表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25歳の誕生日のプレゼントは地下負債物件  作者: シンリーベクトル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/44

准教授、サイサイセオリーに興味を示す

夜の「彩」に、再びあの三人が姿を見せた。

重厚な扉を押し開けて入ってきた武田に続き、甲斐と広中がゆっくりと階段を降りてくる。


「……また来ちまったな」広中が笑う。

「前回の味も雰囲気も、どうにも忘れられなくてよ」


「隠れ家は、一度知ってしまうと癖になる」甲斐は静かに頷いた。


カウンターの空気が引き締まる。

そのとき照明が少し落ち、高橋が椅子に座り、アコースティックギターを抱えた。


爪弾かれたのは、リンキン・パークの「Numb」。

かつて爆音で鳴らされた曲が、静かなコード進行に置き換えられて響き渡る。

ギターの音は柔らかいのに、歌声には抑えきれない痛みと解放感が宿っていた。


「……!」

武田はグラスを止め、眉をひそめながらも深く聴き入る。

広中も拳を握り、無言でリズムを刻んでいた。

甲斐は目を閉じ、歌詞に込められた「疎外感」と「叫び」を丁寧に受け止めている。


やがて演奏が終わり、静寂を切り裂くように拍手が起こった。

武田は短く「見事だ」と呟き、広中は「……沁みたな」と肩を揺らした。


その中で、甲斐が静かに口を開く。

「……この店の音楽と会話、そしておまえらの理論。すべてが不思議に重なっているように思える」



甲斐が理論に興味を示した直後、厨房から山城が顔を出した。

「演奏どうだった?結構頑張ってアレンジしたんだぜ」

そう言いながら彼が持ってきた皿には、湯気ではなく瑞々しい光沢を放つロールキャベツ。


「……生ロールキャベツ?」白鳥が眉をひそめる。


山城は胸を張って言い切った。

「そうだ。俺の持論だがな、“生”ってつければ何でもうまそうに聞こえるんだよ。生ビール、生チョコ、生春巻き……だろ?」


理沙が思わず吹き出す。

「なるほど! でも先生、“生ロールキャベツ”はちょっと斬新すぎじゃない?しかも中はウズラの麻薬煮卵と牛蒡の醤油ピクルス?」


「まあ食ってみろ」

促されて仲間たちが箸を伸ばす。キャベツはシャキッと歯ごたえを残し、卵にニンニク醤油と胡麻油の香り。

出汁と油が絶妙に絡み、噛むごとに甘みが広がった。


「……美味しい」西村が驚きの声を漏らす。


「……“サイサイセオリー”について教えてくれないか?」

甲斐が静かに問いかける。


仲間たちの視線が自然と西村に集まる。

彼女は眼鏡を押し上げ、落ち着いた声で答えた。


「簡単に言えば――人間の行動を“欲求エネルギー”としてベクトルで捉える理論よ」

甲斐が頷くのを確認してから、彼女は続けた。


「エネルギー源は五つ。

 ライフ――快楽や生存の喜び。

 セフティ――安全や安心を求める力。

 ユナイト――仲間や所属を求める力。

 ランク――承認や順位を求める力。

 ラーニン――学びや新しい知識を求める力。


 人の行動は、これらが合力として働くことで決まるの」


甲斐は目を細め、興味深そうに耳を傾ける。

「……つまり心理を“力学”に置き換えて説明するわけか」


「そう。けれど摩擦もある。

 恐れ、不安、後悔……そうした摩擦がベクトルを妨げる。

 だから人は進みたいのに進めない、という状況に陥る」


静かな解説に、広中が「なるほどな」と唸る。

「理論っていうより、体感に近いな。俺でも分かる」


甲斐は深く頷いた。

「……面白い。詩や音楽に込められた感覚を、こうして理論として整理する。

 これは確かに“学問の芽”だな」


西村は微かに笑った。

「ええ。でも学問というより、私たちの生きる“実感”に近いのかもしれない」


地下の隠れ家には新たに知的空間に相応しい客がカウンターに増えてきていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ