第10話、術式起動。
―ッ?!
アリスが話終えたと同時に蓮の体に異変が起きた。
人は身体中に巡る血液の流れを感じる事は出来ないが、これまで当たり前のように蓮の体内にありながら全く活動していなかったそれが、蓮の体の中心から両の手に流れ繋がれた手を伝い、アリスによって術式へと改変されていくのをまるで魔力が感覚器の延長であるかのように感じる。
初めて魔力を意識した瞬間だったが魔術の存在を知った蓮は何の疑いも無く、体内を流れるそれを魔力だと言い切ることが出来た。
「埋もれし摂理を照らし出せ、ブライトネス」
アリスの起動呪に反応するようにアリスのオレンジ色の魔方陣が浮かび上がり、直後その上に白い光を放つ光球が出現し魔方陣は跡形もなく消え去る。
そしてそれを見届けたアリスは蓮から手を離し短く新たな呪唱えた。
「っ、裁きの矛と化せ、トライデント」
すると光球は天井近くまで舞い上がり今度は光球の斜め上方に三つの魔方陣が姿を表す。
刹那、光球は三つに分裂し吸い寄せられるようにしてそれぞれの魔方陣に激突、激突した光球は眩い輝きを放ちながら全て同様に一筋の光条となり一直線に蓮達より五メートル程離れた地面に、いや、突如地面に伏せるようにして浮かび上がった魔方陣に突き刺さり消滅した。
全ての行程が終了し、アリスは短く息を吐く。
「ひぇ~っ」
「ありゃ、これはたいしたもんだねえ」
魔術を知らない山中は素直に、というより無意識に感嘆とも驚愕ともとれる声を漏らす。
そしてこれまで幾度となく魔術師と命のやり取りをしてきた藤井ですら若干8歳にしてこれほどの技術を持っていることに驚きを隠せない。
「今の術はチェインという技術。一つ目の魔術師に新らしく術式を加え、より強力な物にするの。さっき言ったように難しい魔術は幾つもの術式の組み合わせで出来てる。それの応用なの。頭の中で術式を組み合わせるんじゃなくて、発動された魔術に術式を継ぎ足していくの。だから手間はかかるけど簡単に術を発動出来るし戦術の幅も広がって一石二鳥なの」
そう長々と説明をしたアリスだが、初めての魔力の感覚に少なからず優越感を感じ、さらに今の魔術の威力がいったいどれほどの物だったのかなどと考え、一見ぼーっとしているようにしか見えない蓮に今の説明がきちんと頭の中に入っているはずもなかった。
「あ、ごめんアリス。聞いてなかった、もう一回お願い」
愛しの兄に自分の声が届いていなかったとわかった途端、アリスは目を逸らして拗ねたような顔になる。
どうしたものか、と頭を捻る蓮。
そして僅かな時間の間に導きだした答えがこれだ。
…褒め倒し作戦。
膝を折り目線を合わせ、その枝毛の一つもない銀のベールで覆われた頭を撫でる。
「ごめんごめん。でもやっぱりそんな顔したアリスも可愛いなぁ」
機嫌を損ねたアリスを見るのもそれはそれで面白いが、今は魔術を教えて貰っている身なので、まずすべき事はアリスのご機嫌取りである。
蓮の言葉を聞いたアリスは嬉しさと恥ずかしさに又もや顔を朱に染め照れ隠しにひしと蓮に抱きついた。
「…、続きするの」
蓮の耳元でこんな場所じゃなかったら聞こえないかもしれないくらいの声でアリスが訓練再開を告げた。
褒め倒し作戦は見事、成功である。
「このロリコンー」
「ロリコンー」
「ああっ、なんて罪深き兄妹愛っ。良いですっ」
二人がヤジを飛ばすなか、残る一人は最早平常心を無くしてしまっていた。
だが今度は蓮もスルー。
反応する時間すら勿体無いと思う程に今の蓮は早く魔術の訓練がしたかったのだ。
勿論単純にめんどくさいというのもあったのだが。
「で、アリス。今ので魔力の感覚は掴んだけど次はどうするんだ?」
それを聞くとアリスは蓮から少し離れ地面に立て膝の状態になってそのコンクリートの上に手のひらを添える。
「見て」
か細い呟きとともにその小さな手のひらの下にコンクリートに溶け込みそうになりながら輝いて自己主張する魔方陣が浮かび上がる。
しかしながらその魔方陣にはいくら魔力を注いだとしても魔術が発動する事は無いだろう。
なぜならその魔方陣には魔力をどのような術に変換するかという情報、術式が全く書き込まれていないからだ。
「今からこの魔方陣に術式を刻み込んでいくの。だからお兄ちゃんはその術式の文字と意味と刻み込む順番を覚えてほしいの」
「なんか難しそうだな…」
苦手というよりもむしろやれば出来るタイプだが、それでも勉強が嫌いな蓮は口を尖らせる。
「我慢して、お兄ちゃん。術式だけは覚えないと魔術は修得出来ない」
難しいと言うところは否定できない正直なアリスである。
「悪い悪い、別に嫌って訳じゃないんだ。てことで、早速始めてくれ」
アリスはその言葉に頷くと、魔方陣な中心に描かれたどんな意味を持っているかもわからないような図形を囲っている二本の線でできた円のそれぞれの線の間にある空白に指を乗せる。
指が円を滑っていくとその軌跡には幾何学模様、文字と言うべきか記号と言うべきかすら良くわからない何かが描かれている。
いくつかの文字とおぼしきそれが空白に描かれたところでアリスが指を止める。
「これで火と言う意味。一番最初に書くのは魔方陣にこれから火の魔法を使いますっていうことを伝えてるの」
それからアリスは次々と文字で空白を埋めその度意味を説明していく。
今日アリスが蓮に教えようとしているのは蓮の家でアリスが初めて蓮に魔方を見せた火の魔術。
そして書き込む術式には熱量、光量、大きさを決めるものや持続、そのための蓮からの魔力供給やら単純な魔術でも結構多い。
他にも魔力に応じて光量をや熱量、大きさを増減出来るようにする術式やら他にも汎用性を向上させたり出来る術式があるらしいが、それぞれの魔術に効果を付与したり能力を向上させることのできる術式は決まっているらしい。
魔術は大昔に初めて魔術を発現した者がこの世に存在する全ての魔術を修めていたとされその時に存在しなかった魔術は新たに造り出す事は出来ないらしく、魔術師達は新たな魔術を見つけたとき「術を開発した」ではなく、「術を発見した」と言うらしい。
故に魔術が無限大に繁栄することは無いのだ。
そんな感じで蓮がアリスにためになる話を聞きつつ描かれた文字と意味、順番を一つづつ覚えていく。
端から見るとアリスの話は蓮の集中を削いで、覚えるのを邪魔してそうに見えなくもないが、蓮にとってはアリスはかなり教え上手だった。
なぜなら単純に興味のあるものと無いものどっちが覚えやすいか、という事なのだ。
ただ訳の解らない文字を覚えれと言われて黙々暗記するよりもアリスの語る今の蓮にとって興味深い話を聞きながらの方がより好奇心をそそられるのだ。
訓練が始まってから一時間が経ち、5時過ぎの頃。
地下にいながらも山中の能力は地上で客らしきものがよろず屋の狭い路地に入ってきたのを感知した。
「…!藤井さんお客さんが来たみたいですよ、上がりましょうか」
「仕方ないねぇ、後で訓練の成果みせなよ蓮」
蓮の訓練が見たかったのではなく仕事に行きたくなかっただけだが、しぶしぶといった感じで腰を上げ山中の仕事着である着物の尻をはたく。
二人が出ていくときに蓮は「晩御飯お願いしますねー」と言って送り出すと、藤井がわざとらしく耳を塞いで出ていったので、蓮はこれで夕食の心配はなくなったなと安心した。
「お兄ちゃん、次は魔方陣を創るの」
やっと魔術を使う下準備が整ってきたというところか。
「さっきのアリスと手を繋いでた時の感じでいいのか?」
「ん」
コク、と首を縦に降る。
「普通、一番魔方陣を構成しやすいのは利き手。そこにアリスと同じじゃなくて良いからとにかく術式を書き込む前の魔方陣を意識するの。模様は魔方陣が自動的にお兄ちゃんの魔力を変換しやすい形になるから」
さっきの感覚を思い出す。
体の中心から魔力を右手に送るイメージ。
それだけで、これまで気付いていなかっただけで蓮が命を宿してから同じ時を歩んできた魔力は、蓮の思い通りに動いてくれる。
そして次にイメージするのは魔方陣。
なんということはない、ただその形、存在をイメージしただけ。
全てのイメージが繋がったとき、蓮は誰に言われるでもなく不思議と沸き起こる確信と共に右手を宙に掲げ、その手のひらから僅かな量の魔力を放出した。
目を開けたときにその瞳に写るのは髪の色と同じ赤茶色の魔方陣。
そして今は自らの手に隠れている部分もあるが、その魔法陣にはクロスした二つの剣が描かれている。
「おっしゃっ!」
刹那、背後で固いもの同士がぶつかるような音が響く。
「?!」
「くそっ、蓮のくせに一回で成功だと?!くそったれっ」
音を発したのはオールバックのおかげでこれでもかとばかりにさらされているアーサーの額と無慈悲なコンクリートの壁であった。
「なにやってんだ、おや―――」
「うおっ、血がっ?!俺の血がぁっ」
額から流れ出た血液が鼻を避け、頬を伝っていくのを確認したアーサーは慌てて治癒術を額に押しつける。
「ふぅ。蓮、これが終わったら帰って近接戦闘の訓練でもしようじゃないか!ぁ、あは、あはははは。」
「えぇっ、しねぇよっ。何の嫌がらせだよ」
悔しさにとち狂うアーサーに危険なニオイを感じ取る。
そんななかアリスが蓮のズボンを引っ張る。
「ん?」
「お兄ちゃん、後で良いこと教えてあげる」
「今じゃダメなのか?」
「うん、パパがいないときにっ」
そういうアリスの表情はここに来て初めて見せるいたずらっ子の笑みだった。
「ア、アリス…。パパをのけ者にするのか?!」
「パパはもう知ってるから言わなくても大丈夫っ。じゃあお兄ちゃん続き始める?」
「あぁ、そうしようか」
二人は、今度は小刻みにコンクリートに額をぶつけだしたアーサーをよそに、未だ消えも薄れもせずにその輝きを放っている魔方陣に目をやる。
「お兄ちゃん、もう手を離しても魔方陣は残る筈だから術式を書きこんで」
アリスは手の上にたくさんの術式に用いる特殊な文字をゆらゆらと遊ばせている。
これは魔方陣と同じ要領で魔力に形を持たせただけのもので触ることもできなければ、何の意味も持たないそれらは魔術的な効力も持たない。
だがペンで文字を書くのより断然早く文字を書くことが出来るので自らの研究をこの技術を応用して紙などに魔力で字を刻み込んだりする魔術師も多くいたという。
そして蓮は空白の魔方陣に術式にを刻み込んでいく。
何も難しい事はない。
魔方陣を構成するときと同じように術式を書き込むときも魔力は蓮の願い通りに動き、蓮が指を這わしたあとには蓮の想像通りに文字が浮かび上がる。
「こりゃすげぇ」
学校でノートにカリカリやってる奴らがバカみたいだと蓮は思った。
先生は耳で聞いて口に出し、ペンで書くことが同時に三つの方法で脳に刻み込み、一番覚えやすいと言うが、蓮はペンで書き出すと話に集中出来なくなり全く覚えられないのだ。
何故かというと結局好奇心、興味にたどり着く。
先生が喋り黒板に書いて行くものを淡々とノートに書き写すのと、先生の話を聞いてその事について自分の頭で考えている方がよっぽど脳に印象深く残るのだ。
といってもこれは好きなものはやるが、嫌いなものはやりたくないという単純で自らに甘い蓮だからこその方法なのかもしれないが。
そして蓮は全ての術式を刻み終えた。
「魔力を流し込んで、起動呪を言って。起動呪は、僅かな灯火を、アンバー・ランプ。魔術で一番大切なのは、魔術を構成する術式と魔力。そしてその次に大切なのはイメージ。術式とイメージが完璧にシンクロすれば術式通りの魔術が発動するの。頑張って、お兄ちゃん」
アリスは蓮から距離を取る。
「ありがとう」
蓮が右手に意識を送るとそれに反応して魔力が右手に集まる。
その右手は今魔方陣に触れるか触れないかという距離にある。
そして手から魔力を魔方陣に送り込む。
先ほどよりも強く光を放ち出す魔方陣。
イメージするのは家でアリスが見せてくれたオレンジ色の優しい輝き。
何かを焼き払うためではなく、闇を退けるために創られ、それ故に優しい光を放つあの灯火。
そして蓮は呟いた。
「僅かな灯火を、アンバー・ランプ!」
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