とあるパーティーでの顛末(か弱くあざとい妻を演出)
マロイ侯爵家のパーティーに招待されました。
フィンは王宮儀式の運営に携わっている関係から、パーティーにお呼ばれすることが多い。何と月二回くらいは参加している。
とうとうわたしも参加しなければならなくなりました(お飾り妻だから)。
妻としてすることは、実はたくさんあったのだ。パーティー用ドレスやアクセサリーを選んだり合わせたり、エステを呼んだり、会話について行けるように、儀式に詳しい人から王宮儀礼や各地名産品を教わったり。外国語教育も始まった。
フィンの側で微笑む『お飾り妻』になるためには、『それなりの教養』が求められたのだ。
※
初めて蒸気機関車に乗りました。首都からマロイ領の港まで数年前に開通したばかりらしい。
マロイ家の領地へは列車で六時間ほど。ライリー家からは、従者護衛やアン含めて総勢六名の一泊二日。パーティー会場では、アンたちは控室に待機することになる。
「ようこそライリーご夫妻様、こちらへどうぞ」
マロイ家の執事に案内されてパーティー会場に入った途端、わたしたちは注目された。フィンの隣で自慢のスマイルを振りまきながら皆様にご挨拶。
『お飾り妻』ですから。
マロイ領は海に面した西部にあり、ワインの生産地で有名らしい。しかも何人もの海軍将校を輩出している。だからなのだろう、軍服姿の人が多い。
軍服って萌えるのよね〜。
そんなこんなでパーティー会場をキョロキョロしていたら、フィンに叱られた。
「そんなに軍人に興味があるのか? あとで軍隊の絵本を買ってあげるから落ち着きなさい」
「ハイ……」
――絵本とな? フィンはわたしを何だと思っているのだ。
「ライリー様、少しお話があるのですが、よろしいですかな」
おっ、これはお仕事関係の話。わたしはお邪魔虫だね。
「ええ、もちろん。アイネ、仕事の打ち合わせがあるから、しばらくマロイ侯爵夫人の所にいてくれるかな」
「分かりました」
「レディ・マロイ、お手数ですがアイネのことをよろしくお願いします」
「かしこまりましたわ、ライリー様」
「よろしくお願いします、マロイ侯爵夫人」
ということで、夫人同士の他愛もない会話に入る。令嬢は令嬢同士、奥様方は奥様方同士で。わたしは愛想を振りまいて相槌を打つ役割に回る。
※
(……遅い。遅いわ。いつになってもフィンが迎えに来ない……)
いい加減待たされるのが嫌になったので、マロイ夫人に断ってフィンを探しにパーティー会場をウロウロする。
あれっ、どこにもいない?
ところが――庭園に続く廊下で新鮮な空気を漁っていたら、マズイものを目撃してしまったのだ。
「ぼくは既婚者で、あなたは侯爵家の大事なお姫様だ。ぼくたちは理性的にならなければ……」
「そんな、ライリー様。ずっとあなたをお慕いしておりましたのに……最後の思い出をくださらないの?」
〈ゲ〜、どこのメロドラマだよ〉
告白の現場に居合わせてしまった。しかも相手はフィン。何と、抱き付いた令嬢を避けることなく、憂いを帯びた目で見つめがら肩を抱いているではないか! もうすぐキスをしそうな雰囲気……。
わたしは嫉妬深くはないと思う。フィンがモテるのはどうしたって仕方ないもの。それに、好きであの男と結婚したわけではないのだ。
そう、フィンが好きで結婚したわけではない。どういうわけかプロポーズされ、強制的に結婚させられただけなのだ――おそらく何らかの目的があって。大人しそうなわたしなら何をしても文句は言わないとでも思われたのか?
もしもフィンに利用されているのだとしたら……なめられたもんだわ。
はぁ~、神経を使わせてくれるじゃないの。ここはそうっと退かなければ……。
バチィッ!!
あぁっ、侯爵家のお姫様と目が合ってしまった。すっごい美人!
メチャ睨まれた。
わたし殺されるのかな。
わたしピンチ!!
わたしは逃げるようにしてホールへ戻った。どうして自分が逃げなくちゃならないのと理不尽に思いながら。
※
そしたら何と、二度目の危機が。
わたしの先にいたのは――確かわたしとフィンが婚約する前、あのニューイヤー舞踏会でフィンに迫っていた金髪金目の令嬢。顔と衣装と化粧がド派手だったので覚えている。その令嬢がわたしをガン見しているのだ。どこのどなたかは知らないけれど、マロイ家に招待されていたのね。
(ま、マズイわ、あの派手令嬢に目をつけられたみたい。そうっと消えよう……)
ところが、回れ右しようとしたら、のろまなわたしはサクッと令嬢+取り巻きに囲まれてしまったのでした。
わたし二度目のピンチ!!
「あら、あなたは……ライリー様の……何かしら? ペット? 引っ付き虫? ねえ、一日だけでいいから夫君を貸してくださらないこと?」
(は? 夫を貸す? 何言ってるの、この人)
わたしを睨む令嬢は、赤ワインを波々と入れたグラスを持っている。
あっ、これは小説やマンガでよく見るシチュエーションですね。
きっとあの人わたしに飲み物をぶっかけてくる――いや、自分にかけてわたしのせいにする――いや、わたしにかける。いや、自分にかける。
果たしてどっち?
ならば……正面突破して自分が被害者になるしかない。加害者にされるよりは、ワインをかぶって笑い者にされる方がマシ。
「夫を貸すって、どういうことなんですの?」
おっとりしているように見えて、わたしは気弱な奥様ではないのだ。なにしろ前世はかかあ天下予備軍。
「そんなこともご存じないの?」
「不道徳なことは知りませんの。説明していただけるとありがたいですわ」
「あなた、頭が少々残念なのかしら……えっ?」
真っ直ぐ迫るわたしに驚いたその派手令嬢は、読みどおり自分のドレスにかけようとしたワイングラスをあわてて放り投げた。
タイミングを狙ってわたしは姿勢を低くした。
ガッシャーン!
「「キャァァァァァ!!!」」
真っ赤なワインを盛大にぶっかけられた。髪の毛からドレスまで血がしたたるように。囲んでいる令嬢たちがうろたえている。どうよ、わたしが被害者なのよ!
「な、なんなの、この人……頭おかしい……」
派手令嬢は固まった。
「フィン、助けて!」と叫ぶと、彼は疾風のように現れて……。
「どうしたんだ、アイネ!」
「ドレスにワインが……せっかくフィンに揃えてもらった衣装を……ごめんなさい、ごめんなさい……」
泣き真似をするわたし。
「誰がこんな……動かないで、アイネ。グラスの破片で足を傷つけるかもしれないから」
わたしを助け起こしながら、派手令嬢と取り巻きを睨むフィン。
「アハーン家のご令嬢でしたか……なぜこのような事態になったのかは分かりませんが、落ち着いてこの場をおさえてください。今すぐ使用人を呼びますから」
「あ、あの、違うんです、わたくしは、いきなり奥様がいらっしゃったので、驚いて……分かりましたわ、ライリー様……」
きっとフィンは助けに来てくれると思った。お飾り妻だけど、わたしに甘いから。
その後、アハーンとかいう派手令嬢がどうなったのかは分かりません。というのは、二度と会うことはなかったから。侯爵家のお姫様とフィンがどうなったのかも知りません。翌日にはライリー家ご一行が首都に戻ったから。
※
予期せぬ騒動はあったけれど、兄のような夫と散歩や乗馬をしたり、パーティーに参加したり、ライリー伯爵家の若奥様としての教養を身に付けたり、あとは自分の趣味に没頭して、フィンとの結婚生活は意外と楽しかった。
(思っていたお飾り妻と違う。寝室を共にしないだけでフィンは優しいし、仮に利用されているとしても何とか続けられそう)
このときはそう思っていた。
別邸の秘密を知るまでは。
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「今宵はどのように鳴いてくれるのかな、ミケーレ」
「優しくして下さいませ、ライリー様」
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※次回アイネはフィンに関する衝撃の事実を知ります。




