第14話、白、白、茶色。
よろず屋の2階、社員達が普段業務をこなしているオフィスには、今日も変わらず社員達がコンピュータに向かい、カタカタと作業をしている。
よろず屋は、一階こそ小さなスナックバーのようになっているが、本来はそれだけでなくその名の通り、豊富な種類の仕事をこなしている。
と言っても決まっているものはそれこそ一階のスナックバーくらいのものであり、顧客に頼まれれば法に触れない物で、よろず屋の社員にその要望に対応出来る者がいる場合であれば、どんな仕事でも請け負うというのがよろず屋のスタイルである。
だが“法に触れない物で”という前書きすら交渉次第で多少は変化する。
なので、今日よろず屋に出勤している社員の仕事にも多少バラつきがあり、パソコンの画面に映っている内容にも関連性が見受けられないものも多い。
ちなみに、よろず屋がいろんな仕事を請け負うのにはそれなりの理由がある。
よろず屋は、一般の会社を装っているだけで、本来は政府からの承諾を得ている超能力者たちの秘密結社のようなものだ。
となれば、社員たちには超能力者たちが多い。
超能力の覚醒時期には個人差があり、成人してから覚醒するという事も別におかしな話ではない。
つまり職業などが既に決まっている人間が、超能力を開花させ、よろず屋に集まってくることで、様々な職業に就き、スキルを持った人間が集まり、個々の力を活用するために“なんでも屋”という方式をとっている、というわけだ。
このような超能力集団は結構多い。
中にはそんな集団から独立し仲間内で新たな集団を結成するものも時々現れるが。
そんな会社の中、他の社員たちと同じように作業をしているが、まるで白い半紙に染み付いた一点の墨汁のように明らかに浮き出ている金髪の男がいた。
よろず屋内では、4階の社長室と社長室横の応接室以外では、高さを調節できる椅子を採用しているせいもあり、真横から見ればその男は他の社員より幾分か頭の位置が高く、身長が一般的な日本人男性よりもある程度高いことがわかる。
と、くればもう当てはまる人物は一人しかいない。
「今日はアーサーさんのお子さん達が訓練室使ってるみたいですね」
「ええ、自慢の子供たちでしてね。二人とも私の血をしっかりと受け継いで魔術の才に溢れてると思いますよ」
「お二人ともアーサーさんの面影がありますもんね。アーサーさんに加えてそんな二人までよろず屋に入ってくれるだなんて本当に心強いですよね」
となりの席の社員に話しかけられたその金髪長身の男、アーサーは、蓮がなんの訓練も積まず、たった一度で魔方陣を発現したときには血がでるほどに額を壁に叩きつけていたというのに、今は誇らしげに返事を返す。
そんな二人の、いやアーサーとその社員の他にも、何人かの人間の視線は、壁に設置された5つのディスプレイに向けられていた。
社員たちの視線を集める5つの画面には、どれも繰り返し何かに向かってジャンプし続ける蓮と、傍でそれを見守るアリスの姿が映し出されていた。
「この訓練は…、何か意味があるんでしょうかね」
魔術の訓練ということで、地下訓練場を使用している二人を映し出しているディスプレイだが、そこに映る映像は到底魔術の訓練には見えず、ディスプレイを見た何人かの社員も苦笑している。
「蓮は魔力の保有量が多すぎましてね。見ました?この前は魔方陣に過剰じゃ済まない量の魔力を一気に注ぎ込んで魔方陣を暴発させたんですよ」
「ああ、僕は見てないですけどそんな話は聞きましたね」
「だから魔法として魔力を使う前にまず自分の体で魔力の扱いを覚えようって事だと思います。っていっても、超能力者には魔力を使うという概念がないからわかりづらいかもしれないですけど」
「僕たちの超能力は第六感そのもので、手や足を動かすのと何ら変わりわないですからね。でも何となくのイメージくらいなら出来ますよ」
「なんにせよ、蓮には強くなって、女を守ってやれるような男になってもらいたいものですよ」
自分の身を守らなければいけないのも確かだが、それこそが愛する女性を失ったアーサーにとってのもう一つの願いでもあった。
そんな想いとは裏腹に、アーサーが喋り終わった直後に、階下から軽い衝撃と、唸るような音が響いてきた。
同時に、感覚を研ぎ澄ましていなくても、感じ取れるほどの魔力が広っていることに気付き、すぐさまディスプレイ見る。
しかし、先程の衝撃で損傷したか、一時的に障害がおきたかで、液晶は人影を映しておらず、ただ灰色のノイズだけが流れていた。
魔力の拡散には気付かずとも、衝撃と音で異常を感知した社員全員の視線が画面にむいていた。
数秒後、社員たちのざわつきも収まっていない中、壁に掛けられたモニターが回復し、状況を映し出す。
「っ!?」
画面に映し出された映像を見たアーサーは苦虫を噛み潰したような顔をし、現状を把握しきれている訳ではないが、それでも誰よりも先に動き出す。
「2階の医務室にベッドの準備だけお願いします!」
それだけ言うとアーサーはオフィスから飛び出し、階段を駆け下りていった。
アーサーが地下への階段を降りて、訓練場前の地下回廊に着いたのと蓮が部屋を飛び出してきたのはほぼ同時だった。
「親父ッ!」
「わかってる!わかってるからまず何があったか話せ」
部屋から出てきた蓮の顔は青白く、額には汗が浮かび、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
慌てる蓮を宥めながら訓練場に入る。
部屋の中は前回の爆発の時と同様に大量の魔力が空気中を漂っている。
そしてアーサーはその室内に一人寝転がるアリスを見つけた。
瞳を閉じたアリスは仰向けに倒れていて、綺麗な銀色の髪も今は無作為に広がりコンクリートに張り付いている。
アーサーは倒れたアリスの傍まで走っていき、手を握ってとりあえず魔術師としての感覚だけでなく、現実としてアリスが生きていることを確認し、ある程度の落ち着きを取り戻した。
「俺が魔力を使ってジャンプしようとしたらいつのまにか両足に鎖がついてたんだっ。その鎖の端っこをアリスが持ってて、それを俺が見た瞬間、前に俺が魔方陣爆発させた時と似たような爆発が起こってっ……」
そのあとにアリスを見た時には既に倒れていた。
余りにも大雑把な説明ではあるが、自分が何をしてしまったのか、それすらもよくわかっていない蓮には、自分がアリスを傷つけたような気がして、そんな説明すらも最後まで言うことができなかった。
「そうか、アリスに助けられたな、蓮。でもアリスは大丈夫だ」
アーサーは握っていた手を離して、アリスを抱きかかえる。
アーサーの顔からは既に焦りは伺えない。
「え、あぁ、そうか」
それは嬉しいことだが、アリスが無事だったという安心感が大きすぎて、そして余りにもあっさりとアリスの無事?が確認できたことに驚き、周りのことなど上の空で、既に父親と妹が部屋を出ようとしていることにも気付かなかった。
「おーぃ、さっさと上がるぞー」
「あ、あぁ」
その声にようやく現実に引き戻され蓮は小走りで二人の後を追った。
「倒れた原因はただの魔力酔いだ」
医務室にある4つのベッドの内、部屋の一番奥で窓際にあるベッドにアリスは寝かされている。
と言っても、このビル自体がビルに挟まれているので日当たりなどというものは無いようなものだ。
そのベッドの隣に小さな丸椅子を並べて二人は座っていた。
「なにそれ」
当然魔術の知識などほとんど皆無の蓮にそのような専門知識はありはしない。
「魔力に酔ったって話」
アリスが無事と分かり普段通りに戻ったアーサーの返事は至極適当で、地下室での蓮の説明より数倍ひどいものだった。
「そんなの聞けばわかる。もうちょっと詳しく教えてくれ」
「ばーか、ちっとは自分で考えろ。倒れたのはアリスで、原因は魔力酔い。でもお前はその魔力酔いとやらをしなかった。加えてその直前の状況、全部足し算してイコールだ」
不満がないわけではないが、たしかに状況分析というのは何においても大切なスキルだ、ということも間違いないので、ここで軽く頭の運動をしてみる。
(直前の状況と言えば、俺が魔力を使って飛ぼうとしたんだ。そしてその瞬間に足にあの足枷がついたんだよな。あの足枷が魔術で、発動さしたのがアリスなら、多分魔力を使って飛ぼうとしたのがまずかったんだろうな。俺が魔術を使って飛ぼうとしたのを阻止しようとしたってので間違いないだろう)
「まだわかんねーのかー?俺もまだ仕事が残ってるから早くしろよー」
「うるせぇ、急いでんならさっさと教えろ」
「いや、まぁそれほどなんだがな」
(くそ、これ以上は俺の正常な思考回路に以上をきたす原因になりかねん。で、だ。鎖が付いた後、足に送って溜めたはずの魔力が、風船みたいに流れていったんだ……。ん?流れていった?あの鎖にか?鎖の端っこはアリスが握ってたから……。そうか、それで魔力酔いかっ!)
蓮の顔が、いや、主に口元が謎が解けたと言わんばかりに大きくゆがむ。
「ほう、謎が解けたようだね、ワトソン君」
「俺が足に込めた魔力を、アリスが足枷の魔術で吸い取って、慣れない他人の魔力にアリスは魔力酔いを起こして倒れ……、あれ?」
そこまで言ってから蓮の眉間にシワがよる。
「そうだ、それじゃ魔力の暴発の説明がつかねぇな。どれも間違っちゃいないが、まぁ補足を付けて俺の導き出した回答を教えてやろう。まず一つ、お前は勘違いしてるんだろうと思うが、多分アリスから魔力が暴発したのはお前から魔力を吸い取る前だ」
「え?なんでだ」
「まぁ聞け。後もう一点。状況からすればお前の言ってることも間違いではないが、蓮、お前はアリスがお前を守るために動いたということを考慮していない。それじゃぁ最後まで答えにたどり着けんのだよ。お前は前と同じように魔力を足に込めたんだろう。そのまま飛んでいればお前の両足は魔力の筋肉に内側から圧力をかけられてミンチだ、ペチャンコだ。細胞レベルで破壊されて見に耐えないクズになっていただろう。もし足が潰れなくても、大量の魔力で増強され、異常な筋力でジャンプしたお前は天井に高速で全身を打ち付けて確実に御臨終だ」
それを想像したのか蓮の顔が再び青白くなっていく。
「お前の足に集中する魔力に気付いたアリスは、その魔力が擬似筋肉に変換されるのを阻止するために、お前の足に集まる魔力を抜き取ろうと考えた。そこでお前が見たあの足枷の登場だ。多分それは召喚魔術だと思うが、吸い取るにしても相手が蓮の場合だと吸い取る魔力の量が多すぎたんだろうな。前にも言ったが個人の魔力の器は決まっている。前の魔方陣の暴発と一緒で、人もその器の許容量を大きく超えると同じような事になるらしい。だからお前の足に足枷をつけてすぐに魔力の大半を吹っ飛ばしたんだろうな。そのあとはお前の想像どおりだ。」
最近は長い話を聞く機会が何度かあったせいでなんとか追いついてはいるものの、未だに魔力という現実離れした言葉に普段よりも理解力が落ちてしまう。
「アリスはそんだけのことを一瞬で考えたってことか……。」
普段眠そうな顔でぽーっとしているアリスがそこまで頭を高速回転させていることに、ついつい、こういうのも経験でアリスも向こうにいた頃に実戦したりしていたのだろうか、などと邪推してしまう。
そんな心配は杞憂で終わることを願うばかりである。
「まぁそういうこったな。しっかしアリスあの年で召喚まで出来るとはとんだ神童がいたもんだ。んじゃ、俺は仕事に戻るからきっちりアリスの看病しとけよ」
「りょーかい。あ、藤井さんに晩ご飯お願いしといてくれ」
アーサーは蓮の言葉にひらひらと手を振ることで答え医務室を後にした。
医務室に、静かに眠るアリスと二人残された蓮。
今更ながら、少しうるさくしてしまったかな、と思う。
白い壁、白いカーテン、白い机、見渡す限りに白い部屋の中で、これまた白いベッドに寝かされた何の汚れも無い白いアリス。
こんな部屋の中にいると自分はまるで異物のように思えてしまう。
この空間に自分は居てはいけないような気にならなくもない。
でも今はこう思うことにしよう。
自分はアリスがこの白に引き込まれないように、アリスがこの白に溶け込んでしまわないようにここにいるんだって。
そうすればアリスがまた自分に微笑みかけてくれるだろうから。
両手で握るアリスの小さなぬくもりに蓮は身をゆだねた。
はい、読んでいただいてありがとうございます。
作者のななしです。
今回は日常というか、たわいのない登場キャラたちの会話とかそういったものが少なかったので、比較的書きやすかったです。
自分にとって何気ない日常というのが一番書きづらかったりするんですよね。
友達少ない人見知りだからですかねww
そんな作者にも彼女がいたんです、はい、“いた”んです。
もちろんフラれました。もう生きる希望が風前の灯火ですorz
小説の後書きにこんなこと書いてる作者もどうかと思います。
ですが、書かずには居られない!
なぜなら友達少ないから!
本当はもっと早く投稿したかったんですけど、そんなわけで遅くなってしまいました、ごめんなさい。
今回の話も自分的には満足だったんで楽しんでいただけたのなら嬉しいです!
それではまた次回お会いしましょう。
感想おまちしておりますm(_ _)m