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絶対に読んではいけない都市伝説

ボクのおねがい

作者: 早沙希貴志
掲載日:2026/10/30

 元気になったら、キャッチボールをしようねって約束したのに。

 遊園地にも行こうねって言ったのに。

 また明日ねって。

 指切りだって、したのに。


「……嘘つき」


 小さくなった『お父さん』を抱きしめながら、ボクは生まれて初めてお父さんに悪口を言った。


==========


「……おはようございます」


 あいさつをしながら、ボクは保健室のドアを開けた。

 ボクを見た保健の先生は、優しい顔で「おはよう」とだけ返して、ボクがそのまま保健室のベッドに寝転がっても、なにも言わないでくれる。


 その後すぐに、保健室のドアが開いて、誰かが入ってきた。

 男の人の、声だ。


「おはようございます、先生」

「あ、おはようございます。もう来てますよ」

「ありがとうございます」


 その声は、担任の先生だった。

 ベッドのカーテンを開けて、先生が顔だけ中に入ってくる。


「おはよう。どう? 元気?」

「……あんまり」

「そっか。もし元気になってきたら、教室おいで。先生、待ってるから」

「……うん」


 先生はそれだけ言うと、すぐに引っ込んでカーテンを閉めてくれた。


 その後すぐに、保健の先生とのないしょ話が聞こえてくる。


「……もう半年でしたっけ」

「えぇ、そろそろ落ち着くかと思いましたが。こればっかりは……」

「まぁ、保健室に来れているだけえらいですよ。最初の時は暴れて泣いて大変だったって、お母さんも言ってましたし」

「そうですね……じゃあ僕はそろそろ教室に戻りますので、あとはお願いします」

「はい、分かりました」


 ないしょ話が終わると、先生は保健室を出た。


 ボクの毎日は、学校に来たらすぐに保健室に行って、お昼になると先生がクラスメイトと給食を持ってきてくれて、夕方になったらお母さんが迎えにきてくれる。

 本当は学校にも行きたくないけど、お母さんもお仕事で家にいないから、誰もいない家で1人より、誰かがいる学校の方がずっとマシだった。


 でも、お父さんがいないことを友だちにあれこれ聞かれたくないから、教室には入りたくない。

 そう言ったら、お母さんが先生にお願いして、1日中保健室にいてもいいことにしてくれた。


 担任の先生はボクが来るたびに、必ず保健室まで来て「元気?」と聞いてくる。

 ボクはもう、元気ってどういう風だったか忘れちゃったのに、「元気?」と聞かれても困る。


 お父さんがいなくなってから、ずっとそうだった。


 体の力がなくなったみたいになって、足もうまく動かせないし、お腹も減っているのか分からない。

 おしゃべりだって本当はしたくないから、「元気?」って聞かれても無視したいけど、頑張って返事をしていた。


 ……早く、夕方にならないかな。


 はあ、とため息をすると、なにかがカラン、と床を転がっているのが見えた。

 それは、先生たちがよく使っている、黒いボールペンだ。


 担任の先生の落とし物かな。

 それとも、保健の先生のかな。


 ボクはベッドから降りて、ボールペンを拾った。


 カーテンを少しだけ開けて、保健の先生を探す。

 先生は、机の上でなにかお仕事をしていた。


「……先生」

「ん? どうかした?」

「ペン、落ちてました」


 言いながらペンを見せる。

 だけど、先生はポカン、としていた。


「ペン? どこに?」

「え?」


 ペンはボクが持ってるのに、先生はボクが持っているペンが見えていないのか、床をキョロキョロ見ながらペンを探していた。


 本当に、見えないの?

 ボクには見えるのに、触れてるのに。


 ボク以外には見えない、不思議なペン。

 その時、ボクはあることを思い出した。


 すぐに持っていたペンをポケットにしまい、首をブンブン振る。


「ごめんなさい、気のせいだったみたい」

「そう? ならいいけど」


 ボクはカーテンを閉めて、ベッドに戻った。


 ポケットにしまったペンを出して、ジッと見る。


 他の人には見えない、不思議なペン。

 ボクはそれが何か知っていた。


 お父さんが入院していた時、一緒にタブレットで見た『ブログ』。

 ボクはその時『ブログ』がなにか知らなかったけど、お父さんが、日記みたいなものだと教えてくれた。


 そのブログに書いてあった、『願いが叶うペン』のお話と、このペンは少し似ているような気がした。


『願いが叶うペン』は、本当は『絶対に書いてはいけないペン』という名前で、他の人には見ることができない。そのペンで書いたお願いは、1日だけ絶対に叶うらしい。

 でも、ボールペンは『インク』ないと書けなくなっちゃうから、その不思議なペンも、インクがなくなるまで書いたらもう使えなくなると、お父さんは言っていた。


『もし本当にそんなペンがあったら、お父さんの病気も治してほしいな』とお父さんは言っていたけど、ペンを見つける前に、お父さんは病気に負けちゃった。


 もし、これがお父さんと一緒に見た、『願いが叶うペン』なら……。

 ボクはもう一度ペンをポケットにしまって、早く夕方になってほしいと心の中でお願いした。


==========


 ようやく夕方になって、お母さんが迎えに来てくれた。

 一緒に車に乗って、お家に帰る。


 帰ってすぐ、ボクは自分の部屋に行ってランドセルの中から自由帳を出した。

「まず手を洗いなさい」というお母さんの言葉に、「ちょっと待って」と返事をしてから、ポケットのペンを出した。


 あまり絵を描かないから真っ白な自由帳の最初のページに、ボクは必死にお願いを書く。


『お父さんと、会えますように』


 えんぴつとは違うガリガリ、という音が面白くて、ボクは大きな字でそう書いた。

 ペンを置いて、ボクは両手を合わせてお願いする。


 お願いします。どうか、もう一度お父さんに会わせてください。


 ……でも、いくら待っても、お願いは叶わなかった。

「……やっぱり、そんなペンなんて、ないのかな」


 がっかりして、ボクはボールペンを机の上に置いた。


「まだ?」というお母さんの声が聞こえて、ボクは「今行く」と重い足で部屋を出た。


 きっと保健の先生は、たまたま見えなかっただけだ。

 明日になったら、返しに行こう。


==========


 目覚ましの音がする。それと一緒に、誰かがボクを呼んでいる声がした。

 お母さんじゃない、担任の先生でもない、保健の先生でもない。


 この、声は。


「ほら、もう起きなさい」

「え、おとう、さん?」


 目を開けてすぐに、ボクの前にいたのは、いなくなったはずのお父さんだった。

 お父さんは入院してた時より元気そうで、痩せてもいなかった。


「なん、で?」

「ん? どうしたそんなびっくりした顔して、まるでお化けでも見たみたいだぞ」

「え、だって。え?」


 ボクのお父さんは、もう起きなくて。もう、小さくなっちゃって。

 それで、それで。

 ボクは目が熱くなった。


「お父さん!」


 お父さんの胸に飛び込んで、抱きしめる。

 お父さんは心臓が悪いから、そんなことしたらダメだって分かっているけど、でも、嬉しいのは止められなかった。


「お父さん、お父さん! 会いたかった」

「お父さんもだ。今日はずっと、一緒にいような」

「うん!」


 それからボクとお父さんは、たくさん話をした。

 お父さんが入院していた時も話はできたけど、お父さんはすぐに疲れちゃうから、ずっとはしゃべれなかった。


 でも、今日は違った。

 1日中しゃべっても、お父さんは疲れなかった。


 いつもは「学校に行きなさい」というお母さんも、今日はなぜか言わなかった。

 それどころか、お仕事も休んでボクとお父さんと一緒にいてくれた。


 一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入って。

 1日が終わってボクがベッドに横になっても、眠るまでお父さんはそばにいると言ってくれた。


 あのペンはすごい! 本当に願いが叶うんだ!


「お父さん、明日も一緒にいてくれる?」


 ボクは「もちろんだ」と言ってくれると思ったけど、お父さんは少し寂しそうな顔をした。


「明日は、無理かなぁ」

「え、なんで? ボク、明日はお父さんとキャッチボールしたい」

「だってほら、あのペンは、1日しか願いを叶えられないだろ?」


 お父さんはボクの頭に手を置いて、優しく撫でた。

 お父さんの手が温かくて、ボクは寝たくないのに眠くなってきた。


「また明日、書(・)い(・)て(・)く(・)れ(・)た(・)ら(・)、一緒にキャッチボールしような」

「……うん、約束ね」

 約束してから、ボクは目を閉じた。


==========


 目覚ましが鳴ってる。ボクは重い目を開けて、お父さんがいないか探してみた。けど、やっぱりいなかった。


 あのペンは、本物だったんだ。

 本当に1日だけ、ボクのお願いを叶えてくれる。


 ボクはいそいで起きて、机の上に出しっぱなしのペンを握る。

 ランドセルからまた自由帳を出して、次のページにお願いを書いた。


『お父さんとキャッチボールができますように』


 書き終わった時に、お母さんの「そろそろ起きなさーい」という声がして、ボクは自由帳とペンを机の引き出しにしまった。


 明日になったら、このお願いが叶う。

 そう思ったら、学校に行くのも嫌じゃないような気がしてきた。


==========


 それから、学校に行く前にあのペンでお願い事を書くようにした。


『お父さんと遊園地に行けますように』『お父さんと映画が見れますように』『お父さんに肩車してもらえますように』『お父さんと公園に行けますように』……。

 ほかにもたくさん、たくさん書いた。


 お願いは、書いた次の日に叶った。

 1つだけ、どうしても叶わないお願いもあったけど、でも、それでもお父さんには会えた。


 そうしていると、どんどんペンのインクは少なくなってきた。

 そのボールペンは、外からでもインクが減っているのが見えるようになっていた。


 少しずつ減っていくインクにボクは寂しくなって、インクがすぐに無くならないように、うんと小さな字で書くようにした。


 それでもインクは少しずつ減ってきて、とうとう昨日、文字がうまく書けなくなってきた。

 力をめいっぱい入れて書いているのに、時々インクが出なくなる。


 終わりが近づいているのが寂しくて、怖くて、明日が来るのが嫌で、ボクは絶対にベッドに入るものかと部屋の隅に座った。


「そんなところで寝たら風邪引くぞ」

「……いいもん。寝ないもん」

「なに言ってんだ。夜更かししたら背が伸びなくなるぞ」

「……いいもん。チビなままでも」


 お父さんの言葉も、今は聞きたくない。

 だって……。


「だって、明日になったら、お父さんはまたいなくなっちゃうもん」

「……お父さんはな、もう、いないんだよ」

「いるもん、今しゃべってるもん。ボクが起きてたら、明日なんて来ないもん」

「お前が寝ようが起きようが、お日様が起きたら明日は来るよ」

「じゃあお日様もずっと寝てたらいい!」


 ボクは喉が痛くなるほど大声を上げた。


 なんで、お父さんが「いない」なんて意地悪を言うのかが分からなくて、分かりたくもなくて、ボクは目が熱くなった。


 なんでボクのお父さんはいなくなっちゃうの。

 他の子のお父さんはずっといるのに。

 なんでボクのお父さんだけ。


 なんで、なんで。


「なんで、お父さん死んじゃったの」


 涙と鼻水で、うまく言葉が出ない。


 だって、お父さんは、あの時「また明日」って言ったんだ。

 ボクもまた明日会えるって思ってたから、「また明日」って言ったんだ。

 なのに、お父さんは。


「……なんでだろうなぁ」


 お父さんは寂しそうに笑った。

 お父さんを悲しませたいわけじゃなかったのに。


 お父さんは悲しい顔のまま、言った。


「……神様が、決めたんだろうなぁ」

「なんで? なんで決めたの?」

「なんでかなぁ。お父さんも、できるならずっと一緒にいたかったけどなぁ」

「じゃあ一緒にいてよ。なんで、ダメなの?」

「ダメなんだよ。ボールペンのお願いも、次で最後だ」

「なんで、やだよ。一緒にいてよ」


 いやだ、いやだと泣いても、お父さんは寂しそうに笑うだけ。

 なんで、なんでと怒っても、お父さんは「ごめんなぁ」と言うだけで、ちっともボクのお願いを聞いてくれない。


『願いが叶うペン』なのに、ボクが本当に叶えたい願いは叶えてくれない。


 ボクは、何度も書いたんだ。

『お父さんが生き返りますように』って。

 でも、そう書いた日の次の日はたしかにお父さんには会えたけど、また次の日にはもういなかった。


 本当は、ボクだって分かってる。お父さんはもういないんだって。

 でも、だって。


 ボクはちゃんと、お父さんに「さよなら」を言ってない。


 お父さんが死んだ時、ボクは学校にいて、友達とドッチボールをしてた。

 だから、お母さんが迎えに来て病院に行った時は、もう、お父さんは起きなかった。

 お葬式の時だって、ボクはお父さんに「嘘つき」って悪口を言っただけで、きちんと「さよなら」を言えてない。


 だって、「また明日」って、そう言ったから。指切りだってしたから。

 だから、お父さんはいなくなってなんかない。


 でも、本当は、ちゃんと、分かってるんだ。

 お父さんはもういない、もう、会えない。だから、ちゃんと「さよなら」を言わなきゃって。言いたいって、思ってる。


 ……ボクは、本当は。


「……一緒にはいられないけど、お父さんは、お前のそばにいるよ」


 赤ちゃんみたいに泣くボクを、お父さんは優しく撫でながら言った。


「……どこに?」


 グチャグチャな顔のまま聞くと、お父さんはボクの胸を指さした。


「……お前がお父さんを思い出した時、お父さんはお前のここにいる。お前がお父さんを忘れない限り、お父さんはいつもお前のそばにいる」

「……絶対?」

「絶対だ」

「約束だよ?」

「ああ、約束する」


 ボクはお父さんに小指を見せたら、お父さんも小指を出して、ボクたちは指切りをした。

 ……今度こそ、絶対、約束だよ。


==========


 目覚ましの音がする。

 いつの間にか、ボクは寝ていた。


 座っていたはずなのに、ボクはベッドに寝ていた。

 お父さんが、寝かせてくれたのかもしれない。


 たくさん泣いたせいで、目がヒリヒリする。


 ボクはベッドから起きて、机の上のボールペンを取った。

 自由帳のページも、いつの間にかこれで最後だ。


 ボクは最後のページに、ゆっくりと、最後のお願いを書いた。


ここまで読んでくださり、ありがとございました。

次回の短編更新は、11月27日金曜日、18時ごろを予定しています。

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