第12話、パパ…お兄ちゃんがたぶらかされてる…。
「なるほどなぁ、それやったらあの強さも当然っちゃ当然やなぁ」
あの後蓮と明良と吉田の三人は良輔の車に乗ってこの町の中心部であるオフィス街の西、商店街の南に位置する繁華街のメルフィーというファミリーレストランに来ていた。
そして蓮は今しがた三人になぜ自分がこれ程喧嘩が強いのかという理由をはなしていた。
幼いころから常人では想像できないほどの強さの父親を相手に格闘技の真似事をして育ち、小学5年生からトレーニングもし始めて鍛えてきた体は、技術的にも体力的にもそこらの高校生には負ける気がしないと自ら語った。
他の事ならばここまで自信を持って話すことはないのだが、こればかりは蓮の幼いころからの努力の結晶であるため自身を持って話すことができる。
ナルシストと言われてもおかしくない発言ではあるが、蓮からしてみればここでナルシストといえるような奴はまともに努力なんてしたことないような奴だろうと思う。
かいつまんでだが、蓮が話し終えたとき良輔は納得、という顔をしていて、吉田は少年漫画のような生い立ちに目をキラキラさせ、明良はというと不貞腐れたように、つまらなさそうな顔をしていた。
「へぇ~、そんなことしてたんかぁ。でも俺も正直河口があそこまで強いとはおもってなかったなぁ」
「やんなぁ?俺も最初なんやこのもやし野郎、ておもてたもん」
明良がつまらなさそうな顔をしていたのは、単純に何故こんな暗殺者よろしくな育て方をされてきた奴相手に喧嘩をふっかけたりしたんだろう、という後悔からだった。
「え…、いくら制服の上からやったとしてもそこまで細く見えたってのは男としてショックだぞ…」
「まぁええやんけ、男は外見じゃなくて中身やぞ。ぱっと見細く見えてもベットの上でムキムキやったらもっと女惚れさせれるやろ。ギャップ萌えやんけ」
「はは、彼女いないですけどね」
上機嫌に語る良輔をみていると、このとき蓮は屁理屈というべきか、正論というべきか、「服脱いだだけで、結局体見せてるだけなら結局外見のままじゃないだろうか」という言葉を飲み込まざるをえなかった。
「ほんまけ?女やったらいつでも紹介したるでぇ。そっちのこ…名前なっやっけ?」
良輔は明太子スパゲティを食べている吉田に目をやる。
「よ、吉田優太っす」
「んじゃ優太な。優太も女紹介してほしかったらいつでも言えよぉフリーの女の子からセフレまでなんでもこんかいやぁ」
「まじすかっ!?」
「反応はやっ!性欲たまりすぎやろ」
さっきまでまだビビッていた吉田がテンションを一気に上昇させる。
その脊髄反射はすばらしいが、理性は犬以下なのではないだろうか。
「高校はいってからはご無沙汰してるからさー」
「ほんまか、まぁとりあえずそういうことやからケー番とアド教えとくわ。女以外でも困ったことあったらいつでも呼んでや」
女以外の困ったこととは十中八九喧嘩のことであろう。
実際そこまで頻繁に喧嘩に巻き込まれるようなことはないだろうと思うが。
「ありがとうございますっ、赤外線でいいですか?」
「おう、てかそれ以外ないやろ」
それから蓮と吉田は良輔と連絡先を交換しあい、その間に店員が運んできた料理をたっぷり食べた。
もちろん会計は良輔持ちである。
帰りは蓮も吉田も良輔に車で家まで送ってもらった。
この町自体が小さいのでわざわざ送ってもらうほどでもなかったが、それこそ短い距離なのでたいした手間にもならないと良輔が言うのでご好意に甘えさしてもらったのだ。
車に乗っている間良輔に族に入らないかと誘われたがさすがにそれはお断りした。
たしかにバイクはかっこいいと思うが自分はそこまでやんちゃしたいとは思わなかったからである。
良輔は体操残念そうにしていたが、それでも機嫌を損ねることはなくバイクがほしかったらいつでもまわしたるからな、と言ってくれた。
暴走族のリーダーではあるが友人にはとことん優しい良輔であった。
蓮は今日もいつもどおり教室で昼食を食べていた。
今日の昼食は学校に来る途中の道のコンビにで買ったおにぎりとパンだ。
蓮は朝ごはんと晩ごはんは自分で作るのだから弁当を作ることぐらい造作もないことだが、朝が弱い蓮に毎日弁当まで作るなんてことは不可能であった。
ついでに言うと蓮は作った料理を弁当サイズに配分し、弁当につめるという行為がめんどくさいのできらいだ。
そしていつもどおり教室で食べてはいるのだが今日は吉田と彩音も一緒だった。
「ねぇ、今度蓮くんの家に遊びに行ってもいいかな?」
今日の授業のこととか最近の面白かった話のこととかどうでもいい話をしていた三人だが、出し抜けに彩音がそんなことを言う。
「あぁ、恋の予感…」
穏やかな表情で天井を見上げ、胸の前で両手を組む吉田。
「うるせぇよ」
とりあえず弁当を食べるために机の脇に寄せられていた布でできた流行りのキャラクターの形をした筆箱に吉田の顔面を突っ込んでおく。
うわっ、と彩音の悲鳴が小さく聞こえたがここは無視。
「で、別にくるのはいいけど面白いもんなんてなんにもないぞ」
「あのね、私ちっさい子供が大好きなの。だからまたアリスちゃんに会ってみたいなぁって思ってさ」
「っていう口実なわけだ。ぐふっ。」
もう一度筆箱サイズにされたため横長になった不細工なキャラクターにキスさせる。
ひっ、と短く悲鳴が。
「なるほど、そういうことなら大丈夫だな。平井、家はどのあたりだ?」
「葉々木町のオフィス街のすぐ東だよ」
「そうか、じつはな、親父がオフィス街の居酒屋で働いててな、たぶん今日もそこにいると思うけど来てみるか?」
わざわざ家まで行くよりもすこし遠回りだがこっちのほうがよっぽど楽だと思った。
アリスも家まで戻らなくてすむしよろず屋ならジュースくらい出るだろうとも思ってのことだ。
「早速お父様にあいさ──ぐふっ。」
そろそろ書くまでもなく。
「ははは、つくづくその筆箱がすきなんだなぁ。で、どうする?」
「うん、じゃぁ行かせてもらおっかな」
当然断る理由もない平井が了解したところで、本日の放課後の予定が更新され、今日もまた魔術の訓練はお休みということになってしまった。
「てか河口、アリスってだれだよ。名前もろ外人じゃん」
「俺の妹だよ。まぁそりゃ外人だしなぁ」
「まじかよ、聞いてなかったぜ。今度紹介してくれ」
「8歳だが?」
「う…、さすがにそれは守備範囲外だな」
アリスという外人の女の子らしい名前という情報はしっかり頭に入ったようだがそっちばかりに気が行ってしまってちっさい子供という情報は無視されていた。ただの女好きの馬鹿である
「それにアリスちゃんは蓮くんにべったりだもんね」
「まぁ年離れてる兄妹ってのはそんなもんだろ」
「たしかにねー」
正直どうでもよさげに相槌を打ちながら吉田はポケットを探りなにやら短い金属の棒が角のように生えた長方形の黒い物体を取り出した。
実物を始めてみた蓮や彩音ですら一目でわかるほどにそれは紛れもなく―――
「平井、見てのとおり河口はすぐに暴力を振るう悪漢だし、すでに聞き及んでいると思うが族4人を一人で倒すほどの実力の持ち主だ。もし襲われたときのためにお前にはこの秘密兵器を貸し与えよう」
―――スタンガンであった。
「きゃぁっ!?」
突然そんなものを差し出された彩音の驚きは一般の女子高生として当然のものであった。
「どう考えてもそんなもんポケットに忍び込ませて校内うろついてるお前のほうが危険だろw」
同時にポケットに入れている間に間違ってスイッチとかなんか押して自爆すればいいと思った蓮である。
「平井、河口を甘く見ちゃだめだぞ。こんな普段授業寝まくってぼーっとしてる河口が人間のパンチを避けるところを見た俺の衝撃をお前にも伝えてやりたいくらいだ」
むしろ人間はパンチなんて避けれる生き物ではないとすら吉田は思っていた。
まさかその考えが友人によって自分の目の前で打ち砕かれるとは吉田もおもっておらず、今まで自分がしてきた喧嘩など子供じみた遊びに過ぎないと思い知らされた吉田のショックはそれなりには大きかった。
しかしながら当然蓮のような動きを誰もができるわけではないということもその後4人で行ったファミレスでの蓮の生い立ちから理解している。
「へぇー、蓮くんってそんなに強いんだぁ。見た感じはちょっと怖そうだけどそこまで強そうには見えないからなんだか意外だなぁ」
故意に肩を開いて強そうに見せる必要もないと思うし、能ある鷹は爪を隠すともいう。
昨日も確かに同じようなことを言われたきがする。
だがしかし、彩音のうそ偽りのない本心からの言葉だからこそ男である蓮の自尊心がさらに傷つけられたのは間違いなかった。
といっても別に落ち込むというほどのことでもなかったが。
「ま、まぁそんなことはなんだっていいんだけどな」
強がりであった。
いつもどおり3時半ごろに学校から開放された蓮は彩音をよろず屋まで連れて行く約束をしていたので一緒に下校していた。
暴走族の男達に絡まれてからというものこの高校でも一気に知名度が上がってしまい一躍時の人となったおかげで、彩音と二人で歩いていると好奇心で蓮たちに向けられる視線が多くむずかゆかった。
「へぇー、じゃあ蓮くんもちょっと前までは私と同じ一人っ子だと思ってたんだね?」
そんな帰り道、特に話さなければならないようなこともなかったので蓮は彩音に実はアリスは最近までイギリスに住んでいて蓮自身アリスの存在は知らず突然日本に引っ越してきたんだということを話していた。
「まぁそういうことだな」
「でもその割にはアリスちゃん日本語うまいよね。実は前にお店であったときも普通に日本語で挨拶してきたから結構びっくりしたんだよね」
多くの人間にとって存在すら希少価値があると思われる銀髪の少女が事も無げに日本語をしゃべるのは彩音にとっても奇妙なものがあったらしい。
「イギリスで日本語でも習ってたんだろうなぁ。あんまり喋んないから見るからに文学少女って感じもするし」
「ほんと、うらやましいよね」
蓮がちらっと彩音の方を見たとき、彩音はまだまだ日が落ちていない明るい空を見上げて笑っていた。
はて、自分はそんなに面白話をしただろうか、そんな風に思いながらも彩音の優しい笑顔はどうもアリス蓮の母や幼稚園の頃によく遊んでいたひとつ年上の女の子がよく蓮に見せた笑顔と似ているような気がしてならなかった。
それから少しの間はどちらも喋らなかったが蓮は普段からあまり自分から話題を作るタイプでもなかったので特に居心地が悪いわけでもなかった。
「ところで平井、結局あのスタンガンは吉田に返したのか?」
再び蓮が話かけてきてくれたことがうれしかったがなぜいきなりそんなことを言い出すのかが彩音にはよくわからなかった。
「え?うん、だって蓮くんがそんなことするわけないと思ったし、私あんなの怖くて持てないよ」
「そりゃそうだ。平井、俺学校に忘れ物したからちょっとそこのコンビニの中でまっててくれないか?」
蓮たちはすでにオフィス街に入っていて周りにはいくつも伸びるが立ち並んでいるが、蓮たちが歩いている道沿いのビルのひとつに一階部分がコンビニになってるビルがあった。
「それだったら私もいくよ」
「いや、良いんだ、平井に手間はかけさせられないし俺が走ればすぐだから」
そう言われてしまっては彩音も強くは出れない。
正直に言ってしまうと、蓮と一緒に行くのであれば走らずにゆっくり歩いていくほうが良いと思うのだが、蓮には今日は“アリスに会いに行く”という理由でここまで一緒に来ているので、これはできるだけ早くアリスに会わしてやりたいという蓮なりの配慮だろうとはわかっていた。
吉田は何気なく言っただけなのか、それともわかっていて言ったのかは彩音にはわからないが、どっちにしろ“アリスに会いに行く”というのは蓮と親睦を深めるためのただの理由に過ぎない吉田の言葉に、いくらかは蓮に真っ赤になった顔など見せれないという気持ちで押さえつけたが、それでも焦りと羞恥で顔から火が出る思いだった。
当然そんな彩音に「実はアリスちゃんに会いたいって言うのは嘘で、蓮くんといたかっただけなの。だから私も一緒に学校までいくよ」なんて言えるはずもなくおとなしく引き下がるしか道はなかったのだ。
「うーん、それもそうだね。じゃあ私ここで待ってるね」
コンビニの前まで来たところで彩音は仕方ないか、とあきらめ蓮のほうに向き直る。
「悪いな、すぐ帰ってくるから絶対コンビニでんなよー」
吉田くんに聞いた話だと、別に全力疾走しろってわけじゃないけど高校入ってすぐの身体測定でも蓮くんはすごい記録出したらしいしすぐ帰ってくるんだったら良いよね。
最後に走り去る蓮の背中を見納めてから彩音はコンビニの中に入っていった。
メンバーの大半が葉々木町の西側に位置する錦乃町に住んでいる暴走族グループの幹部である中元は今かなり怒り心頭といった状態だった。
原因は自分の正面に立つ茶髪の少年(といっても高校生だが)である。
先日、仲間4人がこの少年にやられたという。
そのため、総長に少年を一度痛い目に合わせてやれと言われ中元は少年が学校を出たらすぐに近くの人気の少ないところに連れて行って袋にしてやろうと思っていたが、少年は一人ではなかったので途中まで仲間の一人に尾行させていた。
そんな中、中元が頭にきているのはその少年が尾行に気づいたこと。
尾行に気づいた少年がつれていた女をコンビニに入れて自分は来た道を逆走してわざわざ自分から中元たちを誘い込むように駐車場に入ったこと。
そして何より仲間6人とともに少年を取り囲んでいるにもかかわらず、少年は何の物怖じもせず中元をまっすぐ見据えてくるその目が一番気に食わなかった。
ここまでくるとさすがに普段は冷静な中元も怒りが体の震えととなって現れる。
「お前ら、もうさっさとこいつやってまえ…」
まだ中元の仲間は動かない。
一人で四人を倒し、今7人もの男に囲まれても動じない少年の雰囲気に飲まれて自分から動き出すことができなかった。
最初は一人で四人をこの少年一人相手に仲間が四人やられてなんてまったく信じられなかったが、今この少年を前にして彼らはそれを絶対に嘘と言い切ることができない。
むしろそれは事実だろうと思える。
そんな雰囲気が今この空間を支配していた。
「早く行けやぁッ!!」
幹部である自分の命令を聞かない仲間についに怒りが爆発した中元の怒声が響く。
それに真っ先に反応したのは少年の真後ろに立っていた男だ。
背後にいるため正面や横にいるものより精神的優位を感じていたためだろう。
全速力で振り向かない少年に走りこんで右手の射程圏ぎりぎりのところに大きく踏み込み右肩を引く。
しかし男はこぶしを振りぬく直前でおかしなことに気がついた。
なんでこっち向いてるんだ?
そう思ったときにはもう遅く、肩越しに男を見据え少年が腰の高さから突き出すように放った右足をもろに鳩尾に食らった男は軽く後ろに吹っ飛び酸素を欲して激しく咳き込む。
続いて両脇から飛び出していた二人の男のうち一人は飛び上がってスピードと全体重を乗せたとび蹴りをするも軽く身を捌いただけでかわされ、直後顔面を殴られ空中から叩き落される。
その反対側の男の、顔面を狙ったパンチは、少年の虫を払うような動作でいとも簡単に流され膝蹴りを腹に食らって3人目の男も沈黙。
一瞬にして3人の仲間がやられた現場を目の当たりにして残りの4人は次は自分に来るかもしれないと身構え、少年をにらみつけることしかできなかった。
そしてその全員が今、前回見方がやられた時とほとんど同じ状況に陥っているということに気がついていた。
少年が肩から手を離したことによって膝蹴りを食らった男が崩れ落ちる。
「次、来いよ」
声を荒げるでもなく淡々と言葉を紡いだ少年のその瞳は軽蔑の意を伴って中元を捉えていた。
ずいぶんとまた間隔をあけてしまいました。
申し訳ございません。
どうも作者は日常を書くのが苦手なようでして。
といっても日常以外の描写が上手なんだよーって言いふらしてるわけではございませんのであしからず。
次話はもう少し早く書き上げたいと思ってはいますがいったいどうなることやら…。
こんな作者ですが最後まで付き合っていただけたらなぁ、と思います。
それではまた次話でお会いしましょう。