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引きこもりのお飾り妻は悪妻になって離婚したい  作者: 赤城ハルナ/アサマ


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悪妻作戦その一【浪費家を演出】(散財してやる)

「アン、明日お買い物へ行くわ」

「いいでふね、アイネ様」

 アンはスコーンを口一杯頬張りながら返事をした。そんな所も可愛らしいとアイネは思う。

「アン、食べながら話すのはよくないと思う」

「も、申し訳ございません!」


 義務(もう拒否していいよね?)であるフィンとの散歩のあと地味な街着に着替え、伯爵家の馬車を出してもらった。目指すは首都一番の繁華街。

 嫁いで以来わたしは行ったことがない。フィンと外で買い物をしたこともない。ずっとマケナニー領にこもっていたから、首都へ来たことさえ数えるくらいしかない。


 首都のライリー屋敷は郊外にあるので、中心街へは馬車で二十分ほどかかった。


 一番にぎやかそうなマーケット広場へ行き、アンと二人で日傘をさしながら本通りを歩くと、洒落たローマン書体の看板が目に付いた。


「雑貨屋みたいね、入ってみたいわ」

「ぜひ入りましょう、アイネ様」


 狭い店舗には趣のある額付き風景画や、ちょっとしたアクセサリー、動物や花などの置物が並んでいる。風景画はすべて白黒の版画だった。


(置物はさほど可愛くないけれど、風景画は素晴らしいから……)


 よし、悪妻らしい買い物をしてやるぞ!


「二段目の棚の商品を全部買うことにするわ。お代はライリー家に付けて、あとで届けてくださいな」

「かしこまりました、お嬢様」


『こ、こんなにたくさんの物を勝手に買うなんて、アイネは何という悪妻なんだ!

 離婚だ!』


 なーんて、ね。

 エヘヘ。


「たくさん買ったんですね」

「欲しいものがあったらあげるわ」

「えっ、いいんですか?」

「もちろんよ」


 だって、版画以外は欲しかったわけじゃないんだもの。当てつけで買っただけだから。





 次は高級宝飾店ね!


 いかにも敷居が高そうな高級商店街があったので、宝飾店を見つけ、ツンとすましながら堂々と入る。


「わあ〜、伯爵家の奥様のお買い物という感じですね」

「もちろんそうよ」


 すっごい品物を買ってやるわ! 覚悟しなさいよ、フィン!

 伯爵家がすっ飛ぶわよ!


「いらっしゃいませ、お嬢様」

 かしこまった黒服の男性店員が現れた。

 な、なるほど。

 わたしってば、見かけは奥様ではなくお嬢様なのね。確かにまだ十代だし、白い結婚だからまだ処女だし。というか、一生そうなのだけど。


 おっと、思考が脱線したわ。


 そういえばこの世界では蒸気機関車が走っているのよね。マロイ家のパーティーへ行くとき乗ったわ。前世でも『SLぐ○ま』を見たっけ。見ただけだけど。

 旅行者としてまた乗りたいわ。今度はアンと二人だけで。


 おっと、またまた思考が脱線したわ。

 わたしは思考が脱線しまくるのよね、気を付けなければ。


「どのようなお品をお探しでございましょうか?」

「え、えと……」


 特に何も考えていなかったぜ。


 真ん中の壁に、青くてキラキラな宝石のあるネックレスがど〜んと鎮座している。『コレを買え!』と言われてる気がする。


 お値段は……。


 す、すごい、日本円で数十万円! 何の宝石なのか分からないけど……青いからサファイア? アクアマリン?


「お目がお高いですね、お嬢様。これは非常に珍しいカットジュエリーの高級ネックレスでございます」


 そ、そうなのね。よし、これを買ってフィンに見せつけてやる!


『こ、こんな高価な物を勝手に買うなんて、アイネは何という悪妻なんだ!

 離婚だ!』


 なーんて、ね。

 フフフ。

 離婚したら、都合よくわたしを愛してくれる男性が現れるわけ。

 ヘヘヘ、ホホホ。


 子供は産まないけど。


「これを買うことにするわ。お代はライリー家に付けて、あとで届けて」

「かしこまりました、お嬢様……いえ、奥様でしたか、大変失礼いたしました。当店へお越しいただき、誠にありがとうございます」


 ライリー家と言っただけでわたしが誰か分かるのね。さすが高級宝飾店。

 ホホホホ……フィンが恐れおののく顔が楽しみだわ。





 高級商店街巡りはこの辺にして(何を買えばいいのか分からない)、お次は。

 屋敷での朝食と夕食は豪華だけど、ランチはサンドイッチやスコーン、ビスケットなどの軽食なので、屋敷でのランチを断って外食することにしよう。


「今日はどこへ行こうかしら」

「使用人仲間に聞いたんですけど、最近西地区の商店街に新しいレストランができたらしいですよ」

「わぁ、使用人たちはそこへ行ってるの?」

「お金を貯めて行くんですよ」

「わたしも行ってみたい」


 ということで、ライリー家の馬車を出して例のレストランへ。


「港町でもないのにシュリンプカクテル? いつ獲ったエビなんだろう? 大丈夫なの? 試しにこれを食べてみる」

「いいですね」

「それと、デザートドリンクにはホイップクリーム付ホットチョコレート」


 すっかりお腹がいっぱいになったわたしは晩餐をほとんど残し、フィンに心配されることになる。

 もう秋も近い。冬になったら外出はできない。そしたらまた引きこもりの大人しい妻に逆戻りしてしまうので、今のうちに悪妻っぽく振舞わなければ。


 買い物も外食も全部ライリー家のツケにして、わたしは毎日のようにアンを引き連れて外出した。


「……疲れた……悪妻になるのも大変だわ……悪妻って、体力がある人じゃないとなれないのかも……」


 すっかり体力を消耗したわたしは、翌週になると部屋に引きこもった。疲れ気味だからと言い訳して散歩も乗馬も休んだ。

 世に言う悪妻はエネルギーのある人なのね、ある意味尊敬する。わたしには無理かもしれない。


 だったら離婚はどうするの?


 いやいや、諦めてはいけない。

 屋敷内に二人も愛人を囲っている夫と別れるためなのだ。白い結婚だなんて言ってる裏で、夜は愛人とよろしくやっているのだ。後ろめたいことがあるからお飾りの妻には親切にしているだけなのだ。


 ケッ!!



☆ ☆ ☆



「最近毎日のように街へ行っていたそうだね、アイネ。疲れ気味なのはそのせいなのかい?」


 うっかり引きこもっていたら、就寝前の語らいでフィンからの尋問を受けた。そういえば最近外出するのが忙しくてフィンとはあまり話をしていない。そもそも夫婦らしい会話なんてあったかしら?


「はい、アンと買い物へ。それからレストランも」

「買い物なんて商人を呼べばいいだろう?」

「自分でお店へ行って、直接品物を選びたかったんです」

「アンと二人だけなんて危険だな。スリにでも遭ったらどうするんだ」

「大丈夫でしたよ」

「そんなに外出したいのなら、ぼくが一緒に行こう」

「は? えっ?」

「嫌なのかい?」

「気まずいです、女性特有の買い物もあるんですよ」

「まぁそう言わないで。可愛い妻の買い物なんだ、喜んでお供するよ」


 買い物しにくいわ、というか、別に買いたいものがあるわけじゃなく、散財しようと思っただけ。フィンが散財したのでは意味ないのよ。


「か、買い物はもう終わりました。もう買うものは何もありませんのよ」

「へえ、それは残念」


 うう~ん、悪妻の振りをするのは難しい。それならここで言うしかない、言っちゃおう!


「あのねフィン、わたし、悪妻になったのよ」

「は? そういうことを自分で言うんだ?」

「何度でも言うわ」

「何をもって悪妻というのかな? その根拠は? 悪妻と言い張るからにはそれなりの理由があるんだろう? 言ってごらん」


 厶……この男、理詰めできたわね。


「フィンに内緒で高価な品をたくさん買ったわ。ランチは毎日外食なのよ。ぜんぶライリー家のツケでね」

「あぁ、あの(安物の)ネックレス……それで? 買い物は全然構わないよ、常識の範囲なら。金を持っている者がお金を使わないと経済が回らないだろう?」


 ム……経済活性化の理論を持ち出したわね。


「これからも自由に出かけてやりたいことをやるわ」

「それなら次は何をしたいんだ? すごく興味があるし、ぜひ教えてほしいな」

「ええと……観劇や演奏会へ行きたいわ、もちろん一番お高いボックス席で!」

「そんなことでいいなら特等席を予約しよう」

「え?」


 翌週にはフィンと観劇へ。もちろん特等席。

 翌々週はフィンと演奏会へ。もちろん特等席。


「満足しましたか、ぼくの可愛い奥様」と言って、フィンはわたしの手の甲に優しくキスし、「プレゼントだよ」とダイヤモンドのネックレスをわたしの首に飾った。その間フィンはタレ目の憂い顔でずっとわたしを見つめていた。


 ぐぬぬ……こんな男に負けるもんか。



☆ ☆ ☆



 その頃社交界では、『ライリー様と奥様、ボックス席でイチャイチャ』という話題が奥様・お嬢様方の間に上り、ハンカチを噛みしめる令嬢たちがあちこちで見られるのであった。

※悪妻作戦は次回も続きます。

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