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25歳の誕生日のプレゼントは地下負債物件  作者: シンリーベクトル


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1%の複利

夜の彩のカウンターには、今日も常連たちの笑い声とジャズの余韻が漂っていた。


武田はサイジムの経営データを眺めながら、静かにグラスを回していた。

「……怖いくらい順調だな。」


白鳥が振り返る。

「サイジムのことですか?」


「ああ。」

武田は微笑んだ。

「最初は半信半疑だったが、理論が形になると人が変わるのがわかる。」


西村がノートパソコンを閉じ、興味深そうに聞いた。

「どう変わるって意味ですか?」


「“積み重ね”だ。」

武田はカウンター越しに指で円を描いた。

「サイサイセオリーは行動のベクトルを扱う理論だろ?

 人がもし、一日にたった1%行動を良い方向に変えられたら――

 それが複利で積み上がったとしたら、1年後にはどれだけ違う自分が見えると思う?」


理沙が手を止めた。

「え?倍くらい?」


西村がすかさず突っ込む。

「1%の複利なら……およそ37倍です。365回掛け算ですから。」


「そう。」

武田が頷く。

「人は“努力”を直線で考えるが、成長は指数関数だ。

 1日たった1%でも、ベクトルが少しだけ前を向き続ければ、

 1年後にはまるで別の景色が見える。」


白鳥が静かに呟く。

「心の筋トレも、そういうことか。」


「そうだ。」

武田の声は穏やかだが、確信を帯びていた。

「筋肉も理論も、毎日少しずつ“摩擦に慣れる”だけで強くなる。

 もし日本人全員が、行動を1%ずつ変えられる社会になったら――未来は確実に変わる。」


理沙が笑う。

「なんか武田さんが言うと、すごい経済予測みたいですね。」


武田はグラスを置き、目を細めた。

「未来予測じゃない。“未来投資”だ。

 俺がサイジムに投資したのは、数字のためじゃない。

 “人間の複利”を見てみたかったんだ。」


西村が頷く。

「……1%のベクトルを信じるって、すごくサイサイセオリー的な考え方ですね。」


武田が隣の甲斐を見て微笑む。

「理論ってのはな、人を信じて初めて動く。

 俺が投資した甲斐かいがある。」


甲斐は口元を緩めた。

「駄洒落を言うおまえを久しぶりに見た。浮かれているんだな。」


カウンターの全員が笑い、グラスを合わせる。

カラン――氷の音が心地よく響く。


窓の外では、夜の街の光が静かに揺れていた。

その明かりの一つひとつが、“1%のベクトル”のように未来へ向かっていた。



昨日と全く同じ今日


甲斐たちが帰った後、夜の「彩」はすっかり静まり返っていた。

山城が厨房の灯を落とし、最後のグラスを洗う音だけが響く。

残っているのは、白鳥とノートPCの光だけ。


白鳥は武田の「1日1%」の話を思い出しながら、指を動かしていた。

画面にはタイトルバー――「昨日と全く同じ今日」。


カチ、カチ、とキーの音が小さく続く。



今日も同じ時間に起きた。

同じ道を歩き、同じ電車に揺られ、同じデスクに座った。

それでも昨日とは違う。

考え方が違ったからだ。


白鳥は冷めたコーヒーを一口飲む。

山城がカウンターの奥から声をかけた。


「……まだ書いてんのか。」


「うん。今日は書きたくなったんだ。“昨日と全く同じ今日”ってテーマで。」


山城が手を拭きながら笑う。

「そりゃまた地味な題だな。」


白鳥は笑わず、画面を見つめた。

「でもさ。“地味な日”のほうが、実験には向いてる気がするんだ。」


「実験?」


「行動は同じでも、意識をちょっと変えるだけでどれくらい世界が違って見えるか――それを確かめる日なんだ。」



“昨日と同じことをしても、

意識の向きが違えば、それは別の一日になる。

方向を変えることは、現実を変えることと同じだ。”


白鳥の横顔を、画面の光が照らす。

その瞳は静かだが、どこか熱を帯びていた。


山城がコーヒーを注ぎ足す。

「お前、結局ポジティブ思考の研究してんじゃねぇの?」


白鳥は少し笑った。

「違うよ。ポジティブって言葉は“気分を上げる”イメージが強すぎる。

 俺がやってるのは、“方向を整える”研究だ。」


「方向を整える?」


「うん。疲れてても、意味を変えればドレインじゃなくなる。

 それを俺たちは“整流”って呼んでる。

 摩擦を利用して前に進む――

 昨日と同じ道でも、エネルギーの流れを変えるんだ。」


山城がうなずく。

「なるほどな。同じ仕込みでも、気分が違えば味も違うってわけか。」


「そういうこと。」

白鳥が軽く笑う。

「昨日と同じ動作を、今日どう扱うか。

 それを意識できる人間が進化していくんだと思う。」



厨房の時計の針がコト、と音を立てる。


白鳥は最後の一文を打ち込んだ。


“行動は繰り返しでも、ベクトルは更新される。

昨日と全く同じ今日こそ、人が変わるための最良の舞台だ。”


キーを離すと、夜風が入り込み、

カウンターの紙ナプキンがふわりと揺れた。


山城が小さく笑う。

「……お前、今日はなんかスッキリした顔してんな。」


白鳥は画面を閉じ、コーヒーを飲み干した。

「昨日と同じことをしただけだよ。

 ただ、今日は“自分で選んで”やった。」


店の照明が落とされる。

扉の外には、昨日と同じ夜の街。

だが白鳥の歩くベクトルは、確かに少しだけ未来を向いていた。



翌日の夜の「彩」。

カウンターにはワインのグラスが三つ。

朝比奈と西村、そして甲斐が並んで座っていた。


白鳥の姿はない。

代わりに、ノートPCの画面に一つのテキストファイルが開かれていた。

タイトルには――「昨日と全く同じ今日」。



涼子がページをスクロールしながら口にする。

「……“行動は繰り返しでも、ベクトルは更新される”。――いい言葉ね。これ、白鳥が書いたの?」


「そう。」西村が笑う。

「昨日、閉店後にずっと打ち込んでた。珍しく詩的だったわ。」


甲斐がワイングラスを傾ける。

「詩的か……いや、むしろ理論的だな。

 これは“意識ベクトルの整流現象”と呼ぶべきだ。」


涼子が眉を上げる。

「整流?」


「電流で言えば、交流を直流に変えることだ。

 揺らぐ意識の波を一方向に整える。

 白鳥の言う“考え方を変えるだけで別の日になる”というのは、まさに思考の整流化だ。」


西村がノートを開き、メモを取る。

「それ、いいですね。“思考の整流”。

 サイサイセオリーで言えば、内側のベクトルの位相をそろえる操作。

 感情の乱流を進行方向にそろえることで摩擦を減らす。」


「なるほどね。」

涼子が静かに言う。

「企業で言えば、“価値観の統一”に近いかも。

 バラバラのモチベーションを“共通の方向”に整えるだけで効率が跳ね上がる。

 同じ業務でも、ベクトルが合えばエネルギーロスが消える。」


甲斐がうなずく。

「そう。だから本来のリーダーシップって、“モチベーションを上げること”じゃなく、“ベクトルを整流すること”なんだ。

 方向さえ揃えば、推進力は勝手に生まれる。」



甲斐が少し真面目な表情に戻る。

「でもな、白鳥の文章を読んで思ったんだ。

 整流って、“現実を変えずに意味を変える”技術だろ。

 それって、人間の進化の最終段階かもしれない。」


西村がペンを止める。

「どういう意味です?」


「外の環境を変えるより、内側の方向を変えるほうがよほど確実なんだ。

 社会が行き詰まってるのは、外を変えようとしすぎて“ベクトルの再設定”を忘れてるからかもしれない。」


涼子が静かにグラスを置く。

「……変えられない現実の中で、“意味を変える自由”だけが人間に残された最後の進化。」


西村が小さく笑う。

「“環境に適応する”って、もしかしたら“外じゃなく内側を回転させること”なのかも。」



そのとき、カウンターの隅に置かれたノートPCが自動スリープに切り替わった。

白い光がゆっくりと消えていく。


涼子がその光を見つめながら呟く。

「白鳥、あの文章……講演で使えるわね。」


西村が笑う。

「“整流理論”。居酒屋発、意識進化のモデル。悪くないタイトルね。」


甲斐が最後の一口を飲み干し、グラスを置いた。

「人間も社会も進化の最中にある。

 摩擦をなくすんじゃない、方向を整えるんだ。」



“整流とは、変化を外に求めず、意識の方向をそろえることで進化を起こす技術。”


その夜、涼子はメモを一枚切り取り、

「サイサイセミナー」企画書の一番上にその言葉を書き加えた

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