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25歳の誕生日のプレゼントは地下負債物件  作者: シンリーベクトル


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ターゲットの客層

武田、地下の居酒屋「彩」へ


夜の街を、武田はゆっくり歩いていた。

人通りの多い通りを外れ、静かな裏路地に入る。

そこに、控えめに灯る看板が目に入った。

――居酒屋「彩」。


地下へ続く階段。

コンクリートに染み付いた油の匂いが、微かに鼻をかすめた。

武田は足を止め、低くつぶやく。

「……前は焼き肉屋だったはずだな」


さらに昔はライブハウス。短い命を繰り返してきた、呪われた地下物件。

普通なら避けるはずの場所だ。

だが武田は、口角をわずかに上げ、重い扉に手をかけた。


中に広がっていたのは、意外な光景だった。

白を基調にしたオフィス調の内装。

壁際にはパソコンが並び、奥ではアコースティックギターの生演奏が響いている。

カウンターには洒落たスイーツ、テーブルでは誰かが熱心に議論を交わしていた。


カウンターに腰を下ろした武田は、手元に差し出されたメニューを静かに開いた。

最初に視線を奪ったのはワインリスト。

山梨、長野、北海道――並ぶのは国産銘柄ばかり。輸入ものは一切ない。


「……国産のみ、か」

低く呟き、口角がわずかに動く。奇をてらった排除ではなく、むしろ潔さを感じさせる徹底。

ただの居酒屋とは一線を画す、強い意志が透けて見えた。


次に料理の欄へ目を移す。

素朴さと遊び心が混ざり合った品々。


「……料理も工夫があるな」

ひとつひとつを吟味するように眺め、グラスを待つ余裕の間も楽しんでいる。


やがて武田は顔を上げ、店員に告げた。

「グレイス甲州を。そして――」

メニューの一角に視線を止めた。

「……きぬかつぎ」

小さく声に出して、その響きを確かめる。


小ぶりの里芋を蒸して、皮をつまんで剥く。

艶やかな白い実が顔を出す姿が、絹の衣を脱ぐようだ――だから“衣被ぎ”。

添えるのは岩塩だけ。飾り気のない一品。


「……悪くない」

シンプルだからこそ、素材と盛り付けのセンスが試される。

国産ワインと合わせるには、これ以上ない相手だと、武田は確信した。


注文は短く、それでいて確信に満ちていた。

“負の歴史を持つ地下物件”が、この空間では確かに新しい色を帯びている――武田はそう感じ始めていた。


彼はパソコンが置いてある事に少し首をかしげ、興味深そうに画面を覗き込む。

『今日の”嘆き”を共有しよう!』の文字。


白鳥が仲間たちに小声でつぶやく。

「……なんか、あのオヤジただ者じゃない雰囲気だな」


男はしばらく画面を眺めると、ゆっくりとキーを叩き始めた。

やがて画面に新しい”嘆き”が表示される。


『人生の折り返し地点に立ったとき、人は何を優先すべきだろうか?』


一瞬で、空気が変わった。

若い客たちの軽い恋愛相談や仕事グチが並ぶ中に、その一文は異質な輝きを放つ。


「お、おい……重いテーマきたな」高橋がギターを抱え直す。

「でもクールでかっけぇな」山本がぼそっと漏らす。


武田はグラスを傾けながら、他の回答を待つようにゆったりと座っていた。

その姿勢には焦りも迷いもなく、ただ静かに、余裕を纏っている。


涼子は目を細め、ノートに走り書きをした。

「……あの人みたいな層こそ、私たちが狙う“余裕層”。まさに理想的なお客さんだわ」




画面に浮かぶ問い――

『人生の折り返し地点に立ったとき、人は何を優先すべきだろうか?』


その文字に、空気が一段引き締まった。


最初に口を開いたのは、西村だった。

「折り返し地点、つまり統計的には残りの寿命を意識する年齢。

 “有限性”が強調されるから、合理的に考えるなら【時間当たりの満足度】を最大化すべきね。

 だから、健康・人間関係・知的刺激、この三つにリソースを集中するのがベスト」

彼女はパソコンにカタカタと打ち込み、理路整然とした文章を残す。


「理屈っぽいなぁ」白鳥が肩をすくめた。

「でも俺は逆に、優先すべきは“後悔を減らすこと”だと思うぜ。

 何をやっても満足なんて100%にはならないんだから、せめて“やらなかった後悔”だけは残さない。

 挑戦して失敗しても、飲み屋で笑い話にできるくらいがちょうどいい」

彼は画面に、どこか風刺の効いた短い一文をタイプする。


「……ふふ、さすが白鳥らしい」西村が小さく笑った。


その横で、涼子は腕を組んで考え込んでいた。

そして勢いよくキーを叩く。

「私の答えはシンプル。“社会に還元すること”。

 自分のために動くのは前半戦で十分。折り返しからは、知識も経験もコネも、次世代に投資するべきよ。

だから、居酒屋を舞台に私たちが集まってるのも無駄じゃない――こういう場が社会を変えるの!」


画面には三者三様の回答が並んだ。

合理性で切り込む西村。

人間臭さで笑い飛ばす白鳥。

理想主義で語る涼子。


武田は静かにそれらを読み、グラスを傾ける。

そして、画面に星マークを三つ――三人の回答にすべて満点をつけた。


「……なるほど。若い視点は、やはり面白いな」

低く響く声に、場の空気がまたざわめいた。


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