山城の覚悟
カウンターに並んだ二皿。
ひとつは、にんにくの香りと和風出汁をまとったサイコロステーキのアヒージョ。
もうひとつは、真っ赤なトマトをくり抜き、中にラタトゥーユを詰め直した一品。
「……また大胆なもん作ったな」白鳥が目を細める。
仲間たちの視線を受けながら、山城は腕を組んだ。
「俺の結論はシンプルだ。料理なんざ――出汁と油と甘みさえ押さえとけば、何でもうまくなる」
高橋が笑いながら箸を伸ばし、アヒージョを口に放り込む。
「……マジかよ。肉汁に昆布出汁とほのかな醤油が染みて、油が旨味をまとめてる。クセになる味だな」
理沙はラタトゥーユをすくい、トマトの器ごと崩して口に入れる。
「んん! 野菜の甘みと酸味がバランスしてる……見た目もオシャレで映えるよ!果物で甘みを足した?」
西村は分析的に頷いた。
「塩分を控えめにして、出汁で旨味を補完……それに油で舌の持続性を作る。確かに理屈に合ってるわ」
山城はわずかに笑みを浮かべ、低い声で続けた。
「俺は前の職場で人間関係に疲れて辞めた。だけど――料理は裏切らない。
出汁と油と甘み。この三つの軸を外さなければ、どんな素材でも客を唸らせられる。
……“彩”で本気を出すのは、それを証明するためだ」
静かな決意が、皿から立ちのぼる湯気のように空間を満たしていった。
仲間たちはそれを噛みしめながら、次の一口に箸を伸ばした。
山城はうつむき、低く笑った。
「俺は、人間関係が上手くいかなくて前の職場を辞めた。料理は好きでも、人と組むのは向いてないと思ってた。
……でも、ここなら違う。彩なら俺の料理が“合力”の一部になれる。だから本気でやる」
その声には迷いがなかった。
試作品の皿から立ちのぼる湯気が、地下の空間をゆっくりと満たしていく。
涼子は頷き、ノートに書き込む。
「理論、音楽、IT、映え……そして料理。これで“彩”は本物になるわね」
山城は黙って次の食材を取り出した。
――彼にとって料理は、過去の挫折を塗り替える唯一の言葉だった。
店が落ち着いた頃照明が落ち、店内のざわめきが静まり返った。
高橋が椅子に腰をかけ、アコースティックギターを爪弾く。
聞き覚えのあるリフが、歪みを削ぎ落とされ、透き通った響きで空間を満たした。
――“Smells Like Teen Spirit”。
だがこれは、爆音のオリジナルではない。
高橋と山城が研究し尽くし、ターゲット客層に合わせて再構築したアコースティックバージョンだった。
山城のドラムはブラシで抑えられ、力強さの中に知的な緻密さがある。
高橋の声は、怒りのシャウトではなく、低く艶やかに抑制されていた。
荒々しいはずの曲が、居酒屋の地下空間にふさわしい“理性を帯びた熱”へと変わっていた。
客席のスーツ姿のサラリーマンが、思わず手を止めて聴き入る。
隣の学生は、リズムに合わせて指先を机で刻む。
本能を煽るより、思考を刺激する演奏――それが狙いだった。
サビで高橋の歌声が一段高く伸びる。
激情を抑え込みながらも、曲の核にある“鬱屈”と“解放”が伝わってくる。
爆音に頼らず、むしろ抑えたからこそ、歌詞の意味が鮮やかに浮かび上がった。
演奏が終わると、一瞬の静寂。
そして次の瞬間、店内は拍手に包まれた。
知的に構えていた客層までもが、心を揺さぶられたのを隠しきれなかった。
山城は汗を拭いながら白鳥を見る。
「……研究した甲斐、あったな。アコギでも十分刺さる」
白鳥はグラスを傾け、口元に微笑を浮かべた。
「音を削ぎ落とすことで、理論が際立つ。――これならインテリ層にも響くさ」
高橋はギターを抱えたまま、静かに笑った。
「爆音じゃなくても、俺たちの叫びは伝わる。
これが“彩”のやり方だ」
歓声はまだ鳴り止まなかった。




