!」
リーダーの男が机を蹴りとばすと同時に立ち上がると、適当に指示を飛ばす。
「バケツに水汲んで来い! それから女を家まで送ってやれ!」
そう言うとリーダーの男はこちらを睨みつけてきた。
「二度と人前に晒せねぇ顔にしてやる!!」
勝った。
だがそれと同時に、床を踏み鳴らして歩いてくる男が右手にもった得物を見て流石に背中に冷たいものが走る。
もともと親父との訓練でも顔面を素手で本気で殴られるようなことは無かったし、実際の喧嘩では相手のパンチが顔に当たることすらほとんどなかった。中学後半、高校にもなると俺の実力は大概の者に知られているため、喧嘩になることすらなかった。
だから正直な話、グーですら危ういところだが、鉄パイプなんかで10分間も殴られた日には確実に倒れるような気がしていた。
「がッ!?」
気管に入り込もうとした水を押し返そうと、無意識の内に体が咳き込む。
「ゲホッ、ゲホッ!」
「おら、起きろ」
同時に力の抜けていた腹を蹴り上げられ、更に咳き込む。
案の定といったところか、パイプと拳と足の10分間に及ぶ猛攻に耐え切れず気絶してしまったようだった。
目の前にバケツが置いてあることから察するに、気絶した俺の顔面を水に突っ込んで起こしてくれたみたいだ。ご丁寧にも。
だが実際、解説する余裕など無いに等しかった。これだけ一方的に殴り蹴られすれば当然だろうかが、体中の神経から尋常でない量の信号が脳に送り付けられている。
傷つけられたばかりで、さっきまで気絶していたから、今はまだましな方で、時間と共に痛みも増えていくのじゃないかと思う。
特に左手はかなり痛い。前腕のほうだが、確実に折れている。たぶんこいつの鉄パイプをガードしたせいだろう。
だがそのおかげなのか、頭を殴るときは流石に手加減しただけなのか、頭は割れていないし、歯も台座から軽く不安定な気はするが折れてはいない。
とは言え、やはり10分間もフルで殴られ続けたので体に残るダメージは大きい。
なんとか立ち上がるが、足に力が入らず、情けなくプルプルと震えてしまう。
「6時45分だ。その体で歩いてポリに見つかったらややこしいから近くまで単車で送ってやるよ」
どうやら、生まれて初めて族車というモノを体験するらしい。
そういや車バージョンはこの前乗してもらったのか。
できれば関わることが無ければ一番よかったんだけどな……。
この時、俺は平井を助けることが出来た達成感に包まれていた。
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蓮の初めての族車体験の感想は、なかなかの乗り心地だった、である。
その筋では有名なメーカーのマフラーを装着した、族のリーダー、加地のバイクの排気音は、多少うるさくはあったが、痛みと達成感を同時に感じていた蓮にとってそれは瑣末なことだった。
バイクに揺られ、風に吹かれて到着したのは西山公園。葉々木町、北西の商店街と南部にある蓮の家の中間あたりにある公園だ。
蓮は自分を降ろすとすぐに帰るものだと思っていたが、意に反して加地はバイクのエンジンを切った。
「女には手を出させてねぇ」
「……。罪状が少し軽くなったか。命拾いしたな」
「てめぇこそだ。言っておくが、俺に鉄パイプ持たせたら誰も敵いやしねぇぞ。じゃあな」
素手で、ならともかく、鉄パイプ持ったらなんて話、一体なんの自信か蓮には全くわからなかったが、それだけ言うと加地は再びエンジンをかけ爆音を鳴らしながら去っていった。
「……。ゲス……か?」
ふと見上げると既に夕日は沈みかけ、昼夜が入れ替わろうとしていた。
「お見舞い、買いに行くか」
今度は時間に余裕もあるし、シャワーを浴びて血を流したり、骨折や傷の応急処置もしなければならないため、一度家に帰ってから行くことにした蓮は、ふらふらとおぼつかない足取りで帰路についた。
「そういや、財布も家だったな……」
ここまで来ると、家が蓮を呼んでいるような気さえした蓮であった。
その後、7時15分には帰宅した蓮はシャワーを浴びてから怪我の手当を簡単に済ませ、忘れず財布も手提げカバンに入れる。
それから包帯グルグル巻きで肩に吊るされ使えなくなった左手の反対を押し切って、右手だけで自転車に乗って商店街まで出向いた。
そこで、道行く人々の視線を大量に浴びながらも女の子に人気のケーキ屋さんに入り、その中でも店員や他の客にあからさまに怪訝そうな顔をされながらシュークリームを購入した。
なんとか目的のモノを購入せしめた蓮はカバンに入れてから自転車の前かごに入れて、中身がぐちゃぐちゃにならないように、痛みを堪え丁寧に物を運搬した。
ここで一つ余談だが、蓮にはここまでしてシュークリームを手に入れた理由と、一つの野望があったのだ。
甘味類、デザートとは得てして総じて女の子に似合う食べ物なのだ。その中でもシュークリームは他のデザートとは一線を画すものだと蓮は思っている。
というのも、その理由はたった一つ、舌を出す回数が段違いである! というところから来ている。
ケーキにパフェ、プリンやらなんやと、デザートには生クリームをのせるものが多数存在する。
だがしかし、シュークリームは、その名にクリームと冠するだけのことはあり、そのクリームの量が半端なものではない。
シュー生地にクリームを入れたそれらは、口にしようとするたび、中からあふれんばかりのカスタードクリームが出てきて口元にシミを作る。
そしてシュークリームは手で食べるものであるため、手につく回数も倍増しというわけだ。
更に今回蓮が買ったシュークリームは少しお値段のするもので、シュー生地が少し固くなってパイ生地のような雰囲気のソレに、斜めに切り込みを入れ、ホットドッグのようにカスタードクリームを挟んだ物だ。
つまりこの構造により、カスタードクリームが広い切り口から溢れる可能性、量が共にアップして、指を舐めたり、舌を出して口の周りを舐めたりする可愛らしい姿を見られる回数がさらに増えると言うのだ。
かなり長く熱弁したが、要約すると蓮の野望とは、アリスの可愛らしい姿をこの目に収めたい! という事なのだった。
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「きゃっ!?」
蓮がよろず屋に帰ると同時に短く息を呑むような悲鳴が上がった。無論、山中だ。
「あらまっ。今さっき喧嘩してきましたっていう顔してるねぇ」
「車にはねられたんです」
とはいえ、二人から目を逸らしてそう答えた蓮の言動と、やはり顔が全てを語っていた。
「え? でもっ」
「やめな、結衣。誰にだって言いたくないことはあるもんさ」
「あっ……、そうですよね。詮索は悪趣味ですよね。ごめんなさい」
「いや、だからはねられ」
「わかってる。わかってるから。それより女の子がまたここに来てたけど」
言い訳も虚しく、どや顔でスルーされるが、それよりもよろず屋に来たという女の子が蓮には気になった。
「ポニーテールの子っすか」
その質問ともつぶやきとも取れる言葉は山中によって肯定される。
理由は蓮の身を心配してか、それとも蓮のせいで巻き込まれた事に対する苦情か。わざわざここに来た時点でほぼ答えは出ているようなものだった。
だが蓮はそれにはなんの返事も返さず、アリスの部屋に行く、とだけ伝えて階段を昇っていった。
「お、おにいちゃん!?」
普段からつとめて冷静であるアリスが、珍しく取り乱している。
もちろん原因は蓮の格好だ。
小さな傷一つでも心配しそうなアリスが今の有様の蓮を見て心配しない訳が無い。
「ちょっと車にはねられてな。それよりお見舞いだぞー」
するとアリスはおもむろにもぞもぞと横にスライド移動し上体を起こして、空いた空間をぽんぽんと叩く。
「おにいちゃんもけが人。というよりおにいちゃんのが重症」
なるほど、と蓮も納得して、靴を脱いでアリスの隣に座る。
「お土産も嬉しいんだけど、その前に応急処置。治療。オペ。大手術なの」
いやぁ、応急処置は嬉しいんだけど、大手術はちょっと……、という蓮にもお構いなしで、なにやら早口でブツブツとつぶやきながら術式を展開していく。
当然、魔術を教えてもらい出したばかりの蓮には何をしているかもわからかった。でも下手に今のアリスの邪魔をして、また事故が起きないとも限らないので黙って大手術とやらを受けることにした。
まず最初に蓮の頭上にいつもと違う、優しい薄緑色の魔方陣が形成される。淡い光を放つそれから、ふわふわと雨のように光のつぶが落ちてきて蓮の体を包み込んでいく。すると光が触れた部分から徐々に痛みが和らいでいった。
そしてアリスは、蓮の頭上に魔方陣を形成し終わると、同時に次の詠唱に入り、その後連続して2つの魔術を行使した。
一つ目の魔術は先程の魔方陣と同色で、紙のように薄い半透明の板を出現させ、蓮の腕をまるで肘あたりから切断するかのように突き刺した。
二つ目の魔術は同じく同色で、薄く、半透明な包帯を出現させた。それはするすると蓮の上腕に巻き付き、肌になじむように消えていった。
それが終わると蓮の腕に半ばから突き刺さっていた板も消失した。
一つ目の魔術は、いわゆる麻酔の役割である。しかしこの麻酔は痛み止めなどでは無く、文字通りの麻酔で、光で区切った箇所から先の部分から送られる神経信号を遮断し、逆に脳からの信号も遮断する。
二つ目の魔術は、治癒効果の付属した包帯で、折れ曲がってしまった骨を元の位置に矯正する役割を持っている。いくら魔術とはいえ、折れた骨を無理やり矯正すれば当然のように痛いので一つ目の麻酔の魔術を先だって発動しておいたという訳だ。
そうしてアリスの言う大手術が終わった頃には体の細かな傷や、大半のアザや腫れは治まりを見せ、痛みも治療前とは比べ物にならないほどに軽くなっていた。
アリスに心からお礼を言った俺は、アリスに感謝の気持ちも込めて、ようやく苦労して買ってきたシュークリームの箱をアリスに渡す。
箱を開けたアリスは大喜びで、笑顔を綻ばせながらシュークリームを受け取った。その笑顔が見られただけで、蓮は十分に報われた気持ちになる。
蓮は自分の分は買ってきていなかったのだが、“偶然にも”そのおかげでアリスから俗に言う、あ~ん、をしてもらうこととなった。
当然、当初の計算どおりに、指を舐めたり口元を舐める仕草も存分に堪能し、その光景が蓮の心の曇を多少なりともとりはらっていった。
ふと窓から外を見ると、隣のビルのせいで空すら満足に見えないが、町が既に夜の帳に包まれていることはわかった。
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その頃、彩音はとある公園のベンチに座っていた。
夜空には満点の星空は写っていないが、今の彩音には、雲の合間から覗く星の煌きだけでも十分に綺麗だった。
それはきっと都会の明るさに薄れてしまっているかもしれないけれど、今も星が輝いていることにかわりはないはずだから。
彼女の右手にはシュークリームが握られていた。
その隣には小さな飾り気の少ない白い紙箱と、その上に置かれた紙切れがある。
紙切れにはこう書いてあったらしい。
“巻き込んで悪かった。 怖い目に合わせたと思う。
お詫びって訳じゃないけど、箱の中身食べてくれ。
後、明日から三日間旅行行くから学校行けんが、変に心配すんなよ。”
空を見上げる瞳には涙が光っていた。
ようやく投稿することが出来ます!
今回も長くかかってしまって申し訳ないです。
今回は何回か読み直して編集したので誤字脱字少ないと思いますが
あれば感想フォームにて教えていただければと思います。
もちろんそれ以外の感想も受け付けております。
けっこういい感じに出来たと思うので楽しんでもらえたらと思います。
それではまた次回。