第9話、初体験。
「河口かえろーぜー」
「おぅ」
修礼が終わり学業から解放された蓮達は部活もしてないのですっかり帰宅ムードだ。
本人達に部活のことを聞くと頑なに「自分達はあそ部に入っている」と言い張るが当然そんな部活はなく、周りの部活をやっている人間からすれば小学生レベルのつまらない冗談だ。
「よっ」
廊下に出たところでまっていたかのように声をかけてきたのは明良である。
「おっすー」
「おぅ、珍しく引っ付き虫君達がいないんだな」
普段は必ずといって良いほど明良の周りには何人かの取り巻きがいるのだ。
蓮はそういう虎の威を借る猫のような性格をしている人に対してどうしても少し冷たくなってしまうのだ。
何人かは純粋に仲が良いから一緒にいる者もいるみたいだが。
「ん、今日は蓮に用あったから先帰らしてん」
窓にもたれ掛かりながら虫を払うような仕草をする明良。
「かわいそうに、あしつらあっくんいないと死ぬんじゃね?」
「まぁまぁこの際それはおいといて、だな。昼休み言い忘れててんけど、兄貴が蓮に会いたいっていってんだよな、だから今から家来いよ」
家に招待してるわりには少々強引な誘い方だが、それも今更である。
「そりゃあれか、隣町のうんこちゃん達をやっつけてくれてありがとうってことか?」
「まぁそんなとこちゃうかなー。ありがとぉってのは無いと思うけどなぁ」
まぁ当然か、と思う。
暴走族の総長が張り合ってる隣町の族の人間を弟の友達が制裁を加えたくらいでわざわざその友達にお礼を言うだろうか?
むしろ場合によっては関係の悪化を招き恨まれることになるかもしれない行動だ。
まぁどちらにしても蓮は今日はよろず屋で魔術の訓練があるので族の総長さんの相手をしている暇は無いのだが。
「せっかくの渋井家のお誘いなんやけど、今日は用事があるからまた今度にしてくれ」
「んじゃしかたねーな。また明日にでも来いよ」
誘い方は強引だったが、嫌と言えばわかってくれるようなところも明良が仲間内で嫌われたりすることが非常に少ない理由の1つだ。
といってもその優しさが向けられるのは仲間に対してだけなのだが。
「はいよ。じゃあまたな。吉田帰るぞー」
「おう、あっくんおつかれー」
二人は明良に軽く手を上げ歩き出す。
「いやいや、校門までは俺も一緒にいくし」
「んじゃあらためてまたな」
「お疲れー」
「お疲れー」
それぞれ挨拶を交わし、蓮と吉田は明良と別れた。
「そういや河口、お前妹いるらしいな。しかも銀髪の」
帰り道信号待ちで止まっていると吉田がふと思い出したように聞いてきた。
(くそ、平井に口止めしとくのを忘れてたか)
「あぁ、それがどうかしたか?」
こうなればもう開き直るしかない。
変に隠そうとして吉田に上位を取られるのは癪だからだ。
「いや、別にどうって訳じゃ無いんだけどな。そんなことより今日は用事があるらしいけどまた今度お前んち行って良いか?」
…。
蓮には、こちらの目を見ず、妹のことなど全く気にしていないように話してくる吉田に、残念ながらかなりの違和感が感じ取られた。
「別に俺の家なんか来てもなんも無いけどなぁ。まぁまた暇あったら呼ぶわ」
そしてたぶん自分の予想は当たっているだろうと思った蓮だが、アリスが来てからもしかすると自分もそういう気質があるのではないだろうかと心配になっていた蓮は、下手に吉田をいじって墓穴を掘るようなことになってはいけないと思い、あえて静観することにした。
「おぅ、よろしくな。てかさ、悪いって訳じゃ無いんだが河口もあっくんもなんで微妙に関西弁なんだ?完璧に関西弁じゃないところがなんか変なんだよなぁ」
特に蓮は。と吉田は付け足す。
「今標準語の訓練中なんだ、これでもだいぶ進歩したほうなんだからもうちょっと我慢しろ」
「まぁ別に良いんだけどね」
「んじゃ俺こっちだから、またな」
町の4分の1を占めるビル街の中心にやって来たところで蓮がそういった。
「そうか、んじゃお疲れー」
吉田に軽く手を降って蓮はよろず屋に向かっていった。
よろず屋の扉が横に開き、扉に取り付けられた鈴が客の来訪を店内に告げる。
といっても鈴がなるよりも前に山中の能力で客が来たことはわかっているのだが。
「やっぱり蓮かい」
「こんにちは、蓮くん」
「やっと来たか」
藤井、山中、アーサーの順にそれぞれ蓮を歓迎?する。
そして残りの一人は足の届かないカウンター席から飛び降りてまっすぐ蓮に駆け寄りその身長故に蓮の腰に抱きついた。
「お兄ちゃんっ」
「こんにちは」
蓮は皆に挨拶をしてからアリスを抱き上げカウンター席についた。
「なんかいるかい?」
「じゃあオレンジジュースを」
オレンジの酸が喉を通るときの少しヒリっとするような感じが蓮は好きなのだ。
「はいよ」
藤井はすぐにグラスをとってオレンジジュースを注ぎ蓮の前に置く。
「どうも」
礼を言ってから一口オレンジジュースを飲む。
するとふいにアリスに服を引っ張られアリスに目をやる。
「お兄ちゃん、アリスも飲んで良い?」
もちろんジュースくらい断る理由すら見つからないので、頷いてアリスにコップを渡してやる。
「ありがとう」
「今日は蓮くんはアリスちゃんと魔術の訓練ですか?」
アリスがその体格には大きいグラスを小さな両手で傾けているのを眺めて一人癒されてると山中が話しかけて来た。
「そうですね、親父との無謀な特訓はちょっと勘弁してほしいんで」
「私も見に行って良いですか?魔術の訓練っていうのを一度見てみたいんですよね」
超能力というものは習得するものではなく、突然発現しそして発現された能力はそのほとんどが訓練せずとも人が手足を動かすのと同じように感覚して使うことができる。
そのために山中は魔術師がどのように魔術を身に付けていくのかが気になったのだ。
「良いですよ。大丈夫だよな、親父?」
「おぅ、我が息子の醜態をみても笑わないでやってくれよ」
アーサーも了承し山中は笑顔で礼を言う。
「そいつは面白そうだねぇ。客が来るまであたしも見に行こうかね」
アーサーの言葉を聞きいつものようににやついた笑みを浮かべた藤井も山中の話に乗る。
「じゃあその代わり藤井さん夕ごはんお願いしますね」
「何いってんだい、今のオレンジジュースでちゃらだよ」
そして場所は変わり地下の30メートル四方の訓練場。
中央に蓮とアリス、その他外野三人は壁際で、アーサーと藤井は壁にもたれくつろいでいる。
「お兄ちゃん、それじゃあまず魔術についての説明から始めるね」
アリスの言葉に頷く。
魔術を使ったことが無いため、感覚として体内の魔力を捉える事のできない蓮はまず魔術のだいたいを把握出来ていない。
その状態から魔術の訓練をするより大まかな部分を知ってから訓練をする方が感覚を掴みやすいだろうということだ。
そして頷いた蓮を見たアリスは話始める。
「まず大前提として魔術を構成するのは魔力と術式なの。体内の魔力を術を発動したい箇所に集めてその中の一部の魔力で術式を組み上げ、残した魔力を術式を通すことで魔力が術として構成されるの」
今のところ特段難しい言葉も出てきてないのである程度理解出来ているつもりだが、術式と聞きこれまでに習った数式の数々が蓮の頭を悩ます。
何を隠そう、蓮は数学が大の苦手なのだ。
「この時、術式というのは魔方陣のことなの」
心の中でほっ、と一息つく。
元々理解力のある蓮は、小学生の時に一度分数でつまずいたのだ。
人間なんでも出来るものは楽しく出来ないものはつまらないと感じるものだ。
そこで知識欲を満たそうと食いついて行けていれば、蓮が数学が嫌いになることも無かっただろうが、蓮はわからなかっただけの分数を出来ないものと決め付け全く分数が理解できなくなってしまったのだ。
そして算数、数学と言うものは全てが繋がっていて積み重ねが重要な教科。
それ以来分数が出る度に苦手分野が増え、中学に入り分数を克服したもののそれまでに作った苦手が足を引っ張り、樹系図の様に苦手を増やし結果数学事態が苦手分野となってしまっていたのだ。
「難しい術と言うのは簡単な術を組み合わせて出来ているの。だから基本として魔術は術式と魔力で構成されてるから術式さえ覚えてしまったらどんな魔術師でも難しい術を発動することが出来るの。でもひとつの術式に組み込まれた術式をそれぞれ理解して、それぞれをイメージし結合させることの出来る人と、そうでない人では術の完成度に歴然の差がでるの」
なるほどと思う。
「魔術は術式に注ぎ込む魔力量は自分で制御することができるから、術式に全ての魔力を吸いとられて幻覚を見たり死んだりよだれが出たりするなんて事はないけど、魔力が足りないとほとんどの場合は術は発動しないの。だから皆最初は簡単な術から修得していくし、自分に合った魔術しか使わないの」
そしてようやくアリスは話終えた。
「お兄ちゃん、わかった?」
こういう時になると、普段からは考えられないくらいに普通に喋れるようになるんだなぁと蓮は思った。
もしかするとアリスは自分を表現するのが苦手なだけなのかもしれない。
「ああ」
「じゃあ、訓練始める?」
「ええっ、もう?!」
あまりの急展開である。
蓮は魔術のことはわからないが、本当に大まかな部分しか聞いていないような気がしていた。
「パパじゃないけど、やっぱりアリスも感覚で覚えるのが一番早いと思うの」
そういわれましてもまだ自分の体内を巡る魔力がいったいどんな物かすらわからないんですが…、というのが蓮の本音。
「ま、まぁなんとかなるか。んでまず何をするんだ?」
半ばやけ気味だが蓮は客観的に自分を納得させた。
「…、手、繋いで…」
アリスは少し顔を赤らめながらそういうと蓮に両手を広げて突き出す。
「あ、あぁ」
突然の事に戸惑いながらも、蓮も両手を手出し小さすぎるアリスの両手に合わせて絡める。
その時だった。
「こらー、俺のアリスに何してんだー」
「何考えてんだいー?」
「ゆ、許されざる恋の予感ですっ、ぐっじょぶですっ!」
大して声を張り上げた訳ではないが大人二人の冷やかしと賞賛の声が、6月のまだ冷ややかなコンクリートの壁に反響する。
「う、うるせぇっ、集中してるんだっ」
恥ずかしさに声を上げる蓮に対しアリスは先ほどよりもさらに頬を染めうつむくばかり。
これでは見た目以外はまるで本当に初な恋人同士のようだ。
「…今からお兄ちゃんの魔力を借りてアリスが術式を組み上げて術を起動するの…。お兄ちゃんは魔力の流れを感じて身体中にある魔力を気付いて」
「わかった」
集中していたわけではないが集中した方が気恥ずかしさをまぎらわせると思い、繋がれた両手と体の中に存在するであろう魔力に意識をよせる。
「行くね、お兄ちゃん…」
アリスは喋り終わると同時、魔力の循環ラインを蓮とリンクし、術式の構成を開始した。
どうしても題名をえっちくしたくなるのは中二病だからだろうか。